見出し画像

HSCの過剰学習


「気を遣ってばかりいる子」



今日はそんな話を…(o^^o)



友達や家族にまで
気をつかう発言があり
そんな自分に結果として
疲れてしまってるお子さまの場合

まず相手に
気をつかうのは


相手の気分を害したくない
空気を悪くしたくない


相手や場面の細かな反応を
心も身体も敏感にキャッチするため
予防策が何重にも張られ
自然と言動が丁重になる


これは意識的にも無意識的にも
そういう言動になってしまう


過剰適応という言葉があるけど

わたしはこのように

気をつかうケースは

過剰学習

している状態とも考えていて

なぜ過剰学習なのかというと

相手の反応を抜かりなく
良いものにしたい

相手に不快を与えないように
最大限に配慮すべき


そんな思いが根底に潜んでいて

つまりある意味で

人の何らかの反応にたいして

人をコントロールしようとしている

自分の対応で人の反応は確かに変わる

ただ相手の立場に立つことが

得意すぎて

いつのまにか境界線がおかしくなり

相手の中に入りこんで
自分の存在を消して
コミュニケーションを
取ってしまう

その感度がいきすぎてるのに
それで上手くいくケースを
いくつも学習してしまっている状態かなと。



「コミュニケーション」とは

人の言動に対して

自分の言動を重ねて

紡いでいくものであり

必ずしも良い反応が返ってくることばかりではないんだよね

ただコミュニケーションを諦めなければ状況は変えることができることを知っておく必要がある

そして相手を変えることはできない
相手に配慮することは必要だけど
相手の立場に立ちすぎる必要はない

だって自己主張は大切な生きる源だから

辛いもの受け取らない方法や
言動を言動のまま受け取らないスルー力

そしてなにより

「自分はどうしたいか」
「それをどう伝えられるか」
「双方でどう折り合いをつけるか」

生きやすい人生を歩むには必要なことです

もちろん思いやりの心は素晴らしいのだけど自分のためにも何事もバランスです


センシティブにコミュニケーションが
取れるということはとても素敵なこと

その力を使って

柔軟なコミュニケーションスキルを身につけると無敵です


コミュニケーションは
点ではなく
連続性で作られていくもの

一回で完璧なコミュニケーションが取れることはそうありません

会話を通して
いくらでも変化していくということを
スキルとして身につけておくこと
そして人の心は読めないこと
人の望むままに生きることはできない
自分をもっと大切にすること

HSCには必要かなとおもいます

自己表出のための訓練と
もし予知してた結果が、意に沿わなくなった場合の対処の仕方、レパートリーを具体的に作ってあげたり、トレーニングするのが良いのかなと思います(o^^o)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?