【戯曲】長めの休符

登場人物:女、男/男A、子1/生徒1、子2/生徒2、子3/後輩、子4/ビリ子
上演時間:40分程度

第一場 朝と恋人のこと

♪=40

舞台、開演する。
はじめ、舞台は暗い。
暗転ではないが、限りなく薄暗い。
舞台中央に男女、二人。
眠っているらしい。
女、目覚める。

女 おはよう

男、目覚める。

♪=60

男 なんでそんな声ちっちゃいの
女 だってなんか、明るいところで話すもんじゃないと思って
男 なにそれ

男、電気をつけようとする。

女 つけないで!
女 まだ、暗いままでいい
男 なんか腹減ったね
女 冷蔵庫にバナナある
男 バナナくいたい。持ってきて
女 見えないから
男 じゃつければいいじゃん
女 いいから
女 まだそと暗いね
男 いまなんじ?
女 四時とか?
男 ふーん
男 やっぱ電気つけよう

男、電気をつけようとする。

女 やめて! ほんとに
男 なんでおれら暗いとこではなしてんの

ちょっと間

女 外はまだ暗い
今何時なんだろう わからない
おはよう というには
すこし早すぎる気もする
(男に向かって)
わからない人だ
この世には 明るさのもとでは
おびえずに話すことのできない人がいることを
わからない人なんだ

スクリーンに文字、映し出される。
『おはよう どうも
きょうはいい天気ですね

おはよう といったら
おはよう と返しておくれ
たのむから』

男 あのさ
男 別れようか、おれたち

♪60~0

『長めの休符』タイトル出る
数秒で消える。
照明つく。

第二場 ひとりの食卓のこと

女、キャリーバッグから
子ども向けの絵本を引っ張り出し、見ている。
押すと車の音が流れる絵本。
女、絵本のボタンを押し、
車の音(あきらかに録音とわかる音質)を繰り返し鳴らしている。
繰り返し繰り返し、鳴らしている。

女、起き上がり、
朝食の準備をはじめる。

どこからか、知らない誰かの声が聞こえる。
耳から耳へと通り抜けてゆくような、
女にとっては実感のない会話。

子1 おはよう
子2 おはよう
子1 ねえねえねえきいてよ
子2 うん
子1 金魚がね、負けてしまったの外圧(使い方がおかしい)に
子2 ほう
子1 がんばって介抱したけどだめだった
子1 金魚はえら呼吸だから…
子2 そう
子1 埋めた…
子2 埋めたんだ
子1 埋めなきゃくさっちゃう…
子2 そうだね
子1 でね、夜中トイレに起きたらさー
子2 きみんちのトイレ、音するよね
ちゅんちゅん、ちゅんちゅん
子1 あれ好きな音楽とかかけられるよ
子2 まじ?
子1 ぽちょぽちょぽちょぽちょ
子2 ぽちょぽちょぽちょぽちょ
子1 なんだろなーって思ったら水槽だったの
子2 え? トイレじゃなくて?
子1 今金魚の話してたじゃん
子2 ああそうだね
子1 水漏れだったの…死因が…
子2 なに?
子1 だから水槽に、穴が開いてたのかわかんないけど、水が漏れてたの
ぽちょぽちょぽちょぽちょずーっと漏れてたの
もうじゅうたんとかびしょびしょで
子2 そういうこと
子1 かわいそうなことをした…
子2 それはかわいそう

炊飯器の音がする。
ごはんが炊けたのだ。

女、お盆に載せて
お茶碗を二つ(ご飯用・味噌汁用)と
きゅうりのつけもの(既製品)と
インスタントみそ汁のもとと1リットルパックのお茶、
それから、マグカップを二つ用意する。
それらをローテ―ブルの上に並べようとして、
マグカップは二ついらないことに気づくが、
そのままにする。
インスタントみそ汁にケトルのお湯をそそいだり、
ご飯をお茶碗に盛ったり、
それらを手慣れた様子でこなして、女、席に着く。
ちょっと迷って、いただきますは言わずに食べ始める。

女、ごはんを食べている。
きゅうりの漬物を咀嚼する音が、やけにあたりに響いて、
女、ちょっと後悔する。

『ごはん かむ
かむ かむ かむ かむ かむ
かむかむかむ
きゅうり かむ
かむかむかむかむかむ かむ
かむかむかむかむかむかむかむ
みそしる
かむかむかむかむかむかむかむかむ
かむかむかむかむかむかむかむかむ
ごっくん』

女、食事の手を止めて、ぽつりと。

女 いただきます

沈黙。

女、ふっと息を吸って、何か言いたげに口を開くが、
なにもいわずに、息だけ吐いて口を閉じる。
長い吐息。
「ふう」と「はあ」の四文字に、
千字くらいの情報が凝縮されているような。
でも誰にも聞こえない。(少なくとも、観客には)
女、箸を置く。
それから床に横になる。

『夜が明けてしまった』

数拍置いて、スクリーン消える。

第三場 参観日と隣人のこと

子3 おはようございます!

元気だけど、ロボットみたいな、
張り切り過ぎてむしろいびつな挨拶が聞こえる。

子4 ……ます

聞こえるか聞こえないか、という小さな返事が返ってくる。

子3 おはようございます!

先程と同じような挨拶が、「もっと真面目に挨拶を返せ」
とばかりに聞こえてくる。

子4 …はよぉざいます

先程よりはまともな返事が返る。

子3 おはようございます!
おはようございます! 
おはようございます!
おはようございます!
おはようございます!
子4 おはよぉございます(!)

四、五回目で耐えられなくなって
やけくそみたいな返事が返ってくる。
挨拶、ぴたりと止む。

子4、のろのろと入ってくる。
ここは教室。今日は参観日。
憂鬱だなあ、と思っている。当てられでもしたらどうしよう。
リュックを雑に下ろしたら、滑って机から落ちた。
子3、入ってくる(さっき挨拶していた子と同一人物だとは限らない)。
さっさと荷物を下ろして、すました顔で着席する。
子4は折り畳み傘を机のわきにかける。

子3 なんでカサもってきてんの?

『きん』

子4、もごもごする。

『こん かん こん』

授業が始まる。

『みなさん、こんにちは』
『今日は、みなさんのお父さんやお母さんが、みなさんの授業を見にきていますね。でも、みなさんは、いつも通りに、元気に明るく授業を受けてくださいね。』
『では、今日の授業をはじめます』
『前回の授業では、「いるか」という詩を読みました。みなさん覚えていますか? 今日は、その続きから授業をしていきます。』
『では、〈 〉さん。みなさんに聞こえるように、大きくはきはきとした声で、「いるか」を読んでみましょう』

子4、周りを探るように眼を動かす。
それから立つ。

『教科書を持って』
『最初から、最後まで、大きな声で読みましょう』

子4、読めない。
親が見にきているという緊張のせいのような気もするし、
教室のすべての視線が自分に集中しているという
プレッシャーのせいのような気もするが、よくわからない。

♪=100

子供、口の中が乾き、
耳元でぼわぼわとおかしな音がする。
時間の流れがひどくおそい。
口を開いたり閉じたりするが、声は出てこない。
どうにもならない。

♪=120

『それでは』
『先生がかわりに読みます。みなさんは、前回の授業を思い出しながら、先生の音読を聞きましょう』

♪=×

子3、いるかを読み始める。
子4のことをなかったことにするみたいに、
流暢に。

いるか
いるかいるか    いないかいるか
いないいないいるか いつならいるか
よるならいるか   またきてみるか

いるかいないか   いないかいるか
いるいるいるか   いっぱいいるか
ねているいるか   ゆめみているか

子4、教科書を伏せて、
いつまでもうつむきながら、机の木目を見ている。

『いない』

”いるか”が教室に入ってきて、子4の頭に水をぶっかけていく(水でなくともよい)。
”いるか”、子4を
「しようのないやつだな」
という目で見る。

『あ』
『あ あ あ』
『ああああああああああ
ああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああ』

子3 なんでだまってたの?

『あ』

『わかんない』

子4、風船を膨らませる。
限界まで膨らませて、でも、そのままひっこめる。
すんっ

第四場 ひとりで走るランニングコースのこと

♪=80

生徒1 いちにさんし ににさんし
生徒1 いーちいーちいちに
生徒ズ わっしょい!
生徒1 いーちいーちいちに
生徒ズ わっしょい!

生徒たち、わっしょいランニングをしている。
リズムの取り方、掛け声は任意。
ここでは、「わっしょいランニング」と呼ばれる準備運動が身体づくりのメニューに入っている状態が重要である。
後列にひとり、明らかに置いていかれている生徒がいる。
しばらくわっしょいして、頃合いを見てやめる。

生徒1 休憩!
生徒ズ あい!
生徒1 アップ終わったんで、先生呼んできます
生徒ズ おねがいしゃす!

生徒1、先生を呼びに行く。
残りのメンバー、各々クールダウンのストレッチをする。
そこへ最後の一人がようやくゴールする。
息ぜえはあの汗びっしょ。

生徒2 おそい
ビリ子 すいません
生徒2 やる気あんの?
ビリ子 あります
生徒2 だったらもっとしっかり声出せよ!
ビリ子 すいません
生徒2 すいませんってなんだよ、すいませんっていったらましになんのか
ビリ子 なんないです、すいません
生徒2 おまえそれマジでやめろ、イジめてるみたいだろ
ビリ子 はい…
生徒2 おまえさ、向いてないと思うよ
ビリ子 は
生徒2 だから、ここ、向いてないと思うよ。やめれば?
ビリ子 ないです
生徒2 は?
ビリ子 やめないです

ビリ子、すごい剣幕。

ビリ子 もうちょっとやってきます!!!!

ビリ子、履いていた靴をぶん投げ、
スニーカーに履き替え、ものすごい勢いで外に飛び出していく。
生徒ズ、ちょっとポカン。
生徒1、戻ってくる。

生徒1 会議終わったら来るって。アップ、もうちょいやろうか

生徒ズ、ポカンの空気を引きずっている。

生徒1 なに?

生徒1、スピーカーでラジオ体操をかける。
生徒ズはわれにかえる。

生徒1 移動!
生徒ズ はい!

ビリ子、走っている。
ひとりで走っている。
ひとりで叫びながら走っている。

ビリ子 いーちいーちいちに わっしょい
いーちいーちいちに わっしょい
いち そーれ
に そーれ
さん そーれ
し そーれ
いちにさんし いちにさんし
ににさんし ににさんし

生徒たち、出ていく。
しばらくして、ビリ子戻ってくる。

♪=100~∞

ビリ子 いーちいーちいちに わっしょい
いーちいーちいちに わっしょい
いち そーれ
に そーれ
さん そーれ
し そーれ
いちにさんし いちにさんし
ににさんし ににさんし

『やめれば?』

ビリ子 いーちいーちいちに わっしょい
いーちいーちいちに わっしょい
いち そーれ
に そーれ
さん そーれ
し そーれ
いちにさんし いちにさんし
ににさんし ににさんし

ビリ子、ずっと走る。

第五場 おかしくない人のこと

♪=60

男A、スマホで電話をかけている。
出ない。
一回切って、間髪入れずまた電話をかける。
出ない。

後輩 出ませんね
男A うん…

男A、今度はラインで電話をかける。
着信音ひびく。

後輩 彼女さんですか
男A うん…

男A、またかける。

後輩 そんな続けざまにかけても出なくないですか
男A うん、でもまあ一応
後輩 一応って、なにがですか
男A 着信が残ってると安心するじゃんむこうも
後輩 そういうもんですか
男A 出ない
後輩 かわりにかけますか?
男A はあ?
後輩 いやてれてれてれてれさっきからずっと鳴らしてるから、
男A 何?
後輩 面白いなって

男A、電話を切る。

後輩 怒ってるんですか?
男A だから何が?
後輩 スンマセン

男A、再度ラインで電話をかける。

後輩 ふふっ
男A おまえさあ、
後輩 いやラインの着信音ってちょっとおもしろくないですか
男A は?
後輩 いや、てれててれててれててれててれてれん
てれててれててれててれててれてれん って
後輩 八分の九拍子なんですよ、おもしろくないですか
男A てれてれって、何
後輩 え、だって、そう聞こえるじゃないですか
いきますよ
てれててれててれててれててれてれん
てれててれててれててれててれてれん
男A おまえさ、
男A おかしいよ

『そういうこと言う空気じゃないって
ふつうわかるだろ
頭おかしい』

『おまえって ヘン』

後輩、きょとんとしている。

後輩 おかしいって、何がですか?

第六場 聞いてほしかったさまざまのこと

♪=40~80

女、広げていた食事を片付ける。
キャリーバッグを開き、中身を物色する。
女、小さな声で、鼻歌をうたっている。
女の歌声に引き寄せられるように、
ぽつりぽつりと、誰かが自分のことを話しはじめる。

それは、大きな声では言えない話だったり、
うわさで聞いた話だったり、
昔好きだった人の話だったり、
おいしかったものの話だったり、
なくしたものの話だったりする。

子4、女のそばにいる。

第七場 長めの休符

♪=40~60

女と子4、小さい声で話している。

女 今日さ
女 今日の朝ごはん、なにたべたかおしえてよ
女 ん?
子4 め
子4 めだまやき
女 おいしそうじゃん

子4、うなずく。

女 なんかつくってあげようか
女 なに好き?
子4 うどん
女 うどん?
女 いいね
女 こう、すうって(うどんを吸うしぐさ)
女 ちょっと楽しいよね

女、キッチンへ向かう。
子4、「すうっ」と息を吸う。
それから「ふ」と息を吐く。

女 あれー?

女 これしかなかった
女 どっちにする?

女、赤いきつねと、日清カップヌードルを持っている。
子4、赤いきつねを選ぶ。

女 だよね!

女と子4、ケトルからお湯を注ぐ。
3分待つ。待ちながら、

女 今しかできない話ししようか
女 ん
女 じゃんけん
女 じゃんけんホイ

女、勝つ。

女 きいてもいい?
女 好きな子とかいる?

子4、首をふる。

女 いないの?
女 学校たのしい?
女 しゃべりたくなかったら、

ちょっと間

女 しゃべりたくなかったら、しゃべりたくなるまでだまってていいよ

沈黙。

女 むかつくことばっかあるんだよね、あたし
女 やさしくないのよ
女 めっちゃむかつく 
(空に向かって)おめーも てめーも あんたもだ
女 あんたもむかつくことあるでしょ

女と子4、見つめ合う。

女 そういうときはさ、
ふーーーーーってやるの
女 換気扇~

女、風船を取り出す。
女、風船を膨らませる。
「ふーーーーーっ」と、長い吐息で。

女 ね
女 そしたらちょっとはましよ

子4、ちょっとやりたそう。

女 あんたも換気扇する?

子4、うなずく。

♪=60~100

女と子4、まずはじめにジェット風船を手に取り、
膨らませて飛ばす。
ぴゅう、と風船が飛んでいく。
ちょっとおかしみがある。
それを皮切りに、次々、色とりどりの風船を膨らませていく。
膨らませては投げる。
割るなどしてもよい。

男、出てきて「なくしたものの話」をする。
この話は可能な限り続ける。

子3、出てきて「いるか」を朗読する。

女と子4、「いるか」の朗読に合わせて、
しだいに体をくねらせるように動く。
もちろん風船は膨らましながら。
走り回ったりなどもしてみる。
舞台じゅうを、色とりどりの風船と二人の人間がとびまわっている。
なんだか楽しいぞ。(やけくそ)

遠くから、わっしょいランニングの声が聞こえる。
生徒たちがまた走り出したのだ。

女、思い出の絵本を取り出して、めちゃめちゃに音を鳴らす。
音はなんでもいい。
女は声を出して笑っている。
子4、ふたたびジェット風船に手をつける。
膨らましては、飛ばす。ぴゅう。
風船の音と、絵本の音、いるかの朗読とランニングの掛け声が、
奇しくもセッションする。
孤独の心が響き合って、奇妙な音楽が生まれている。

女の携帯が鳴る。
子4、女より先に気がついて。

子4 電話!
子4 電話鳴ってる!

女、携帯を取り上げる。
照明落ちる。

女 ねえ!
女 カップ麺のびちゃうね

おわり。

初演:2017.9.1~3「とうほく学生演劇祭4」

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