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『ジャケ買いの極致』 音が聴こえ、匂いが漂うジャケット〜クレア・ベルナール ハチャトゥリアン『ヴァイオリン協奏曲 ニ短調』(作曲者伴奏指揮・1966年)

「ジャケ買い」

この魅力的な言葉。
配信やサブスクリプションで音楽を楽しむこの時代にあって、残念ながら、それは少しばかり縁遠い行為となった感がある。
それでもなお、過去の音盤における商品価値の一端をジャケット写真やデザインが担っていて、「そのジャケットとそこにパッケージされている音楽の内容がどう結びついているのか?」を楽しみにしながらレコードを購入する、というのは一興であることに変わりはない。
LPからCDにパッケージが変化していく過程で、同じデザインであってもその描かれる大きさによって、見る者に与えるイメージが違ったり、LPでは成立したデザインが小さくなったCDジャケットではそうならない、ということに気がつくアーティスト、レコード・カンパニー、そしてユーザーも少なからずいた。

さて、そんな(個人的)ジャケ買いの極致とでも言うべきLPを今回はご紹介する。

クレア・ベルナール

そのジャケットと音楽の主人公は、一人の女性ヴァイオリニストと、彼女が演奏する曲を作曲し、自らオーケストラ伴奏の指揮を買って出た作曲家。
ヴァイオリニストの名前は、クレア・ベルナール、作曲者の名前はアラム・ハチャトゥリアン。曲は『ヴァイオリン協奏曲 ニ短調』

クレア・ベルナール(Claire Marie Anne Bernard, 1947年3月31日 - )は、フランス・ルーアンの生まれ。幼いころからヴァイオリンを学び、8歳の時にはブリュッセルでコンサートを開くほどの早熟ぶりを示したという。
ルーアン音楽院を経てパリ音楽院に進学、1959年にプルミエ・プリを取得。その後はヘンリク・シェリングの下でも学んだ。
そして、1964年にルーマニア・ブカレストで開かれたジョルジェ・エネスク国際コンクール・ヴァイオリン部門に出場、見事優勝した。

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ベルナールについて調べると、このコンクールに優勝したところまではどの資料にも書かれているのだが、その後の活躍や教授活動についての記述がほとんどない。
更に録音もわずかで、今回ご紹介するLP以外は、バロック音楽、ハイドンやモーツァルトのソナタや、サラサーテの『ツィゴイネルワイゼン』がある程度。ロマン派以降の有名なソナタや協奏曲などの録音はない。

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しかし、残されたLPはどれも丁寧なプロダクツであり、彼女の凛としたスッと音が立ち上がってくる演奏スタイルを堪能するには、却ってこうしたシンプルな作品の方がよいのかもしれない。
まもなく誕生日を迎えてもまだ74歳。現役であってもおかしくはないベルナールだが、現在の彼女については詳らかではない。

ハチャトゥリアン『ヴァイオリン協奏曲 ニ短調』

このハチャトゥリアンの『ヴァイオリン協奏曲』は1966年にリリース(c/wはプロコフィエフの『協奏曲第1番』。こちらの指揮はコンスタンティン・ブジャン)。オーケストラはブカレスト(シネマトグラフィ)交響楽団。
おそらくジョルジェ・エネスク国際コンクール優勝の褒賞として、作曲者本人が指揮者として招かれ(あるいは自分から名乗り出て)、このレコーディング・セッションが持たれのでは?と想像する。
作品はロシア・ルーザ地方(現在のキーロフ州)の民族音楽を取材した成果が盛り込まれた民俗色の濃いもの。作曲にあたってハチャトゥリアンは、ダーヴィット・オイストラフにアドバイスを求めており、1940年の初演も彼が担当、彼に献呈された。初演時のメンバーによる録音もLPとして残されている。

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他に同じくソビエトのヴァイオリニスト、レオニード・コーガンのLPも、この曲の録音を代表するものだ。

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さて、クレア・ベルナールのデビュー盤となるハチャトゥリアンとプロコフィエフのLPは、ルーマニアの国営レコード・レーベル、エレクトレコードからリリースされている。1966年にリリースされたにもかかわらずモノラル・バージョンである。
その音楽はルーマニアの由緒あるコンクールで優勝しただけのことはある、立派なもの。特に高いこのテクニックを要するこの曲を自分のものとし、彼女特有の清々しい音で弾き込んでいくところは圧巻だ。オイストラフやコーガンのガツンとくる音楽とは異なるが、胸をすく快演であることは間違いない。

音が聴こえるジャケット

そして、このLPはその録音された音楽に加え、そのジャケットが圧倒的な存在感を放っている。そこに内包されている音楽の空気感や香り(というより「匂い」か)を想像させるに十分、音を写真で100%言い表しているジャケットがとにかく素晴らしい。

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ブカレストにある古い会堂だろうか?石柱、シャンデリア・・・、時を重ねた落ち着きとほの暗さの中、背筋をピッと伸ばしヴァイオリンを構えるベルナール、それを指揮台から見つめるハチャトゥリアン。
タイトル・カードでハチャトゥリアンの足元は確認しにくいが、どう見てもハチャトゥリアンの身長はかなり低いように思われる。相当高い指揮台に上がっているのではなかろうか?
そして、注目したいのはその作曲者の目つきを含めた醸し出す雰囲気。まるで、人里離れた山奥から出てきた洗練とは程遠い田舎のおやじが、フランスからやってきた若くて美しいヴァイオリニストを見つめる、というか嘗め回すようなエロさが漂っていると思うのは、私の思い過ごしか?
ロシアの田舎の原住民が、素朴粗暴野蛮とをもって演奏しているところへ、全く別世界からやってきたヴァイオリンの妖精が舞い降りてきた、というストーリーがこのジャケットから放射されてはいないか?

一方、フランス盤は・・・

実はこのクレアールのデビュー盤は、エレクトレコードからリリースされる前年、1965年にベルナールの地元フランスのフィリップスからステレオ盤がリリースされている。そちらのジャケットがこれだ。

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ベルナールのアップ。女性ヴァイオリニストのジャケットにありがちなカットで、その美貌ぶりに「クラっ」とはする。
しかしこのジャケットからは、ハチャトゥリアンの音楽が持つ粗暴さは想像つかない。
フランス盤はステレオで音も洗練されている。
全く同じ録音であるにもかかわらず、音とジャケットの両方で、全く別なもののように感じるこの不思議。フランス盤が「ハレ」ならルーマニア盤は「ケ」だ。

【ターンテーブル動画】

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ということで今回は、敢えてルーマニア・エレクトレコードのモノラル盤でクレア・ベルナールのハチャトゥリアンをお聴きいただきたい。


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