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お医者さまもお聞きにならなかったもの(別居嫁介護日誌#11)

介護の「キーパーソン」としての最初の任務は「もの忘れ外来の受診」だった。

介護保険を申請するには「主治医」を決める必要があり、認知症の疑いがあるなら、できれば申請前に「認知症である」という確定診断が下っていることが望ましいと、地域包括支援センターでアドバイスされていた。

幸い、義父母はもの忘れ外来に乗り気で「自分たちで行く」と言っていたほど。もしかしたら、すでに確定診断が下っていて、一足飛びに手続きを進められたりして……! という予想はさすがに楽観的すぎた。

受診結果を確認するため、夫の実家に電話すると、思いがけない答えが返ってきた。

予想外の答えが返ってきた。「おかげさまで、ふたりとも『認知症ではない』とお医者さまにお墨付きをいただきました。大きな病院で頭のレントゲンまで撮ったのよ。何かこわい病気が見つかったら……と思って、心配だったんですけど。これで一安心です」

そう来たか! 本当に認知症でなかったのなら、心からめでたいことではあるのだが、話はそう簡単ではなかった。

「ところで、例の女性の話なんかはお医者さまには……」
「そんな話するわけないじゃない。お医者さまもお聞きにならなかったもの。おとうさまだって何も言ってませんよ。ホント、あの方さえ早く出て行ってくれれば、うちも平和になるんですけどねえ」

幻の女性は健在だった。義母の口ぶりでは医師には一切、話していない。伝えた内容といえば、少々便秘気味だの、下痢することがあるだのといった体調面での不安のみ。聞かれたことにはしっかり答え、余計な話はしていない。医師とのやりとりとしては、ある意味正しいのだ。脳のMRI検査もするにはしたが、「年相応の萎縮しか見られなかった」ということで、無罪放免となったらしい。

義父母は「思い切って受診してよかった」「勧めてくれてありがとう!」と大喜びしている。とてもじゃないが「もう一度、もの忘れ外来に一緒に行きましょう」と切り出せる雰囲気ではない。失敗した!!!

もの忘れ外来の受診を勧めたとき、親が乗り気になったことで一仕事終えた気になっている場合じゃなかった。「自分たちで行ける」と言われても、断られても、適当な口実をつくって同行すべきだったのだ。さあ、この失敗をどうリカバリーするのか。

買い集めた介護ハウツー本をめくってみても、そんな項目は出てこない。延々とネット検索し、介護ブログを読みあさっても、ピタリとハマる事例は見つからない。

誰に相談すればいいのかもわからなかった。同世代の友人とは、親の介護の話をしたことはほとんどなく、いきなりそんな相談をされても相手を困惑させるだけのような気がした。唯一気兼ねなく話ができたのは、大学院に社会人入学した同期で、介護経験者でもあるマダム(60代)ぐらい。

教室で「どうしよう」と彼女に泣きつき、励まされていたときに、ちょうど通りがかった「老年学心理学」の教授が「大変そうだね」と会話に参加。さらに、こんなアドバイスをくれた。

「どうも話を聞いていると、おかあさんはレビー小体型認知症の可能性がありそうだけど、あれは専門医でも診断が難しいんだよ。僕の知り合いに詳しいドクターがいるから相談してみたら? 家族だけの受診も受け入れてくれるはずだから」

高齢者の心理を長年研究してきた先生のお勧めに乗らない手はなかった。もともと「親にどうやって再受診を納得してもらうのか」と同時に、「再受診でいいのか?」という疑問もあった。親のごまかしかたが抜群にうまかったという見方もできるし、同行しなかったのは抜かってたと反省することしきり。でも、「専門外来の看板を掲げながら、そんなに簡単にスルーしちゃうの?」というかすかな不信感を抱きつつもあった。

授業が終わった後、すぐに予約の電話を入れた。本当は翌日にでも相談に行きたいぐらいだったが、予約がとれたのは2週間後。まずは夫とふたりで受診し、親をどうやって説得するかを医師に相談するつもりでいた。

だが、受診の数日前に状況が一変する。

義父母の最新の状況を把握しておこうと、夫の実家に電話したところ、義父から「妻の様子がおかしいんです……」と打ち明けられたのだ。


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