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パッコヤンー夢と冒険に生き、慈愛を貫いた少女

注意:この記事は「メイドインアビス」のあらすじ・ストーリー・キャラクター等を含め重大なネタバレを含みます。
原作の10巻までを読了した方のみがご覧になることをお勧めします。

※アニメ「烈日の黄金郷」をネタバレなしでご覧になりたい方も閲覧しないでください。

掲載されている画像はいずれもつくしあきひと作「メイドインアビス」第7-10巻によるものです。


彼女はいつもそうだ。
勇敢だが控えめで、自分の限界を弁えているが危険な時は先頭に立つ。
いつでも人を助け、献身的によく働く。
情熱的だが冷静で、常に一歩引いて全体を見ている。
線が細く見えるのに頑健でタフだ。
繊細で優しい心を持つが情に流されず自分の役割を果たす。
何より愛のために自分の命さえも躊躇うことなく投げ出せる。

彼女の名はパッコヤン。メイドインアビス成れ果て村編に登場するモブキャラである。

彼女の登場と死は突然にも見えた。名が明かされたのは彼女が消滅する数分前であり、わずか3コマしかその名は登場しない。※
しかし彼女の死の間際の行動はこの巻を読んだすべての人の心を打ったはずだ。
一体パッコヤンは何者だったのか。何が彼女をそうさせたのか。
夢と冒険に生き、一途な愛を貫き通した彼女は、物語の陰に隠れ続けた。
本稿はそんな彼女の生き様に一条の光を当てるべく考察したものである。


単眼少女の姿をした成れ果て、パッコヤンが初めて本編で確認できるのは単行本7巻。(7巻表紙にも描かれている)
原生生物であるオオガスミをリコのアイデアに基づき捕らえる際の射手として登場する。

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詳細は後述するが、後にもこの射出器―銃とも弓とも呼びがたい―を使っているシーンがあるため、彼女はこの村では射手の戦闘員としての活動もしていた。

村でのパッコヤンの行動を見ていく前に、彼女がどうやってこの村に身を置くことになったか、そして彼女の身に何が起こり何を思っていたのかを紐解いてみる。


パッコヤンはアビスの黄金郷を目指した決死隊、ガンジャの構成員であり、三賢のワズキャンやべラフ、そしてヴエコの愛称で呼ばれるヴエロエルコと一緒の船に乗っていた。
外見としては前髪ぱっつんの少女だが、背丈やヴエロエルコに対し基本的に敬語で接していること、また事あるごとに彼女を頼っていることなどから、ヴエロエルコより年下だった可能性が高い。

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初登場としてはベラフとヴエロエルコが会話している所に割って入ってきたこのシーンだと思われる。※1
最後の寄港地から20日が経過した時点で、パンや生魚しかまともな食糧が無く隊員は弱り、ヴエロエルコやベラフは船酔いにより嘔吐していたところであった。
過酷な状況であっても精神的に追い込まれることなく仲間を助けるために尽力しており、肉体的にも強さを持っている少女であったことが見て取れる。

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その後、他の船の全ての仲間を失う嵐の中、見張りがアビスを発見するが、状況からすると第一発見者がパッコヤンだった可能性がある。
ねえあれ!という言葉遣いは女性のものだし、左の人物に比べ小柄で、フードを被っているように見え、パッコヤンの特徴と合致する。
ワズキャンとヴエロエルコは急いで見張りのもとに駆け寄るが、アビスを見ようと共に甲板から身を乗り出そうとしているのは見張りだったパッコヤンと思われる。
嵐の中でなぜ彼女が見張りをしていたのかは想像を逞しくするほかないが、恐らく視力の良さと勇気を買われ抜擢されたか、ヴエロエルコの羅針盤でアビスが近いことを知り自ら志願したことが考えられる。
彼女のアビスに対する人一倍強い憧れが表れたシーンだ。

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彼女のアビスに対する強い思いは島に到着する直前、ワズキャンの「我先に降りたい者はいるか」という呼びかけに応え手を挙げている点にも表れている。体から雫が垂れているのは、波しぶきがかかる環境で直前まで見張りをしていた人物であることを裏付けている。
危険な状況でも先頭に立とうしたメンバーの一人だったのだ。
よく似たモブキャラも複数いるため上記のコマに描かれているのがパッコヤンだという厳密な確証はないが、話の流れからしてもこれらが彼女である可能性は高い。
また仮に彼女ではないとしても、目立たないが勇敢で有能なガンジャの一人であったことは間違いない。

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さらに注目したいのは、アビスに着いてからの彼女の態度である。
大穴を見下ろす時はヴエロエルコに抱きつくようにし、先住民の住処を進む際はヴエロエルコの服の端をしっかりと握っている。
彼女は早い段階からヴエロエルコに強い親愛の情を抱き、慕い頼っていたことが分かる。
率先して島に降りたったのが彼女だとすると臆病にも見えるこの態度は少々不可解に思えるが、その後もしばしば勇敢さと引っ込み思案な様子を同時に示していることからも、これがパッコヤンの性格なのであろう。

※ 2022/7/12 追記
上記の内、アニメにおいてヴエロエルコを呼びに来たシーン以外ではパッコヤンとの関係がみられる描写はない。アビスを見つけ声を上げた女性隊員も声優や服のデザインなどからするとパッコヤンとは別人物として描かれているようである。そのため上記及び以下の記述の幾つかは記事執筆者の単なる妄想という部分も散見されるが、ご承知の上ひとつの読み物として笑覧頂ければ幸いである。


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右がパッコヤン。カエルの目のような意匠のある帽子と、前面に複数穴のあいたような帽子の少なくとも二種類を持つが、他のタイプも所持しているようである。

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丸い「祭壇」で黄金都市についた際も、ヴエロエルコの隣に寄り添っていた。


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興味深いことに、アビスの深層が極めて過酷で生存すら困難な環境であることを認識すると同時に、この場所への希望と可能性を見出すシーンでは、ヴエロエルコよりも手前にパッコヤンが描かれている。これは単なる写実的描写とは考えにくく、主要な人物の順列は何らかの黙示をしているとみるのが妥当ではないだろうか。
恐らく彼女は例えば構成員の子供のように自分の意志が薄く連れて来られたのではなく、また何かの状況に自暴自棄になって半ば絶望からの逃避のようにしてこの冒険に加わったのでもない。
純粋にまだ見ぬ世界と黄金の都市の伝説を確かめたいという強い一心であり、アビスへの憧れはヴエロエルコすら凌いでいたのだろう。

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※2022年6月3日のPV公開により、ここにパッコヤンが描かれていることが確定した。
パッコヤンのセリフは「本当にあった!!」であり、黄金郷への強い憧れを感じさせるものだ。

更に、ワズキャンのいう「我々は穢れを押し付けられ排斥された者たち 居場所を子孫の代まで奪われた者たち」の中にはパッコヤンも含まれているであろう点からすると、何らかの重たい事情を抱えつつも前を向いてこの場にいるという事になる。
また、運やチームワークに助けられているとはいえショウロウ層に辿り着ける時点で、白笛相当ないしそれに準ずる実力を備えていることは忘れてはならない。

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ヴエロエルコがヤドネを発見した際は、ヴエロエルコの態度から心中を察しながらも冷静に状況を判断したしなめている。だがこれは穿ち過ぎた見方をすれば、ただでさえイルミューイにヴエロエルコを取られているところに、この上関心を引く存在が新たに現れてはたまらないという小さな嫉妬心もあったのかもしれない。

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その後、彼女はヴエロエルコとよく行動をともにしている。
水場を探す任務にも同行したが、水場を発見した喜びからか最低限の安全確認だけで水に手を入れ飲もうとするという早まったアクションも見せた。
上陸に真っ先に志願した事といい、感情が高まると時々危険を顧みず先走る癖があるのだろう。

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その後のヴエロエルコの回想では、イルミューイをメインとしながらも多くの状況でパッコヤンが登場している。
パッコヤンはキャンプにおいてイルミューイ・ヴエロエルコと同じテントで生活しており、彼女らとの接点は深かったようだ。
イルミューイの世話をヴエロエルコがし、ヴエロエルコの世話をパッコヤンがする…という関係だったように見受けられる。
頑健なパッコヤンだが未知の食材と料理はなかなか口に合わず苦労したようだ。
原生生物がヤドネを捕食したシーンでは武器を持って立ち向かってはいるが前線に立つというわけでもなく、勇敢さと引っ込み思案が共存した性質が見て取れる。

特筆すべきはヴエロエルコが主体となっての肉体関係であり、これがパッコヤンの想いを決定づけた可能性が高い。
年若いパッコヤンにとってのこの行為と、「たくさんのヒトと交尾した」ヴエロエルコとでは行為の重さがかなり違ったであろうことは想像に難くない。
それぞれの表情からも経験の差が読み取れるように見えるが、閨での振る舞いに立ち入るのは無粋であろう。
入口にイルミューイが描かれているのは恐らく、二人の行為が反復的・継続的に行われるのが難しかったという示唆をすると共に、ヴエロエルコがイルミューイと関係を持ったと読者に誤認させないための演出と考えられる。

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その後水を模した生物により隊員が発症した際も真っ先にヴエロエルコを呼びに来た。 隊員に不調が起こった際はパッコヤンがいち早く気づくことからすると、 雑用だけでなく医療周りも担当していたようだ。 ヴエロエルコは隊員(信徒)の「お世話をする」(言うまでもなくこれには言外の意味もある)役割であり、パッコヤンの手伝いもしていたので行動を共にすることが多かったのだろう。
リコが疲労で倒れた際にヴエロエルコが症状を判断した上で「自分こういうの得意だから」と言っていることからみても、二人にはある程度医療や応急処置の心得があったとみてよい。
とりわけヴエロエルコは幼少期に日常的に凄惨な暴行や虐待を受けており、自ら手当てを行う必要があったため自然と治療の技術が身に付いていたと考えられる。
パッコヤンはヴエロエルコの知識と技術に敬意を払っており、隊員の治療が必要な際は彼女を頼った。謙虚さや謙遜さといった性格が浮き彫りになる。

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ヴエロエルコが衰弱した際は、非常に心配そうな表情を見せた。「ほっ」というコマは省かれたとしても違和感はないが、あえて描いているところにパッコヤンの抱くヴエロエルコへの想いが表現されている。
ヴエロエルコを付きっ切りで看病したいという本心があったとしても、自分のやるべきことをいやな顔一つせずに果たしていった。
普段はヴエロエルコを頼る彼女だが、決して依存しているわけではなく必要とあれば自分で判断し適切な行動をとることが出来るのがわかる。
パッコヤンは水場を探しに行った隊の一員であり、水を口にしたタイミングは最も早かったはずだが、発症は遅く甲斐甲斐しく隊員の世話をしていた。彼女の強靭な体力と献身的な看病がなければ、被害はもっと拡大していたに違いない。


パッコヤンは、遺物の力により異形のものへと変わっていくイルミューイと、ヴエロエルコの苦しみや葛藤を間近で見ていた。彼女自身もイルミューイの赤子を口にし生き延びた者の一人だったはずだ。この地獄の中で彼女は何を思ったのだろうか。

ファプタにより「解放」されたイルミューイの記憶の中に、泣きながら食事をとるパッコヤンの姿がある。調理されたイルミューイの赤子を皆で食べ、体力が戻ってきた場面だろう。
食事に慣れるのに苦労したパッコヤンにとって、この料理はとりわけ美味に感じられた事は疑う余地がないが、これで生き長らえることができるという安堵感と、生き長らえてしまったという罪悪感が入り混じった表情を浮かべているように見える。
極限の状況で自分の命を守るために最善を尽くしながらも、ヒトとして超えるべきではない一線を超えてしまったのではないかという罪の意識にさいなまれ、それでもそれを涙と共に飲み込んで生きてゆく、人間らしい逞しさが描かれている。

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また、ベラフがイルミューイに取り込まれた際、パッコヤンとおぼしきキャラクターが「許してもらえる」事について呟いている。恐らくこれはその場にいた全員(ヴエロエルコ除く)が感じていた総意のようなものだったのだろう。
パッコヤンを含めガンジャ隊全員が強い罪悪感を抱いていたことが窺える。
ガンジャ一行がイルミューイに「食わ(れ)彼女の一部となっ(た)」のは、イルミューイの保護なしではこの環境では生きられないという現実に加え、贖罪の意味合いも大きかったのだ。 ※2

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その後、ワズキャン・シュレカカ・ガウメらと共にファプタ誕生に立ち会ったパッコヤンは、ファプタがイルミューイの外に出た際に涙を流している。この時胸に去来したであろう感情は察するに余りある。※3

ここからおよそ150年以上という長い時を経て、パッコヤンは解放されたヴエロエルコと邂逅というべきか、再会することとなる。

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9巻のこのラフ画でパッコヤンの過去の姿が明かされることとなった。
過酷な状況の連続だったため本編では笑顔を見ることは少ないが、本来よく笑う少女だったことが描かれている。一方で涙もろい所もあり、感受性の豊かさが見て取れる。

パッコヤンがいつヴエロエルコを発見したのかは定かではない。
ただ、7巻の最終部分において、ヴエロエルコが自分の正体をリコやムーギィらに話す時、パッコヤンもその場にいた。

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彼女がいつからリコの部屋に来ていたのかはわからないが、特にこの場に来る理由は見当たらないことからすると、 戦いで活躍したヒトの子を見に来た野次馬の一人であり、そこに思いがけずヴエロエルコの姿を見つけたのかもしれない。
このシーンではその眼はヴエロエルコを見ておらずリコの方を向いていることからしても、ちょうど部屋に入ってきた瞬間とも考えられる。
無論それ以前に偶然ヴエロエルコを見かけていた可能性もなくはないが、ヴエロエルコが人目を憚って行動していたことからすると、再会はこの時点とみるのが妥当であるかもしれない。
ちなみにヴエロエルコはこの時パッコヤンが理解できない共用語で話していたため、ヴエロエルコのことは話す内容ではなく外見で認識したはずである。加えて、ヴエロエルコがリコ・ムーギィらに吐露した心中や感情も理解することはできなかった。

ヴエロエルコはパッコヤンの成れ果てた姿を知らない(ジュロイモーの姿を知らなかったことからしても、イルミューイからのかすかな信号では外見や会話の内容までは分からない)ため、パッコヤン側から接触するか誰かから教えてもらわない限り彼女を識別することはできない。
とはいえ、ヴエロエルコはパッコヤンがイルミューイに取り込まれ成れ果てたということは信号により知っており、イルミューイと繋がっている際は居場所も感知できたとみるのが自然だ。そんなヴエロエルコだが解放されてからもパッコヤンを積極的に探そうとしている様子がない事からすると、彼女の心の中でパッコヤンが占める割合は大きいものではなかったと見ざるを得ないだろう。

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パッコヤンがヴエロエルコを確実に認識し接触しようとしたと確認できるのは、9巻の冒頭、ファプタの一部をレグが持ち帰りそれをヴエロエルコが物陰から覗いている場面である。※4
このシーンでパッコヤンは単眼を潤ませ熱い眼差しでやや頬を赤らめながらヴエロエルコの顔を見ている。
ようやく二人きりになれ、今まさに後ろから話しかけようとした瞬間だったのかもしれない。突然正体を明かして驚かせ、再会を喜ぼうとしたのだろうか。そうだとすれば、二人だけで話をしたいというパッコヤンの奥ゆかしさも垣間見える。

しかし声をかけようとした刹那イルぶるに異変が起き、控えめなパッコヤンはヴエロエルコに話しかけるタイミングを失ってしまう。
その後ヴエロエルコはリコ・レグ・ワズキャン・ムーギィらと共用語で話をしており、パッコヤンは会話の内容が分からずいら立つ様子を見せている。ヴエロエルコと話したいが、新参のよそ者が彼女と親しげにしている状況、また尋常ならざる事態が起こっている雰囲気を感じ取ってこのような態度になったのだろう。

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ジュロイモーがイルぶるに乗り込むと同時に、ワズキャンはヴエロエルコを連れて場を離脱してしまう。これにより、パッコヤンはヴエロエルコと接触する機会を失った。
それでもその遠くを見通すであろう単眼は離れた二人の姿を認識しており、視界の端で追いかけていたのだろう、後の再会につながることとなる。(ヴエロエルコはレグに対して大声を出しているので初期段階での居場所の把握は容易だったはずだ)
しかしこの場ではひとまず頭を切り替えて事態の理解につとめ、眼前の脅威への対処に集中しようとした。

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その後レグの火葬砲によってイルぶる入口の膜が破られ、ファプタが姿を現した際は、多くの成れ果てとは違い痛ましい悲しげな表情で目に涙を浮かべている。※5
150年前の出来事が昨日のことのように思い出され、後悔、懺悔、悔恨、そしてイルミューイの忘れ形見であるファプタへの同情などが押し寄せ、感情が大きく揺さぶられたのであろう。
この点からも彼女の心の強さと優しさが見て取れる。過酷な経験と長い時を経てもパッコヤンの感情や慈愛の心は全く磨り減っていなかったのだ。

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それでもファプタが村を襲撃し始めると、パッコヤンは射出器を持ち果敢に戦闘に加わった。
ヴエロエルコを一刻も早く探したかったはずだが、強い責任感とファプタをこのままにしておけないという思いが彼女を踏みとどまらせた。

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彼女の存在が多くの読者に認知されたのはこのシーンからであろう。
可愛らしさと勇敢さを併せ持った魅力的なキャラクターとして捉えられたようだ。
このセリフの訳は明かされていないが、状況からするとさしずめ「これでもか!」や「これならどうだ!」というような意味かもしれない。(「今だ!」というニュアンスを示す語は「ビゴゥー」であるため当てはまらない)

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ファプタに攻撃を仕掛け、反撃されるまでの一連の流れを見てみよう。
半固定式射出器で撃ち出したのは捕獲用の網状のものであった。オオガスミを捕らえる作戦では先端が尖った槍状のものを使っていたことから、弾丸は必要に応じて変えられることがわかる。
ここで網状の弾丸を使用したのには三つの理由が考えられる。

一つは、今回のように攻撃が外れ味方の住民に当たった場合、住民を傷つけかねない。すると「清算」を受けることになってしまいそれを避けるためだ。網状の弾ならフレンドリファイアで仲間を傷つける心配はない。パッコヤンの冷静な判断が見られる一幕だ。

二つ目の理由は、単純にファプタの動きが素早すぎて通常の矢では追いきれないという点だ。実際、攻撃面積の広いこの弾でも回避されており、普通の矢を命中させるのはさらに難しかっただろう。

最後の理由は、ファプタを傷つけたくないという心理によるものだ。
村の住民たちはファプタを「末の妹」とも呼んでいる。また、ファプタに対する態度を見ても怒りよりもむしろ歓喜に沸いている。これらの感情がどこから来るものかは本稿では解説しないが、住民たちのファプタに対する感情は統一されたものではなく様々なベクトルがあったと考えてよいだろう。
ファプタを退治しようとする住民がいる一方で、ファプタの生い立ちを知っているパッコヤンとしては彼女を傷つける手段は取りたくなかった。しかし村の成立に大きく関わり住民に対して責任ある立場として、ファプタに村を蹂躙させるわけにもいかない。となれば捕獲して無力化するための網状の弾丸を使うというのが現実的な対処となる。

上記の複合的な理由から、すなわちファプタを殺傷するのではなく捕獲し住民の殺戮をやめさせるために、投網状の弾丸を選択し敢然と立ち向かったのである。
ファプタに強い同情を示しながらも、それに流されず自分の責任を果たそうとしたのだ。

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パッコヤンの攻撃を回避した直後、ファプタは彼女に襲い掛かる。勇敢ではあるが素手での戦闘に秀でているわけではなく、怯んでしまった彼女を間一髪で救ったのが、シュレカカとエンベリーツである。

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小さいものに体を這わせることに価値を持つエンベリーツは、群体の成れ果てであるシュレカカをよく体に乗せており、親しい間柄だった。また、シュレカカはガンジャの一員でありパッコヤンの仲間である。※6
苛烈な性格のシュレカカがエンベリーツに命じ、パッコヤンを救ったのであろう。エンベリーツがファプタに体当たりした直後、シュレカカはパッコヤンに飛び移っており、助けに来たという意思が見て取れる。
エンベリーツがファプタに食い破られアジャポカに殴られた際、パッコヤンも(表情は分からないが恐らくシュレカカも)痛ましげな表情を浮かべていることからすると、シュレカカを通じてエンベリーツと仲が良かったのかもしれない。
危機に陥った際でもとっさに身を挺して救ってくれる仲間の存在から、パッコヤンのイルぶるでの人となりが浮かび上がってくる。

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ファプタに襲われた際に半固定式射出器から離れてしまい、直後に壁が崩れるなどのどさくさでパッコヤンは武器を失ってしまったようだ。更にレグとファプタの接触といった状況を冷静に鑑みながら、この場所で自分にできることはもうないと引き際を弁えたのだろう。この後はファプタへの攻撃や原生生物との戦闘に参加することなく、ムーギィ・マアア・メポポホンらリコを守るメンバーと合流することとなる。ヴエロエルコと親しげにしていたリコが再会のキーマンであると感じていたのかもしれない。
ちなみにメポポホンは、恋人が焼けた鉄の雨で負傷したため避難してきたのだろう。

リコら一行に加わるパッコヤンだが、武器を失ったこともあってか体を張ってリコを守るような素振りは見せておらず、どちらかと言えば陰に隠れている。(恋人がいるメポポホンも特に身を挺してリコをかばうことはしていない)
そもそもパッコヤンはこの時点でも状況を正しく把握できていたとは言い難く、ムーギィやマアア、マジカジャと違いレグから「価値」を渡されて護衛を頼まれたのでも、メポポホンのようにリコと面識があったわけでもない。したがって命を懸けてまでリコを守る理由は見いだせず、自分の身を守る行動に終始したのはごく自然なことである。彼女にとって、ヴエロエルコとの再会が最優先だったからだ。

2022/9/15 追記
アニメにおいては、パッコヤンはリコに寄り添い肩を貸すなどして助ける場面が頻繁に見られ、彼女の慈愛の心がより分かりやすく強調されている。
極限状態でも他者への思いやりを示せる描写を追加し、より深く彼女の内面を描き出すと共に、後の展開に向けてさり気なく存在感を示し視聴者の印象に残すことにも成功している。

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突然現れヴエロエルコと親しくなっていたリコらに対し、パッコヤンは複雑な感情を抱いてたのかもしれない。ヴエロエルコとの仲に割り込まれたという嫉妬や苛立ちと共に、彼女を封印から解放してくれたという感謝の気持ちもあり感情の整理が追い付かなかったとしても無理はない。
どことなく一行と距離を取っているように見えるのはそのためだろうか。

イルぶる入口の膜が破れたことで原生生物が侵入し、ファプタとそれらの戦いが激化すると、リコらはマジカジャに乗って下層へと避難する。
このマジカジャ上での移動に要したおよそ50分強は、ムーギィらの説明を通じてパッコヤンが事態を把握するのに十分な時間であったはずだ。

ここで一行へワズキャンとヴエロエルコの居場所を教えそこへ行くよう提案したのは間違いなくパッコヤンだったと考えていい。
「ボスと一緒に居た」ヴエロエルコを横目で視つつ戦っていた彼女以外に、ワズキャンと共に下層へ落ちたヴエロエルコの居場所を知る者はいなかったはずだ。(ナナチも彼らを視認していたが、落下するタイミングでは視線を切っていたと思われる)
マジカジャがパッコヤンの指示に従っていることからも、この場で最も古株の彼女がイニシアチブを取っていたとみていいだろう。

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移動の状況を表すイラストでは実際の配置と違いパッコヤンが先頭に描かれており、リーダー的立ち位置になっていることは注目に値する。

ワズキャンがリコらと最後の言葉を交わす時、パッコヤンはその場にいなかった。
自分たちを奈落の底、黄金郷へと連れてきた張本人、ガンジャのリーダーでありボス、150年以上を共にしたワズキャンの最後を、パッコヤンは看取ろうとしなかった。※7
では彼女はその間何をしていたのか。言うまでもなく、ワズキャンと一緒にいたはずのヴエロエルコを捜索していたのだ。ボスの死に目よりヴエロエルコとの再会を優先したのである。彼女のヴエロエルコへの想いが強く伝わってくる場面だ。

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これはさりげないが重要なセリフである。
パッコヤンが「ヴエロエルコとワズキャンが一緒におり、おおよその落下地点まで知っていた」という事を示すものだからだ。そしてこの場所に来たのがムーギィやマジカジャの意志によるのではなくパッコヤンに導かれていたという点が明らかとなる。
また、パッコヤンが激しい環境で身を守りながらも二人の姿を認識し続けるだけの高い視力と集中力を持っていたことも示唆している。

周辺を探すもヴエロエルコを見つけることが出来なかったパッコヤンは急いでマジカジャの上に戻り、ヴエロエルコの捜索を急ぐよう伝える。その顔はとても心配そうで、眼には大粒の涙が浮かんでいる。
ようやく再会できたヴエロエルコと、いつもあと一歩のところで声を交わすことが出来ないという悔しさと悲しさ、そしてヴエロエルコの安否を気遣う気持ちが滲み出た表情だ。

ファプタが遠吠えをあげ村人を呼んだ際、ムーギィやマジカジャはそれに応じる姿勢を見せた。
シュレカカやガウメといったガンジャのメンバーは自らをファプタに食わせその力の一部にするという行動に出た。
しかし、パッコヤンはそれらに一瞥もくれなかった。
脇目も振らずただひたすら愛する存在のもとへ一刻も早く駆け付けようとしただけだ。


かつて、その高い視力と澄んだ眼差しで自分の夢であるアビスを発見したパッコヤンは、今度は更に遠くを見通せるようになった瞳で愛するヴエロエルコの姿を誰より早く見つけたのだろう。瞬間矢も楯もたまらず、仲間を待つこともなく脱兎の如くその元へと駆け寄っていく。

既にヴエロエルコは上昇負荷により変わり果てた姿になっていた。その場所に行けば自分がどうなるかは、パッコヤンには容易に想像がついたはずだ。いや、つかなかったのかもしれない。感情が高ぶると向こう見ずになる癖がある彼女のことだ、ようやく見つけたヴエロエルコの身を案じることで頭が一杯で、自分のことなど気にかけている余裕はなかったのかもしれない。
いずれにせよ彼女は生死すらわからぬヴエロエルコのために、何の躊躇も逡巡もなく死地に踏み込んでいった。

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すぐさま崩壊してゆく自分の体を気にもかけず、傷だらけになりながらパッコヤンは150年を超えても褪せることのなかった気持ちを込め、万感の思いで最も呼びたかった名を二度続けて叫ぶ。
その呼びかけにヴエロエルコが目を開けたのを確認すると、名乗る間すら惜しみ歯を食いしばり最後の力を振り絞って力場の影響を弱めるため階下へと投げ落とす。

階下に落とさず、ただ寄り添い、抱きしめ、手を握り、思いを伝えてヴエロエルコの最期の瞬間を独占する事もできただろう。
だがパッコヤンはそれを望まなかった。

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たとえどんなわずかな時間であっても、
たとえ変わり果てた成れ果ての姿になっていても、
たとえ自分が最後の言葉すら交わせず無念に消えることになっても、
愛する人が、ヴエロエルコが生き長らえることをただ願った。

ヴエロエルコを投げ落としたパッコヤンは一度地面に手をつくが、それでも這うようにして最愛の人のもとへ身を伸ばそうとする。
だが、それが彼女の最期であった。力場に触れた彼女の体は崩壊し無情にも塵へとかわる。※8
その大きな眼からは、ヴエロエルコを想った涙が消えゆく最後の刹那まで溢れ続けていた。
この瞬間に至っても胸に抱いた想いは、これまでの冒険のことでもそれまでに出会った人々のことでも消えゆく自らのことでもなく、ただ一人愛し続けたヴエロエルコのことだけであった。


事ここに至り、ようやくヴエロエルコはパッコヤンの存在を認識し、涙を流し絞り出すようにその名を呟く。
極限の状況で命を捨て自分にここまでしてくれる存在は、姿は変われど彼女以外に考えられなかった。
しかし、その呼びかけもパッコヤンに届くことはなかった。ついに彼女はヴエロエルコと再び言葉を交わすことはできないままアビスに還った。


パッコヤンの冒険はここで終わりを迎えたが、彼女の人生の記憶はイルミューイを通してファプタへと受け継がれることとなる。
ファプタが母であるイルミューイを「解放」する時、イルミューイの記憶が垣間見えた。

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ガンジャ一行が病気からの回復を喜ぶ束の間のひと時、イルぶるになり皆を見守っている中での平和なひと幕。※9
そのどちらにもパッコヤンは中心にいる。イルミューイにとって、ガンジャにとって、村全体にとって、パッコヤンは愛され、慕われ、無くてはならない存在だった。
これらのシーンでヴエロエルコがいないのは、イルミューイがファプタにであっても思い出を渡したくなかったからだが、ヴエロエルコを抜きにすればイルミューイが最も慕っていたのは共に長い時間を過ごし世話をしてもらったパッコヤンだったのかも知れない。※10


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かつてベラフは言った。
「美しさとは眼だ 『眼差し』ととらえよ」
「睨みつけ 慈しみ 憧れ続ける その眼差しこそが美しさの本質なのだ」

夢と冒険に生き、慈愛を貫いてアビスへと還ったパッコヤン。
「成れ果ては皆多かれ少なかれ体が欲の形になる」という。
彼女は何を願って美しく澄んだ大きな一つの目を手に入れたのだろうか。

押し寄せる理不尽や困難を睨みつけ跳ね返すためか。
仲間を見つめ慈しみ守るためか。
アビスに憧れ続け更なる深みを目指し覗こうとしていたのか。

それとも、闇の中の光であった愛する人をどこまでも探し続けるためだろうか。

答えは二度と戻れぬ望郷の彼方に還った、温かい闇だけが知っている。

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以下脚注

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※ ナナチは「バ」ッコヤンと呼んでいるが、これは誤植であることを作者が示している。

※1 ヴエロエルコが船に乗る前の準備の回想をしているシーンにも大きなリュックを背負った彼女に似たキャラクターが登場しているが、前髪の色が若干違うため断定はできない。(もしこれがパッコヤンだとすれば、彼女はヴエロエルコより年若いが強靭な体力の持ち主であったということの証左の一つとなる)
この時はヴエロエルコとベラフがちょっといい雰囲気になったので、物陰から様子を見ていたパッコヤンがサマーシュラの発熱をダシにして割り込んだ…というのは考え過ぎだろうか。

※2 パッコヤンがイルミューイに取り込まれた厳密なタイミングは不明である。
ワズキャンに先立ち率先して入ったのかもしれず、その場合ヴエロエルコがいないことに後で気が付いたのだろう。
或いは、ヴエロエルコがワズキャンによって封じられてから後を追うように入ったのかもしれない。
また、ベラフが記憶を捧げ失っていたこと、「皆イルミューイに『心も』食わせ」ていることから、ガンジャらはヒトだった頃の記憶を失っているとする考え方もあるが、ワズキャンは記憶を保持している点やイルミューイの誕生時にメンバーらが「卵」に言及しかつ落涙している点、また「酒入った時なんか連中マジに語る」事などからすると、知性の残り方に個人差はあるもののベラフ以外は記憶を失っていなかったとするのが妥当である。
考察をいささか飛躍させれば、ベラフは捧げたものが格段に多いからこその巨大な体躯であったのかもしれない。


※3 このシーンでパッコヤンやガウメらは涙と共に涎を流している。
これが後にファプタが言う所の「ファプタを…旨そうに睨め回した」に繋がる場面だろう。
だが単行本で見る限り、このコマでの涎はパッコヤンらがファプタを食欲をもって見ていたため、と断定できるに至らなかった。罪悪感ゆえに号泣しそれが涎ともなり流れた、という描写の可能性を排除できなかったのである。
実際、心底感情が動かされ涙を流す際は、顔の筋肉のコントロールができなくなるため涎も一緒にこぼれてしまうことは少なくない。
涎が罪悪感の発露に起因するとも考えられる根拠は、その2ページ前にさかのぼる。
まずファプタ誕生直後ではパッコヤンやガウメは涙も涎も流していない。その後、干渉器が破壊された際は驚きのけぞるガウメの姿が描かれている。
この後に食欲をもってファプタを見、涎を垂らす、という心理状態はいささか不自然にも思える。「鮮度」が一番良い生まれたての時に涎を垂らしていないのも引っかかる部分である。
むしろ、有無を言わさず干渉器を破壊するファプタの行動により、イルミューイの自分たちに対する感情を察して慟哭に繋がり涎を垂らした、という見方もできる。
しかしファプタにはその涎が何を意味するものかまではわからず、兄弟たちを食した者らが涎を垂らして自分を見ている、それ即ち自分も食材として見ていることに他ならない、という解釈に至ったとしても不思議はない。
いずれにせよ上記の見解をこれ以上検証する術はなく、そのため本文中のこの部分は「察するに余りある」という記述にとどめた次第である。
なお、アニメにおいては涎を垂らす表現は無くなり、単に慟哭する描写となっている。

※4  このシーン以前に二人が言葉を交わし再会を喜んでおり、ここでは単にパッコヤンがヴエロエルコに寄り添っていただけという可能性も否定しきれない。とはいえこれ以前に両者が再会していたとするならば、ヴエロエルコはその後のリコやムーギィ、ワズキャンとの会話にパッコヤンを加えたはずである。しかしそうしていないことからするとこの時点での再会はなされていなかったとみるのが妥当であろう。
また、最後の瞬間以外ヴエロエルコはパッコヤンを気にかけている素振りがないため、二人はすれ違い続けていたものと考えたほうがしっくりくる。
2022/9/30 追記:パッコヤンが解放されたヴエロエルコに声をかけたのは最後の瞬間のみであることをアニメ放映後に作者が明かしている。

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※5  ファプタ登場シーンでは、落涙している成れ果ては他にも数名いる。
だが彼らの殆どの表情は歓喜に沸いており、パッコヤンの心中とは異なる動機による涙と考えたほうがよい。
(他の成れ果ての具体的な心情とその理由については本稿の筋とは関係が薄いため詳しくは取り上げないが、例えばマジカジャとムーギィの言動などはその理解の助けの一端となるだろう)
しかしながらパッコヤンはその後のファプタの遠吠えにも一切反応する素振りを見せない事からしても、ファプタに近づきたいという住民の本能は殆ど持っていなかったか、抑えることが出来ていたと思われる。
この状況において悔恨やファプタに対する憐憫といった純粋な気持ちから涙を流していたのは或いはパッコヤン一人だけだったのかもしれない。

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※6  シュレカカがガンジャの一員であったという根拠は、 イルミューイに身も心も食わせ 彼女の一部とな(った)ガンジャ一行のコマの左上にシュレカカらしき生物が描かれていることなどによる。
このシーンで確認できるメンバーは右からパッコヤン・サバッサ・ガウメ・そしてシュレカカである。
エンベリーツがガンジャの構成員だったという傍証は原作の漫画を見る限り見当たらない。
シュレカカは村の成り立ちに関わる最古参でありエンベリーツの「価値」を満たす存在であったことなどから、一種の上下関係がありエンベリーツはシュレカカに頭が上がらなかったと考えられる。

※7  このことから分かるように、パッコヤンは少なくともこの時点ではもうワズキャンのことを慕ってはいなかった。
イルミューイに「欲望の揺籃」を渡し変異させたこと、その赤子を取り上げ食べさせたこと、また何よりヴエロエルコを封印し会えなくした事などから、心が離れていったものと思われる。
加えて、ヴエロエルコを攫って下層へ落下するなど危険な行為をした上に引き離されてもいるので、この時は怒りしか感じていなかったとしても不思議はない。
なお、ワズキャンはパッコヤンにヴエロエルコの居場所を教えることはしなかったのだろう。「ここは君だけのもの」と言っているからだ。
また、「目の奥」が住民にとってひどい苦痛を伴う場所だとしても、ヴエロエルコを強く想うパッコヤンなら辿り着いてしまう可能性を考えただろう。

2022/9/29 追記:アニメにおいてはパッコヤンはワズキャンの最期に立ち会う姿が描かれているが、どちらかというとワズキャンよりもリコの言動に関心があるような描写となっているようである。
アニメが原作者の意向を反映し原作を補完するものと考えるか、分かりやすさなどに重きを置いて改変を加えたものと考えるかで、この部分のみならず全体の解釈は人によって変わってくるものであり、それも作品の楽しみの一つと言える。

※8 パッコヤンの体が崩壊したのは上昇負荷によってではなく、アビスの力場に触れたためである。
ナナチはベラフの住処においてミーティが消えてしまう「境界線」を聞かされた時、力場が入り込んでいるのを見た。
そして力場に触れた結果ミーティやナナチを追ってきたピギムゥらは崩壊してしまった。
また、住民に対してナナチは「もう村の膜は破られてる!外と混じったらおめーら消えちまうぞ!」とも言っている。
イルミューイの体内は力場の侵入を防ぐ役割をしていたが、それが崩れあちこちに空いた穴から力場が入り込んでしまったのである。
一度イルミューイにより成り果てた住民は力場に触れた時点で体が崩壊してしまうため、たとえ平坦な上昇負荷のかからない場所であっても外に出ることはできない。

※9 このシーンで示されているイルミューイの心中を推し量るのは容易ではない。既にほぼ知性は失われた上ではあるが、極めて複雑な感情が入り混じり自己矛盾すら生じている状態と思われるからだ。
(更に言うなら、これはファプタが直前に食したムーギィやガウメの記憶である可能性もある。だが、ファプタが彼らを食べることで「今の母を知る」と述べている事から、住民を通してイルミューイの記憶や感情が反映されたものを取り込んだとも考えられる)
それでも、イルぶるへと変貌していったイルミューイの「願い」とその理由の一端をここから読み解くことができる。
右上から始まり左下へ時系列として描かれており、右上のカットは自分の赤子をガンジャらに奪われる悲しみや苦しみを示している。左上にはイルぶるとなったイルミューイの中でしか生きることの出来ない数多の住民たちが描かれている。
イルミューイの心中が恨みや怒りで塗りつぶされていたとすれば、下のカットはもっとおぞましく陰鬱なものになっていたはずだ。しかし、パッコヤンをはじめとするメンバーをイルミューイはどこか温かさをもって見ているように思われる。
短い間とはいえ濃密な時間を過ごし居場所を追われた自分を受け入れてくれたガンジャのメンバーに対し、怒りだけでなく生存を喜ぶ気持ちも同時にあったのだろう。またそれは恐らく二つ目の「欲望の揺籃」の使用意図に重なるものであったはずだ。
下の両カットにおいてパッコヤンが主要人物として描かれているのは、彼女の心中と感情をイルミューイが受けとめ、ガンジャらに加え助けを求めてきた人間を庇護する対象と見るようになったことを現しているのかもしれない。
イルぶるとなった自らを防護し住民の安全を確保するためにジュロイモーのような存在を産み出したこと、また「清算」のシステムなどからも、彼女の住民に対する感情を察することができる。
言うまでもなく一番大きな動機はヴエロエルコとの関係にあるが、自壊せずむしろ村を守ろうとすらしたのはパッコヤンやベラフを初めとするガンジャのメンバーの深い悔恨や辛苦、また自分に対する愛情を感じ取ったからというのも一つの要因ではないだろうか。
(イルぶるとなったイルミューイの行動や思惑にはワズキャンの陰謀や彼との駆け引きも絡み更にファプタへの一種の教育といった要素も関係してくるため全容は更に複雑なものとなるが、これ以上の蛇足は控えたい)


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※10 イルミューイはベラフのことも強く慕っていたが、家族のような存在としてであった。(ベラフの性別を断定できる描写はない)
イルミューイとヴエロエルコの関係を親子のようだとベラフが言った時、イルミューイは「オマエのこと『も』」と返している。続く言葉は省かれているが、「家族のように思っている」に近いニュアンスと考えられる。
異性として慕っていたのであれば、「オマエのこと『を』」という表現が妥当であるからだ。
ベラフはイルミューイが自分の過去と心情をヴエロエルコに泣きながら話している時、それを物陰で聞いていた。そこから彼女に対しこれまで以上に深い同情心をもって接するようになり、慕われたのかもしれない。
ベラフがイルミューイの子を口にする事にとりわけ嫌悪を示したのは、その気高さもさることながら、自分を家族のように慕ってくれたイルミューイを冒涜する事への人一倍強い罪悪感によるものだろう。
イルミューイが親しいガンジャのメンバーを家族のように慕っていたとすれば、パッコヤンの事は優しくて頼れる姉のように思っていたのだろうか。


最後に

パッコヤン愛が強くて少々こじつけや妄想が多めになってしまったことをお詫びします。記事は全て個人的な見解であり、多分に憶測が含まれています。
原作だけではキャラの判別が難しい部分が多いので、アニメで更にパッコヤンに光が当たることを期待したいですね!

2022/9/29 追記:
アニメ「烈日の黄金郷」では美坂朱音さんによる素晴らしい演技によりパッコヤンに命が吹き込まれました。
可愛らしく健気なパッコヤンを見ることができて幸せでした。
制作陣と関係者の方々にはたくさんのお礼が言いたい。
是非また(3期で)会いたいですね。

本記事をご覧になった方、❤をつけてくださった方も本当にありがとうございました。
これからもメイドインアビスに関する考察を投稿するかもしれませんので、その際はよろしくお願いいたします!

変更履歴

2022/9/30 作者のツイートに基づき脚注4に追記

2022/9/29 アニメの描写に基づき脚注7に追記・「最後に」に加筆

2022/9/15 アニメの描写に基づき追記

2022/9/4 アニメで描写があったため脚注3を追加
伴い脚注のナンバリングを変更

2022/8/26 アニメでパッコヤンの成れ果て前後の姿が描写されたため一時的にトップ画像を変更

2022/8/25 アニメによりアジャポカの成れ果て後の姿が判明したため本文に反映

2022/7/16 「スキ」「シェア」をするとビヨンドグリフメッセージが表示されるように設定 ハディまえ…意味は合ってる…はず

2022/7/14 本文に軽微な加筆

2022/7/12 アニメの描写に基づき追記

2022/7/8 アニメ放送中のネタバレを防ぐため表紙画像を変更 表現に軽微な修正

2022/7/7 脚注8に加筆

2022/7/3 パッコヤンの食事シーンに基づき本文に加筆・見解の調整・脚注の追加・その他文章の一部を修正

2022/6/24 本文に注釈を追加・脚注8に若干の加筆・誤字の修正

2022/6/3 PV公開に伴い本文注釈を追加

2022/3/27 本文注釈に加筆

2022/3/11 本文に極軽微な表現の修正・脚注3に加筆

2021/12/22 本文に若干の加筆・軽微な表現の修正

2021/12/20 本文に加筆・修正 脚注8に軽微な修正

2021/11/24 本文及び脚注8に加筆・修正
アニメPV公開によりアビス第一発見者がパッコヤンであるという可能性が濃厚となる

2021/11/12 本文及び脚注に加筆・修正

2021/11/3 本文に加筆及び脚注の表現を修正
画像を追加
脚注の※と※1の順番を修正

2021/11/2 本文及び脚注3に加筆

2021/11/1 本文及び脚注8に軽微な加筆

2021/10/31 軽微な表現の修正
脚注に4を追加 脚注7,8を補足・修正
本文中の内容を加筆修正


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