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「アンダー・ザ・メルヘン」8
その14 ミスターヤマダ
BY トラグス
テレビにはまだミスターヤマダが出ている。よほど流す事がないんだろう。
俺が言ってもしょうがないんだけど、俺はこのミスターヤマダと、その周辺の光景を見るといつも不思議な気分になる。本当俺には何一つ関係ない事だけど。
「なあ、もし百億手に入ったらどうする?」
放課後、そんな話を皆一度はしただろう。あ、でも俺あんまり学校行ってないや。でもするだろ?いやしないのか。まあいいや。
ただ、それが本当にそうなったら?
ミスターヤマダは普通の男だ。天才特有の期待感や癖がない。
普通の男がたまたま大金を、それも世の中を動かす力を手にしたに過ぎない。
ああ、まあ、表の人達にとってはそれが一番の問題なんだろうが。
だって菓子パンを買うような感覚で他人の会社を買うし、文化と夢の詰まった箱を勝手にひっくり返すし。まるで赤ん坊のかんむし・・・夜泣き・・いや違う・・まあいいや。
ここで重要になってくるテーマとは一体何か。
それは理論と効率っていうやつだ。これらは全てが机上で作られるにもかかわらず、現実に存在する鉄(普通の意味での鉄)よりも硬いものになっていき、時々幾分かの人間(性)が壊されていく。
奴はこのうすら寒さが堪らなく好きなんだそうだ。
気持ちの悪い野郎だ。しかしもっと気持ちが悪いのは、これに関しては色んな所で色んな人が色んな事を言う事だ。しかも皆がこき下ろしている。コメンテーターと冠されているアホがこの前言ってた。
「問題は金だ。教育だ」って。
本当にそうか?
教育したって無駄だ。そして金って言っても百億、二百億だぞ。そんな金を扱う奴なんてそうはいない。
それに百憶なんて金が普通の事か?見た事あるか?俺は一回だけある。そりゃ勿論やばい金だけど。まあ今はいいや。
とにかく、異常な状況の中でいかに自分をコントロール出来るか。一番の問題はそこだ。ま、そんな事、俺に言う資格なんて絶対にないけど。
でも考えても見ろよ。歯を磨く、飯を食う、クソをする、**をする、あ、普通の奴はそんな事しないか。まあ、いいや。とにかくそんな普通の生活の延長線上に二百億があるんだぞ。生活が全て、そして周りに群がって来る奴らが全て変わるんだから。
え?俺は批判なんてしないよ。いや、出来ないと言った方がいい。というか、本気であいつを批判出来る奴が何人いるだろうか。心の中にいやしさのない人間なんていないだろうからな。その象徴が奴だ。
何と言ってもこれは結果論だ。百億持っても変わらなかった奴。批判出来るのはそいつだけ。いやしい奴は黙ってろ。ああ、俺も言えないか。
だって、俺のいやしさたるや凄い・・・いやそうでもないかな。でもあれは・・・、まあ、あれはしょうがなかったからなあ。反省だな。
まあ、つまりはそういう事だ。ただいいか?ここで重要になってくるのは、っていうか、絶対にやっちゃいけない事は何か。
世の中を見ない事だ。さっき言った「理論と効率」ってやつだ。これを文字通りにそのまま何の配慮もなく世の中に適応させたとすると、たちどころに所謂人間性というやつが壊されてしま・・二回目だったね。趣向も変えようか。これはデジャブではなく天丼(笑いの世界で言う被せ)だっていう事で。
壊されるのは何故か?答えは簡単。敗者は淘汰。勝者が全部持っていく事になるから。
最近じゃあ昔の経営者に学ぼうなんていう事を言ってる奴がいる。
それはどんな奴かって?よく格言なんかを言ってそれが本になったりしてる奴だ。
自分の好きな事を極めていって大金を稼ぐような本物の天才ってやつ。
奴らは金の事なんか目もくれない。ただひたすら自分の好きな事を追及していく。それを見てアホがよく言うよな。
「素晴らしい人ですね。」
丸出しじゃないか。アホは何にも考えないんだろうな。だってもう、そいつら聖人を見るみたいな顔しちゃってるから。
そうだ、だからミスターヤマダは・・・、おい、ちょっと待て。俺さっきからミスターヤマダって言ってるか?
ああ、ミスターヤマダ。これは俺がしゃれた気分で言ってる訳じゃない。ミスターヤマダが自分で自分の事をミスターヤマダと言っている。
何故かって?答えは簡単だ。あいつはアホだからだ。でも誰もつっこまない。周りにいる奴らの心の声が聞こえたら、奴が自分をミスターヤマダと言う度に皆一斉につっこんでいるだろう。「何でやねん」って。でもそれが社会だ。あいつはまともに育った人間達のお陰で人生が成り立っている。
その15 女探偵マリコ
BY 中島麻里子
思えばいつも兄の後を追っていた。父親は早くに病死しておらず、仕事で忙しかった母親よりも兄を慕っていた。
ドジで弱虫だけど優しい人だった。でも兄は、私や母とは明らかに違っていた。大げさじゃなく、私にとってだけじゃない、母にとっても、いや誰にとっても太陽のような人だった。
ある日突然兄がいなくなった。
警察は足取りがまったくつかめないと言っていた。しかし私には変だと思われた。
「何か隠しているんだ」と。
いや、自分にそう言い聞かせていただけかもしれない。でも警察の人はあまり熱心じゃないようにも見えた。いや、今思うとただの他人事だからだろう。彼らはただの仕事で来ていただけ。普通の事だった。
母は自分が悪いんだと自分自身を責めた。その後母は、兄の事を振り払うように今まで以上に仕事に打ち込んだ。前にも増して私の話を聞かなくなった。私は母とは距離を置いた。
そうは言っても、どうにもならなかったんだろう。母は変な宗教の会合みたいなのに参加したりしていた。
「母さん、母さんって。私の手を取って・・。いつも楽しい話を聞かせてくれたんです。」
「主人が早くに亡くなったものですから・・・。僕が頑張るんだって・・・。私もう、どうしていいか分からなくて。」
母とは顔が似てるっていうのもあるのかも・・・。だから中身も似てるのかな。
余計に嫌になる。
ちゃんとした子。兄貴はそう言われていた。打算じゃない。妥協でもない。本当にそういう人だった。だから誰からも好かれた。私はそれでも嫉妬はしなかった。何よりも、私とは別世界の出来事みたいな人だった。
誰も言わなかったけど、ああいうのも才能って言うんじゃないのかな。
誰も私を見ない。素通りされてるみたいな。
私は頑張ってないし。面白くない人間だし。
それは分かる。でも頑張る意気地もないのも分かってる。
要は・・・、私も同じだったんだろう。私は心に穴が開いたようだったから。
心の穴を埋めようと思ったのか、私はよく兄貴の部屋にいた。いつかひょっこりと帰って来るんじゃないかと思う事もあった。
洗脳されるのなんて死んでいるのと同じ。心の中でそんな風に母を馬鹿にした。
何ヶ月も経つうちに、兄貴の部屋には行かなくなった。母も落ち着き始めた。
前のように、あまり仲の良いとは言えない家族に戻った。
でも・・・・、このままでいいんだろうか。真相を知らなきゃいけないんじゃないか。その責任があるんじゃないだろうか。
私にはそう思われた。しっかりとしたケジメとして。
私は決めた。
兄貴を探そう。何年かかってでも。
珍しく一緒に家で夕飯を食べている時。
今までの経験から、どんな反応をするかは分かっていたから、回りくどいのは意味がないと思って、私は一気に切り出した。
「兄貴は生きてると思う。」
私がそう言うと、母は一瞬ショックを受け、見る見るうちに顔中にイライラが表れて私を睨んだ。
「やめなさい。あの子はもう・・・」
「私は探しに行くよ。」
母は情けないような、私を馬鹿にしたような、諦めたような、そんな顔をした。子供だと思ったんだろう。できる訳などない。もし本当に出来たって、いい結果などあるわけない、と。
母は箸を床に投げつけると、わざと足音をたてて自分の部屋に帰ろうとした。
部屋のドアを開ける時、私は母の腕を掴んで止めた。
「何で知らん顔出来るの?」
振り返るとまたいつもの顔だ。私だけが不幸ですみたいな。
「あんたなんかに何が分かるっていうのよ。」
「母さんは目を背けてるだけじゃないの。」
「割り切らないと生きていけないじゃないの。あんたも大人になれば分かるわよ。」
そう言うと母はドアを思い切り閉めた。
割り切るだって。嘘つけ。開き直ってるだけだろ。
さらには宗教かよ。会合かなんか知らないけどあんなにケバイ化粧するかよ。
私は子供か?大人になれって?
違う。違う。そんな事じゃない。大事な人間だった。それが突然いなくなったんだ。宙ぶらりんのまま、忘れて生きていいのか。見届けたい。いや、見届けなくてはならない。心の中にある空洞を埋めなければ先へは進めない。
私は探偵事務所に入って、一日中勉強と経験を積んだ。
こんなに真剣に何かに打ち込んだのは生れて初めてだったかもしれない。私はそこそこの腕前になったと思って、本格的に兄探しを始めた。どんな小さな事でもしらみつぶしに調べた。最初はほんの小さな欠片ほどの物だったのが、それが次第に大きくなり始めた。
そして遂に、大きな手掛かりを掴んだ。
でも・・・、何なのこいつ。
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