令和4年4月の石垣島を振り返って

以前パイナップル農家になりたいというnoteを書いていましたが、結論から申し上げると精神病院に入院(カミングアウト)となりました。
なぜそうなったのかと申しますと持病で双極性障害を抱えているからです。この病気を知らない方は下記リンク参照。
現在アメリカでは精神病という括りでなく、気分障害というカテゴリーに変更となっています。双極性障害を持つ有名人のリンクも貼っておきます。

石垣島の生活は躁転を引き起こし、東京への帰路の前日に後輩を殴ってしまい以後絶縁となってしまったのです。ドンペリをキャバクラで開け、インターコンチに泊まるなど破茶滅茶な日々。DJの機材を割賦で買い、ホームセンターでアウトドア用品や自転車を買いまくり散財をしました。

東京の父親から一度帰ってこいと連絡を受け1週間ほどの予定でまた石垣島に戻ろうと考えていました。

あと私自身調子が悪くなると公安に追われているという妄想が出ます。

実際にはなんともないんだと思いますが本人としては恐怖を感じるわけです。バスに乗ればエージェントのような人物に追われていると勘違いしたり、空港では保安検査のゲートが急に閉まってしまったり(エアチケットの購入前でした)。

中でも空港で一番驚いたのはよそ見している間に手に物をかけられたことです。誰がかけたのかはわからないままということがあり恐怖でした。

そんなこんなで東京に着くと空港で父と兄が待機していました。これで家に帰れると思った自分は甘かったです。

入院先の病院に直行

病院では複数の医師と10名弱の男性看護師が待機しています。医療保護入院確定。そこから2ヶ月入院生活を送ることになります。

暴れたせいか拘束が2週間ちょっと続き、電気痙攣療法も行われました。また機会があれば入院生活についても書いてみたいと思います。

そんなこんなで6月27日に退院となりました。幸いなことにタバコもスマホもOKな病院なのでストレスは少ないですがここには書ききれないことも多々あります。

退院後の日々は薬の強さもあり、中々一筋縄では元気になれませんが、今日は思い切ってnoteを書きました。

お読み頂きありがとうございました。

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