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幸せを捨てるとは 〜「幸福」とは「降伏」である〜

人生は幸せだけを求めるものでは決してない。
と、以前の記事に書きました。

前回は人生の味わい方、またその意味について書きました。

今回は、幸せに囚われるな、ということを言いたいです。

「幸福」とは「降伏」である
幸福とは、幸せとは、一体何か、を考える時
その反対に位置するものは何かを考えたい。

それは、恐らく「苦しみ」ではないだろうか。

苦しみは、「痛み」である。
痛みとは、身体的と精神的がある。

身体的は自己治癒、医療の力でできることをすれば良い。(身体的な痛みも精神的なものからきていることが多いが)

では、精神的なものはどこから来るか。
それは、過去と未来からやってくるのです。
今、に精神的な苦しみは一切ありません。

なぜなら、苦しみの原因は、実は
痛みそのものだけでなく、それに抵抗することで生まれているのです。

例えば、
通勤、通学で誰かが後ろから走ってきて肩がドンっと当たり、何も言わずに走り去りました。
ある人は、「なんだコイツ危ねぇな。謝罪もなしか、常識ねぇな。ムカつくな。」と感じ、去った人に嫌な顔をする。
ある人は、「遅刻しそうなんだな。相手を見られないほど追い詰められているのかな。あの人にも心の余裕ができますように。」と安らかな気持ちを送る人。

他にも十人十色ですが、
このように、感じ方、解釈の仕方によって、
同じ事象があったとしても、それは苦しみではなくなるのです。
誰かに当たられた、と言う事象は同じだが、
最初の人は「自分は悪くない、相手が悪い、私はそんなことをされる筋合いはないし、謝られて当然だ」と痛みに対し、それに抵抗し、痛みを増幅させています。
それが「苦しみ」なのです。

長くなりましたが、
これが、幸福とは苦しみを捨てる、
つまり、苦しみやその元となる抵抗に対し、降伏することなのです。

降伏には多少技術と訓練が必要ですが、人生を自由に生きたいのであれば、考え、取組む価値があります。