或る芸術家の話

昔々、或る國には或る芸術家がありました。
新しく創った曲は瞬く間に國全体で人気になり、描いた絵は途轍もない高値で取り引きされました。
戯曲を書けば上演する劇場の前から人がいなくなることは無く、書いた本も気付いた時には國民全員に行き渡っていた程でした。

或る時、彼は政治家になりました。「光り輝く藝術の國を創りたい」と公約を掲げて。
最初こそ反対する者もありましたが、次第に支持を伸ばしていき、遂に大統領になりました。
彼は公約通り、学校から藝術以外の授業をなくしました。藝術に関わらない仕事も総てなくしました。
誰も反対しませんでした。

或る時から、彼は宗教指導者を名告るようになりました。「藝術とは生きることだ」譫言のように大統領演説で繰り返しました。
誰も彼を非難することはありませんでした。

次第に彼は藝術の才能のない者を迫害し、強制収容するようになりました。収容された人々は、二度と帰ってくることはありませんでした。
帰ってこない彼らのことを想う人は一人もいませんでした。

今や藝術はその國の総てでした。才能のない者には生きる権利さえありませんでした。

或る日突然彼は亡くなりました。葬送の列は彼の家の前を、三日三晩跡切れる事なく通っていきました。
彼は銅像になりました。毎日花が手向けられ、手を合わせる人は尽きる事を知りませんでした。

彼が亡くなってから、人々はより藝術を崇拝するようになりました。藝術に少しでも疑問を持った者や藝術以外の事に取り組んだ者は、近隣の住人に表へ引き摺り出され、数多の市民から死ぬまで袋叩きにされました。
新しい芸術を作ろうと言い出した芸術家達がいました。彼らは全員、市民の手によって一週間もしないうちに晒し首になりました。
宗教から目を覚ませと言った元科学者達もいました。彼らは全員、市民の手によって一週間もしないうちに磔になりました。

その國は、或る日突然滅びてしまいました。

これは昔々、遠い昔のお話です。

執筆のおやつ代です。