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<田舎のチーズバーガーが大森靖子のライブを初めて見た話>「もう一度魔法を」Public Dairy vol.13
大森靖子を見に行こうと思って会場を移動するためのバスに乗り込んだ。
バス停は乗車待機客が多く、乗り込んだ頃には公演の時間には遅れてつく様子だった。
冷房で冷やされた車内で隣に小柄な女の子が並ぶ。長めの前髪、肩にはかからないくらいのボブ。髪は細くて透き通った黒が綺麗だった。真夏で気温も高いのに薄手の黒いウェットパーカーを羽織ってしきりに髪をすく手の指はなぜか皮が向けてボロボロで、爪には黒のネイル。私と同じ色だったけれど、彼女のネイルは乾くまで待ちきれなくてよれてしまったみたいに表面には凹凸があった。
バスが停車する、一気に人が降りていく。
私がステップを降りたとき、黒髪の綺麗な女の子が急いだ様子で私の横を走り抜けて行った。
韓国のバンドのHYUKOHに会いたくて「サマソニ行きたい。」とブツブツ言っていたら親切なおじさんが連れて行ってくれた。
「チケット代としてレポートを書くこと。」と言われて、久しく開いていなかった投稿サイトを開いて、雨の音を聞きながらキーボードを叩いている。私は何かを書くときにいつもこう思う。
真っ白な記入欄は書きたいことで埋まるだろうか、書きたいように描けるだろうか?
その日の朝は5:30に起きた。すでに寝坊だったから、10分でメイクを済ませて、ぐちゃぐちゃに積み重なった服の中から選んで着替え、「イキルキス」を本棚から引き抜いてショルダーバッグに投げ込んで家をでた。パーティーモンスターを目指したのに結局いつもの当たり障りない個性の小出し、みたいな服で家を出てしまった。いつもそうなのだ。スカートが履けない、オフショルダーが着れない、クロップドトップが着れない。
音楽のフェスは人生初だった。
今まで家にはテレビもなかったし、雑誌もなく、書店も何もかもが遠い場所に住んでいて、私が初めて自分の意思で音楽に触れたのは13歳の時だった。
パソコンを使わせてもらえるようになって、ユーチューブを開いて、トップに出てくるものを聞いた。確かアヴリルラヴィーンのガールフレンドだった。定かではないけれど。
まあだからつまり、音楽が生活と基本的に乖離した文化だった。
だからどうってわけじゃないけどね。
マリンパークについて、見たいものまでに時間があったから、いくつか回って、ミオヤマザキを見てから、初めのシーンに戻るわけだけれど、
海辺のステージに足を踏み入れたら、音が来た。
「君が作った美しい世界を見せてあげる」
と真っ白なベールを掲げて彼女がいう。
6弦の鋭くて長い悲鳴とドラムのリズム、歌う女性の叫び声。人のたくさんの頭越しに小さく大森靖子の歌う姿が見える。爆音がステージからまっすぐに突き刺す。
音が髪を揺らした。
「あたしの夢は君のブサイクでボロボロのライフをかき集めて大きな鏡を作ること」
無意識に手にしたウィルキンソンのボトルを強く握りしめて、前へ人混みをすり抜けた。もっと近くで見ていたかった。
オーガンジーの白い天使様みたいな衣装を着てピンクのマイクを握りしめて大森靖子が叫ぶ。
ツイッターで見かけた線の細いダンサーは真っ赤なドレスに身を包んでステージの端から端までくるくると回って踊っている。誰にも侵犯されない世界があるんだろう、と思った。
「誰にもわかられたくないから日記に書かない幸せ」
そして彼女が囁く。
「音楽は、魔法ではない。」
沸く歓声に気がついて周りを見渡したらバスで見かけた髪の綺麗な女の子が立っていた。タオルを振ったり嬌声をあげたり思い思いに聞く人の雑木林に紛れて、拳を握りしめて立っていた。
そして「彼女」が叫ぶ。
「抽象的なミュージック、とめて!!!!!」
時間が止まる。圧倒的な沈黙、五秒間。
ステージの上で超歌手が苦しそうにもがく。
「音楽は、魔法ではない、音楽は、魔法ではない。でも音楽は!!!」
髪の綺麗な女の子は泣いていた。
手のひらをぎゅっと握って泣いていた。
私は強くありたいと思ったから、マイク掻き抱いて歌う彼女が羨ましいとか、彼女の歌った世界を羨ましいとか、彼女を好きな人たちの一人になりたいとか、そう思わなかったけれど、
あのピンクのマイクを握る女性はきっと強い女性に違いない、と思った。
サマーソニックについて言いたいことはたくさんある。
HYUKOHのサイン会はチケットが切れて参加できなくて残念だったこととか、chelmico、あっこゴリラ、JHFBのライヴはアーティストとオーディエンスの相互関係によって作り出された理想の会場だった、とかいままで音楽に対して俯瞰して達観していたことで満足していたのにHYUKOHやchelmicoを前に自分が結局消費する側の人間だった事を知ってしまってショックだった事とか、お昼に食べたチーズバーガーが美味しかった事を全て書き連ねてみたかった。でもちょっと難しかったから書くのはやめた。書き切れない事や日記には書かなかったけど実在した時間は誰しもあると思うの。
砂浜でステージを見つめて泣いたあの子はいつか笑うだろうか。
2017/08/23 記録
愛を込めて チーズバーガー'99
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