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ジョン・コンスタブル〈乾草車〉メモ

第三者からすれば、何でもないものでも、本人にとっては、愛着のある、慕わしい存在である、という話はよく聞く。

ジョン・コンスタブルの描く風景も、その類だったと言えよう。
彼が取り上げたのは、生まれ育ったサフォーク州の田舎をはじめ、彼自身にとって思い入れのある場所がほとんどだ。
そこには、歴史を感じさせる廃墟や、峻厳な山など、「ロマン」を感じさせる要素は見当たらない。
1821年に描かれた〈乾草車〉は、そんな彼の特徴が最もよく現れた作品と言えよう。

舞台は、サフォーク州とエセックス州、二つの州の間を流れるスタウア川。
川を挟んで左がサフォーク、右がエセックスになる。
実はこの場所は、コンスタブルの父が所有していたフラットフォード製粉所の近くにあたる。
幼い頃のコンスタブルにとっては、恰好の遊び場だっただろう。
浅瀬に、乾草を積んだ馬車が乗り入れているのも、幾度となく見慣れたものだったのではないか。
(これは、水で馬の脚や車輪を冷やしている、という説がある)
のどかで、ゆっくりとした時間が流れる田園の一情景。
コンスタブルは、この景色を、特別美化したり、何か付け足すこともなく、ただ丹念に描き出すだけで良かった。それで十分だった。
彼の思いは筆の動きに、絵具に宿り、絵に「命」を吹き込んだのだ。

この〈乾草車〉は、イギリスで発表した当時は評価を得られなかった。
その魅力を見いだしたのは、海の向こう、フランスの画家たちだった。
1826年にサロン・ド・パリに展示された時には、国王から金メダルを授与される、という栄誉に浴し、ドラクロワら、ロマン主義の画家たちに強い影響を与えた。(このあたりは、詳しく調べたい)
その後、コレクターの手に渡り、1886年には、ロンドン・ナショナル・ギャラリーに寄贈。
今や、「コンスタブルの最も有名な作品」「最も偉大で人気のあるイギリス絵画」と言われる。

ターナー作品が「ロマン」を掻き立ててくれるなら、コンスタブル作品が呼び起こすのは、「ノスタルジー」だろうか。

(実は数年前、ロンドン・ナショナル・ギャラリーに行ったのだが、見そびれてしまった絵の一つが、これ。1日でやはり見きれる規模の美術館ではなかった・・・)

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