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「アンダー・ザ・メルヘン」16

その25 ザ メルヘン

 かつて「父」と呼ばれている男がいた。誰の、ではなく、ただ「父」と。それはその男が生まれる前からあった。いや、いつの、どこの世界にもあるものだった。が、現在の社会の中に作り上げ、整備したのは彼だった。
 彼はずっと自分の感覚の赴くままに生きてきた。簡単に言うと、かなりの悪事を働いてきた。善と悪の違いが良く分からなかったのである。
 人生を経るうちに、様々な人と出会っていくうちに、彼は変わっていった。
 後悔の念からか、余生は、といってもまだ若かったが、人の為に生きたい、そう思った。
 しかし、彼は表立っていい事をしようとは思わなかった。偽善という言葉の意味をよく考えてみた。
 
 社会に対する洞察力に優れていた彼は本当の意味で「世の中」というものをよく知っていた。
 社会の表側の構成員である人たちは、どうにかこうにかすべて持ちあわせている。それは人が生きる為の術として。
 しかし中にはそれを持てなかった。不必要なものを持たされてしまった。奪われた。そんな人がいる。その背後にある人間というものが作る社会の恐るべき性質。それは意図的に、時には積極的ですらある。

 光がある、その必然としての陰。そこを動かす事だった。暗闇の中に見え隠れするものにより生じる人の恐怖を実体化する事でもあった。つまり、安心するための場所。

 その当時、暗黙の了解という事にして意図的に流布されていた事があった。
「NO・1は探すな」
 それはただの象徴のような存在だった。実際にそういう人間がいる事も明確にはしていなかった。
 それは簡単な理由からだった。どんな場所であれ、社会というものは、ひとつの有機物のようなものとして動かなくてはならないという理念を彼が持っていたからであった。

 彼は側近たちを信用していた。しかし、その側近によって殺された。理由などはあってないようなものだった。しいて言えばこの世の常だった。
 
 父には愛した女がひとりいた。そして息子が一人。彼の名前はサラエル。
 その日のうちに女は殺された。ほかにも関わる人間は皆殺しにされた。ただひとりサラエルは命からがら逃げたが、やがて行くあてもなくなり、最後には自殺した。



その26 最悪な一日の午後
     BY トラグス

 しかし・・・、俺に出ていた抹殺指令が消されていた。というか出てたんだ。
 裏は今ピリピリしているんだろうな。さすがのピンクパンサーでも足がつきそうだった。抜き足差し足ってやつだ。足痕を消すってのがやっかいなんだよな。
 でもなあ、抹殺指令・・・。よく考えると、いや考えなくても凄くないか?声を大にして言う事じゃないだろ。だって抹殺って。
 指令が消えた理由は7が動いて逆に誰かに殺されたからだろう。調査班は今、何が起きているのかいろいろ調べているんだろう。
 俺は中島に全ては話してない。恐怖で動けなくなる恐れがあるからだ。
 こいつ、もしかして運がいいのかも。いや、7に狙われる時点で最悪か。これで俺は二回目。今回は間違いなく殺される所だった。

 まあ、前回は殆ど奇跡みたいなもんだったからな。
 何せ一人の馬鹿がヘマをやらかしたせいで、そいつ俺に全部罪をおっ被せて自殺しちまいやがった。自殺だっけ。まあいいや。でもあいつ何やったんだっけ。裏の機密を表に晒そうとしたんだっけ。
 まったく意味のない事だ。気持ちの悪い正義感を振り回すだけの奴だったな。そんなの出したってもみ消されるだけなのに。
 間違って本当にそれが表に出たら大変だけど。
 でも何で自殺したんだ。パニックにでもなったか?迷惑な話だ。
 で、7が来た。
 そん時は自分でもビックリする位に鼻が利いた。時々耳が痛くなる位にビンビンになって逃げ切った。
 最強の殺し屋。本当だったなあ。あの目。まるでサメだ。今でも時々思い出す事がある。恥ずかしいけど寝小便を垂れる事もあった。ついでだから言うが、7とは関係ないけど寝グソをした事もあった。
 いやその時はさすがにショックだったな。俺は暫くの間、これは夢なんだと思い込んで無視していたんだが、さすがに匂いがきつくなって掃除した。まあ、実態のある夢なんてないからねえ。
 その後俺はあまり人と関わらなくて済む情報屋になった。
 まあ、その後も色々と面倒な事があ・・・。
 中島真理子が俺をじっと見ているように見えるが、俺の姿は見ていないようだな。自分の中に入り込んでるようだ。時々いるタイプの。

 正直、俺には理解出来ない。何故そこまで必死になれるのかが。まあ、その先にあるんだろうよ。俺の知らない世界ってやつが。よく言われたもんな。どっか行けって。
 それよりも、とにかくこの状況を何とかしないと。
 どうするかな。こいつがいると多分逃げ切れない。足の問題じゃない。判断と覚悟の問題だ。
 テレビにはまたミスターヤマダが映っている。
 何やら批判されているみたいだ。前までは持ち上げていたのに、人気に陰りが見えてきた途端に一気に落としにかかる。この国のメディアは何とも陰湿だ。顔では心配したふうな感じなのにな。
 根底に嫉妬でもあるんだろうか。これだけ多くの本音をその場で嗅ぐと俺は昇天してしまうかもしれない。
 何だろう。自分でも気付かなかったけど、俺も腰を折るんだな。しかも自分のを。マゾヒスティックだな。

 何度も思うけど、今はそんな事を考えている場合じゃない。裏の奴らには頼める訳もないし。
 そうだ、裏の人間じゃ無理だ。表の人間に頼もう。いや、事が事なだけに、まずいかな?でも無関係な表の人には手は出さないから。いや、やばいか?
 まあ、逃げる手はずを作ってもらうだけならそうでもないだろ。


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