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「アンダー・ザ・メルヘン」13

その22  因縁


 高まった殺気を邪魔されたイライラと、そのせいで不快感が消えた安心とで、18は複雑な気分になった。
「オイおっさん、うるせえよ。だいたいそれが分かれば苦労はないだろ。」
「何だ若造、死にたいのか。」
 迫田が重そうな体を揺らして18に殴りかかると18は一瞬で迫田をかわして後ろを取った。その時、18は習慣で迫田の背中を指で突いた。
 迫田のベトベトの汗がついた指を見ているうち、18は遊び半分で抱いた迫田への殺気が少し本気になった。
 迫田はただ動けなかった。頭の中が焦りと緊張で一杯だった為、絶対にやってはいけない事をやってしまった事にはまだ気付けなかった。

「今度無関係な殺しをやったらペナルティーだからな。」
18は思わず後ろを向いた。もう慣れていると自分で思ってはいてもそうなる事があった。
声が聞こえる。
あいつ名前なんだった。そうだ、ターゲットの名前を教える奴だ。あの鼻がでかいやつ。でも俺が殺した奴はいつも何がしかに関係してたけどな。時々こいつも。いつかついでにやるか。・・・それよりも。

「まるで背脂だな。」
 そう言って18はハンカチで指を拭いて、そのハンカチを投げ捨てた。
「見て分かるだろ?どんな奴かが。お前が何しようと関係ないんだよ。」
 迫田は18と目を合わせた瞬間、自分の置かれている状況を幾分理解できるほどに冷静さを取り戻した。
 
チャンネル合わせみたいなもの。人の声が入ってくるという事は、その相手に入れる事も出来るという事。
面倒臭がりの18にとって、名付ける事すら避けている能力の獲得との引き換えに気を付けなくてはいけなくなったのは、常に何かにチャンネルを合わし続ける事だった。それを怠ると、文字通り存在が消えてなくなる恐れがある。
18は一度「うっかり」口を滑らせてしゃべってしまった時があった。
夢と現実の境目への手の伸ばし方。
裏に来たてで18にとって初対面のその相手は、裏と表の接合面と言ってはしゃいでいた。何故「敢えて」口を滑らせたか?18にはよく分かっていた。その相手も条件が整っていたからだった。
数分後にはその相手は笑顔で表からも裏からも姿を消す事になった。

「殺し殺し殺してや・・るやる殺してやる・・怖い寒い熱い・・」
 18はうるさい黙れと迫田に言うのを止めた代わりに、殺気を迫田の頭の中に露骨に入れた。
生気の通ってない、サラサラとした気持ちの悪い殺気。迫田は突然その寒風にも似たものに巻き込まれて吹き飛ばされそうになり、思わずその場に倒れこんだ。
「分かったか?おい、この現場だよ。この意味が。お前なんかこういう場所には来るな。邪魔なだけだ。」
 きれいなフローリングの床に、汗染みをしっかりとつけながら迫田は7の死体の所まで這って行き、7の首にかかってていたネックレスを引き取った。
 それを見て18は気持ちの悪さを感じると同時に、滑稽だとも思った。
「おい、そんなの勝手に取っていいのか。」
 薄ら笑いを浮かべて言う18の事は気にもせず、迫田は声を振り絞って言った。
「7のターゲットは誰だ。」
時々18の中で本気になる迫田への殺意。それを出したり引っ込めたり。

・・・無関係な殺し。「間違って本気になって」殺してみようか。

 抹殺したくても中々出来ない。裏を、つまりは世の中を動かしているという思い違い。
 それが迫田に対する裏側の評価だった。
悟られるな。裏からの迫田への近づき方に関して18はそう解釈していた。
 
「ああ・・・、確かトラグスって奴だ。後、もう一人女がいたかな。」
 処理班は自分の事は棚に上げ、仕事がはかどらない事に苛々し、迫田の前に処理道具をちらちらさせながら言った。
「そう、あいつら・・・、裏の情報を持ち出したんだったな。下らないスクープとか何かにまた巻き込まれたか。」

「意識を集中しようという時にだ。そんな時に、タバコ等で肺が汚れていると、意識が乱れて仕事もうまくいかなくなる。」
 18は、以前7が言ったという、殆ど自分に対する当て付けに近いこの言葉が7の死体から聞こえた気がした。
およそ非日常的なものに四六時中囲まれていながらも、18は何故か死後の世界だけは信じていなかった。

俺がここに来た意味は何だ。この「7の死体」がある現場に。
俺が信じるものは何だ。
俺を殺すのは誰だ。蛇の道は蛇。
死んだら終わり。それはいったい本当だろうか。ここに来た理由なんてひとつだけ。ただ見たかった。
牛の解体作業を長年している人間は牛に殺される夢を見るんだろうか。

「まあ、しょうがないな。あいつこれが二回目だから。」
「なぜそんな奴らに7が動く。」
 迫田の顔には玉のような脂汗がにじみ出ている。18は処理班と目を合わせて言った。
「何だ、あんた知らないのか。あいつは一度7から逃げきったんだよ。」
 この事は一部の裏の人間しか知らない事だったが、処理班が知っている理由は、その現場の後処理に赴いた為だった。

 この裏では凄惨な現場が多い。仕事以上の事をしてしまう人間が多いからだった。処理班もこの仕事をやり始めた頃は気分を正常に保つのに大変だった。それに引き換え7の仕事の後処理は実に簡単だった。それどころか敬意を払いたくなるような仕事だった。
 一発の銃弾の跡。7本人のやった仕事と見た目こそ似てはいるがやはり違う。処理班が最初から気になってしょうがない、腑に落ちない何かが発せられている大元はやはりこの7の死体だった。

 7が取り逃がした・・・。・・・・そうだ、あいつは確か・・・。
 迫田はそう思うと、脂汗を床にポタポタ落としながら立ち上がり、よろよろと歩きだした。
「やめとけよ。あんたじゃどうにもならないって。」
 そう言う18の事は気にもせず迫田は部屋を出て行った。



その23 ノッキン オン ヘルズ ドア
       BY 18

  断末魔という言葉をこの前初めて聞いた。それは人が死ぬ時に出る最後の雄叫びらしい。
 最近見えるんだ。ターゲットが死ぬ寸前、そいつの人生のイメージが。俺の頭の中に入り込んでくる。その時いつも思う。
 こいつも同じ。

 最初はただの興味本位と強がりだったんだ。本当にただそれだけだった。それがいつしか、負の輪廻に巻き込まれ、抜け出せなくなった。最初に人を殺したのだって、ただの成り行きだった。今じゃあ殺し方だけ上手くなった。

 見えてくるんだ。同じものを背負った奴らが。
 イライラをおさめる為、弱さから目を背ける為、血まみれになりたくなる。
 俺の周りに群がって来る奴ら。そんなのはどいつもこいつも言っている事は皆同じ。
「どうにかしてくれよ。」
 それを他人に擦り付けるんだ。
 
 俺の親はどっちも普通の人間だった。それに何よりもマトモだった。俺はガキの時は気付かなかったけど、今思えば両親は必死だったんだろう。俺の周りに作らなければ、と。
人間でいられる囲いってやつさ。

腹が浮き上がるみたいな楽しさとクチャクチャっとした気持ちのいい苛々。その不思議な感じだ。そのさらに先にある何かを求めて俺はそこから出て行った。
その囲いがどうだこうだという事なんかどうでもよかったんだ。
枠の内と外、それがどう違うのか俺には分からなかった。正直言うといつ出たのかも。
分かった事といえばひとつだけ。どう戻ったらいいのかが分からない。それだけだった。でもそんな事よりも何よりもとにかく毎日が楽しかったんだ。

 後悔なんかないんじゃない。後ろを振り返ると年甲斐もなく泣き喚きそうになる位に怖くなるから見ないだけだ。
 どこまで来たのか。元いた場所はどこなのか。もう何もかも分からない。すくむんだよ。体が。心が。

 忘れもしない。一度だけあった。そこから抜け出そうとした事が。でも初めだけさ。順調にいくのは。
どうやって保つんだ。自分を。すぐに死ぬはずじゃなかったのか俺は。
 マトモになればなるほど恐くなるんだ。
 負の力だ。俺の背中にはあるんだ。
 耐えてどうなる。その先に何がある?意味なんてないさ。

 自分が悪い。そりゃあその通りだ。そんなの自分が一番わかっている。

 その頃に出会った人間がいた。身も心も潔癖な人間だった。
 綺麗な女だった。そいつはいつも俺に優しくしてくれた。俺は変われると思った。でもいつも気になる事があった。
 目だ。それがすべてだった。住む世界が違う。事あるごとにそれを思い知らされた。
 それでも、俺はここにいなきゃいけない。こいつと一緒にいなきゃいけない。そう思った。そんなのは百も承知だ。俺は怖かった。いままで経験した事がないくらいに。
違う。何かが違う。対峙しなければならないものが。誰を殺してもキリがない感じだ。
何かを要求されているような気がした。それが何なのか分からなかった。いや分かっていたのかもしれない。知らない振りをしただけかも。
俺は逃げた。勝ち目なんかある訳ないから。何も言わず、後に何も残さず。俺はそんなにガキじゃない。
 でも結局最後にあったのは下らないわがままだ。
これは俺が欲したものじゃない。だから俺は捨てた。
いいんだ。だって、向こうから来たんだ。俺から行ったんじゃない。
最後の罪滅ぼし。
最後のチャンネル合わせは、その合わせる先は分かっている。
俺も笑顔になれるだろうか。 

 運命に抗うのはもう止めた。俺はそんな人間じゃない。
 ここは最低な場所だ。
 ここで生きていくんじゃない。死ぬまでここで何かをするだけだ。ただ流れのままに。最後に行き着く先は、地獄だろうか。何と何の間にあろうが、メルヘンなんて訳にはいかないだろう。住めば都なんて言うがな。
しょうがないじゃないか。 


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