クレデンザ1926×78rpmの邂逅 #73〜「オーケストラの楽器たち(監修:サー・マルコム・サージェント)」(1947)
サー・マルコム・サージェント、再び
サー・マルコム・サージェント(Sir Malcolm Sargent, 1895年4月29日 - 1967年10月3日)については先日、彼が残したモーツァルトの『交響曲第40番 ト短調』の78rpmと共に、そのダンディかつスタイリッシュな音楽についてご紹介した。
世代的にはステレオ時代でもバリバリの現役だったサージェントだが、彼のレコーディング・キャリアは長く、78rpmの録音が同世代の指揮者と比較しても多いような気がする。
大作というよりは通俗名曲と呼ばれるような作品を収めたものが多いが、前回のモーツァルト同様、カッコいい音楽を堪能できる。
サージェントの作り出す音楽はスタイリッシュではあるが、決してお高く留まった感じがせず、親しみやすさを併せ持つ。彼がロンドンの夏の風物詩『プロムス』のステージに何度も上がり、人気があったのもそれ故であろう。
INSTRUMENTS OF THE ORCHESTRA
そんなサージェントの78rpmの中にちょっと変わった、しかし興味が尽きない(好奇心をそそらされる)4枚組のプロダクツがある。
サージェントはここでは指揮をしていないし、そもそも管弦楽曲を収録しているわけもない。
『INSTRUMENTS OF THE ORCHESTRA〜Recorded Under The Direction Sir Malcom Sagent』、訳せば『サー・マルコム・サージェント監修によるオーケストラの楽器たち』ということになる。このレコードはその名の通りオーケストラで使用される弦楽器、管楽器、打楽器(鍵盤楽器を含む)のそれぞれのソロ演奏(無伴奏、もしくはピアノ伴奏つき)を、ヴァイオリンから順番に最後はベルの音までを聴かせる、という趣向によるものだ。その楽器の種類は全部で29 。ひとつの楽器で2曲演奏されているものもあるので、トータルのトラック数は34にもなる。
セレクトされた曲は、その楽器のためのオリジナル作品もあるが、アレンジものも多く、耳なじみのあるメロディーもたくさんある。ネタバレになってしまうので、どの楽器によってどんな曲が演奏されているのかは言及しないが、バッハ、グルック、ハイドン、モーツァルト、ワーグナーなどの曲も含まれている。
一体何の目的で、誰に聴かせるために?と思ってしまうが、おそらく子供の音楽教育用に制作されたのだろう。それを監修(どの楽器にどんな曲を演奏させるか?というアイデア出しなど)したのがサージェントということなのだろう。
ただし、収められているのは演奏だけで、例えばサージェントのナレーションで解説が入っている、といった趣向もない。
普通、子供たちにオーケストラの楽器を知ってもらうための作品としては、プロコフィエフの『ピーターと狼』か、ブリテンの『青少年のための管弦楽入門』のレコードを聴かせるというのが定番で、そこには前者なら物語の、後者ならば楽器の解説のナレーションが一緒に収められているのが常だ。そしてそこに有名俳優や音楽家自らがナレーターとして起用される。
参加メンバーが凄い!
そんなスキームとしては素っ気ないプロダクツだが、この78rpmの凄さはここに参加するプレーヤーたちにある。レコードレーベルに、誰がどの楽器を演奏しているかが明記されているので、それを確認できる。
資料によるとこの78rpmは1947年5月にリリースされているが、当時サージェントはリヴァプール・フィルハーモニーの常任指揮者を務めていた。
しかし、奏者の名前を見ると、決してリヴァプール・フィルのメンバーがまとまって録音に参加しているわけではない。
例えば、ヴァイオリンのジャン・プーニェはソリスト、室内楽奏者として活躍をスタートし、当時はロンドン・フィルハーモニーのコンサートマスターとして活躍していた。
以前彼が第2ヴァイオリン・ソロを担当したアルテュール・グリュミオーのバッハ『2つのヴァイオリンのための協奏曲』の78rpm(1946)をご紹介したことがあった。
ヴィオラのライオネル・ターティスは、ウィリアム・プリムローズと並び称されるヴィオラのヴィルトォーゾでソロ奏者として活躍、チェロのアンソニー・ピーニはロンドン・フィル、BBC交響楽団、リヴァプール・フィル、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団、コヴェントガーデン王立歌劇場管弦楽団の首席奏者を相次いで務めた名オーケストラ奏者で、先に挙げたヴァイオリンのプーニェ、そしてウィリアム・プリムローズとの弦楽トリオの活動がよく知られている人。
オーボエとコールアングレ(イングリシュホルン)はオットー・クレンペラーのバッハ『マタイ受難曲』や『ブランデンブルク協奏曲』の録音でソロを務めているペーター・ニューブリー。クラリネットのフレデリック・サーストンはBBC交響楽団初代首席クラリネット奏者で、人生最後の年、教え子であったあのシア・キングと結婚している。バスーン(ファゴット)のアーチー・カムデンはハレ管弦楽団、BBC交響楽団、ロイヤル・フィルの首席奏者を歴任。バスーン奏者で最初にソロでレコード録音をした人、と言われている。
トランペットのハリー・モーティマーはBBC交響楽団、ハレ管弦楽団の首席、といった感じで猛者たちが名を連ねる。
しかし、この4枚組78rpmの圧倒的ハイライトはホルンのパートで訪れる。
私はこの78rpmを手に入れ始めて聴いた時、各奏者のクレジットには目もくれていなかった。
しかし、ホルンの名旋律として有名なあのメロディが流れると、一瞬にして滑らかで朗々としたその音色とテクニックに耳がくぎ付けになった。
察しのいい方ならもうお分かりであろう。ホルンはデニス・ブレイン、その人であった。ブレイン、26歳当時の演奏である。
ブレインがサージェントも参加して録音したモーツァルトの『ホルン協奏曲第4番』の78rpmはこちらから。
【ターンテーブル動画】
『INSTRUMENTS OF THE ORCHESTRA〜Recorded Under The Direction Sir Malcom Sagent』、最終第8面は打楽器奏者のJ.ブラッドショウが、ティンパニを含め一人で11の楽器を叩いている。それまでのメロディーのある楽器のパフォーマンスと違い演奏時間も短く、淡々としてはいるが、最後はチューブベルのメロディーで「お開き」といった感じで幕を閉じる。
いやはや、単純でありながらも素晴らしい演奏が大集合した想像力膨らむ珍盤である。
さて、流れが「サー・マルコム・サージェントとオーケストラ」という感じになっているので、次回#74では先ほど少し触れたブリテンの『青少年のための管弦楽入門(パーセルの主題による変奏曲とフーガ)』をサージェントとリヴァプール・フィルハーモニーの78rpmでご紹介しようかと思う。
実はこの作品の初演は、サージェントとリヴァプール・フィルハーモニーにより1946年10月15日に行われているのだ。
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