あなたに最高の終末を

ある日曜日の昼下がり、彼女とソファーで何気なく見ていた昼のニュースが終わり穏やかな街ブラ番組が中盤に差し掛かろうというところだった。「人類の滅亡は不可避 首相官邸」と書かれたニュース速報のテロップが画面最上部に流れ、蔵が立ち並ぶ古い町並みは無機質なニュースセンターの画像に切り替わった。伝えられたのは明日の夜に地球は生命の生存には適さない環境になるであろうこと、変化は23時から10分程度で終わることだった。不安もあるし人類滅亡までにやらなければならないことは多くあるが、今までに妄想していた様々な滅亡へのカウントダウンと比べても変化は劇的だが苦しむ時間の極めて短い穏やかなものに思えた。
「ねえ、これって明日世界が終わるってことだよね?何しよう?」隣の彼女が古典的な問いを持ちだした。『もしも明日、世界が終わるとしたら何をする?』呑気なものだ、と思ったが、どんなに心配したって必ず空は落ちてくるのだ。皮肉な話だが杞憂というわけだ。
「そうだな・・・好きな映画を徹夜でもう一度見直して、明日の仕事はサボって、昼からお酒を飲みまくって寝る。そうすれば地球が滅びる瞬間は寝ていて気付かないから苦しくもないだろうな」
「へえ、私はむしろ最後の瞬間は見ていたいかも。人間が産まれたり死んだりするのは生きてれば何度でもあるし歴史上繰り返されてきたけど、人類が滅びるのを見届けられるのは本当に私たちだけなわけじゃない。それをせっかくだし一緒に、と思ったけど付き合ってくれないならいいわ、友達にでも連絡する。いい終末を。」
そういうと彼女は荷物を持ってそのまま帰ってしまった。人類滅亡当日を過ごす相手にはなれなかったわけだ。どおりで倦怠期になるはずだ、冷め切っていたのかもともとの性格の不一致か、こうなってしまってはもうどうしようもない。
そこでふと気づいた。僕が終末を一緒に過ごしたいと思う家族親戚友人恋人が、必ずしも僕を選んでくれるわけではないのだ。そして相手が終末を一緒に過ごしたいと願ったからといって、僕が過ごしたくないと突っぱねてしまえば同じなのだ。スマホを見れば案の定、ストーカー行為で接見禁止になった元カノからの連絡がひっきりなしに来ていた。こうなったら法もくそもないということか。最悪だ。もしかしたら一人よりはましだろうか、まずは親にあいさつの電話でもするか。
「もしもしお母さん?」
「あら、久しぶりじゃない。そうえいばずっと言いたかったのよ、この際だから言っちゃうわね。どうして地元の国立大学じゃなくて東京の大したことない私立に行っちゃったのよ、そのまま戻ってこないし。それまであんたが地元で一番だったから自慢の息子だったのに、30にもなってよく知らないなんだっけ、インターネットって言ったっけ?の会社の課長でしょ?しょうもない。だから結婚もできないのよ。あんたの同級生なんて2人目の子供がいる子ばっかりよ?」
返事をする気もなくなった僕は電話を切った。そういえば地元のこういうところが嫌いで進学を言い訳に家を出てきたんだった。人類最後の日ぐらい親に最後の挨拶ぐらいするべきかと思った僕がセンチメンタルすぎただけだったのだろうか。彼女も母親も容赦ない。正直この調子の世の中で残り丸々一日生きていかなければならないと思うと非常に憂鬱だった。
予定通り映画でも見るか、と思い大画面のテレビでサブスクリプションサービスのホーム画面を開く。なんだか動きがもっさりしているが気のせいだろう。お気に入りの映画がローディング画面から変化しないのでSNSを覗く。どうせ終末が来るなら無料期間で十分だろう、といった投稿が目の前を流れていった。なるほど、コバンザメユーザーの激増によって通信が遅くなったというわけか。
何度目かのローディング画面にしかめっ面をした瞬間、部屋のすべての電気が消えた。もちろん目の前のテレビも真っ暗になり、渋い表情の自分が映った。まだ午後三時、滅亡の時間まではまだ優に一日はある。予測が早まったかと思ったが、スマホを見れば自動で非常用基地局が動いたようで今のところ通信は維持されている。どうやら停電したのは付近の一ブロックぐらいのもので、中学生が思い付きで切り倒した公園の木が電線に当たって切れたのが原因のようだ。修理を依頼しようと電力会社に電話をかけるも十五分経っても待機音だけが流れている。みんながみんな仕事をサボっているという訳か、自分だって明日の仕事をサボろうとしたんだ、お互いさまといえばお互い様か。
そういえばさっきから物が燃えるにおいがする。地元ならこの時期は野焼きをしていたなあ、と懐かしくなった。何を植える畑だろうか。この近くにも野焼きができる畑があったとは知らなかった。母親との電話で失ったはずの郷愁が戻ってきたので最期にもう一度地元に踏み入れようと思い立ち、スーツケースを準備しかけてやめた。どうせ戻ってくることも宿泊することもないんだ。最低限の身分証と金だけ持って出かけようと部屋のドアを開けた。
目の前に広がるのはグレーの煙だった。火災報知機が鳴らなかったのは日ごろの点検の不備だろうが、誰も通報しなかったのだろうか。それとも通報した先の消防本部が仕事をしていないのだろうか。
大きくむせ返った男はその場に倒れこんだ。人類は生物として滅びる前に社会が先に滅びてしまうのか、そしてその社会の滅亡さえ見られずに自分は死ぬのか、と思うと不思議な気分だった。

執筆のおやつ代です。