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「花と果物を描く画家」カラヴァッジョ

 ミケランジェロ・メリージ、通称カラヴァッジョ(1571~1610)。

 彼によく冠せられる二つ名といえば、「光と影の画家」。

 しかし、それ以外にあるとしたら?

 彼の持つもう一つの顔、特性、それは「花と果物を描く画家」。

オッタヴィオ・レオーニ、<カラヴァッジョの肖像>、1621年(Wikipedia)

 …あまり、イメージしやすいものでもないだろうか。特にこの顔を拝んでしまうと。

 しかし、1592年(1595年説もあり)、故郷ミラノでトラブルを起こし、着のみ着のまま、無一文でローマにやってきたカラヴァッジョが、有名な画家の工房で得た仕事が、助手として、「花と果物を描く」ことだった。

 現代なら、漫画家のもとで、アシスタントとしてモブ(群衆)や背景を描いていた、というのが近いだろうか。

 花や果物はあるだけで、画面は華やぐし、余白を埋めるのにもちょうど良い。

 そして、カラヴァッジョは、これらのモチーフの描写において、卓越した腕前を持っていた。

 カラヴァッジョ、<果物籠>、1595~96年、アンブロジアーナ絵画館(Wikipedia)

 この<果物籠>や<バッカス>、他の人物画に描き込まれた果物やワイングラスなどの静物モチーフの精緻な描写は、よく知られている。

 しかし、これらは瑞々しく美味しそうなだけではない。<果物籠>を見ても、枯れかかったり、虫食いの跡のある葉が目につく。

 これらは、それまでの常識から云えば描かないのが普通だった。

 だが、カラヴァッジョは敢えて描いた。他にも、彼の作品は、当時の美術における「常識」を覆すような要素に満ちている。

 何故、そんなことができたのか。

 何故、こんなにもモチーフの一つ一つを、手に取れそうなほどリアルに描けるのか。

 その答えは、やはり、彼が修行したミラノにあると言えよう。

天才レオナルド・ダ・ヴィンチがミラノに残した置き土産

 ミラノには、カラヴァッジョが生まれる100年近く前、ルネサンスを代表する天才が滞在していた。

 そう、レオナルド・ダ・ヴィンチである。

 サンタ・マリア・デッレ・グラーツィエ聖堂のために描いた<最後の晩餐>は、今でも名高い。

 しかし、それは彼がミラノに残した物のほんの一部に過ぎない。

 「自然に学ぶ」ことを重視していたレオナルドは、自然の動植物を徹底的に観察し、その成果を膨大な量の素描として、描きとどめていたのである。

レオナルド・ダ・ヴィンチ、<ベツレヘムの星>(Wikipedia)


 その手法や素描は、ミラノを含むロンバルディア地方の画家たちによって受け継がれ、同地の美術の礎として、新たな作品の土壌となった。

 アルチンボルドとレオナルド、そしてカラヴァッジョ

 16世紀にミラノで生まれ、ハプスブルク家の宮廷画家として活躍したアルチンボルド(1526~1593)も、レオナルドの影響を色濃く受け継いだ一人だった。

 精緻な自然モチーフの描写は、彼の代名詞となる「寄せ絵」を構成する重要な要素となっている。

 1587年に故郷ミラノに帰ってからも、不思議な人物像をいくつも手掛けている。

 アルチンボルド、<庭師>、1587~90年、クレモナ市立美術館

 たとえばこの<庭師>は、一見すると、黒いヘルメットをかぶったふくよかな男性の肖像だが、上下を反転させれば、この通り、かぶや玉ねぎ、にんじんなどをぎっしりと詰め込んだボウルへと変わってしまう。

 一つ一つは、どっしりと重く、手を伸ばせば掴むことも、かじりつくこともできるのではないだろうか。…ドレッシングが欲しくなってくる。

 まさに肖像画であり、静物画であるともいえる。

 この絵が描かれた頃、ミラノにはカラヴァッジョもいた。修行中だった彼が、同じ都市内に住むアルチンボルドや彼の不思議な作品について、全く知らなかった、とは言い切れないのではないか。

 ミラノから、着のみ着のままで一人はるばるローマにやってきたカラヴァッジョ。

 彼が「花と果物を描く画家」として仕事を得、そして初期の傑作を生む礎になった自然モチーフの描写力。その源をたどって行けば、何とも意外な人たちが姿を現した。

 今年8月から、カラヴァッジョ展が日本にやってくることを思うと、改めて彼を追いかけてみたくなってきた。

 色々な切り口から、この「天才」を書き、向き合ってみたいと思っている。

カラヴァッジョ、<リュートを弾く少年>、1600年頃、エルミタージュ美術館

参考

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ(Wikipedia)

ジュゼッペ・アルチンボルド(Wikipedia)

奇想の画家・アルチンボルド。その生涯と「寄せ絵」に隠されたメッセージを読み解く(ウェブ版美術手帖)


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