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『学校で起こった奇妙な出来事』 ②

② 「キャスティング選挙」


○ 3年D組

    昼休み。

    目許を見ていた瞳子の手鏡に変なものが映る。

    こんな時間になって登校してきたハカイシだ。

    頭に包帯を巻き、松葉杖をついている。

    ぎょろついた目で痛々しげに教室を横切っていく。

    そしていきなり、窓の外へ身を乗り出す。

 生徒たち 「あっ!」
    と、みんなの注目を集める。

 ハカイシ 「けっ、冗談に決まってるだろ」

    教室全体にほっとしたような、拍子抜けしたようなため息。

 ハカイシ 「やい、あのときみんなで俺を殺そうとしただろ。窓から落ち
       たせいで俺だけこんな大怪我だ。せっかくのゴールデンウイ
       ークを、15歳の夏をムダにしてしまったんだぞ。この責任
       はいつか取ってもらうからな」

    呆気にとられるクラスメート。

 長瀬叡子 「ねえ、ハカイシ。今ごろ登校してきて何やってんのさ。あの
       とき窓からは、あんたが勝手に飛び降りたんじゃなかったっ
       け。それにいま何月か知ってる? 15歳の夏はまだこれから
       なのよ。頭でも打ったんじゃないの」
    と、松葉杖でその足を叩いてやる。

 ハカイシ 「痛えじゃねえか。何するんだ」

 長瀬叡子 「一応、そういう感覚はあるわけね。まともな思考ができなく
       なると要注意だっていうから、おとなしくしてたほうがいい
       みたい」
    と、さらに強く足を叩く。

 ハカイシ 「痛ッ。わ、わかったよ。席に戻るから、早く松葉杖を返せ」
    と、普通に立っている。

    もう一度窓から身を乗り出すふりをするが、だれも反応しない。

○  中庭

    噴水の縁でのほほんとくつろぐ金森と佐伯。

    そこへ近寄ってくるトレパンにジャケットの男。

 佐伯哲男 「ジュン、なんかヤな予感がする」

    愛妻弁当を手にした体育教師の武藤だ。

 武藤完治 「おい金森、そこで何してるんだ」

 佐伯哲男 「ほら、きた」

 金森淳  「何してるって言われても」

 武藤完治 「こんなとこで珍しいじゃないか」

 金森淳  「いつも、こんな感じですよ」

 佐伯哲男 「まるで、この学校の生徒じゃないみたいな言われ方だね」

 武藤完治 「いや誤解せんでくれ。いいところで会ったと思ってな」

 金森淳  「先生、ぼくらだってみんなと同じ健全な中学生の一人なんで
       す。昼休みには中庭へも出てきますよ」

 武藤完治 「そう、それだ。ちょうど話し合おうと思ってたことは」

 金森淳  「えっ?」

 武藤完治 「おっと、こんな時間だ。この続きはゆっくり話すとしよう」
    と腕時計に目をやり、中央校舎へ向かう。

 金森淳  「先生、おっしゃった意味がよくわからないんですけど」

 武藤完治 「健全な中学生さ」
    とにこやかに振り返り、白い歯を見せる。

 金森淳  「はあ?」

 佐伯哲男 「(小さな声で)ジュン、なんか変な言質を与えちゃったよう
       だよ」

○  女子トイレ

    鏡の前で髪形や表情をチェックするトーテキ姫。

    大柄かつ豊満な体型に似合わずぶりっ子な顔立ち。

    ふとあごに手をやり、砲丸投げのフォームを確認する。

    その隣へ無表情でやってくるフォロー中。

 トーテキ姫 「あ、……あんたさ、みんなからフォロー中って言われてる
        けど正直どう思ってるの?」

 フォロー中 「いいんです。変わり者の転校生ですから」
    と、几帳面に手を洗う。

 トーテキ姫 「そう、前の中学でもそんな感じだった?」

 フォロー中 「トーテキ姫さんほど圧倒的じゃないですけど、学年選挙で
        3位でした」

 トーテキ姫 「すごいじゃん。今度の文化祭の映画で活躍できるかも」

 フォロー中 「そういうのはA子さんや書記長、トーテキ姫さんにお任せ
        して、私はみんなの後ろについていくだけです」

 トーテキ姫 「あ、そういうフォローかあ」

○ 3年D組

    ホームルームの時間。

    すでにこの日に話し合われるテーマが黒板に書かれてある。

    一、無断放送事件の反省会
     ・  金森淳君と佐伯哲男君の場合
     ・  村田善次郎君の場合
    二、文化祭出品映画『アナドレン・チルドレン』のキャスティング
     ・先月の続き

    司会は学級委員長でもあるカイチョウこと河野純一と書記長の篠川
    久美。

    遅れて教室へ入ってきた金森と佐伯。

    席へ着くなり佐伯が目をすぼめる。

 佐伯哲男 「異議あり」
    と、すぐさま挙手。

 河野純一 「なんでしょうか」
    と、悠然とした構え。

 佐伯哲男 「なんで俺たちの名前がそこにあるんだ。どうしてジュンと俺
       とハカイシの3人だけなんだ。ずいぶん勝手じゃないか」

 河野純一 「あの日、いろいろと騒がれたのはきみたち3人じゃないです
       か。それに今週から数人ずつで交代し、ホームルームでこの
       問題を取り上げていこうと思ってます。玉城くんの死を無駄
       にしないためにも、焦点を絞り、なぜあんな事件が起きたの
       かみんなで話し合っていきたいんです」

 佐伯哲男 「ハカイシはともかく、俺たちは何もやってないんだ。証拠も
       ないのに犯人扱いするのはよせよ」

 ハカイシ 「なんだテツボー。俺は被害者だぞ。あの放送の日だって遅刻
       寸前だったんだ」

 河野純一 「犯人扱いとかそういうことでなく、きみたちには言いたいこ
       とがたくさんあるんじゃないですか。だから最初に喋っても
       らったほうがいいと思ったわけです」

 長瀬叡子 「ねえカイチョウ。事件、事件って放送事件のことばかり言う
       けど、そもそも玉城くんの自殺事件のことをよく考えたほう
       いいんじゃないかしら。そのまえには、いまだ犯人のわから
       ない下着事件があったじゃないの」

 ハカイシ 「あれってやっぱり、玉キンがやったのかな」

 長瀬叡子 「あんた、ちょっと黙っててよ」
    と、ハカイシをにらみつける。

 篠川久美 「私からもひと言。長瀬さんの言ったとおりだと思います。あ
       の下着盗難事件から変なことが続いてます。みなさんから気 
       がついたことを自由に発言してもらってはどうでしょうか」

 河野純一 「それは困るよ。このクラスには話し合わなければならないこ
       とがたくさんあるけど、テレビにまで取り上げられた放送事
       件に絞って話さないと収拾がつかなくなってしまう。視点を
       整理し、それに沿って話し合ってくのが筋道だと思う。金森
       くん自身の意見も聞きたいから」

 長瀬叡子 「視点を整理するって鬼の首でも取ったかのように言うけど、
       その整理のしかたに問題あるんじゃないかな。まずそこから
       語り合って論点を洗い出していきましょうよ。学校行事じゃ
       あるまいし、うまくまとめるのはいちばんイージーなやり方
       だと思う。玉城くんの死は現実のもので、教科書にあるよう
       な問題じゃないんだから」

 ハカイシ 「俺を突き落としたのはそういう陰の力かも」

 佐伯哲男 「怪しくなってきたぞ。下着を盗んだのはひょっとしてカイチ
       ョウじゃないのか」

    そのひやかしにクラスから笑いがもれる。

 河野純一 「二人とも、いい加減なことを言うと承知しないぞ」
    と、真っ赤になって反発する。

 佐伯哲男 「ちっ、お前のやってることがいい加減だとわからないのか」
    と、言葉を返す。

 河野純一 「どこがいい加減ですか。ひねくれた物言いはやめてくださ
       い」
    と、ムキになる。

 ビーダマイヤー「いつまでこんな話をしてるんだ。なんだか議題の入口で
         足踏みしてるみたいだ」

 スタンダリアン「第二議題からはじめたほうがいいんじゃないか。今日、
         キャスティングを片づけとかないとまにあわなくなる」

 佐伯哲男 「そりゃそうだ。さすが、カメラマンと監督が言うことは切り
       口が違うね」

 ハカイシ 「大賛成」
    と、大声で呼応する。

    クラス全体もそれに同調する雰囲気。

 佐伯哲男 「こういうのって司会役の腕しだいなんだよね。書記長、どう
       思う?」

 篠川久美 「ええ……」
    と言いよどむが、ゆっくり教卓へ近づいていく。

 河野純一 「(後退しつつ)ぼくは主役候補の一人だから、あとの進行は
       彼女に任せよう。先々に誇れるような、みなさんの賢明な判
       断を望んでます」

○  同・金森の席

    窓側の最後列でぼんやりする金森。

    頬づえをついたまま、窓の外を眺める。

    向かいの南校舎の窓でひらひら揺れる白い布。

 ザッカヤ 「ジュン、最新号だ」
    と、マンガ雑誌が放ってよこされる。

    表紙に目をやり、金森がもう一度外を見ると窓は閉められている。

○  美術室

    展示ルームの窓際に立つ1年生の新井裕子。

    カーテンに隠れ、北校舎を凝視する。

○ 3年D組

    あくびをしながらマンガを読む金森。

    名前を呼ばれたような気がし、席を立つ。

 篠川久美 「(驚いたように)どうしたんですか」

 金森淳  「……呼んだでしょう」

 篠川久美 「ええ、だいぶまえ」

 金森淳  「もういいんですか」

 篠川久美 「いまのところは」

 金森淳  「……すいませんでした」

 ハカイシ 「ジュンのやつ、寝ぼけてやがる」

 クッパ  「心神喪失だな、ありゃ」

 佐伯哲男 「おい、放っとけよ。……この作品って、怪獣が現れたり、み
       んなで歌を歌ったり、お笑いがあったり、立ち回りがあった
       りと、じつに明るい中学生を主人公とした一種のドキュメン
       タリーでしょ。いろんなジャンルをごった煮にし、ビーダマ
       イヤーとスタンダリアンがよくまとめてくれたんだけど、最
       初彼らにアイディアを教えたのはこの俺だからね。その点は
       忘れてほしくないんだ」

 ビーダマイヤー「考えてるとき、いっしょにメシ食ってただけだろ」

 スタンダリアン「わがクラスの青春叙事詩、と言ってほしいね」

   長瀬叡子 「言いたいことはなんなの」

 佐伯哲男 「つまり、主役をやるにはこの作品のテーマに非常に深い理解
       がなきゃならない。だれがそれを演じるかにより、あとの役
       はだいたい決まってしまい、クラス全体のイメージがかかっ
       てるんだ。だから俺はジュンを推薦するけど、みんなが望む
       んだったら俺がやってもいいや。万が一、カイチョウに決ま
       るようなら、残念だけど俺の原案を使うのは承認できない」

 ビーダマイヤー「どうしてお前の原案なんだ」

 スタンダリアン「お前、主役をやりたかったのか」

 長瀬叡子 「彼の言うことにつきあってたらきりないわ。篠川さん、早く
       投票しましょう」

 篠川久美 「そうですね」

 河野純一 「ちょっと待って。佐伯くんがあんなふうに言う以上、ぼくに 
       も話しておく権利があります。今回の映画は、文化祭にむけ
       て全員参加で取り組むことになっています。そこで発表する
       わけだから確かにクラス全体のイメージがかかっています。
       書記長の篠川さんがスタッフとしてプロデューサーを引き受
       けたなら、生徒会長であるぼくは当然キャストのなかで中心
       的な役割を果たすべきでないでしょうか。ぼくだってべつに
       きまじめ一本やりの映画を作ろうと思ってるわけでなく、み
       なさんと一緒になって中学校生活の最後の思い出を飾りたい
       んです。どうかそれを心に留めたうえ、一票を投じていただ
       きたいのです」

 佐伯哲男 「そしたら、カイチョウもスタッフにしてやろう。ただし、お
       カネを集めてくるだけでいいや」

 篠川久美 「では、そろそろ投票に移ろうと思います」
    と、議論の引き際を見はからい言い放つ。

    そのあいだ金森は首を傾げながら考え込む。

    なぜあんな醜態を演じてしまったのか。

    考えているうちにまた眠ってしまう。

○  大野屋のテラス

    校門前にある食堂兼駄菓子屋。

    大野屋のお婆こと中年の女将が忙しそうに立ち働く。

    すぐ横に外観とは不似合いなこぎれいなテラス。

    テーブルにつき、仲よくチョコレートパフェを食べる金森と叡子。

    息を切らしながら佐伯が駆け込んできて、学校新聞を差しだす。

 佐伯哲男 「見てくれ」

    二人は新聞をひきよせ、じっと眺める。

    ペンを取り出し、おもむろに考え込む。

 佐伯哲男 「おい、何やってるんだ」

    二人が顔を上げる。

 佐伯哲男 「いま、どこ見てた?」

 金森・長瀬 「クロスワードパズル」
    と、声を合わせる。

 佐伯哲男 「なんでそうなるの。その上にある記事を読めよ」

    二人はそれに目をやる。

    見出しには“何が生徒をそうさせたのか”とある。

 金森淳  「とうとう教頭の吊るし上げか」

 佐伯哲男 「ジュン、寝言を言ってる場合じゃないよ」

 金森淳  「お、マジで攻めてくるね」

 佐伯哲男 「玉キンの自殺はクラスのいじめが原因だって書いてやがるん
       だぞ」

 長瀬叡子 「そういう要素もあるかもしれないわね」

 佐伯哲男 「A子まで、そんなこと言うわけ」

 長瀬叡子 「まだ何もはっきりしたことがわかったわけじゃないでしょ。
       あのビデオでも告白してなかったんだから」

 佐伯哲男 「だってあれは、ロッカーに隠しておいた女生徒の下着を」

    カン高い声に周囲がいっせいに振り向く。

    大野屋のお婆が股に手をやりズロースをひきあげる。

    にこにこ笑う金森と叡子に対し、佐伯がテーブルを叩く。

 佐伯哲男 「(声を抑え)それを、みんながいる前で教頭に暴かれたせい
       じゃないか」

 長瀬叡子 「それも原因の一つかもしれないけど、彼は濡れ衣だって主張
       してたわ。ビデオでなぜそのことを言わなかったのかしら」

 佐伯哲男 「原因の一つ? ということは、玉キンの自殺には別の原因が
       あって、それにはやっぱりいじめが絡んでて、ハカイシや俺
       たちがその張本人ということになるんだぜ。それこそ新聞部
       のやつらが学校とグルになり狙ってることなんだ。A子まで
       俺たちを窮地に立たせるようなこと言わないでほしいな」

 長瀬叡子 「あんたたちにも不審な行動が多いせいよ」

 佐伯哲男 「まじめじゃない生徒はすぐ疑われちゃうんだよなあ」

 長瀬叡子 「だったら、いったいだれがどんな理由でビデオを放送したっ
       ていうの?」

 佐伯哲男 「あいつらが問題を大きくするためにやったのさ」

 長瀬叡子 「学校側だって風当たりが強くなってるし、おかしくない?」

 佐伯哲男 「そうか、きっとアホ賀と大タコだな」

 長瀬叡子 「またそうやって決めつける。ちゃんと確証をつかんだうえで
       話してよ。彼らの気持ちもわかってあげたら」

 佐伯哲男 「仕返しをしようと思ったんだろう。勘違いもいいとこだな。
       生徒会にいいように利用されるのがオチさ。玉キンのことを
       いちばん構ってやったのはだれだと思う。ハカイシが窓から
       飛び降りたのだって、激情にかられ感きわまってのことさ。
       あいつなりの親愛のしるしだったんだ」

 長瀬叡子 「ずいぶん勝手な言い分。そんなこといったら、教頭のやって
       ることだってすべて親愛のしるしになっちゃう」

    テーブルの上でバタンという音がする。

    パフェをのせた器が転がり、溶けてねばねばと流れだす。

    そこに頭をついて金森が寝落ちしている。

○ 3年D組

 篠川久美 「金森く~ん。金森く~ん」

    うっすらと目を開ける金森。

    自分の名前を呼ばれ、多くの視線が集まっているのを感じる。

 篠川久美 「本人からひと言、お願いします」

    黒板にキャスティング選挙の得票数が正の字で示される。

    結果は一目瞭然。

     金森淳   19票
     河野純一   8票
     佐伯哲男   4票
     村田善次郎  1票
     無効     2票

 篠川久美 「……金森くんに決まりました。『アナドレン・チルドレン』の
       主役に選ばれたんです」

    ふらふらと立ち上がる金森。

 金森淳  「(寝ぼけ眼でA子とテツボーを見やりつつ)お前ら、そんな
       まともな言い合いするなんて、自分の役をまだ把握してない
       んじゃないの」

    クラスの全員がし~んとしている。

 金森淳  「……あれ書記長。その主役って、どういう役なの?」
    と、不安げにつぶやく。



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