秋がきた

私の人生のなかで、かけがえのない出会いだった方々が、この数年のあいだに次々に逝去された。
なかには40代、50代でのお別れもあって、いまでも心が凍ったようになっていてうまく向き合うことが出来ない。
別れを経験することが増える年齢になった。秋になるととても辛い。

でもまだまだ、元気を出してやっていかなくちゃ。


なかでも心が大きく揺れるのが、国労八王子の横森利幸さん(写真右)や、社民党八王子の植松敏夫さんとのお別れ。



横森さんにせよ、植松さんにせよ、ヒューマニストの先輩方が教えてくれたことはみんな同じだ。
それは、「弱さを力に手をつなぐ」ということだ。社会のなかで弱い立場にある者同士が団結して手をつなぐ、ということだけではない。人間が、自分自身の弱さや不甲斐なさを見つめて抱きしめること。

トラウマや、抑圧された苦しみや、誰かへの怒りや憎しみ、それらに基づく自分自身の攻撃性や不適応ーー。そういうものから目を背けないで、「ああ、自分は情けない、弱い存在だ」と知ること。「みっともないや」と認めること。
自分の弱さを知ってこそ、他者のなかで毎日少しずつ成長していけること。

弱くてもいい、弱いことが人間らしさだ、ということを私は教わった。
その弱さを、誰かを傷つけるために用いるのではなくて、誰かの苦しみに思いを馳せたり、寄り添ったり、抱きしめるために使おう、ということ。

誰かに優越しようとするとか、マウントを取るとか、見下すとか、罵倒するとかーー、そういう逃避の誘惑には乗らずに、「弱くていい」と自分を肯定することが肝心だ。

ああ、自分は弱くて情けない、恥ずかしい、ちっぽけだ、だから助けを借りてやって行こう、そしていつかは自分も誰かの助けになろう、そういう自分を大事にしてやろう、私はそう思って生きて行きたい。

先輩たちがその人生をもって教えてくれたことを、何度も思い出して噛み締める秋。

泣きたい気持ちの秋。

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