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屋内に吹く風を変えた世界初のDCモーター扇風機|BALMUDA Chronicle - 03

人の役に立つ道具をつくる

マガジン「BALMUDA Chronicle」では、バルミューダ創業から今日に至る歴史やストーリーをお届けしています。

2003年に有限会社バルミューダデザインを起業、ノートパソコン用スタンド「X-Baseエックスベース」を皮切りにケーブルオーガナイザーやペン置きなどデスク周りのステーショナリーを寺尾自らデザインし、世に送り出してきました。2005年に発売したLEDデスクライト「Highwire」は、初めて電気の通う製品となり、製品は高度化していきます(前話参照)。

デスクライト「Highwire」(2004年発売)

しかし、ある出来事をきっかけに事業に暗雲が漂い始めます。2008年末に起こったリーマンショックの余波で、高級家電やインテリアなどが売れなくなってしまったのです。あまりに注文が来ないので、ファクシミリの故障を疑ったくらいだと寺尾は当時を振り返ります。

このままでは会社は倒産してしまう。しかし、どうせ倒れるなら前へ倒れたい。思い切った行動で起死回生を図る決意をします。そして、それには“より多くの人が必要とするもの”をつくることが大事だと考えました。

自然界の風の再現

寺尾の頭にはいつも地球温暖化とエネルギーの問題がありました。暑い夏を少ないエネルギーで過ごすには、扇風機に革新が必要なのではないか? とはいえ扇風機の基本構造は100年以上、ほぼ変化していません。そこに改良の余地など残っているのでしょうか。

寺尾は、創業前に通っていた町工場の職人が、扇風機の風を壁に当て、跳ね返ってくる風で涼んでいたのを思い出します。なぜ、そんなことをするのか理由を尋ねると、「風がやさしくなるから」といいます。扇風機の風が一度、壁に当たることで羽根が生み出す風の渦が破壊され、面となって送り返されるからだと知りました。実際に試してみると、それはまるで自然界の風のように感じられたのです。

扇風機の体験価値は涼しいことで得られる気持ち良さのはずなのに、長い時間、風に当たっていると次第に気持が悪くなってしまいます。窓から入り込んでくるような心地よい風を、ずっと体験できる扇風機こそが、求められる道具ではないかと考えました。

寺尾は、流体力学や翼の断面形状に関する専門書を読み漁ります。しかし、空気抵抗の少ない翼面の形状こそわかったものの、自然界の風をつくり出す術などどこにも載っていません。町工場で職人が全身に浴びていた「やさしい風」を、扇風機の羽根から送り出すには、どうしたらいいのか……。

偶然、見たテレビで閃く

扇風機から面で移動する“空気の流れ”を出すというのは、扇風機の基本構造から不可能と思えることでした。とはいえ、扇風機には見えないものをつくっても誰にも理解してもらえません。羽根の枚数や形状を変えてみたり、実際に一度、風を後ろに送って跳ね返す機構を試みたりと、終わりの見えない実験の日々が続きました。

ある日、寺尾はテレビでやっていた大勢の子どもたちによる「30人31脚」の競技を目にし、歩調の速い子が遅い子に引っぱられていることに気が付きます。

流体でも同じように、速度の速い風が遅い風に影響を受けるのではないか? そう考えた寺尾は、速度の違う2種類の風を同時に出す方法を探索します。内側と外側に異なる羽根を設けたら、1枚の羽根から2種類の風を発進できるのではないか。可能性を信じ、誰も見たことのない羽根の試作に取り掛かります。

羽根の効果を確かめるため、舞台用のスモークマシンを用いて風を可視化し、ガレージにこもって風の流れを探る実験に明け暮れます。二重の羽根の特性を最大限に引き出すために、安定した速度制御が行え、駆動音が静かなDCブラシレス・デジタルモーターの採用を決めます。コストは跳ね上がりますが、理想の風を生み出す唯一無二の組み合わせでした。

スモークマシンで風を可視化。速度の異なる風がぶつかり合うタイミングで、渦が破壊されることが実証された。通常の羽根(上)と比べ、二重構造の羽根は風が広がって吹いているのがわかる

この理想の風を送り出す技術は、“自然の風”を意識して「グリーンファンテクノロジー」と名付けられました。世界初DCブラシレス・モーター扇風機「GreenFan」は、2010年に初号機が誕生します。当時、3万円を超える扇風機は市場に存在せず、一般的な扇風機の10倍近い価格設定でしたが、“高級扇風機”という新しいカテゴリーを創出するヒット商品となりました。

空調家電市場に旋風を

初号機から改良を重ね、翌2011年に「GreenFan2」、サーキュレータータイプの「GreenFan Cirqサーキュ」など派生モデルも誕生。以降、グリーンファンテクノロジーを軸に空調家電市場に重点を置き、2012年には空気清浄機「JetClean」を発表します。エンジニアを中心に増強したスタッフは30名を超え、デザインチームと連携しながら事業を展開していきました。

2012年発売のJetCleanは翌年、AirEngine(写真は2015年モデル)に、現行モデルはBALMUDA The Pure(2019年〜)と進化を遂げながら、ラインアップとして継続している

2013年には、やかんなどで直接給水ができる加湿器「Rain」を発表。人類が古来より水を入れて親しんだ道具である“壺”がデザインのもとになっています。ラジエーターに中空構造のアルミを使用することで、ヒーターの立ち上がりを早くした「SmartHeater」も開発(現在は販売中止)。スマートフォンと連携するアプリ「UniAutoユニオート」もリリースし、IoTへの足がかりを築き始めました。

Rain(2013年〜)
UniAuto(2013年〜)

これらのプロジェクトを通し、素晴らしい体験を実現して役に立つ道具は、人の五感に訴えるとものだと気付きます。それならば、五感すべてに訴える商品をつくれば、さらに多くの人に求められるのではないでしょうか……。

マガジン「BALMUDA Chronicle」では創業からの20年を、年代順にストーリー仕立てでご紹介してまいります。