一滴のやさしさと一粒の涙
あれは、私が初めてミュージカルの舞台に出演したあと、後片付けを終え、劇団員さんのご実家にお邪魔した時のこと。
そこはとってもおしゃれなお家。
なんとパパさんが建築士で、ご自分で設計されたお家とのこと。
暖炉や鏡に大きなテーブル。
どこからともなく漂うお花の香り。
まるでおとぎ話の世界へ迷い込んだようだった。
お料理上手なママさんとパパさんがお食事を作って下さり、集まった劇団員や出演者でごちそうになった。
お食事も終え、一段落ついた頃。
大きなテーブルには食後のデザートと紅茶が並べられた。
紅茶のいい香りに幸せな気持ちになっていたら、
ママさんが、
「〇〇ちゃんは、オレンジがいい?レモンにする?」
と話しかけてくれた。
どうやら紅茶に一滴のエッセンスをたらすよう。
「オレンジにします」
というと、
「そう。オレンジは気持ちが明るくなっていいわね。おつかれでしょうからリフレッシュしてね。」
と、オレンジを一滴たらしてくれた。
すると、
ふわあ〜と上品な香りが漂った。
そしたらなんだか、急に涙が込み上げてきて、気づいたらぽとりと頬をつたっていた。
私はびっくりして頬に手を当てた。
それは、悲しい涙じゃない。
嬉しい涙だった。
とっても、嬉しかったんだ。
初めて会ったばかりなのに、私のことを気にかけてくれ、いたわってくれた。
そんなママさんの存在が、
疲れ果てていた私の心に染み入った。
人生で初めてのミュージカル。
大きな舞台。
歌も踊りも初めて。
そんな私が、一生懸命頑張って、
たくさん練習して、
ステージに立った。
そして無事に終わった。
安堵とともに、どっと疲れが押し寄せてきていてもおかしくなかった。
そんな私にとって、何気ないひとことが、
これ以上ないくらいありがたかった。
オレンジの香りをまとった紅茶は、
今まで飲んだどんな紅茶より、
愛に溢れていて、
私の心と体を優しく包み込んでくれた。
いつか私も、
そんな素敵な紅茶を、
大切な人に捧げたい。
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