2023/5/20 泣かせるぜ

7:30頃に起きた。
今日は11:30から三鷹にて2ステージのライブがある。今回の会場は最寄り駅が無い東京では特殊な会場である。

結局、ネタは完成していなかったので、出発までの9:30までネタを用意した。9:30になり家を出た。
地下鉄を乗り継ぎ、仙川駅に到着した。駅に降り立つと空気が違った。自然のにおいというのか植物が呼吸し、光合成したばかりの空気だ。体にいいだろうというのが体感できた。
駅からはレンタルサイクルに乗る。車も少ない道を走り、自転車を停め今度は10分ほど歩く。
すると、住宅地の真ん中にやたらと盛り上がっている場所があった。これが今回の会場である。
地域の若い夫婦とその子どもたちがごった返していた。出店もいろいろと出ていた。まさに祭り会場だ。お笑いライブと聞いていたのでこれはなかなか厳しいぞ。

何が厳しいのか、それはすべてが普段漫才をしている場所と違うからだ。普段ネタをやっているのは東洋館の年齢層の高いお客さんの前か、地下ライブのお笑いを見ることに慣れているお客さんの前だ。
会場も普段は屋内、外でなにか起きているのか見えない密室だ。今日は完全な外。袖も導線もお客さんから見える場所だ。

Jリーグ会場に囲碁棋士が来たような感じになった。これで例えがあっているのかは知らない。

これはまずいことになったなと思いながら、他の芸人さんがネタをやっているところを見るとやはり我々にはアウェイだ。
正統派の漫才、コントをしている人は皆つらい目にあっていた。
一方、キャラクター漫談などをされている方は客席の子どもたちもステージに来て一緒に踊ったりネタに参加していた。

どひゃーこれはきつい戦いだ。さっきまで書いていたネタは最新時事漫才だ。「歌舞伎業界がたいへん」という内容である。

これはウケないだろうな~と思いながら受付を済ませて喫煙所に行く。
会場中を子どもたちが走り回っている。喫煙所は会場のすみっこにあったがそこでも子供は走り回っていた。どうしよう。すべてがアウェイだ。

田川くんとマセキユースの田原かいようくん(後輩)も到着して、今日はきついなという話をした。田原くんもわりと密室芸だ。イラストの書かれたフリップを使ってネタを展開していく。今日の会場は後ろのお客さんは確実にフリップが見えない。

どうしようかと考えているとタバコがどんどん減っていく。考えたところでどうしようもない。いったんは漫才をやる。えらいめにあった。

ああだめだ。私がこれまでやってきた漫才なんてなんの意味もないものなのだ。夜更かしして早起きして考えた漫才も結局はこんなことになるのだ。完全に生きる意味を見失った。よし、そろそろあれしようかなと思った。
すぐにあれしようと思ったのだが、未来ある子供たちの前だ。ここであれしてしまっては一生忘れられない記憶を植え付けてしまう。
そして、今日は2ステージだ。私があれするのは自由だが、出演者が一人足りなくなっては主催者に迷惑をかけてしまう。そして田川くんは慣れない漫談をすることになってしまう。帰りがけにあれして帰らぬ人になろうと思った。

出番の間に2時間ほど隙間があったので、田原君と我々の三人でご飯を食べたりだらついたりした。このライブにかかわる人たちはみんないい人たちで、とにかく芸人さんと盛り上がりたい。そういう気持ちがビシビシ伝わってきた。それゆえに、盛り上げることができない自分のふがいなさよ。

楽屋に戻ると、現在マセキユース入りを目指してオーディションを受けているという「でぃ」さんという方がいらしたのでネタの話をする。
今日はたいへんだ。というのはでぃさんも同じようだ。これまで大学お笑いなどでネタを頑張ってきたのにここではこんなことになってしまうのか、と落ち込んでいる様子だった。

仕方がない。しかしあなたには未来がある。私はこの後、姿を消す予定だ。未来がきらめいているあなたは今日のネタの出来を悲観するべきではない。

ステージでは地域の子供たちがダンスの発表などをしている。それを見る保護者の方々は皆微笑んでカメラで子どもの姿をおさめている。私は泣きそうになってしまった。
そうだよな。作った漫才なんかどうでもいいよ。子供の成長を感じるだけで人は笑顔になれる。そうだよな。

行き先は天国なのか地獄なのか知らないが、ネタの出番が近づいてきた。どうやら芸人の皆さんも第一ステージでしっかりネタをやったことで辛い目にあい、スタイルを変えているようだ。漫才だけども子供参加型にする。コントだけども子供参加型にする。お笑い芸人の鏡である。お客さんに合わせてネタを捨てる。お笑い芸人はピエロだ。ネタをやめろと言われればやめるのは当然だ。

私も直前まで悩んだ。子供がわかるニュースなんか知らない。思い切って子供からネタにしてほしいニュースをもらって即興漫才でもやろうかと悩んだ。
いや、もうやってやろう。どうせこの後、姿を消すんだ。この世に最後っ屁をかましてやろうと、暴れることにした。台本はさっきと同じだが、どんどんエスカレートして関係ないこともいってやる。これでもくらえ!

がなりが入り、とにかく全力で漫才をやる。やはりウケない。子供は聞いているのか聞いていないのかわからない。お母さんたちはしかめっ面だ。このやろう。これがこの後あれする人間の漫才だぞ!こら!たこ!
とにかくしゃべる。

すると、目の前に座っていたおじさまが食い入るように見て、聞いて、笑っていた。視界の左すみにいたおじさまも同様に見て笑ってくれていた。
おじさま、この世の中は不条理だろう。見えないところで悪いことをしている人たちがたくさんの富を抱えている。悪事がばれたからといって逃げようとする。逃げていれば世間は忘れ、やがてまたたくさんの富を抱え込むのだ。

おじさまも頑張って生きてきたことだろう。時には自分のふがいなさに落ち込んだ日もあるだろう。がんばってがんばって家族のために働いて働いて。休日に子どものイベントで子どもの成長を感じるだけで幸せを感じる。それでいいそれでいい。それでいいと自分に言い聞かせるが、ふと何か大事なものを見失っているような気持ちになる日もあるだろう。

私はそんなおじさまの代弁者としてしゃべった。
「歌舞伎も大変ですけど、ジャニーズも大変ですね。」
「いいかげんにしろ!」
「ありがとうございました!」
漫才が終わった。やりきった。私はやりきった。これまで我々の漫才を面白いと言ってくれた皆さまに感謝した。ありがとうございました。そしてさようなら。

ネタが終わり、笑ってくれていたお客様がおひねりをくださった。おじさま二人に加え、舞台の陰から見ていた奥様もくださった。
おじさまからは「おもしろかったです。」と言葉をもらった。
ありがとうございます。
私はこの瞬間に思った。もっと生きよう。もっと生きて世の中の不条理にもやもやしている大人たちが笑える漫才をすることで社会に恩返しをしていこう。それしか私に書けるネタはない。

帰り支度をする。主催者の方々に心からの感謝の言葉を送った。本当に良かった。私は生きる意味を今日、このライブでもらったのだ。
帰る方向がバラバラなので、私はひとり自転車に乗って駅に向かった。夏が近づいているのを感じる暑い夕日のなか、私は泣きそうになりながら自転車を漕いで家に帰った。

泣きそうになりながら思った。そういえば、田川くんはおひねりを多めに持って行ってるし、田原君のごはん代は全部私が払っていた。敵はすぐ隣にいるのかもしれない。

今日面白いと思ったことは「生きることにした。」

疲れ切ってザセカンドを真正面から見ることはできなさそうなので、録画しています。近々見ます。

こんなつらい人生。ここに空き缶を置いておきます。