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MCU全作品レビュー:Phase2

引き続き、今回はPhase2の6作品レビューまとめ。出来の良し悪しがはっきりと分かれた6本だった。本流のBIG3の話に加えて、傍流の「ガーディアンズ・・」と「アントマン」も始動。

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アイアンマン3(2013:シェーン・ブラック)

「アイアンマン1」は最高なポップコーンムービーだった。中東ゲリラに囚われるという相当にハードな展開にも関わらず、軽快で楽しい娯楽映画に仕立ててくれた絶妙なバランス。だからどうしてもこのシリーズにはそういう要素を期待してしまう。

だが、本作は冒頭からもうトニースタークがPTSDだ。結果的に映画自体の躁鬱感が激しく、私が期待する軽快さからは遠くなってしまった。トニーが立ち直り困難を克服していく様を描こうと、いや実際に描いてはいる。だが、交互に登場するアクション展開とトニーの成長がうまく呼応していない。アクションの結果→成長という流れが観たいのだが、「それはそれ、これはこれ」として見なきゃいけないのかな。ラスト数分での話の畳み方が、まあ早かったこと・・。

ヴィランの影が薄いけど、トニーの自分との闘いという点が強調できたので、これはこれで良かったかも。

前作であれだけ振っておいた父親との話は今回皆無。スターク父は今後もMCUに登場し続けるのだから、 存在を匂わせるくらいはしておいても良かったかと。


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マイティ・ソー ダーク・ワールド(2014:アラン・テイラー)

前作のキャラ勢ぞろい。世界観を広げて面白くなる!はずだった・・。

一言で言えば、豪放磊落なソーのキャラクターと、複雑な世界観の食い合わせの悪さなのかな。前作はシェイクスピア的史観という共通認識にあてはめて、色々と脳内補完しながら楽しめた。それが無いのもまた一因か。

本作のラストでオーディーンの生死が不明になっているのも、製作段階で心配になったマーベルが、今後フレキシブルに展開できるようにと配慮した結果なのかも。それが「ソー3」で生きてくることに・・。

★インフィニティストーン★
後にリアリティーストーンになるエーテルが初登場。本作はその争奪戦。最終的にアズガルドが手に入れるが、すぐにコレクターに預ける。理由は「2つのストーンを持つのは危険」と。既にアズガルドには四次元キューブがあるので。


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キャプテン・アメリカ ウインター・ソルジャー(2014:ルッソ兄弟)

ヒーローを創造したアメリカが、ヒーロによってあるべき世界ヘと回帰する。それを願うドラマだが、同時に彼らの時代の終焉も明確にしていく。

監督は本作からMCUに参加するロッソ兄弟。彼らの作る硬質な本気アクションシーンが、これまでのMCU作品とは一線を画する高レベル。外連味よりも疾走感を重視したのが良かったのだろう、キャップもウインターソルジャーも皆がカッコいい。かなり複雑なストーリーなのだが、あえて説明は最低限に留め、アクションのキレ味やテンポ感を優先させた「アンバランス」が大正解。見返したくなるクールな作品になっている。

スティーブロジャースは愛国者だが、彼がコミットしたのはあくまで40年代の古きアメリカであって、21世紀のそれではないー。この当然の理屈が今回のテーマだ。恋人、友人、国家(彼にとっては親だ)それら全てを失い、何のために戦うのかを見失うキャップ。そこに現れたバッキーは彼にとって一縷の望み。ヒドラの計画阻止とバッキーの奪還が、彼の中で等価になっていく闘いの果てに、自分の命をバッキーに委ねる。前作「ファーストアベンジャー」での自己犠牲とは全く意味合いの異なる選択。その気持ちが痛いほど伝わった。あの瞬間、スティーブの生きる希望はバッキーだけだったのだから。

バッキーとの友情だけでなく、初登場サムとのバディ感など全編に流れる男臭さが良かった。それに触発されたように、ナターシャもまた(スパイからヒーローへと)自分の殻を破る。それが解るラストの記者会見も良い。

★インフィニティストーン★
「アベンジャーズ」のラストで、シールドはロキの杖(マインドストーン)を預かるが、当然のようにそれはヒドラに手に渡っていた。その研究の結果?二人のミュータントが産まれたというおまけ予告シーン。


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ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー(2014:ジェームズ・ガン)

スターロード率いる銀河の守護者(笑) <スペースオペラ=薄汚れた世界>の歴史を極彩色で塗り替え、MCUを銀河に広げ、それでも弱者を描くジェームスガン作品そのもの。

「マンダロリアン」を観て、スターウォーズの魅力はあの薄汚れた世界観にあったんだと改めて気付いた。SWの大ヒット以降、フォロワー作品たちはこぞってそれを真似たのだが、SW以前のスペースオペラはむしろ本作のようなピカピカな極彩色の世界だったと聞く。もしもSWという作品が世になかったら、スペースオペラはこんな進化を遂げていたのかもしれない・・・観客にそれを意識させるためか、意図的とも思えるプロットの相似。EP4公開から40年近く経過して、ようやく現れた「もうひとつのスターウォーズ」。

閑話休題。
そういうサブテキストがなくても、本作のドラマ性は十分に素晴らしい。Vol.2まで見終わった上での感想を言えば、もう本作の段階で既にピーター&ヨンドゥ「父子」の親離れ子離れの話だった(本当にアメリカ映画はこのテーマが大好きだな)。冒頭の悲しい母との死別から、26年後のダンスシーンにジャンプするオープニング。ここが秀逸なのはその多幸感だけでなく、ピーターがこの26年間にどこで何をしてきたのか?観客が勝手に思いを巡らせる想像の喚起だ。「ヨンドゥ、あの孤独な少年をこんな愛すべきバカに育ててくれてありがとう!」そんな想像で泣けてしまう。何度みても素晴らしいオープニングだ。

ヨンドゥは部下の手前、ピーターを殺すふりを見せるが、内面は愛情で一杯なのがマイケルルーカーの演技から伝わるし、その表情は旅立つピーターの背中を押している。飛び出したピーターもまた、ラベジャーズの服を脱がない。そんな二人の絆の強さがたまらんよ。

活劇としての手際の良さもいい。
銀河の勢力図みたいな説明は割と後回しにして、5人のキャラクターをノンストップアクションで一気呵成にみせる。これでもう感情移入はバッチリ。彼らの同類嫌悪展開も「あるある」で面白く、「早くチームになれよ」と気づけば応援している。ラベジャーズ船内でのボンクラ会話の後、どういうわけか(笑)チームが一つになる。ここからの作戦準備モンタージュと、シーンが切り替わるほんのちょっと前に音楽が鳴り始める編集タイミング。このカッコよさには痺れた。

ブラッドリークーパーとヴィンディーゼルの声出演にはビックリ。確かに相当の演技力が必要な役なのだが、こんな大物二人がよく引き受けたな・・と。ケビンベーコンをメタ的にいじり倒したり、俳優との絆の強さが半端ない監督なんだろうな。まるで映画界のルフィーだ(ラベジャーズは宇宙海賊だし)。ほんと、3作目の監督に復帰できて良かったよ。

"We are Groot!"


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アベンジャーズ/エイジオブウルトロン(2015:ジョス・ウエドン)

嬉しいリバイバル上映。初見時@home は好印象のなかった作品だが「え、こんなに面白かったの!」と驚いた。その理由は3つ。

① 映画館だから
情報過多とも言われる作品なだけに巨大スクリーンがやはり必須だった。MCUの中でも「アベンジャーズ」はヒーローの数が多いだけに、同時に複数の戦闘が画面の端々で展開される。家庭で見れば「密」と感じてしまうそうした場面も、大画面ならば堪能そして圧倒される。加えて音響。アイアンマンvsハルクや、ソコヴィア浮上シーンでの重低音が腹に響いた。ここでもう元が取れたという小市民的満足感。

② フェーズ2を直前に見直したから
トニー、スティーブ、ソーの行動原理に共感できる。とくにトニーの暴走は、本作だけ見れば確かに奇行に過ぎないが、アベ1→アイアン3→本作という流れ、さらにワンダに見せられた幻想を考慮すれば仕方なしと思える。むしろ、ああいう事態になっても逃げ出さないトニーにヒーローの資質を感じた。フェーズ2の3作品は、重めの展開の末にヒーローたちがそれぞれの悩みを内に秘めたまま終わる。そんな閉塞感を本作で「シェア」したことで(根拠はないが)何かすっきりしたようなカウンセリング的安堵感が。

③「エンドゲーム」まで観た後だから
これ以降の「エンドゲーム」までの数々の伏線張りが楽しめる。ああこの台詞は、後の作品のあれと呼応するのかというアハ体験。本作は情報過多と批判されることが多いが、それはただでさえヒーロー全員集合で忙しいうえに、彼らの内面を掘り下げて、且つ将来作品(なんと「ブラックウイドウ」まで)への仕込みも、という過剰サービスの結果。この「仕込み」の要素は初見時にはノイズだが、今回のような再見時にはちゃんとそこが活きてくる。

「アベ1」の外宇宙からの侵略とは異なり、本作のヴィランは人間の内面という、いわば「内宇宙」からの産物。そこは現代性があっていいじゃないか。闘いの舞台は、東欧(ソコヴィア)、アフリカ、韓国といずれも二次大戦後に凄惨な内戦が起きた場所だ。そこにもまたテーマ性が隠れている。

★インフィニティストーン★
ヒドラから奪った「ロキの杖」をウルトロンが持ち去る。それがマインドストーンとなってヴィジョンが誕生。ヴィジョンが人類側を選択したことで、最終決戦に勝利、新生アベンジャーズの一員となる。

 

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アントマン(2015:ペイトン・リード)

こぢんまりとしたアクション、毒気のないホンワカした笑い。MCUらしからぬ低燃費な作品だが、このユルさは結構心地よかった。

登場人物はみな弱い人々だ。
主人公スコットからして妻子を失った前科者だし、ハンクピム博士にしても、初代アントマンの面影はなく、妻を失った自責の念に囚われる。そんな二人が、それぞれの娘の信頼を取り戻そうと共闘する。二人を助ける気のいいアミーゴたちも、社会的に弱いマイノリティだ。そしてもっと弱者たるアリンコたち・・。

そんな彼らを包み込むような優しさがある佳作。だから鑑賞中は、癒される心地よさを味わえた。スコットの元妻の彼氏は刑事、スコットから見れば二重の意味で強者の存在だ。二人の和解と事件の解決が同時に訪れる、とても幸せな結末。

しれっと量子世界まで出てくる、実は重要な一本。

次回 Phase3 に続く。

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