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よろめく共同体でチャージする感受性

季節が過ぎていくたびに,感受性が風に吹かれていく気がする.

目の前のことが目の前にあるようにちっとも感じない.どうにか吹かれた感受性を取り戻せないかと考えていた.

そんなこんなで迷惑をかけようかと思い立った.

感受性を再起させるためには,よろめく共同体が必要だ.


しがない防衛本能

感情的になるのが難しくなった.
子どもの頃は,かまきりを見ただけでテンションが上がってたし,捕まえようともした.

今となってはもう触れない.

目の前にあるのは事象であって光景.目の前のことが対話であって情景として映って見えることがすっかり少なくなった.

別に生き急いだわけでもないのに,となりで笑っている人が突然誰だかわからなくなりそう.日常が枯れていくように感じる.

この閉塞感は単なる防衛本能か.

ぼくがぼくの意志で転がるのは難しいらしいから,感受性をどうにか外在化させなければならないと思った.


感受性の外在化

小説を読んで,主人公に感情移入する.映画をみて主人公に感情移入する.
娯楽として感情移入によって感受性をゆすぶることができる.

でも,その感情は脚本や構成によって娯楽的に教えられるものであり,こちらからの語りかけは必要としない.

それでは脆く,外在化はしきれていない.

となると,自分自身をどこかに複写する必要性がでてくる.共同体を為す必要性がでてくる.


自分自身の言動や行動の機微を,共同体に複写する.そして共同体によって自身の機微を増幅させ感受性にフィードバックする.

そうして感受性を無理にでもゆすり起こす.


よろめく共同体

主客の一致を果たせないという無尽蔵な虚無を原料にして感受性をチャージする.

満ち足りない主観を客体への想像力で補って,情緒を飽和させる.個人の言動や,行動や責任でよろめく共同体を尻目に感受性をチャージしなければやってられならない.

生物としての防衛本能が経験則を無理やりにでもカテゴライズにはめ込んでなぞろうとするけど,できる限りの破壊に努めなければ感受性は枯れていく.

そうして再び人は人として人間性を得ようとする.

共同体を私的な潤いのために為さなければならないと思った.



文言・写真/うめの瑳刀

のらりくるりと芸術大学中退. 1998年製. 空気を画素におとしこもうと風景をパシャり.二次元(平面)と三次元(立体)の次元間の往来を主題に作品を制作しています.また言語バイアスによる対象からの各個人の情緒レンダリングを試行しております.