徒然日記~『八重の桜』
今更ながら、『八重の桜』にはまりそうだ。
今、ノベライズ版『八重の桜(一)』を読んでいるのだが、ストーリーにどんどん引き込まれていく。
大河ドラマの放送当時、ほとんど見ていなかったのが悔やまれる。が、見方を変えれば、当時は私にとっては「出会うべき時期」ではなかったとも言えるだろうか。
今年8月、NHKで、大河ドラマの穴埋めとして放送されていた『麒麟が来るまでお待ちください』で、『八重の桜』が取り上げられている回をちらりと見たのが最初。
次に、『月刊ドラマ』で過去に『八重の桜』の冒頭2話分のシナリオが掲載されていたと知り、図書館で予約し、取り寄せた。
シナリオは、現在進行形で書き写している。
濁音の多い台詞に戸惑いながら、頭の中でシーンを想像してみることもある。
どんな風に演じられているのか、と。
そして「見てみたい」という思いが募るも、最後まで追いかけられるのか、と戸惑う自分もいる。
せめて先のストーリーだけでも頭に入れておけば、何とかなるのでは?
と、ノベライズ版を読み始めたのが二日前。
読んでいて思うのは、主人公の八重をはじめ、兄の覚馬はじめ周りの人々、藩主の松平容保も、家老も、そして同世代の若者たちも、皆自分の道を必死で探っている―――その「一生懸命さ」に心惹かれる。
先祖から伝えられた「幕府への「忠」の教えを盾に、京都守護職という貧乏くじを押し付けられる容保。(このくだり、うまいこと押し付ける春嶽さんが嫌らしいから、映像で見るのが楽しみ)
今からでも遅くはないから、と職から降りるよう家老の西郷頼母が京に上って説得するも、容保の怒りを買ってしまう。
それにしても容保さん、ちょっと気張り過ぎやしませんか?
とも思うが、その根っこには「養子」であること―――「会津藩主ではあるが、実際は会津の血を引いていない」故のコンプレックスがある。
江戸屋敷で生まれ育ち、12歳で養子になり、16歳で初めて「お国入り」。
それまでは会津の土を踏んだことも、気風に間近に触れたこともなかった。
「養子」というコンプレックスに縛られている、という点は、八重の父親とも重なってくる。
「同じコミュニティに属していながらも、他(マジョリティ)とは違う部分がある」
外から見れば、「何でそんなことにこだわってるの」と思う人もいるかもしれない。
が、どうしても、溶け合えない部分が、越えられない壁がある、ということは、本人にとっては消えないしこりとなって、何かにつけて意識せずにはいられない。
「正規の社員じゃない」とか、「カウンター業務が得意な人間じゃない」とか。
コンプレックスの存在は、努力で補おう、とする原動力になることもある。
しかし、とらわれ過ぎれば、いつか陥穽にはまってしまう。自分で自分の首をしめることにもつながりかねない。
史実でこの後、どうなるか一応わかってはいるが、殿様のこれから先が気になる。
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