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コミュナリズム:解放的代案(12)

都会の分権化

直接民主主義・連邦政治・倫理的経済・解放的テクノロジーの活用を中心に編成される非ヒエラルキー社会の潜在的可能性を実現することが、生態調和の方針に沿った構築環境の徹底的変換を可能にする。この変換は、必然的に、構築環境の様相を個々人が充分理解でき・接近できる規模に小さくする。この規模ならば、地域社会の成員として直接会って互いに知り合える。同時に、この規模ならば、地域の資源基盤を凌駕せずに自然のバランスを確立できる。当然、現在無秩序に広がっている都会と郊外の集塊は解体されねばならず、人々はもっと均等に分散して移住するようになる。現在、様々な機械が都会の広大なコンクリートを拡大するために使われている。このまさに同じ機械が、コンクリートを引き裂き、巨大な商業ビルを取り壊し、大量の有用物質を救い出すために利用できるのだ。(原註52)

未来の諸都市が実際にどのぐらいの規模に制限されるかは、民衆議会自身に委ねられる。ただ、近い将来の可能性を把握するために、この問題を考えることは有用である。エベネザー゠ハワードはその「田園都市」構想の中で人口制限を3万人としており、これは適切な上限だと思われる。(原註53)この制限を超えると地元の資源に大損失をもたらしかねず、個々の住民にとって全体として理解しにくいものになるだろう。3万人規模の都市でも全市民がお互いに個人レベルで知り合うのは難しいが、都市を多くの地区へ分割すれば、それぞれの地区は小さな町が持つ共同体的包摂に近くなる。こうした地区そのものは、住民が千人以下でなければならず、それぞれが独自の民主的議会を持たねばならない。(原註54)地区議会は都市全体を統治する自治体連邦へと結合する。集塊の形成を避けるために、この規模の諸都市は各地に広がらねばならない。こうした都市はそれぞれ、タウンシップ(郡区)として知られる分権型自治体構成の中心的存在になるだろう。郡区では、比較的大きな都市を多くの小規模都市・町・村落が取り囲み、その全体を農地と林地が取り囲む。この配置によって、町と田舎の調和的バランスを取れるようになる。(原註55)郡区内の自治体は、それ自体で郡区連邦を形成するが、一地方の郡区全てが結合して地方連邦を形成する場合もあり得る。

全ての市民が、地区・自治体・郡区・地方の計画立案に能動的に参加できる。その際、3D建築・工学モデリングを組み込んだGIS(地理情報システム)型都市計画ソフトウエアシステムを共同で活用する。(原註56)市民は、郡区連邦や地方連邦全体への生産設備の分配・輸送ロジスティックスの解決策・構築環境そのものの美的景観について、様々な計画を提起し、議論できる。これらの決定は将来の議会に委ねねばならないが、ここでも生態調和型都市計画が組み込むべき諸原則を評価しておくことが有益である。例えば、人間規模に近づけるために、最大規模の都市であっても、人々が自転車や徒歩で田園地方に容易く行けるように設計されねばならない。農地と市街地を指状にし、市内までそれぞれの指をがっちり組み合わせ、網目のようにすれば、田園地方そのものは都市と一体的に結合できる。都市の諸地区は、互いを容易く特定できなければならず、その境を認識するための明確な境界線を持っていなければならない。地区の境界線が都市を形作り、それぞれの地区に独自の明確な特徴を与える。町・村落・都市は、公的活動の中核を比較的少数の重要スポットとして配置しなければならない。そのことで、社会的交流を促す生き生きとした集いの場を創造するのである。こうした活動センターは、ワークショップ・レクリエーションやスポーツのグランド・キッチンとダイニングホール・公共の建物が多様に混在する場所になるだろう。このエリアは創造性を呼び起こす場になり、芸術・音楽・演劇が一般の生活に根付くに違いない。全ての公共空間は、あらゆる年代の人々に快適な形で作られねばならない。また、あらゆるアイデンティの人々の包摂にも重点が置かれねばならない。さらに、公共空間は、一年を通じて、風雅な美しさと食べ物を楽しめるよう美化されねばならない。ペットの同伴が常時可能か取り決めをすることになるかもしれない。水域と森林地帯に住民が簡単にアクセスできるようにしなければならない。様々な世帯構成が可能になり、カップル・拡大家族・コレクティヴ・一人暮らしを希望する人それぞれの場所を提供できるようになる。(原註57)自治体内では様々な交通手段を提供できるようになる。例えば、公共路面電車システム・電動アシスト自転車・様々な種類の軽量電気自動車・重量物を運ぶためのトラックの共同利用である。可能な限り交通渋滞を最小限に抑えることに大きな重点が置かれねばならない。自治体が適切に設計され、規模が制限されていれば、交通渋滞の最小化はさほど難しくないはずである。農業地域は、必要に応じてトラックを配備し、物品の輸送や受け取りをするために鉄道と接続できるようになる。最終的に、郡区自治体と地方エリアは、エネルギー効率が良く--お望みなら無人運転もできる--モノレールシステムで結び付けられるだろう。

原註52.Toward an Ecological Society - p.186-188

原註53.Howard, Ebenezer, Garden Cities of To-Morrow (Cambridge, MA: MIT Press 1965) - p.54(「新訳 明日の田園都市」、山形浩生 訳、鹿島出版会、2016年、84ページ)

原註54.この数字は、クリストファー゠アレグザンダーからのものである。彼は、人口規模が1500人を超えると、人々は効果的に自治できなくなると主張した。さらに、理想的な住民規模は500人だと述べていた。
・Alexander, Christopher, A Pattern Language (New York: Oxford University Press) - p.4, 81(「パタン・ランゲージ-環境設計の手引き」、平田 翰那 訳、鹿島出版会、1984年、3~4ページ、44ページ)

原註55.ニューイングランド地方の郡区モデルの歴史的概説については以下を参照:
・Mumford, Lewis, The City in History (New York: Harcourt, Brace & World, Inc, 1961) - p.332(「歴史の都市 明日の都市」、生田勉 訳、新潮社、1969年)

原註56.現在の都市計画ソフトウエアの例は、CityEngineを参照:
http://www.procedural.com/cityengine/features/2010.html(リンク切れ)
http://www.youtube.com/watch?v=lXVIuoPlMpY(要ログイン)

原註57.これらの考えは主として「パタン・ランゲージ」からのものである。

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付記:2021年10月14日

以下の一文を修正しました:
修正前:都市の中心部まで農地を網目のように張り巡らせることで、田園地方そのものは都市と一体的に結合できる。

修正後:農地と市街地を指状にし、市内までそれぞれの指をがっちり組み合わせ、網目のようにすれば、田園地方そのものは都市と一体的に結合できる。

原文は以下の通りです:
The countryside itself could be merged seamlessly into the city by incorporating a web of interlocking fingers of farmland that reach all the way to the city's center.

見ての通り、最初はだいぶ端折りました。というのも、原文だと、あたかも農地だけが指状になって、組み合わさって都市の中心部まで届いていくように書かれていて、ちょっとイメージしにくかったためです。「パタン・ランゲージ」の邦訳本を読むと、都市部分も指状になっています(邦訳書ではフィンガーと呼ばれています)。公開後も気になっていたのですが、その後、「パタン・ランゲージ」の原文を読むことができ、確認したところ、本論の原文とほぼ同じ書き方をしている箇所があったので、本論の原文と組み合わせて修正しました。

「パタン・ランゲージ」の原文で参照した箇所と、その部分の邦訳を以下に示しておきます:
原文:Keep interlocking fingers of farmland and urban land, even at the center of metropolice. (A Pattern Language, p.25)

邦訳書:たとえ都心部であっても、農地と市街地を指のようにがっちり組み合わせること。(邦訳書、13ページ)

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