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オンライン学習が機能する条件(または、その日本での難点)

 今回は、僕の通っているオンライン大学のコンピュータサイエンス学科での経験について書いてみたい。いちおうこのNoteでは伏せるが、本日時点、学費無料のオンライン大学で検索すると最初に出てくるアメリカの大学だ。僕はそこで今まで約1年、良い経験をさせてもらっており、ネットに何かをアウトプットするための気力が回復したのは、ほぼその大学のお陰だ。ただ、そう思えるためには幾つかの条件があったと思う。

1. 3つの条件

 オンライン学習に関する一般論として、当然ながら、動画を見るだけでは何も身につかない。昔話だが、2007年頃にAppleがiTunes Uを始めた時、文系SEになったばかりだった僕は、そこで公開されたMIT Open Coursewareを集中的に試聴していたことがある。Walter Lewinという面白い実験をしてくれる物理学の教授がいて、少なくともその人の講義は全て見た。でも、15年後の今、その知識が残っているか甚だ疑問だ。近年、無料で学習できる動画や教材が増えたことを礼賛する声は多いが、見るだけでは意味が無いという点は、15年前のiTunes Uから特に変わらない。
 
 数日前のビデオで、宮台真司は、アクティブ・ラーニングは「アメリカを中心にして10年前から急速に疑われるようになった」と述べている(PIVOT公式チャンネル, 2022)。評価システムによって授業の質が劣化する。その動画の文脈では、もともと優れた教授がいる大学では、オンライン学習に切り替えて学生に自主的にやらせようとしてもなかなか上手くいかないという意味だと思う。ただ、僕の通っている無料大学に「教授」はいない。基本的に、生徒とシステムがあるだけだ。それは正確には大学ではないと言われればその通りだ。しかし、既に大学を出てあるていど議論が可能な人であれば、そこで良い経験ができると思う。

 では、どのような条件のもとであれば、オンライン学習は教育として機能するのか(あるいは、少なくとも、なぜ僕は満足な経験ができたのか)。僕が思うに、それは以下の3点だ。まず、コースデザイン上、高頻度のディスカッション、課題提出とそのピアレビューが強制されているかどうか。そして、コース参加者の中に、学習者と近い水準の知的探求心を持ったディスカッションの相手がいるかどうか。最後に、学習者本人が、そのコースの個々のテーマについて、教科書を超えて問いかけたいことや主張したいことがあり、かつ、それを誰かに応答してほしいと思っているかだ。
 
 僕としては、最後の点、ある種のポジティブ・フィードバックへの渇望が一番大事だと思う。気になったことをブログに書いて建設的な反響をもらえるような書き手なら、何もオンライン大学に参加する必要は無く、自主学習して発表すればいい。あるいは、知的欲求を満たしてくれる友人が近くに存分にいる場合も、恐らく同様だろう。ただ、そのような人は、現代日本にあまり多くはいないはずだ。
 
 3つを順番に説明していこう。

2. フィードバックを強制するシステム

 実は2日前、このオンライン大学について、パキスタンの入学検討者からの相談があった。曰く、「この大学は詐欺じゃないかと疑っている。RedditやYouTubeでそのような意見を見た」とのことだ。教育機関としてRegional Accreditationがなかなか取得できていないせいか、一部での評判が良くないのは確かだ。ここでは特にそのソースは参照しない。誰かが腹いせに書き込んでいるだけかもしれないので、真に受けることはない。ただ、日本語であまりそのような批判的な情報が出てこないのもアンバランスだとは思う。以下に、僕の彼への回答をもう少し丁寧に書いてみたい。
 
 その大学は学費が極めて安い代わりに、生徒の自主的な学習に強く依存している。生徒はデザインされたコースに沿って、毎週、ディスカッションをして他の生徒を採点し、課題を提出して匿名ピアレビューで他の生徒を採点し、クイズを解くことを繰り返す。不正行為や不当採点などの問題があればインストラクターに相談する。最終週にリモート試験監督付きの最終試験があり、単位認定となる。インストラクターは親切な人もいるがあまり応答しない人もおり、彼らが手を下さずともコースが回るようにシステムは設計されている。教科書はほぼ全てネット上の無料教材か無料ビデオだ。つまり、大学が提供するのは、デザインされたコースというシステムのみになっている。ネット回線が細い貧困国にも高等教育を届けることを理念としている教育機関のため、動画が無くても成立するように設計されていることは強調しておきたい。動画は、楽に理解したいときに参考までに見てくれていいが、あくまで数百ページの教科書を読んで学べ、というスタンスだ。
 
 (なお、毎Term課題が更新されるわけではないので、卒業あるいは退学後2年間は課題内容の口外は厳禁という規約がある。先に課題を知っている人間がいれば不公平だし、真似されれば他の機関でも同じことができるからだろう。検索して出てくるサイトの中には課題内容を記載してしまっているものも沢山あるが、通報されれば退学もありえるためお勧めしない。剽窃防止のため課題回答のアップロードも禁じられており、僕はブログのネタやGitHubのソースを公開するときは、課題で書いたものと重ならないように慎重に選んでいる。まあ、僕がクソ真面目なだけかもしれない。課題をコピペしてリスク覚悟でPVを稼ぎたい人はいてもいい。僕はここでは、もう少し広く一般的なことについて書こうとしている。)
 
 とにかく、上記システムの中で、ディスカッションと、課題提出、ピアレビューが強制されていることがポイントだ。ディスカッションでは、最初に全員が主題に応答し、次に最低3人の応答に意味のある建設的なコメントをすることが課せられる。ピアレビューでは、匿名で提出された課題に対して、匿名で3つのクラスメートの課題を採点する。採点基準は提供されるが、ここでも意味のあるコメントをすることが求められている。アウトプットとフィードバックが毎週繰り返されることで、学習者の記憶に内容が定着していく仕組みだ。

3. 学生のレベル

 このような制度になっている以上、学習体験の質は本人を含めたクラスメートのレベルに等しい。ただ、生徒のレベルに不満を持ったことはあまりない。正規生徒になる前のESLコースでは変な人も多かったが、コースが進むにつれて自然と質は上がっていく。もちろん、何も言ってくれない人、不当な採点をする人は常にいるが、ガチな奴がたまにいるので、そういう人と一緒のクラスになれば大丈夫だ。全員ハズレ、という時は諦めて自分から雰囲気を変えるように努力するしかない。
 
 そのガチな奴がいる確率は、ハイレベルな大学を除き、日本国内の普通の大学よりは多いはずだ。印象論で申し訳ないが、金を払って入学するはずの日本の大学は、ある種、敷かれたレールの一つになっているが故に、参加者の本気度は低くなりがちだ。対して、世界中の貧困国から、Regional Accreditation不認可の大学でもいいから無料の高等教育を受けたいと集まってくる人たちは、少なくとも敷かれたレールの上には乗っておらず、学びたいという意欲は本物だ。そういう人は、コースの主題から外れた発言にも応答してくれるし、そのためこちらもしっかりとした発言を心がけるようになる。これが、二つ目の条件だ。
 
 そもそも、クラスメートのレベルが分かるというのが、若い時の大学体験と極めて対象的だ。全員が書いたディスカッションフォーラムの回答が分かるので、相手のレベルや考えていることが分かる。コピペ回答や不当採点なども大抵分かるので、悪い人もすぐ可視化される。最新の国内教育制度は知らないが、少なくとも僕の経験した小学校から大学までの学習では、他全員のレポートを読むことはできなかったし、チートしている奴がどれだけいるかも分からなかった。ゼミに入ればディスカッションすることもあったが、このレベルの透明性は無かった。そして、提出したテキストのみでコミュニケーションするのだから、ソーシャルメディア上の経歴や身体性で人格が判断されることもない。英語の発音や、顔や身体に自信のない人にもこの環境はお勧めだ。学習内容のみに集中できる。
 
 主題からは逸れるが、学習内容自体のレベルについても補足しておく。まず、東アジアの数学教育は世界的にはレベルが高いので、日本で理系の高校を出ている人は、この大学の学部レベルの数学は楽な方だと思われる。僕の場合は文転してしまったので、改めて高校生の不足分を取り返している気分だ。また、プログラミング経験者であれば、最初の方の内容は知っていることばかりだと思う。このため、入門コースではレベルが低いと感じる人もいるかもしれない。それでも、体系的に学ぶことは無意味ではない。ただ、今回言いたいのはそこではない。やり方は生徒次第なので、レベルが低い課題でも、範囲をメチャクチャに超えた回答をすることはできて、クラスメートはそれに応答を強いられる。そして、ガチな奴からは、ちゃんとしたフィードバックが貰えるのだ。

4. ポジティブ・フィードバック

 最後にフィードバックの話をしよう。前述のとおり、ディスカッションでは強制的に3人にコメントして採点しなければならないので、ほぼ必ずフィードバックが貰える。そして、さすがにコメントで攻撃的なことを書くと怒られるので、皆、ポジティブで建設的なフィードバックを心がける。これが毎週たくさん貰える。匿名レビューではたまに不当な理由で大幅に点を落としてくる攻撃的な人もいるが、気にするべきではない。クレームを入れれば点が補正されるらしいが、僕はクレームを入れたことはない。(そんな細かい点を補正しなくても、最終テストでミスらなければAは取れるようになっている。)
 
 対して、今までの国内での学習経験はどうだっただろうか。大学で出したレポートについて、フィードバックを貰ったことは基本的に無い。卒論の口頭試問はあったが、いくつか質問に答えただけだ。手元にフィードバックが残っていないし、あまり記憶にも残っていない。残っているのは採点だけだ。自分から積極的に教授に聞きに行けば良かったのだろうが、そんなことをしている人は周囲に誰もいなかった。もちろん、コースの外であれば、友人にレポートを見せたことはあるが、あまり真剣な議論に発展したことは無かった気がする。それは僕のコミュニケーション能力に問題があったと言われればそれまでなのだが。(ああ、そういえば、ゼミの教授の退任後の最終講義の後の飲み会の場で、准教授になった後輩から、「ああ、見せてもらった卒論、よく覚えていますよ!」と言ってもらえた。嬉しいけど、20年前に言ってくれ!)
 
 そもそも、今までの人生、日本国内で所属した大抵の社会集団から、あまり褒めてもらっていなかった気がする。もはや、英語で褒められた記憶の方が、日本語で褒められた記憶を上回っているとすら感じるほどだ。いや、もちろんここには認知の歪みがある。直近の嬉しい記憶が強化されている。それにこの学習形式の場合、陰口を言われていても気づく方法が無いし、僕は英語がそこまで堪能ではないので、皮肉に気付かないこともあるだろう。それにしたって、個人の印象として、かなりの乖離を感じているのも事実だ。・・・僕の子供たちはまだ幼稚園なので、小学校以降の最新教育事情はよく知らないが、彼等にはぜひ、クラスメートや友達に良いフィードバックを与える練習をたくさんさせてあげたいと思う次第だ。

5. 補足数値情報

 また少し補足だ。僕のような中年が若者に交じって学習していることを、ある種バカにする向きもあるかもしれない。経験者がマウントを取って悦に浸っているだけではないのか、という批判もありえる。しかし、入学直後こそ紛争地域の難民のような立場の生徒とよく合うが、実は、コースを進んでいくと、クラスメートは僕と似たような、既に別の学位を持った(Post-baccalaureateの)中年が増えてくる。EU圏では別基準の単位互換制度があるため、あちらのPost-Bacsはこの大学にはあまり来ないだろうし、アメリカや英語圏の大学の学位を持っている人々には他の選択肢があると思われる。となると、残りは、学位が無いアメリカ人か、自国の学位の価値がこれから下がりそうな国の出身者だ。とりわけ、今とっている数学のコースはロシア人と日本人が多い。エビデンスとして、今参加中のコースの最初の週のディスカッションにおけるメンバーの出身国を書き込んだ順に並べてみた。早い順にやる気があると言っても差し支えない。
 
 ケニア、ロシア、アメリカ、日本、ロシア、日本、アメリカ、ナイジェリア、ロシア、エジプト、ブルキナファソ、ナイジェリア、日本、エチオピア、アメリカ、フィリピン、ケニア、ロシア、アメリカ、バングラデシュ、アラブ首長国連邦、サウジアラビア、エジプト、ハンガリー、アメリカ、エチオピア。
 
 また、日本人が多いという印象について、もう少し補足情報だ。ポータルから見られる学生数を東アジアで比較すると、日本人は2933名、中国人1464名、台湾343名、韓国0名。韓国は何がしかのデータ欠落の可能性もあるが、とにかく東アジアでは日本が突出して多いことが分かると思う。また、現時点の学内ソーシャルメディアの登録者数は50,701名。その中の日本人向けコミュニティの登録者は比較的多く、793名だ。(2022/11/23時点。)これらの数値は、現代日本社会が、多少なりとも同じようなオンライン教育環境を必要としていることを示唆していると感じられる。

6. 結語

 とにかく、そのような経験を経て、僕は改めてブログを始める気になった。以上、オンライン大学への入学を検討している方や、その教育制度について考えている方の参考になれば幸いだ。
 
 ここでふたたび、「お前のコミュニケーション能力が低いから、今までシステムに強制されないと褒めてもらえなかっただけだろ。そういうとこだぞ。いい加減にしろ」と言われれば、返す言葉は無い。


訂正履歴:2022/11/24 第3段落、引用文の後に文脈を補足する文章を追加 
訂正履歴:2022/11/29 5項1段落、訂正「無意味になる」→「価値が下がる」

Reference:
PIVOT公式チャンネル. (2022, November 19). 【宮台真司が暴く日本の「裸の王様」】腐ってない奴が空気を破れ/ビジネスの「パワポ礼賛」は思考停止/日本の解雇規制/安藤優子氏が「心の中ではふざけるな」と思う理由[Video file].
YouTube. https://www.youtube.com/watch?v=L3d4D7O0JGY

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