デリカシーのない男

「雅弘(まさひろ)くん、放課後、体育館の裏で待ってます」

 その手紙を下足箱で発見したときに、周りには気づかれないようにガッツポーズをしたのは秘密だ。心臓の高鳴りは誰に気づかれるはずはないが。

 ここまで来るのにえらく時間がかかってしまった。モテようと努力はしてきたつもりだ。たいして好きでもないうえに苦痛でしかないテニスを続け、家で予習復習をこなし、勉強をそんなにしていないのに頭の良い秀才キャラを作り上げた。

 努力は実を結び、テニスではシングルで県大会に出るくらいには成長し、学校の定期テストでは常に一桁の順位を維持した。

 それがここに来てようやく実を結ぶ。そのことが俺の心をやけに震わせるのだ。そうか。これが努力の素晴らしさと言うものか。

「なにニヤニヤしてんだよ、ドSくん」
「……その呼び方はやめてくれって言ってるだろ」
「わりぃわりぃ」

 後ろから抱き着きながら声をかけてきたのは同じクラスの陽賀(ようが)だった。

「割と俺は良いと思うけどね、このあだ名も」
「良いわけないだろ。不謹慎だ」
「それはまあそうなんだけど、さ」

 そう言いながら俺の隣の席に腰掛ける。その席は女子の席だ。ほら、女子が今まさに座ろうとしていたのに、それに気づいてどこかに行ってしまった。なぜこの男はもっと周りをよく見ないのだろうか。

 だけどこんな男でも俺よりモテるのだ。むかつくことに。

「なにか良いことでもあった?」
「…………」

 そう言って無言でその手紙を見せる。

 するとそれを見た陽賀は一気にテンションが上がって、大声でそれを読み上げようとする。

「おいこれこくは……!」
「ばか」

 声がでかいっての。俺は陽賀の口を手でふさぐ。すると陽賀は口を開けて舌で俺の右の手のひらをなめる。

「っ! おい!」
「急に口をふさぐほうが悪いんだろうが」
「お前がこれの内容を言おうとしたのが悪いんだろ」
「別にいいじゃねえか、減るもんじゃねえし」

 このデリカシーのな無さもそうだ。何でこんなやつが俺よりもモテるのだろうか。もしかして俺が目指すべきはこの方向だったのだろうか。

「とにかく、このことは内緒にしてくれよ」
「わかったよ」
「……本当か?」
「本当だって! お前怒ったら何しだすかわかんねえもん。約束は守るよ」

 それを聞いて安心する。こいつは確かにろくでもないやつだが、約束は守る男なのだ。

「それにしても、その字、もしかして加瀬(かせ)さんの字じゃないか?」
「…………」
「……わかりやすく目が点になってるぞ、お前」

 驚いた。加瀬さんと言えばこの学年のマドンナだ。その彼女からの告白だとしたら断る理由がない。

 俺は胸を躍らせながらどうでもいい授業を睡眠と共にこなしていく。

 

 放課後。

「来てくれたんだね、雅弘君」
「…………」

 本当にそこにいたのは加瀬さんだった。加瀬さんはスタイルもよく頭もよく、ソフトボールでもエースとして好成績を残している。

 もしかしたら彼女も俺と同じでキャラを作っているのではないかと勘違いしてしまうほどだ。だけどきっと彼女はそれが素なのだ。

 だからこその魅力なのだ。

「あのね、雅弘君」
「な、なにかな?」

 思わず声が引きつってしまう。

 俺はこうなるために努力をしてきたはずだったが、こうなったあとのことはなにも考えていなかった。

「わたし……、わたし……!」
「…………」
「雅弘君に、雅弘君に……!」

 なんだ? 彼氏になってほしい、か?

 俺は返事の準備をしなければならない。心の準備もそうだけど、言葉の準備もしなければ。恋には駆け引きが必要だ。すぐに返事するのではなく、あえて返事を遅らせることでより――。

「首を絞めてほしいの!!!」
「…………え?」

 思わず俺は聞き返す。彼女の言葉があまりにも信じられないようなものだったからだ。

 今、加瀬さんは何て言った? 首を絞めてほしい?

「私、実はそういうのに興味があって、どこかで実践できないかなと思っていたんだ。そしたら雅弘君がドSだって言う噂を聞いて……」

 そうか。そうなのか。

 加瀬さんもそうなのか。俺は周りを見回して、誰もいないことを確認してから彼女に近づく。

「……じゃあお望み通り絞めてあげるよ」
「……!」

 わかりやすく身体をビクンと震わせて加瀬さんは身構える。俺はそんな加瀬さんの首元に両手を持っていく。

 そして両手に力を徐々に込めていく。

「かっ……!」

 そんなうめき声がマドンナから漏れる。そんな彼女の姿はマドンナとは程遠いものではあったが。

 だけどもうそんなことはどうでもいい。

「かっ……! かっ……!」

 加瀬さんは苦しそうにそんな声を出し、そして手で俺の腕をバシバシと叩く。だけど俺はそれを気にせずに力をどんどん強めていく。

 だって彼女がしてくれと言ったのだ。だからその望み通りにしてやるのが紳士の振る舞いというものだろう。

 しばらくして加瀬さんからすべての力が抜ける。手を離す。そして彼女をおんぶする。彼女をおんぶできるなんて、ラブラブカップルみたいな行為をできるなんて思わなかった。そして彼女をおんぶしたままその場に穴を掘り始める。

 そこにはあったのはかつてはこの学年にいたひとりの女生徒だったものだった。

 前もそうだった。俺のことを好きになってくれた彼女。だけどその彼女は別に俺じゃなくてもよかったらしい。これは陽賀から聞いた話だから、まあ間違いではないだろう。

 それを知って俺は、彼女に告白されたときに返事として首を絞めた。俺は誰かのステータスのために努力しているわけではない。誰かの付属品として生きているわけではない。

 俺のことを好きな彼女が行方不明になったことで俺が殺したんじゃないかと噂になったことがあった。結局俺がしたことがばれることはなかったが、それがきっかけで俺はドSだなんて呼ばれることが増えた。

 俺は加瀬さんもその穴に入れてしまう。もう生命ではないので優しくする必要はない。紳士だって死体は雑に扱うに決まっているのだ。

 その穴を戻そうとしたときにやらかしたことに気づく。俺は今日この日、この時間にここに加瀬さんといることを一人の人間に教えてしまった。そのことをあいつが誰かに広めれば、さすがに今回は言い逃れできないだろう。

 今すぐにでもあいつをこの場に呼ばなければならない。俺はモテる男になるために良いやつとして生きると決めたのだ。だからこんなことがバレるわけにはいかないのだ。あいつには悪いが消えてもらわなければならない。

 証拠を少しでも残さないために更に殺人を行わなければいけないのかと、そんなデリカシーのない行為をしなければいけないのか。

 だけどもしかしたらそれぐらいデリカシーがないほうがモテるんじゃないか?

 

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