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BABELZINE創刊の言葉

 ※『BABELZINE』Vol.1巻頭に掲載される「BABELZINE創刊の言葉」の言葉をnoteにて先行公開いたします

 BABELZINE という同人誌をはじめます。 SFや幻想文学、変な小説をいっぱい翻訳して、どんどん紹介していこうという、そういう雑誌です。この度はBABELZINE Vol.1を手に取っていただき、ありがとうございます。創刊号の頒布を予定していた文学フリマが中止になった非常事態のさなかにおいても、こうして皆様に創刊号をお届けできることを嬉しく思います。

 今回お届けする十一の短編は、そのほとんどが本邦未翻訳の作家によるもの。しかもそのすべてがバツグンに面白いときているのですから、ちょっと他にはない素晴らしい同人誌ができたのではないかと自負しています。どうかこれからもBABELZINEと七匹のバベルうおたちをご贔屓に。
 BABELZINEをお届けするサークル「週末翻訳クラブ・バベルうお」は、新しい時代の翻訳小説を切り拓いていきたいという思いから、二〇二〇年の元旦に出発しました。
 そしてその直後に、ウイルスがやってきました。
 記念すべき会誌第一号にむけて駆けだしたばかりの私も、その潮流に翻弄されることになります。あらゆる文脈がウイルスに回収され、ベルリンの壁崩壊のはるか後に生まれてきた我々が当たり前のものとして信じてきたグローバリゼーションは反転の兆しを見せています。そんななかで、個人的には外国語の小説を翻訳して紹介しても、誰の心にも届かないのではないかと、そう思い悩むこともありました。
 二〇一六年に、藤井光は現代の英語圏文学を「ターミナル+荒れ地の文学」と表現しました。人々が絶え間なく移動する世界の無国籍的な結晶としての「ターミナル」と、国際化から取り残されたり、切り捨てられたりした場所としての「荒れ地」。このターミナルと荒れ地の接点で、現代の作家たちは創作を続けていると、藤井は言います。
 しかし、今、人々の生活は一変してしまいました。アメリカ全土に五千もあるという国際線ターミナルは機能停止に陥り、移動は著しく制限され、「自由」ははいともたやすく縮小されていきます。グローバリゼーションには暗雲が立ち込め、貧富の格差はよりいっそう開いていき、疫病にうまく対処できない国や地域はますます厳しい立場に置かれるようになってしまうのでしょう。それは紛れもなく「荒れ地」の拡大です。
 その影響は文学にも必然的に表れてくるはずです。たった数か月のうちに、「ターミナル」が消えうせ、世界中の人が「荒れ地」に取り残されてしまったのですから。
 「荒れ地」が急速に拡大するなかで、外国語で書かれた小説を母国語にしていく行為を粛々と続けるのは、一つの祈りのようでした。それこそ、瓶の中に誰に読まれるかもわからない手紙を入れて、海に流すような。
 「この世界が耐えがたいものとして感じられるとしても、そのなかに住まう人々に、今とは違う住処がありうるのだと示すこと。この時代における文学の存在意義とはそこにあるのではないだろうか。
 すると、小説の翻訳はそのなかでどのような意味を持つのだろう。この時代に、現代の書き手たちの小説を翻訳する行為は、文化と文化の出会いというよりは、言語を越えて複数の荒れ地を出会わせる営みだとはいえないだろうか。」*
 今回紹介する小説たちも、さまざまな「荒れ地」と結びついています。その荒れ地が言語を越え、この雑誌を手に取ってくれた人たちにささやかな住処を提供することができれば、この上ない喜びです。

BABELZINE主宰 白川眞



*藤井光「荒れ地に出会う人々」『ターミナルから荒れ地へ――アメリカなき時代のアメリカ文学』

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