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【2000字のホラー】帰路

自転車を一度降りないと通れない。

国道を横に逸れた、細い一本道。住宅地の中を暫く進んだ所だった。黄色く塗装され、Uの字を逆さにしたような、よく見かける自転車防止柵。道幅は自転車1台でギリギリの小さな道だ。本来通るべきでは無かったのだろうが、家路を急いでいたので適当に抜けられるだろうと入り込んでしまった。

時報と、間延びしたゆうやけこやけが聞こえる。17時を回ったらしい。自転車から降りると、顔を撫でていた涼しい空気が私の肌で熱された。日は短くなり、辺りは既に群青色に染まりだしている。冬の気配が嬉しくて、早めに引っ張り出したコートは逆効果だったと後悔する。

汗が引くのを感じながら、柵を見つめる。なぜこんなところに。国道からここまで一本道で続いているのだから、入口にも付ければ良いのに。

ふと、不思議な事に気づく。目の前の柵からほんの数メートル先にも同じ柵が立てられていた。囲まれた空間は曲線を描いて広がり、まるで宅地の一本道に、休憩所を設えたような構えだ。例えるなら階段の踊り場に近い感覚かもしれない。もちろんベンチが置けるスペースなど無く、自転車を押して通るのが精いっぱいなのだが。

ゆうやけこやけはもう聞こえず、代わりに団らんの音がした。民家からはシャンプーや夕餉の支度が香りだす。子供の頃、帰りの通学路でよく嗅いだ香り。安全な我が家に帰った人々が、夜に備え、家で過ごす準備をする時間。空はまだ夜になる事を拒むように、執念深く赤い光を一筋残している。

逢魔が時とは、こんな瞬間を呼ぶのだろう。誰もが安全な場所に隠れ、魔物の目から逃れる。今この場所で、剥き出しなのは私だけ。

そこまで考えて、すうっと背筋が冷たくなった。

コートのボタンを締めなおし足を踏み出す。カチカチカチ…と自転車のタイヤが寂しい音を鳴らしながら、細かくその頭をくねらせる。柵を抜け、また柵を抜けようとした時、視界の横に違和感を感じた。

そこは不思議な空間だった。住宅の隙間に、2帖ほど地面が空いていた。薄墨色の空気に紛れて、青いビニール袋で包まれた荷物が置かれている。ちょうど人間の背丈くらいに見えなくもない、大きな荷物。

それ以上は何も見ていない。家に着いた頃には再び汗まみれになっていた。コートも脱がずリビングのソファに座りこむと、野菜を炒めていた母に声をかけられる。

「あんた、金木犀の匂いがするね」

金木犀なんて今日は見ていない。お母さん、きっとそれはお線香の匂いだよ、と心の中で返事をした。


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