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掌編「群衆にスプレーを」@爪毛の挑戦状

街を歩けば誰もが振り返り、目の合う者は漏れなく頬を赤らめた。

イイ大学を出ているのでイイ企業に就職できた。そこではイイ額の給料をもらいイイ生活ができている。

そんなに私が魅力的か。
ならば聞かせていただきたい。
貴方の思う、私の魅力を、存分に。

デートに誘われる度に口にする台詞は、今や口が覚えている。将来、私が認知症でボケたとしてもこの台詞は難なく諳じることができるだろう。

本日のお相手も、私の身なりや財布の中身を褒め尽くしてしまうとシドロ、モドロとワインを呷り始めた。

さようでありますか、貴方様も。

少々肩を落としながら食べ慣れたフレンチコースを口に運び終えると、相手が飲み足りないというので二軒目へ向かうことになる。

しかし、僅かな匂いを感じ私は気が進まないのである。

目の回りや首の辺りを赤くして、デロンデロンと視線を私に向けてくる。呷るだけ呷りホテルへ行きたいと言い出した。やはり。

そういうのは要らない。なのに、ひとりで生きる覚悟は持てない。今度の相手は違うんじゃないかと、また人の温もりを求めて期待してしまう。

重い足どりでマンションに帰り、上着を脱ぎもせず冷蔵庫から缶ビールを取り出す。窓を開け、口に含んだビールを霧にして風にながす。

誰か、私の中身を受け取ってはくれないか。

私は高身長で顔が良い。街を歩けば誰もが振り返り、目の合う者は漏れなく頬を赤らめた。

次にデートする女性はちゃんと中身を見てくれるだろうか。

気づくと雨が降っていた。

振り返らなくていい、頬を赤らめなくていい、これでもくらえ。

私はもう一度ビールを霧にして窓からながした。

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