「勝てなくてもいい」 実況の真意は? OooDaとyukishiroが歩んだ10年
日本代表チームが世界で戦う中、「勝てなくてもいい」と言い切ったキャスターが他にいただろうか。
『VALORANT』の2021年シーズンの集大成となった世界大会「VALORANT Champions Tour(VCT)Champions」 。Crazy Raccoon(日本)対Team Secret(フィリピン)戦の最終ラウンドで、もう後がない日本代表を前に実況のOooDaは、こう叫んだ。
「勝てなくてもいい。まだ見たい。まだ戦ってくれ!」
この言葉には、賛否両論が巻き起こった。だがOooDaが伝えたかったのは「勝てなくてもいい」ことではない。圧倒的な”世界の壁”を前にしたCrazy Raccoonに対して「日本のファンのためにも、一矢報いてほしい」という願いが込められた言葉だった。
OooDaの盟友であり、解説者として日本代表の戦いを観ていたyukishiroは賛否が分かれた、この言葉をこう評価する。
「僕だったら(批判を恐れて)絶対にできない。自分を守っちゃう。でもOooDaは自分の気持ちをそのまま声に乗せて喋れるから、あの言葉が出てきた。本当にカッコいいと思います。応援実況させたらOooDaは最強です」
選手からキャスターへ転身
VCT 2021シーズンを通して実況・解説をする機会が多かったOooDaとyukishiro。二人が出会ったのは2012年にまでさかのぼる。
yukishiroがパーソナリティを務めていたニコニコ生放送のゲーム番組「OnPlayerSTREAM」に、OooDaがゲスト出演したときだ。「ああいう番組、減っちゃいましたね」と少し寂しそうに振り返るOooDa。yukishiroも「大変だったけど、面白かった」と思い返す。
OooDaは当時、『カウンターストライクオンライン(CSO)』のチーム「DetonatioN(現DetonatioN Gamingの前身)」で、コーチとサブメンバーを兼任していた。
紆余曲折の末、たどり着いたのがゲームだった。
「映画監督を目指して上京してからすぐに挫折しちゃって、ずっと引きこもってたんですよ。そこで出会ったのがオンラインゲームでした」
ゲームにのめり込んだOooDaはより引きこもりがちになるものの、外に出るきっかけを作ってくれたのもオンラインゲームだった。
人と出会うことの楽しさをゲームを通して知り、「もっとコミュニティを盛り上げたい」とキャスターとしての活動も開始。Negitaku.org(yossyさんが運営するeスポーツブログ)に載ることを夢見てキャスターとして歩む道のりで、DetonatioNの立ち上げにも参画した。
一方のyukishiroは根っからのゲーマーである父を持ち、当たり前のようにゲームと共に育った。そんなyukishiroがゲームの世界にのめり込んだのは自然な流れだったのかもしれない。FPSタイトル『クロスファイア』では国内トップリーグで何度も優勝するほど、競技の道を進み続けた。
だが今ほど「eスポーツ」の熱気が広く知られていたわけではない。「専業プロ」という選択肢も、当時は考えられなかった。平日の仕事と選手活動を続けながらキャスターとしてもキャリアを積み始め、空いている土日は追加でアルバイトもこなした。
「このままの生活でいいのか迷っていた時期でしたね」
今後の生き方を模索していた最中、国内で圧倒的強さを誇っていたyukishiroのチームは国内予選を勝ち抜き、世界最高の大会と言われていた「World Cyber Games」に出場した。だがそこで知ったのは”世界の壁”の高さだった。
yukishiroは仕事とゲームをこれ以上両立させることは無理だと悟った。一方で、OooDaと同じく「コミュニティを盛り上げたい」という気持ちは強かった。yukishiroは選手活動を辞め、本格的にキャスターとしての道を歩み始める。
上司と部下、それぞれの葛藤
出会いから2年ほど経ち、OooDaは「OnPlayerSTREAM」の運営元である株式会社成(現E5esports Worksの前身)に転職した。yukishiroもそこでeスポーツイベントの制作に携わっていた。2人は同僚になり、4LDKの社宅で1年を共に過ごし、食事も出社も共にすることが多かった。ただ、今ほどeスポーツイベントが多いわけではなかった。共に実況席に座る機会は、一度もなかった。
同僚となってから1年ほどでyukishiroが退職。が、成の組織体制が変わりE5esports Worksとなったタイミングでyukishiroが戻り、また一緒に働き始めた。OooDaが上司、yukishiroが部下という関係だった。
eスポーツの大会やイベントは休日に開催されることが多い。OooDaもyukishiroも会社の業務としてキャスター業をこなしていたため、大会やイベントに出演すれば平日に代休を取ることになる。「部下をまとめる立場なのに、平日の業務に穴をあけることが多かった。どうしても部下に迷惑がかかっていて、それがずっと嫌でした」とOooDa。このままでは、イベント制作の仕事もキャスターとしての活動も、中途半端になってしまう。
そんなOooDaに対し、yukishiroは「OooDaは出演数も多いし専業キャスターになった方がいい」と言葉をかけていた。
翻ってyukishiroも仕事とキャスターの両立に難しさを感じていた。また「活動の柱となるタイトルがない」ことに悩んでいた。OooDaに『PUBG: BATTLEGROUNDS』があるように、自分にも何か柱がないと専業キャスターとしては生きていけないだろう。そう思っているうちに、VALORANTがリリースされた。5vs5のタクティカルFPSというジャンルに造詣が深いyukishiroにとって、これ以上ないチャンスだった。
「勝負するなら今しかない、と思いました」
キャスター業への専念を決意した二人は、VALORANT競技シーンの様々な大会やイベントで共に実況席に座った。
ゲームへの理解、プレイヤーとしても活動していたキャリア、そして何よりこれまで積み重ねてきたキャスターとしての実績を買われ、二人そろってVALORANTのキャスター陣として欠かせない存在にまで駆け上がった。かくして2人は会社を辞め、2020年に専業キャスターとなった。
そして、今回。ついにChampionsという大舞台で、二人は実況席に並んだ。だが「特に感動とかはないかなぁ。一緒にいる期間があまりにも長すぎて」と二人して笑う。それだけ、二人でいることが”当たり前”だった。
「好きだからやっている」 今後の展望は
キャスターの仕事はやりがいもあるが、過酷でもある。
OooDaは「請けられる仕事を全部請けよう」と意気込んだが、限界があったという。ベルリンで開催されたChampionsの期間は体調を崩すこともあった。「昼に仕事をして、仮眠を取って、深夜からChampions。34歳であることを改めて認識しました」
yukishiroも「イベント制作をしていた頃の方が働いている時間は長かったけど、今みたいに『人に見られる仕事』は別のプレッシャーがある」と語る。
「キャスターはむちゃくちゃ大変で、肉体的にも精神的にもキツい職業」と口をそろえるが、それでも続ける理由はどこにあるのか。
「正直、実況だけで食べていけるとは思っていませんでした。みんな、好きだからやっているんですよ。面白いことをしたいから、やっている」
OooDaはそう答える。そして、「オフラインの大きな世界大会で、日本のチームが活躍しているところを見たいですよね」と目を輝かせる。「昔見た海外のオフライン大会の盛り上がりが忘れられなくて。そこに立つ日本チームを見るために実況を続けている部分はありますね」
「eスポーツの大会やイベントに色んな人が関わっていることも、もっと知ってもらいたいですね」とyukishiroが続ける。eスポーツは選手はもちろん、キャスター陣、カメラマン、ディレクターなど様々な役割をこなすプロたちの上に成り立っている。「誰かが手を抜いたら全体の価値が下がるくらい、みんな大事な存在なので」
今後の展望を語り合っているうちにOooDaが「eスポーツから離れたら、たこ焼き屋さんやりたい」と冗談半分に言うと、「俺もダーツバーやりたいと思っていたから、たこ焼きとダーツを融合させて一緒にやろう」と乗り気になるyukishiro。OooDaが「友達以上、恋人未満」と表す切っても切れない二人の道は、まだまだ続いている。
(取材・文 Melt)