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物語からはじまるショートショート〜第十一回『お話をはこんだ馬』より〜

あなたに手紙を書くのは、ずいぶん久しぶりのような気がします。桜も新緑もすぎ、気づけばもう、金木犀の季節さえ過ぎようとしています。
そのあいだに、あなたにはどんなことがあったのでしょう。何を見て、どんな遊びをしましたか。どんな料理をしましたか。いつだったか、得意そうに見せてくれた刺繍は、いまでも続いていますか。変わらぬあなたに会えたらうれしい。けれど、変わったあなたというのもなんだか面白そうです。

わたしはといえば、家にいそいそとためこんでいた本を、とうとう街の人たちに売りはじめることにしました。そう、本屋になってしまったんですよ、わたし! ねえ、びっくりしたでしょう。あなたが冗談で、「そんなに山のように本があるなら、本屋にでもなって売ってしまいなさいよ」なんて言っていたのが、ついに本当になっちゃったというわけ。

思い出してみると、あなたとそんな話をしたのは、ふたりで本屋を訪ねたときでした。昔からあるらしいその店で、私たちは『お話をはこんだ馬』に出合ったのでしたね。ふたりして、ずっと探し回っていた本をやっと見つけてうれしくて、レジまで走るように買いに行ったっけ。でも、一冊しかなかったの。だから、半分ずつお金を出して、近くの喫茶に飛びこんで、かわりばんこに読んだのでしたね。覚えている?
あのころ、ふたりでよく本屋に通っていた日々のこと、思い出すとなつかしいですね。学生だったか、働いてすぐだったか、、、。ちょっと話が盛り上がると、すぐ声が大きくなって、お店の人に叱られるくらい、元気いっぱいだったころ。あのころは、手紙もいらないくらい近くにいたのに、しょっちゅう文通していましたね。

そうそう、かわりばんこに本を読み終えて、もうすっかり冷めたコーヒーを飲みながら、あれはこう、これはこう、としゃべっていました。ふたりして気に入ってしまった「お話の名手ナフタリと愛馬スウスの物語」のお話でもちきりでしたね。

それは、お話を聞くのが大好きな少年ナフタリが、行商にきた本屋のおじさんにあこがれ、やがては自分も馬に乗り、あちこちをかけめぐる本屋になる話。
ナフタリは本を売るだけではなく、自分のもっているお話を、いろんな人に聞かせて回るようになるのでしたね。そんなナフタリの姿に感銘をうけたお金持ちのレブ・ファリクという人が、ナフタリのお話を本にできるよう助けてくれ、おまけに住む場所まであたえてくれたのです。

わたしは例のごとく、本の話になるとつい、口が止まらなくなって。勢いよくしゃべってはっとしたところに、あなたが笑いながら言ったのでした。
「夢中で本読んで、たくさんの本買いこんで。そんなに山のような本に囲まれているなら、いつか店でもやんなさいよ。この話のナフタリみたいに、馬車でかけまわって。そしたら私、遠くに住むことになってもさみしくないわね」って。
そのときは、あなたとこんなに離れて暮らすことも、わたしが店なんか持つ日が来ることも、思いもしませんでした。

今の私には、まだまだ馬車であなたのところに行く力はありません。だって、本屋の仕事は、見かけよりもずっと大変なんだから!毎日が、重い箱と、すぐたまるほこりとの戦い。きれいに修理しなけりゃ売り物にもならないから、ふいたり、とれないしみと格闘したり。目も疲れるし、肩にも腰にもこたえるんです。でもね、へとへとになって、ときどきぼんやり、自分の本の森を眺めていると、はっとすることがあります。
ここに書かれている物語のひとつひとつが、宇宙の根っこのようなものとつながっていて、それがあなたのところにまで結びついているのかも、なんて。

だからね、いつか、親切なお金持ちのレブ・ファリクが、ナフタリを呼び寄せてくれたように、あなたが私を迎えてくれる日が来てもいいよう、とっておきの相方の馬を探しておきます。だからそれまで、待っているのよ。…なーんてね。

それでは、最後にあの話の、お気に入りの一節をそえて。

「きょう、わしたちは生きている、しかしあしたになったら、きょうという日は物語に変わる。世界ぜんたいが、人間の生活のすべてが、ひとつの長い物語なのさ」

またあなたに会える日を、楽しみにしています。


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※『お話をはこんだ馬』I・B・シンガー/作 工藤幸雄/訳 岩波書店刊

この連載では、皆さんもお手に取ったことのあるような、既存の「物語」をもとに、新たな超短編小説(ショートショート)を作り出していきます。次回の更新は、12月20日水曜日の予定です。お楽しみに。


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