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ちょっとした有名人になっちゃったわ(別居嫁介護日誌 #40)


「おとうさまのお尻のかぶれがひどくなっています。おそらく失禁が原因かと思うのですが」

訪問看護ステーションから連絡があった。定期訪問の際、義父から「尻のかゆみを相談したい」と申し出があり、担当の看護師さんが確認したところ、広範囲にわたって赤くかぶれていたという。

「できれば皮膚疾患も含めて診てくださる往診の先生をご検討いただいたほうが良さそうに思います」

訪問看護チームの勧めもあって、以前から課題になっていた「往診」の導入を再検討することになった。

当時、義父は「腹の調子が良くない」と近所の内科に出かけていき、下痢止めや胃腸薬を処方してもらってはなくす……を繰り返していた。

「また、女ドロボウが出て薬を盗んでいったらしいんですな」
「本当にいやね。一体、どういうつもりなのかしら」

義父母はしきりに嘆き、憤慨していた。それでも義父は薬を自宅内で紛失するぐらいで済んでいたけれど、義母のほうはもう少し深刻だった。

「この間ね、ショッピングカートを忘れちゃったの」
「ご自宅にですか?」
「それがね、整形外科に忘れて、そのまま帰りにスーパーに寄って……。『カートがない!』って騒いでたら、お店の方が親切に探してくれて。結局、整形外科にあったんだけど、『心配ですから』って家まで送ってくれて。ちょっとした有名人になっちゃったわ」
「おかあさん、もしかして時々、そういうことあります?」
「たまによ、たまに。ウフフ」

よくよく聞くと、カートの置き忘れだけではなく、整形外科までの行き帰りの道がわからなくなったりもしているという。

「雨が降っていたりするとダメね。歩いて5分ぐらいのはずなのに、1時間ぐらいかかることがあるの」

最終的にはたどりつけているようで、義母はケロリとしたものだったけれど、ヒヤッとする発言もあった。

往診がスタートすれば、こうしたトラブルを回避できる可能性があるという期待もあった。問題は「どこに往診をお願いするか」と「義父母にどう納得してもらうか」の2点だった。

往診可能なドクターは、ケアマネさんが見つけてくれた。「気さくな先生なので、ご相談もしやすいと思います」という説明だった。いろいろなドクターを比較検討したほうがいいのかなとも、ちらっと思ったけれど、お願いしてみないと相性はわからないし、まずはお願いしちゃおうと踏み切った。

さて、義父母のどう切り出すか。迷っていたところ、義母からこんな話が飛び出した。

「例の整形外科の先生がどうもご病気みたいでね。何度行ってもお休みなの……」

義姉からも《母と電話をしていたときに「足が痛いから整形外科に行きたいのだけれどやっていない」と言ってました。ひょっとしたら怪しいかもしれません》というLINEメッセージが届き、ケアマネさんからも同様の連絡が入った。

義母が行きつけにしている整形外科のホームページを見ても、とくに閉院のお知らせは書かれておらず、臨時休診にもなっていない。念のため、電話してみると「ここ最近はいらっしゃってませんね」という説明だった。

義母もしかしたら、休診日を間違えて、何度か無駄足を踏んでしまったのかもしれないし、整形外科までの行きかたがわからなくなってしまったのかもしれない。

ただ、義母が「整形外科に行きたいけれど、行けなくなった」と思ってくれているのは、こちらとしてはラッキーだった。

「足の痛みはどうですか」
「相変わらずよ。ホント、年をとるって厄介ね」
「これまで行っていた整形外科がお休みされているみたいなので、ケアマネさんに相談して、自宅に来てくれるお医者さまを探してもらったんですよ」
「そうなの? それはありがたいわ!」

通っていた整形外科の代わりに、往診のドクターを探してもらったと説明すると、義母は大喜びだった。

「家に来てくれるのはラクでいいわね」
「そうだな」

義母が大歓迎の姿勢だったせいか、義父もノーとは言わなかった。


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