【戯曲】よぶかたの星(ひかり)

登場人物:女(海を目指す女性)、男(運び屋の青年)
上演時間:45分~60分程度

文中の引用箇所は、すべて岩波文庫刊「星の王子さま」(内藤濯訳)によりました。

第一場 棘のある女

  時刻はちょうど零時を回ったころ。
  山間のサービスエリアに、トラックが一台停まっている。
  運転手の男は、スピーカーから音楽を流しながらうたたねをしている。
  スピーカーからはザ・ブームの「虹が出たなら」が流れている。
  ふと目が覚めて、煙草を吸おうと胸ポケットを探る。
  ライターを取り出し、箱から煙草を一本取りだそうという所で、
  助手席側の扉を誰かがノックした。
  物語はそこから始まる。

 もしもし、すみません

  男、助手席の窓を開ける。

 なにか?

  女、あたりを見回して。

 こんな時間にすみません
 いえ、別に
 火をいただいてもよろしいですか
 ああ、どうぞ

  男、左手でライターを差し出す。
  女、ライターは受け取らずに、男の手首を掴む。

 あの、

  男は女の様子をうかがう。女は何も言わない。

 わたしをこの車で連れて行っていただけませんか
 は?
 わたしを、あなたと一緒に、連れて行ってほしいのです
 それは ずいぶんと唐突な申し出ですね
 あなたは、このあたりの土地をよく知っていらっしゃるのでしょう
 ええまあ、およその人よりは詳しいでしょうよ 仕事ですから
 ではあなたがまっとうなお方なら、わたしの頼みを引き受けてくださいますね
 なにを言ってるんですか あなたの頼みを聞くことはぼくの仕事じゃない
 いいえ これは偶然でもなんでもありません 運命なんです、きっと
 おかしなことを言うのはやめてくださいよ
 わたし あなたを見てぴんと来たんです

  女、助手席に座る。

 あ、ちょっと
 お願いします
 ちょっと いいかげんにしてくださいよ

  男、女の手を払う。

 だいたいあなた怪しすぎますよ こんな深夜に 女性がひとりで 身投げの手伝いなんかぼかぁ御免こうむりますよ
 いいえ、ご迷惑はおかけしません ただできる範囲で わたしをあなたの旅に同行させてほしいのです
 そうは言いますけどね、ぼくにだってぼくの予定ってものがあるんですよ
 予定?
 とにかく悪いですけどぼくはお手伝いできそうにないですよ 他をあたってください
 わたしの頼みを袖にしてまでする価値のあるご予定ですか、それは
 (驚いて)あなたずいぶんと高くお見積もりになるんですね自分のこと

  女、口ごもる。

 いいですよ 聞かせてください あなたのご予定ってやつを

  男、手持ち無沙汰になって、
  いつのまにか止まっていたスピーカーの再生ボタンを押す。
  押してから、煙草に火を点け一服する。

 海をめざしているのです
 海ですか
 そこに行けば わたしはわたしの探し物を見つけることができる気がするのです
 その「探し物」って一体何なんですか
 今は わかりません
 わからないってなんですか あなたの探し物でしょう
 わかりません けれど探し物があることは確かなのです それを確かめないでは一分一秒だって落ち着いていられません
 とんでもない理屈じゃないですか そんなの
 お願いします わたしを海に連れて行ってください

  男と女、無言でにらみ合う。しばしの間。
  やがて男、女の気迫に負けてトラックのエンジンをかける。
  女、驚いて。

 出してくださるんですか?
 こうして睨み合っていてもらちがあきませんから まあ、あなたが今ここでおとなしく降りてくれるなら ぼくとしては一番ありがたいんですがね
 …… 出してください

  男、トラックを出す。しばらくして、

 何か聴かれますか

  女、答えない。男、おざなりな操作でスピーカーから音楽を流す。
  曲はカシオペアの「Take me」

 ぼく、あなたみたいな人のこと 知ってますよ

  女、答えない。男は構わず一人でしゃべり続ける。

 ぼく、一回脱獄犯を乗せたことがあるんですよ
 一目見て「こいつはやばい」って悟りましたけどね 目が座ってるんですよ かたぎの目じゃない
 下手を打ったら殺されると思いましたね
 この世には 凡人が躊躇する高さの障害を 呼吸するように飛び越えることのできる人種がいるんだと その時身をもって理解しましたよ
 結局 言われるがままに車を動かして、着いたらそれきりですよ 脅されたり傷つけられたりは一切ありませんでしたけど 特にお礼の言葉もなかったですね
 それで、あなたはぼくに何をしてくれるんですか?

  女、考えて、それから目を合わせずに。

 この用事が終わったら 煮るなり焼くなりお好きにしてください
男 は! なんですか それ
 海の見えるところまで連れて行ってください わたしの望みはそれだけです
 …… ほとんど隕石みたいな人ですね あなたは

  沈黙。お互い、もはや顔を合わせようとしない。

「渡り鳥たちが、ほかの星に移り住むのを見た王子さまは、いいおりだと思って、ふるさとの星をあとにしたのだとぼくは思います。出発の日の朝、王子さまは、じぶんの星を、きちんと整理しました」

第二場 椅子はからっぽ

  車外。女の希望で、山間の展望台付近に車を停めている。
  男、近くの自販機で買ってきた缶コーヒーを女に渡す。

 冷えません?
 (受け取らないで)おかまいなく

  男、上着のポケットに缶コーヒーを突っ込み、
  自分の缶のプルを開ける。

 (指差して)なんです? あれ…
 ああ、あれですか ギョクザイワって言うらしいですよ
 玉座ですか
 人が座れそうな形してるでしょ
 ずいぶん大きな玉座ですね
 座ったんじゃないですか 昔 誰かが
 どんな人が座ってたんでしょうか
 どうでしょうねえ 

  二人、しばらくギョクザイワを眺める。

 見えます? あれ 下のほう
 ? どこですか
 あそこ あそこの一角だけこう 若干削れてるじゃないですか
 ああ
 あそこにたぶん足が来るんですね
 ああ 足が
 だからこういう(ポーズとる)姿勢で座ってたんじゃないかと思いますよ

  女、玉座に座る王様の姿を想像する。

 少し近くに寄ってみてもいいですか
 どうぞご自由に 僕はここにいますから

  女、そぞろに歩き回りながら。

 玉座に座るのって どんな人でしょうか
 玉座って言うくらいだから 王さまとか 王子さまとか とにかくそういうお偉方でしょうよ
 あんなに大きな玉座に座るんですから さぞかし偉いかたなんでしょうね
 意外と えらぶるだけでだらしないやつかもしれません
 歯みがきしないで寝たり 三日に一回しか体を洗わなかったり、とか
 ぼくなんかは、脱いだ服とっちらかして寝るとか よくやりますよ
 まあ…
 その時その時でさぼらずこつこつやっていけばなんでもないことなんですけど
 そういうの 努力って言うんでしょうね
 そうですね ぼくは苦手ですけど

  女、立ち止まって。

 あそこに座ってみたら どんな心地がするでしょうね
男 むこうに着けますか?
 ええ でも いいんです
 近くで見なくていいんですか
 座ったまま立ち上がれなくなってしまったら困りますから
 まあ 座り心地はそれほど良くなさそうですからね 戻りますか?

  女、トラックのそばに戻ってくる。

 ま、運転するのはぼくですけどね

  男、缶をあおり、運転席につく。

「すわってもいいでしょうか?」
「うん、すわんなさい、命令する」
「陛下……。おたずねしたいことがありますが……」
「たずねなさい、命令する」
「陛下はいったい、なにを支配していらっしゃるんですか」

第三場 友とうぬぼれ

  男、トラックを運転している。
  女、サイドガラスから外の景色を眺めている。

 あーしくじりました
 どうされたんですか
 このままではよろしからぬ道を通ってしまいます
 よろしからぬ道ですか
 知り合いが 住んでるんですよこの近くに
 はあ
 嫌なんですよねぼく
 え?
 だから嫌なんですよそいつと顔合わせるの だから迂回します
 ご友人なのに?
 友人 友人というか まあ知り合いですね
 (少し考えて)お話をうかがっても?
 ああ うーん あまりおもしろい話じゃないですよ
 いいえ ぜひ
 そうですねえ さっき嫌いって言葉使いましたけど それはちょっと正確じゃないですね 後ろめたい っていうのが近いかな

  男、ラジオをかける。

 そいつのことひどくだましたことがありましてね ま、昔の話なんですけど
 悪いやつじゃなかったとは思う でもやっぱり気に入らなかったんでしょうね どこか根本的なところでそいつのこと そのことで相手はかなり深刻なダメージを受けて その後はぱったり会わなくなったんです そいつがぼくのこと、今どういう風に思ってるかわからないですけど ぼくとしては負い目がありますよね 陥れたわけですから

  男、女の方を見て。

 これはうぬぼれかもしれないけど そいつはぼくのこと結構気に入ってたんじゃないかと思う 実際そうだった 気に入る というかなついてた なつかれてた
 一緒に過ごした時間は どうあってもなかったことにはならないと思います
 え?
 「なつく」って言葉 久しぶりに聞きました
 ああ 人間にはあんまり使いませんかね
 ただの知り合いどうしは 「なつい」たりしませんよ

  しばらく、ラジオの音のみが聞こえる。

 うーん 今思うと いわゆるお人よしってやつだったかもしれないです
 それなのにだましたんですか?
 むしろそこが気に入らなかったですね
 そうなんですか
 善良であることは、必ずしも美徳ではありませんからね
 善良な人はおきらいですか
 基本的に嫌いですね
 それはどうしてですか
 世界に愛されるために生まれてきた みたいな顔しやがるじゃないですか
 それって あなたのご友人のことですか
 さあどうでしょうね
 わたしも お人よしの人のこと知ってますよ
 お人よしはおすきですか
 お人よしはたまにずるいことします
 ほう 詳しく
 人をさんざん「なつかせ」ておいて その後の責任は取らなかったり、ね
 そいつはわるいやつですね
 横っ面ぶってやろうかしら
 あなた、さては 悪い男につかまりましたね
 さあ どうでしょうか
 あなた、さては 悪い男のこと探されてますね

  女、笑う。

「人間さがしてるんだよ。〈飼いならす〉って、それ、なんのことだい?」
「よく忘れられてることだがね。〈仲よくなる〉っていうことさ」

第四場 涙の国ってふしぎなところね

  男、トラックを運転している。
  トラックは今、次のサービスエリアにさしかかろうというところ。

 ひと雨来そうですね
 ああ…
 お腹すきませんか 近くのサービスエリアに寄りましょうか
 あなたは何をお食べになるんですか
 何が好きかってことですか ぼく あんまり好きなものってないんですよね
 はあ
 食べようと思えばなんでも食べられます でもそれは好きってこととは少し 違うじゃないですか
 では 栄養をとるために食事を?
 いやあ おいしいものを食べるのは好きですよ ただ 特にこれと言って好きなものがないというだけで
 そうですか
男 疲れると思いませんか
 何がですか
 なにか一つ 他より好きなものを作ることが、です
 …… そうでしょうか
 ちょっと用事があるので止めます 車内で待っててもいいし 好きにしてください

  男、トラックを止める。それから財布を持ち、車のドアを開ける。
  買い物に出ようとして立ち止まり、女に声をかける。

 なにか欲しいものはありますか
 おかまいなく
男 お手洗いとかも 行けるときに行っておいた方がいいですよ

  男、歩いて出ていく。
  女、男が去っていったのを確認して、ふっと肩の力を抜く。
  女、助手席の窓を開けて空模様を確かめる。
  あたりはいよいよ暗くなり、ぽつぽつと雨が降り出す。
  すると女、花びらに雨露が乗るみたいに、ぽつぽつと泣き出す。
  やがて本格的に雨が降り出す。
  女は運転席のシートに頭をあずけて寝転がり、涙を流す。
  声は出さない。抗えない大きな力によって、
  自然と涙が目からこぼれてくるような泣き方。

  しばらくして男、小走りで戻ってくる。
  手にはビニール袋を提げている。
  中には緑茶のペットボトルと煙草が入っている。

 (ぎょっとして)どうしたんですか

  女、黙ってしまって答えない。

 具合でも? …
 (首をふる)
 (考えて)ぼく なにか気にさわるようなこと 言いましたか
女 (首をふる)
 大丈夫ですか
 (首をふる)
 すみません 濡れるんでとりあえず入れてもらっていいですか

  女、うなずいて助手席側に座り直す。
  男、運転席に座り、新しく買った煙草を開けて一服する。
  男、ペットボトルを女に差し出して。

 どうぞ
 ……
 (受け取らせて)どうぞ

  女、受け取ったペットボトルを両手で包むように持つ。
  風の音にも似た細い雨音が、あたりを包むように響いている。
  男、ちらと女に目をやって。

 落ち着いたら言ってください
 ……
 気持ちはわからなくもないですけど
 ……
 嘘です やっぱりわからないです
 雨が…
 え? はい
 雨って なんだかなつかしくて
 そうですか
 すみません ご心配とご迷惑を

  男、少し考えて。

 ぼくは 結構この仕事 向いてると思うんですよ
 ……
 ハンドル握って 高速乗って フロントガラスから伸びてく道路を ぼんやり眺める
 山道だと狸が通ることも 適当なサービスエリアで止まって 一服して まあたまに 奮発して高いもの食べたりして ってこれ言葉にしたら思ったより地味ですね 乗って握って 眺めて 止まって一服して でまた乗って それを繰り返し 繰り返すんです
 色んな面倒を忘れますね これやってると ぼくは案外嫌いじゃないですね
 旅をするということですか
 旅? ああ でも言われてみればそうですね 動いてるといいんですよ とにかく
 私たちのこれも 旅ですか
 旅なんじゃないですか? 海が見たいんでしょう
 ああ でもまだ駄目です
 ん?
 やっぱりまだ止まらないみたいです
 (笑う)そうですか まだ駄目ですか もう少し無駄話しましょうか
 たしかに疲れますね
 なにがですか
 なにか一つ 他より大事なものを作ることが、です
 ああ そうでしょう
 疲れるし とてもいやなのに それがあるのとないのとでは みんなちがってしまう
 きっと 自分でも気がつかないうちに作り変えられてしまうんですね 不思議ですね
 そうですか ぼくはよくわかりませんけど
 すみません ハンカチをお借りしても
 ティッシュでもいいですか
 ありがとうございます

  女、涙を拭く。

 お待たせしました どうぞ出してください
 ゆっくり向かいますか
 ええ できるだけゆっくり……でも、なるべく急いで
 しばらく走れば じき雲が切れて晴れてきますよ

  男、トラックを出す。

「ああ!……きっと、おれ、泣いちゃうよ」
「涙の国って、ほんとにふしぎなところですね」

第五場 海の数をかぞえる

  男、トラックを運転している。
  トラックは今、車通りの少ない山間の高速道路を進んでいる。

 こうも代わり映えのない景色が続くと 退屈しませんか
 そうですか わたしは結構楽しいですよ
 それは何よりです
 (指差して)あの看板の数を数えています
 ああ 標識ですか
 この道がどこにつながっているか教えてくれるなんて親切ですね
 そうですか あいつらはただ立てられたから立ってるだけですよ
 あ また

  女、道路標識を一つ、見送る。

 視界には入ってるはずなんですけどね いつも「見た」って感じがしないんですよね
 どうしてですか
 あるのが当然すぎて、いちいち注目して見てないですから
 ……
 「鹿飛び出し注意!」とかは 見ると「お」ってなりますけど
 わたしたち 今はどこを走っているんですか
 この道を真っ直ぐ行くと 20キロメートル先にホシノアカリ
 ウワバミアゼ ウヌボレカガミ トノサマヤマ
 なんですかそれ
 看板についていた名前です
 よく覚えてますね
 ホシノアカリを通り過ぎると?
 確か 次はガクシャボウ
 ガクシャボウのその次は?
 海です
女 そう 海が…
 ちなみに 今いるこのあたりは、ザルカンジョウ
 かわいらしい名前ですね
 月にも海があるんだそうですよ ご存じでしたか
 月にも水が?
 いえ 水はないんです 名前をつけて呼んでいるだけで
 なぜ 水もないのに海と?
 はじめて天体望遠鏡で月を見た人は 月の凹凸の黒い部分を水だと思ったんだそうですよ 偉い学者が公言したから皆それを信じた でも実際のところは水どころか大気すらない、人の住めない星だったわけですが
 月に 人なんかいないと信じてらっしゃるのね
 まあ 時代が進めばいつかは住めるようになるでしょうけど 今はいないでしょうよ
 どうして?
 科学的に立証されてるからですよ 生身の人間は月に住めないと

  女、むずかしい顔をする。

 なかなかのロマンチストですね あなたは
 ロマン そうでしょうか
 月に住めるとしたら まあ ウサギでしょうかね
 ウサギ?
 満月の晩に月を見上げると ウサギがもちつきしてるんだそうですよ

  女、きょとんとする。それから何かを思い出し、笑う。

 きっと 月に水があると信じられていたときには 月にはほんとうの水があって 広い海が広がっていたんでしょうね だから昔の人は 月を見て穴ぼこを数えるんじゃなくて 海の数を数えたんでしょうね

  男、女を見る。

 今度 満月の晩に 月にはウサギがいると思って空を見上げたら きっとほんもののウサギが わたしたちに笑い返してくれるでしょうね

  沈黙。トラックは依然走り続けている。

「でも、星を持ってて、いったい、なんの役にたつの?」
「管理するのさ。いくつあるのか、かんじょうするんだ。なん度もかんじょうしなおすんだ。むずかしい仕事だが、しかし、おれは、ちゃんとした男だからな」

第六場 スイッチ・プラネタリウム

  男、トラックを運転している。
  何度も左右を見回し、落ち着かなげな様子。
  トラックはすでに高速道路を降りて、
  車通りの少ない山道を走っている。

 さて 困ったことになりました
 どうされたんですか
 ガソリンスタンドが見つかりません
 まあ…
 ナビによればこの辺りにあるはずなんです、が おかしいな 見かけないですね あなた見ました?
 (首を振る)
男 ですよね 
 あとどのくらいもつんですか
 うーん あなたを海まで送り届ける分には問題ないと思いますが
 帰りの足が…?
 そういうことになりますね 迂回してもいいならそうしますけど
 ……
 こんなことになるなら、さっさと放り出しておくんだったな
 それはうそ
 なにがですか?
 あなたは途中で人を放り出して置くような人じゃない
 (笑う)
 わたし こんなふうに ひとりであちこち歩き回るのはじめてなんです
 今度からはドライバーを見つけてから出発するようにしてくださいね
 そうでもしないと あなたはすぐに行ってしまったでしょう?
 なんて斬新なヒッチハイクだろうとは思いましたよ
 女のひとは つんとすまして待つだけじゃなくて たまには自分から腕を引かないと
 なんですかそれは 映画ですか
 「棘は身を守るため」それから、お人よしの運転手さんを引っ掛けるため
 あなたは見た目よりも力がありますよね
 そうですね 今度こそ引き留めなきゃって 思ったから…

  女、しばし沈黙する。
  女、サイドガラスから空を見上げる。それから、

 わたし なんだか今 なにかを思い出しそうです
 はい?
 車を
 車を停めていただいても よろしいですか

  男、トラックを道の脇に停める。
  女から先に車を降りる。女は空を見上げ続けている。

 何を思い出したんですか

  女はふと男の方を振り返り、空のある一点を指差す。

 見えますか
 どれですか?
 旅人は 道に迷ったとき 星を道しるべにして 行くべき道を決めたんだそうですよ
 星なんか見えませんよ
 ほら そこ 空の真ん中に 燃えるような赤い星
 見えませんよ
 赤い星のそのとなりに 悲しくなるくらい深い緑の星
 だから 見えませんったら
 その星から 指を一本伸ばした先に 小さな星々がより集まってできた 星の海があるでしょう
 海なんて 一体 どこにあるんですか?
 わたしたちの目に映るいちばん小さな星よりも もっともっと小さな星 大きな星のとなりでは そこにあるのに見えなくなってしまう星 そんな星が集まって身を寄せあううちに 水がしたたり出すんです きっと星が さびしくて涙を流しているのね その水がしたたり合って寄せ合って重なり合っていくうちに そこは広い海になる 海にはなんでもあるわ 小さすぎる星も 暗すぎる星も 形のない星も みんなそこにある
 (驚いて)どうして そんなこと知ってるんですか
 (自分でも驚いて)どうしてでしょう 誰に教わったわけでもないのに
 それは 不思議な話ですね
 星を見ていると 遠いむかしの記憶がよみがえるような気がします
 ぼくには 黒い空しか見えませんがね
 星がよくみえないとき どうしたらいいかご存じですか?
男 いいえ
 まわりよりすこし 暗いところに立つといいんですよ

  女、男の手を引く。瞬間、あたりがぐっと暗くなる。
  すると男の目にも、女の言う星々が映りはじめる。

 あ…
 あの広い広い海のほんのきわのほう 針穴くらいのちいちゃな星がぽつんと浮いているのが見えますか? そのとなりの三つ子星も 銀色に輝いてとっても綺麗 ほら あの星 あの星に降り立ってみたら どんな心地がするでしょう? あなたとわたしが二人で座ったら すぐに身動きがとれなくなって

  女、男に近寄って。

 きっと こんな近さで お互い見つめ合うことになるでしょうね!
 もしかしたら あなたはむかし
男 あの星の群れのうちのどれか一つに 住んでいたのかもしれないですね

  女、せつなく微笑む。
  それからまた空を見上げて、しばらくそのまま立ち尽くす。
  男、わかるようなわからないような気持ちでいるが、
  女にならって空を見上げている。

 あなたの探し物は この星空でしたか?

  女、空を見上げたままで。

 いいえ 違います でもなにかが少しずつわかりかけている そんな気がします
 戻りましょう 夜は 冷えますから

女、うなずく。

「夜になったら、星をながめておくれよ。ぼくんちは、とてもちっぽけだから、どこにぼくの星があるか、きみに見せるわけにはいかないんだ。だけど、そのほうがいいよ」
「きみは、ぼくの星を、星のうちのどれか一つだと思ってながめるからね。すると、きみは、どの星もながめるのがすきになるよ」

第七場 渡り鳥と花の種

  男、紙パックにストローを挿して飲みながらトラックを運転している。
  トラックは田舎町の道路をゆったりとした速度で走っている。

 あれは何の木ですか?
 あれはクビオリヤナギですね
 あれは何の建物ですか?
 あれはホームセンターですね
 あれは?
 鳥たちが渡りをしているんでしょう
 今 すれ違ったのは?
 タンクローリー車ですね
 (感心したように)タンクローリー
男 あなたのうちからは どんな景色が見えるんですか
 小さな花畑が見えました
 いいですねえ
女 それから、お山が三つ きれいなものでしたよ
 ぼくって 両親の仕事の関係で 小さい頃は転勤族だったんですよね

  女、男を見る。

 たとえば ほら 今むこうで ビルの解体工事してるじゃないですか

  女、ビルに目をやって。

 ぼくら あそこのビルにどんな店が入ってて どういう人が働いてるかとか わからないじゃないですか ただの通りすがりなわけですから
 ええ そうですね
 もし 次、またこの道を通ることがあって そのときにはあのビルがすべて解体されて空き地になっていたとして ぼくはきっと そこにどんな建物があったかすら 思い出せないと思うんですよ
 ……
 ぼくにとっては 万事がそうなんですよね 育ちのせいか なんとなく根無し草的な感覚が抜けなくて 行こうと思えばどこへでも行けるけど どこに行っても自分の場所なんてない気もする
 わたしとあべこべですね
 え?
 わたしは ひとりではここに来ることすらできませんでしたから
 そうでしたね

  男、紙パックのジュースを飲み切る。

 でも うらやましいです わたし
 何がですか?
 ひとりでどこへでも行けるのは 自由で素敵なことですね
 自由なぶん 落ち着かないことも多いですけどね
 根をおろして そこから一歩も動けないのと 根無し草でさまようのと どちらがより自由なんでしょうね
 そりゃあ まあ

  男、少し考えて。

 死ぬときになってみないとわかりませんね
 (笑う)そうですね
 海 眺めながら考えたらいいんじゃないですか
 それは とても自由で素敵なことだと思います
 そうでしょうとも
 あっ

  女、ふいに前方を見て声をあげる。海が見えたのだ。

 見えてきましたね
 なんだか緊張してきました
 どうしてですか
 だって あそこに着いてしまったら あなたとのこの旅も終わってしまうのでしょう?
 さすがにその先まではおつきあいできませんよ ガソリンだってぎりぎりなんですから あとは本当に好きにしてください
 「好きにする」って なんてむずかしいことなんでしょうね
 そんなにむずかしいことじゃありませんよ 自分のことは自分で決める ただそれだけです

  男と女、それきり黙り込む。

「だけど、はかないってなんのこと?」

第八場 海に出たなら

  時刻は明け方。
  あたりは夜明け前の薄暗さと、静けさに包まれている。
  男と女は二人でゆっくり波打際を歩いている。
  空はしだいに白んできて、
  水平線のかなたから少しずつ太陽が顔をのぞかせる。
  女はその場に座り込み、男は立ったままで、
  それぞれ朝日を眺めている。

 いかがですか 気分は
 よくわかりません
 (笑う)なんですか それ
 でも 悪い気分ではありません
 探し物は見つかりましたか?

  女、答えない。しばらく波の音だけがあたりに響く。
  間。ゆっくりと時間をかけて、少しずつ太陽が昇ってゆく。
  朝日に照らされて、あたりはいよいよ白く照り映える。

 朝日を見ていると なんだか心がざわつきませんか
 ぼくは 「今日も一日働かなければ」という気分になりますよ
 でも 不思議と背筋が伸びます 花や木や草は いつもこんな気持ちで朝を迎えていたんでしょうか
 ぼくは花や木や草ではないので よくわかりませんが
 わたし きっと いつかは花や木や草だったんだと思います
 それじゃあぼくは 花の種を運ぶ鳥かなにかだったんでしょうね
 ええ わたし あなたが来てくれて 本当にうれしかった

  いつしか日は高く昇り、朝の余韻はすっかり消え去る。

 じゃあ ぼく そろそろ行きますね
 ええ
 最後にぼくになにか してほしいことはありますか
 (笑う)あなたがお人よしを嫌う理由 わかりましたよ
 どういうことですか?
 あなたがお人よしだから
 かいかぶりですよ

  女、男の手を両手で包むようにして握る。

 もうこれきりにしてくださいね
 ええ 本当にお世話をかけました さようなら
 さようなら

  女、男の手を離す。男はそのまま去っていく。
  女、ふたたび水平線に向き直る。
  日は中天に昇り、しだいに西に傾きはじめる。
  女は日が昇り沈んでゆくさまをじっと見ている。

 こんなことがありました
 あなたとわたしはいさかいをして おたがい そっぽを向きながら 日のしずんでいくさまを見ていた
 わたしは むしょうにかなしくて あなたに見えないように ひとりで涙をながしていた
 でもそれは あなたもいっしょだったのね
 こんなことがありました
 朝 日の光をあびながら おけしょうするわたしを あなたはあきもせずにながめていた
 わたしはとてもはずかしくて それからとてもうれしかった
 こんなことがありました
 露草のめぶき 寒さに身をすくませながら見る星の海 夜 明けて見る朝日のまぶしさ あなたが抜いてくれた木の根 火山の出すあたたかな水蒸気 みんなみんなおぼえているわ
 でもね でもね おこらないできいてね
 海が とってもきれいなの
 かなしくなるほど 夕日がきれいで それがとってもうれしいの!

  夕日が落ちきるみたいに、あたりがふっと暗くなる。

「ぼくね、日の暮れるころが、だいすきなんだよ」
「きみ、日のしずむとこ、ながめにいこうよ……」

第〇場 王子さまとバラ

王子 やあ
バラ まあ あなたは… わたしのひいひいひいおばあちゃんの お知り合いの方ね?
王子 長いこと待たせてしまって ごめんね
バラ わたしの母も その母も そのまた母も あなたを死ぬまでお待ちしておりましてよ
王子 うん ありがとう ごめんね ぼく きみに伝えなくちゃならないことがあって ここに来たんだ
バラ え? …
王子 よく聞いて もうじき この星には寿命がくる その前にきみは なるべく遠くへ種をとばすんだ ぼくは 以前よりもずっと 軽くなってしまったから きみを一緒に連れては行けないんだ
バラ この星に残るのではいけないの?
王子 ぼく きみがいなくなっちゃったら 泣いちゃうなあ… 
 だから すこしさびしいかもしれないけど 遠くの星に種をとばして そこで根をおろしてほしいんだ 
バラ わたし ほかの星のこと ちっともわかりませんわ
王子 ぼくが見てきた星のこと 話してあげるよ そしたらきみは考えて じぶんの好きなところに根をおろしたらいい
バラ わかりませんわ、わたし だって 生まれてから今まで ここを出たことがないんですもの
王子 鳥にきくんだ 鳥は 自分の行くべき場所を知っているから
バラ そう 一緒にはきてくださらないのね
王子 ごめんね もうあまり時間がないんだ
バラ わたし 生まれる前から あなたのことずっとすきでしたわ
王子 ありがとう…… ぼく もう行くね
バラ ええ さようなら
王子 きみが根を下ろしたさきで すてきな景色を見つけたら きっとぼくにおしえてね
 きっとだよ そしたらぼくは どこかの星に きみのすきな景色があると思って いつも空を見上げるから……
王子 さようなら
バラ さようなら

  おしまい。

初演:2018.3.2「雪の演劇祭2018」

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