藤田菜七子騎手の引退で考える電子機器と競技の関係
競馬の藤田菜七子騎手が、不適切なスマートフォン使用を理由に騎乗停止処分を受け、本人から提出された引退届を日本中央競馬会(JRA)が受理した。女性騎手としてJRA最多の166勝を挙げた人気ジョッキーを引退に追い込んだスマホ使用。電子機器の取り扱いをどこまで許容するか、スポーツ界全体で考えるべき問題でもある。
スマホ持ち込み問題の経緯は?
JRAの発表や報道によると、藤田騎手は2023年4月頃まで、複数回にわたり、競馬開催前に入室を義務づけられる調整ルームの居室内にスマホを持ち込み、通信していた事実が判明したという。JRAは「本会の騎手として重大な非行があったものと認められる」として、裁定委員会にかけると発表。裁定委員会の決定がなされるまで騎乗停止処分とした。
競馬というギャンブルスポーツにおいて、騎乗前の騎手が外部との接触を断たれるのは、ある意味、仕方がないルールといえる。不正が発覚すれば、競馬界全体の信用にもつながるからだ。藤田からすれば、スマホは日常生活の一部という感覚なのかもしれないが、八百長の疑いを排除するためにはやむを得ない措置だろう。
電子機器の持ち込みは是か非か
日本の野球界でも、ベンチでの電子機器の使用は禁じられている。八百長だけでなく、サイン盗みなどの不正を排除するためだ。プロから少年野球にいたるまで、ベンチでスマホやタブレットを使用することは認められていない。
だが、今年1月に開かれたプロ野球の12球団監督会議で、ソフトバンクの小久保裕紀監督から「メジャーリーグ(MLB)のようにタブレット端末などを試合中のベンチに持ち込めないか」という提案があった。
小久保監督が言うように、テレビで米大リーグを観戦する人には普通の光景だろう。大谷翔平選手がタブレットを手に次の打席に向けて相手投手を分析する姿がよく映し出されている。
メジャーリーグでは解禁
MLBでは2021年からベンチでのタブレット使用が認められている。その2年前にアストロズなどでタブレットを使い、映像から捕手のサイン盗む不正が発覚し、いったんは厳しく取り締まっていた。しかし、その後、投手優位の傾向が顕著となってきたため、タブレット使用を解禁したという。打者がベンチで投手を分析する行為に問題はないという判断だ。
競技のレベルを上げ、魅力を高めるには、電子機器の使用は避けられない時代に入っている。バレーボールの日本代表では、コートサイドにいる監督やコーチがタブレットを手に選手に指示している姿がある。ラグビーでも日本代表選手全員にタブレットが支給され、プレーの映像を見ながら徹底研究しているという。
不正排除にはアスリート教育も大切
スマホやタブレットの使用を禁じても、最近は時計などの身に着けるウェアラブル端末もある。新しい電子機器が次々と開発されていく中で、外部との接触を完全に断つことは難しくなる。
時代に合わせた制度やルール整備も必要だ。試合直前や競技中に外部との接触を遮断しつつ、競技の分析などはできる端末を選手らに貸し出すことも可能だろう。
ただ、どのスポーツにも共通することだが、ルールだけですべての不正を排除することは困難だ。若い競技者の教育を改めて徹底し、フェアプレーの精神を浸透させる必要がある。
不正防止には、まず競技に携わる者の倫理観が欠かせない。藤田騎手の例を見れば、スマホを競馬開催の直前に使用することが禁じられている意味をしっかりと把握し、「李下に冠を正さず」の意識を持つことが大切だった。
まだ27歳の藤田騎手。日本の女性ジョッキーを代表する人気を持ち、競馬界にもたらした功績は大きい。今は本人とJRAの間で感情的なしこりがあるだろうが、冷静に話し合い、再起の道を探ることはできないものか。