BUMP OF CHICKENと"孤独"のおはなし

BUMP OF CHICKENの音楽は、"孤独"という言葉で表現されることがなかなか多い。BUMP OF CHICKENというバンド、ないしソングライターである藤原さんの"孤独"。それが歌われている、あるいは、その人たちが孤独だと称されることもある。

実は私は、この"孤独"とあらわされることについて、ずっとなんだか落ち着かない気持ちでいる。今回は、それについて少し書き出してみようと思う。

まず始めに、"孤独"という言葉の定義を一応確認しておくことにする。

[名・形動]
(1)仲間や身寄りがなく、ひとりぼっちであること。思うことを語ったり、心を通い合わせたりする人が一人もなく寂しいこと。また、そのさま。「―な生活」「天涯―」
(2)みなしごと、年老いて子のない独り者。
(「大辞泉」より)

私の"孤独"に対する認識は、ここに書かれているものと一致している。
それを前提として、「孤独が歌われている」というのも、たしかにそうだと思う。
例えば、「プレゼント」という歌にはこんな歌詞がある。

世界に誰もいない気がした夜があって
自分がいない気分に浸った朝があって
目を閉じてる方が楽 夢だけ見ればいい
口を閉じれば 呆れる嘘を聞かずに済む
そうやって作った頑丈な扉
この世で一番固い壁で囲った部屋
ところが 孤独を望んだはずの両耳が待つのは
この世で一番柔らかいノックの音
(プレゼント / BUMP OF CHICKEN)

私がこの歌に出会ったのは、もうずいぶん大人になってからだ。そもそもBUMP OF CHICKENの音楽とちゃんと出会った時、私は30を超えていた。仕事も、そうでないこともなんだかどうにも上手くいかなくて、周りは忙しそうで、置いてきぼりになったような気持ちを拾ってくれたのがこの歌だった。本当はもっと早く出会えていたらよかったのにと、何度思ったか知れない。10代後半の、無敵に思えて無力な時とかね。
同じように、いろんな背景いろんな事情の、このどうしようもないほどのひとりぼっち感を知っている、分かるなぁという人も多いんじゃないかと思う。

また、彼らの結成25周年記念日にリリースされた「Flare」という曲にも、こんな歌詞がある。

昨夜 全然眠れないまま耐えたこと
かけらも覚えていないような顔で歩く
ショーウィンドウに映るよく知った顔を
一人にしないように並んで歩く
(Flare / BUMP OF CHICKEN)

夜眠れない時って、多分、周りに誰かいて、その誰かはもうすっかり眠ってしまっている時ほど、眠れないことに焦ったり、余計なことを思い出して不安になったりぐるぐるしたりする。
そうやって夜をじーっと耐えた自分のことを置いて行かないように、ということだと私は受け取っている。

ここまで読んで、「いやいや孤独のことを歌ってんじゃん自分だってそう言ってんじゃん」とお思いだろう。ちょっとここから、少し細かい話をさせていただこうと思う。

藤原さんのインタヴューについては、ここ最近のものに限られるけれども、可能な限り拝見するようにしている。
その上での私個人の印象は、"孤独を抱えている人"というより、"孤独を知っている、あらゆることは自分一人に帰結するのを知っている人"という印象がとても強い。
ご本人や、バンドメンバーかつ幼なじみでもあるお三方の話を聴くに友達が多いそうだし、過去に「人が好き」ともおっしゃっている。だから少なくとも、友達や仲間がいない、誰とも分かり合えないという状況には見えない。
また、ポケモンMVの「アカシア」にしろ、結成20周年の最後の日に公開された「リボン」にしろ、ベイビーアイラブユーだぜの「新世界」にしろ、人とのつながりを愛おしむ歌だって沢山沢山ある。
もちろん、とはいえあくまで私の知る藤原さんは、なんらかのメディアを通した姿だけだ。これまで生きてきた中で、いろんな形でひとりぼっちだったこと、ひとりぼっちを感じる時はあるだろうし、もしかしたら今、どれほど身近な人にも打ち明けない孤独を抱えているかもしれない。誰にも打ち明けない孤独のことは、歌にもしないかもしれないけれど。

私個人は、「孤独である」「孤独を抱えている」ということと、「孤独を知っている」「人は、その終わりには一人であることを知っている」ことはそれぞれ別のもので、藤原さんの書く、BUMP OF CHICKENの音楽は、後者のほうにあてはまると思っている。
そして、歌になった"いつかの孤独"が、受け取った人のひとりぼっちの気持ち、置いてきぼりの気持ちにあたたかく寄り添ってくれているんじゃないだろうか。

それぞれに抱える孤独はある。それが過去のものでも、今現在進行形のものでも。
そして同時に、BUMP OF CHICKENと、彼らが届けてくれる音楽と、それを受け取ったリスナーは、お互いがお互いを大事に思い合っている。
それでひとりぼっちじゃなくなるとは決して言わないけれど、"孤独"ということにばかり目が行くのは、私にはいささか寂しく思えてしまうのだ。

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