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「アンダー・ザ・メルヘン」14

その24 ビーグル7

 ビルの屋上。
 狙撃用のライフルを構える7はいつもの様に確信を持って引き金を引いた。
 7の中では確実にトラグスのこめかみに命中したはずが、トラグスの頬をかすめる様に建物の壁に当たった。
「げ。何だ今の。」
 ほんの一瞬だった。しかもそれは針で刺すかのような細いものだったが、トラグスにはそれだけで十分だった。
 7だ。トラグスはすぐに分かった。
「おいおい、いよいよ来たか。話し合うったって聞いてくれないだろうな。」
 殺し屋が来る。トラグスの中でその予感はあった。直接の関係はなくとも、口封じの為に殺される。裏ではよくある事だからだった。
「でもよりによって相手がこのお方?」
 今まで感じた事のない殺気の密集。それは確実に鍛え上げられた痕跡がトラグスにもうかがえるものだった。

 他人に対して隙を与えるという理由から、7は例えどれほど感情が揺れ動いたとしても、それを殆どと言っていいほど表には出さない男だった。
 トラグスが銃弾をかわしたその瞬間も、7の顔色は変わらず、眉が少しだけ上へ上がっただけだった。が、それは人生で数えるほどしかない驚きを自分に与えた光景のひとつとして、新たに加えられるものになった。
 正確には、トラグスは銃弾をかわしたという自覚があった訳ではなかった。7が銃を撃つ時に漏れる一瞬の殺気。トラグスはそれを嗅ぎ取ったにすぎなかった。
 7の殺気から放たれる銃弾の道筋。7の正確過ぎる射撃技術が、トラグスにとっては逆に有利に働いた。
 俺は今まで何人殺してきただろう。
 7はそう思うと、ライフルを素早くケースに収め、急いで屋上の出口へと走った。
 7はビルの谷間に停めてあった車にライフルのケースを投げ入れると、すぐさま短銃とナイフを服の中に入れて走り出した。

 長年殺し屋をやって来て分かった事がある。俺は殺し屋としては中の上のレベルだ。そんな自分がこの世界で生き残るにはどうすればいいか。相手を確実に仕留めるには。
 人をより良く知る事。体の構造、心理、行動パターン。そして戦術。
 あらゆる状況を先読みし、相手を追い詰める。それはまるでチェスをするように。

 行き止まりの路地裏。もちろん他には誰もいない。そこに7はトラグスを追い詰めた。
 7は冷静に銃をトラグスに向けて構えている。
「お前一体何者だ?」
「あんたこそ。中身一体何で出来てるんだ。その顔からすると、魂は超合金か?」
 匂いが変わった。やべえ。
 そう思うとトラグスは壁に向かって思い切りダッシュした。
 7はこの、あまりにも見慣れない光景に、あっけにとられて一瞬引き金を引くのが遅れた。
「壁を走っ・・」
 トラグスは7をやり過ごすと、振り向きざまに7に向けて闇雲に銃を撃った。その一発の銃弾が7の肩口をかすった。
「足には自信があんだよ。」

 走り去っていくトラグスを見ても、7の心の中には不思議と屈辱感はなかった。

 ターゲットを入念に調べる事は、仕事の確実性を増す事につながる。しかし、7は誰にも言う事など出来なかったが、その本心は不安からだった。それを打ち消す為に日々の鍛練も欠かさなかった。

 どっちにしろ、人を殺す仕事だ。面白い訳がない。しかし時として、面白い奴に出会う事もある。
 口に出すのははばかられるが、そういう時は、楽しいものだ。
 一対一のサシの勝負。

 トラグスは7に狙われている時間が長くなるにつれ、それのみに意識が集中されて、反応が早くなっていった。
 7は少しずつではあるが、この状況に支配されていき、飲まれてしまう感覚がした。
 慣れからか、7には震えはなかった。が、ほとんど自然に反応する体と心の中の恐怖とのギャップに気持ちが悪くなり、体が冷たくなるのを感じた。

 背中が見えていたのに、足元しか、いつしか足跡しか見えない・・・。
 弱気になるな。受けて立ってやる。全力でだ。集中しろ。感覚を研ぎ澄ませ。もっと先を読め。追い詰めろ。

 トラグスは長時間出した事のない力を出し続けたせいで、もうすでに限界だった。
 
 おい、何かさっきより早くなってねえか?もう逃げ切れねえぞ。耳が痛え。やばい。もう切れそうだ。人間かこいつ。スタミナの差が半端じゃねえな。
 目が。視界が。あれ?宮殿が見えるぞ。あ、お姫様。

 その場に倒れ込んだトラグスの前には少し息を切らした7が立っていた。
「チェックメイトだ。」
「ああ、そのようだな。」
 強がった苦い笑みを浮かべているトラグスを尻目に、7が引き金に力をこめたその瞬間、7の携帯電話が鳴った。
「おいおい、随分可愛らしい着信音だな。」
「はい、はい。ああ、分かった。」
 7は銃を下におろして顔色ひとつ変えずに言った。
「終わりだ。もういいぞ。」
 トラグスの蒸し風呂みたいになっていた頭の中は、そのもやがはっきりしてくると同時に疑問符がふわふわ踊りだした。
「何だって?」
 7は銃をしまった。
「抹殺指令はなしだ。災難だったな。」
「・・・まったくだ。」
 トラグスは急に体から力が抜けた気がして文字通りぱったりと音を立てて大の字になりその場に倒れこんだ。
7は去り際に、トラグスに言いそうになってやめた。
「お前を殺す事にならなくて良かった。」
 トラグスは暫くはその場から動けなかった。

 街中じゃなくて良かった。こういう時はこういう場所が用意されてるんだろうな。いや、追い詰められただけか。それにしても、災難だってよ。愛想もくそもない野郎だな。やってらんねえな。全身フニャフニャになってるな。頭ジンジンするし。



番外編 未知との遭遇
BYトラグス

 ある日の事だった。
 誰も見た事もないほどの醜男が表で刃物を振り回して逮捕された。でもその後、その男は忽然と姿を消したらしい。

 この逸話(実話?)に関しての本当の所は姿を消したって事じゃなくて、ある種あり得ない事ではあるんだが、この男(仮に性別があればの話でいこうか)は殺されたというのが真相だ。

 発端は当然ヨシの無謀な実験からきている。回を追うにつれ、暴走するようになったらしい。ある日、実験をする事もなく、勝手に体から出て行った(本人、とっさにいってらっしゃいって言ったらしい)という事である。
 ヨシは当然事情を聞かれる事になった。これも当然だと思ったそうなんだが、殺されると思ったので本当の事を話したそうだ。

 この醜男(満1歳6カ月の暴れざかりの育ちざかり)の目撃者の証言によると、何やら体のサイズが定まってもいなかったらしい。大きくなったり小さくなったり。暴走も歯止めが効かない所まで来たと裏側(誰だそいつ)は判断した。

 裏史上、前代未聞の抹殺命令が下った。
 その醜男を消せ。
 指名されたのは18だった。

 何故18が派遣される事になったのか。
 殺し屋たち各々の日程が重なったという事だが、真相は誰も行きたがらなかったらしい。特に7は即答で断ったという事である。
 裏側と18。両方の意見は不思議なほど一致した。

 裏側にすると何故かターゲットを確実に殺しているという事実だった。
今回のターゲットが不確実過ぎる以上、仕留める側にもそういう類のものが必要と判断したためである。
 しかし18の側(この言いまわしも変っちゃ変なんだけどねえ)にしてみれば、不思議な事は一切信じないというのが信条の男だ。交渉は難航すると裏側は思ったみたいだが、意外とあっさり了解した。というのも、本人にとっては不確実だろうが、本当は存在しないと言われようがあまり関係ないようであったと誰かが言っていたのを俺は聞いた。
 18がそそられた理由は、誰も出来ない。その上、殺せるならやる。
 その場にいた奴に後で聞いたら、本人、「おいしい」って言ってたらしい。


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