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現地コーディネーター

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長編小説「現地コーディネーター」のまとめです。創作大賞2024に挑戦中。
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#アメリカ

現地コーディネーター:第12話

 緩やかなカーブを描く高速道路の先に、青い鉄板が陽の光に輝いて立っている。「ようこそ音楽の都テネシー州へ」とウェスタン調の筆記体フォントで書かれたその看板は南部の歴史と文化の入り口を示しているようだ。  アメリカ横断の五州目。カズマの運転するビートルの窓の外に時折見え隠れするのは巨大なミシシッピ川だ。年老いた木々が湿地帯の風を遮り、生ぬるい空気が車の中に流れ込んだ。  大雨でも降ったのか、川の水は茶色く濁り、岸には粗大ゴミが散乱している。ドアを失った古い冷蔵庫、破けて中の

現地コーディネーター:第9話

 店員の姿も見当たらない寂れたメキシコ料理店や、日本人のセンスでは決して選ばない角張ったフォントの看板の寿司屋、九十年代初期のモデル写真が張り出された床屋など、時間が止まってしまったかのような風景が窓の外に続く。どの店もニューヨークと比べて随分と大きい。これが本当のアメリカかと眺めるエドウィンの心を読んだかのようにカズマが声をかけた。 「ニュージャージーは日本の埼玉県みたいなもんだよ」 「じゃあカズマさんには馴染みやすい場所ですね」  カズマはエドウィンの皮肉に中指をたて

現地コーディネーター:第8話

 またアラームが鳴る前に目が覚めてしまう。エドウィンはまだ疲れのとれない体をカウチから起こし、開け放しの隣の寝室に目をやった。カズマとシャーロットはまだ寝ているようだ。  昨晩のうちに旅支度を済ませたエドウィンは、Tシャツの上にヒートテックを二枚重ね着し、動きやすいスウェットとだぶついたカーゴパンツを装着した。そしてコンロに置きっぱなしのケトルを火にかけ、冷蔵庫から巨大なインスタントコーヒーの缶を取り出し、コーヒーをスプーンで掬ってマグカップに入れた。  すぐに手持ち無沙

現地コーディネーター:第6話

 白く透き通った絹のカーテンの隙間から眩しい朝日が無遠慮に降 り注ぎ、エドウィンは目を恐る恐る開けた。時差ぼけなのか見知らぬ 土地にいる興奮なのか、何度も不思議な夢をみて途中で目を覚ました。何の夢だったかは覚えていないが不快なものではなかったはずだ。  リビングのソファベッドから身を起こすと、姿見の前でシャーロットが着替えている様子が目を捉える。上下薄ピンクの下着を纏った小さな純白の胴体ーふくよかな胸と少したるんだ下腹がなんだか生々しい。  シャーロットがふとこちらを向く

現地コーディネーター:第5話

高速二七八号線のミーカー通り出口を降りると、ブラウンストーンのアパートが建ち並んだ細い通りに出る。ガイドブックで見たようなこれぞブルックリンといったグラフィティまみれの建物の合間に新しいガラス張りの高層コンドミニアムがそびえ立っている。  巨大な灰色の建物の外壁には競い合うかのように多様なスタイルのグラフィティが乱描されている。スイス製時計を写実的に描いた広告、サイケな色合いの抽象的なアート、スプレーで殴り書きしたFで始まる罵り言葉の落書きなどが、一瞬だけ顔を見せて

現地コーディネーター:第4話

フライトの到着予定時刻ほぼぴったりにケネディ空港に着いたカズマは少し誇らしい気分でターミナルに向かった。仕事は出だしが肝心だ。右手に冷め切ったコーヒーのコップ、左手に「エドウィン様」と手書きのサインボードを持って到着ゲートに立ちはだかる。  周りには各々の目的に忠実な出迎えの者達が待ち人の到着を心待ちにしている。サインボードを持ったリムジン運転手達はみなスーツ姿で、くたびれたジャケットと薄汚れたジーパン姿のカズマは少し気後れした。相手は所詮大学生だし、ジェフもエドウィンには

現地コーディネーター:第2話

「HATENA」はマンハッタン東五十二丁目と三番街の交差点脇にある。日系企業の駐在員が多いこの地域には日本食レストランや日系スーパー、日系の美容室に至るまで所々に店を構えている。ここには日本人だけを相手に成り立つ商売が数多く存在しており、キャバクラ店もその一つだった。  オープンして十年になるHATENAはカツ丼屋の隣にひっそりと存在し、重厚な黒塗りのドアに真鍮の「?」マークが貼ってあるだけだ。  カズマにとってこの職場は自分が十代の時に逃げ出した閉鎖的な日本社会が凝縮さ

現地コーディネーター:第1話

<あらすじ> 周囲とうまく折り合いがつけられず十代で単身渡米したカズマ。ニューヨークでアーチストとして一時的な成功を収めたが、現在は恋人宅に居候し、くすぶっている。 東京都心の実家に住む大学四年生のエドウィンはハーフとして育ち、引きこもりがちな生活を送っている。エドウィンの父であり日本で企業経営をするジェフは受動的な息子の将来を案じてアメリカ二週間横断の旅を命じる。 十年前にアメリカで出会ったタフな若者カズマを現地コーディネーターとして雇って。 常識知らずで自分の情動の