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レモン太郎

レモンから出てきたのは、さわやか好青年、レモン太郎だった。


その朝、りーさはいつものように川へ洗濯に行った。
五郎はお約束の山へ柴刈りに。

りーさは、洗濯をしながら川の上流が気になる。
半年前にとんでもない桃を拾ってとんでもない目に遭った。
(目に遭ったのは、犬猿雉に食べられた桃太郎たちだったけど・・・)
もう、あーいうめんどくさいものが流れて来ませんように。

気になっているが上流が見れない。

いや、まさか、まさか。

おずおずと目を上げると、はるか向こうから黄色いのが流れて来た。


「わっ、見てない見てない!」
りーさは洗濯物をひっつかむと、素早く河原の茂みに隠れた。

黄色い物体はどこから見てもレモンだった。
葉っぱ付き。
浅瀬の石にひっかかって向きを変え、河原に乗り上げて止まった。

隠れているりーさを背後から五郎が呼んだ。
「こ、こんどはレモンか」
「レモンだわよっ!」
二人は息をひそめて成り行きを見守った。


レモンのてっぺんの葉っぱがくるっと回るとパカッと開いて、
ハッチから男が顔を出した。
ハトみたいにきょときょとしているが、なかなかの好青年である。

なんか、さわやか。
まるでレモンから生まれたレモン太郎だわ。

よっしゃとばかりにりーさが駆け寄り
「どちら様?」
「ここはどこですか?一体何が起こっているんだ?」

青年は、名前をアキラと言った。
自宅の冷蔵庫を開けたら得体の知れない光に包まれて、気づいたらここにいたというのだ。

「あの夜、彼女をタクシーまで送って、家に戻って冷蔵庫を開けたら……」
言いかけてアキラは物思いに沈んだ。
「あの、教えて欲しいのです、男と女の友情はあるのかどうか」
しばらくして思い詰めたように言った。
「ずっと考えながら流れを下ってきました」
さわやかな風貌には似合わず、じっとりと悩みの中にいるようだ。

「いきなり来たね、えーと私は…」
五郎の言葉に被せるようにりーさが言った。
「あると思うよ!現に私たちがそうだから…ね、五郎!」
五郎は顔を赤らめて黙ってしまった。

「え、あなたたちはご夫婦だとばかり。
そうだったんですか、お友だちなんですね。
でも、五郎さんは本意ではなく見えますが」

五郎が意を決したようにキッと顔を上げて言った。
「私はりーさを連れて駆け落ちしたのだ。ふるさとも家族も捨てたのだ。私はりーさを愛している。できれば結婚したい。
しかし、ああ、彼女は違うんだ」
悩ましげに言って五郎が哀願するように差し伸べた手をペチンと振り払うと、りーさは手を打ち鳴らした。

「はーいはいはい、その話はやめ!
その話になるともう五郎は鬱陶しいったらないの。
愛だの恋だの、そんな名前をつけなくったって一緒にいるんだからいいじゃないの。
名前をつけなきゃ仲良く一緒に居れないの?!」

アキラはますます考え込んで成り行きを見ている。
「だって名前をつけなきゃ、なんの感情だかわからないじゃないか。名前がなきゃ、どう行動していいかもわからない。
感情に名前を付けるって大事だと思うんだよ」
五郎が諭すように言う。
「へぇ、じゃあ、これは恋情のキスです、友情から手をつなぎます、家族愛によって抱きしめます、とか考えるの?友情からキスはできないの?」
りーさがまくしたてる。屁理屈にも聞こえるが。
「その時に必要なことをする、でいいじゃん!」
大雑把にまとめた。

アキラはますますこんがらがりながら、わずかに救いを感じてもいた。
「その時の感情に素直に動けばいいのか。
僕はあの時、彼女に対してどう動けばよかったんだろう。
あの時の僕は、ただ空腹な彼女にレモンパスタを食べさせたいと思ったんだ」
「僕も彼女も、1歩踏み出せばまた違うステージに行ったはずだ。お互いにそれを望む気持ちはあったと思う。でも、踏み出さなかったし、次につながるような気配も感じた。レモンさえあれば、また彼女はやってくる気がして」
「だけどその果てに何が待っているだろう?だんだんと終わって行くだけなんじゃないか。やっぱり僕は踏み出すべきだったかもしれない。タクシーが来る前に抱きしめていたら……優柔不断な自分が呪わしい」
「するとやっぱり、僕は彼女をまだ愛していたのか。気づかなかった。いや気づかないふりをしていたんだ。なんてずるいんだ僕は!」

りーさと五郎は身もだえして嘆くアキラを眺めながら、「なんかまためんどうなのを拾っちまった」と顔を見合わせた。



おしまい





あやしもさんの名作「ピリカ文庫 レモン」

たくさんのレモンさんたちが生まれています。

その中の、玉三郎さんの作品に刺激を受けて、書いてしまいました。

玉三郎さーん、書いちゃった(笑)

こちらに「レモン太郎が頭から離れません!」とコメントさせてもらったら、「我々は、桃太郎について真剣に考えすぎましたね!余韻がすごい!」
というリコメを頂き、桃太郎への思いを成仏させたく、レモン太郎を書きました。
レモンが流れて来てパッカン!玉三郎さんも私も、ここがなんとしても書きたかったのだと思われます。

これを由緒正しい「シロクマ文芸部」参加作品とするのはあまりにも畏れ多いのですが……

ご笑納くださいませ。


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