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【日々のエッセイ】2019年の振り返り

年が明ける前に、2019年の振り返りの記事でも書こうと思っていたけれど気付けば大晦日。

年末の忙しさは目を見張るほどで、今日も会社で仕事をしてきた。例年、仕事納めや忘年会の次の日もまだ仕事をしている。働かなければ暮らしていけないのでこのあたりはやむを得ないと割り切っている。代わりに平日を休めることも多いので、良し悪し。

毎年、12月にはモレスキンの手帳を買っている。
手帳は横罫線が入っているだけのシンプルなものが良い。ハードカバーで書きやすいものが良い。なので買うのはモレスキンの手帳。

まあ、本当は「あのヘミングウェイやゴッホも使った(ノートを再現した)品」という宣伝に惹かれてミーハー根性丸出しで買い始めたのだけど。使い続けると愛着が湧くので、もう10年くらいは毎年モレスキンの手帳を買っている。毎年、出先で思ったことや感じたことを雑多にノートに書いている。

一年を振り返る暇もなくいよいよ大晦日になってしまったので、せめて手帳だけは見返した。何を書いただろうかと読み返してみると、やっぱり今年も一年色々なことに悩んでいた。仕事のこととか生き方のこととか。

4月あたりで手帳への記述が極端に減るようになったのは、たぶんnoteを始めたからだと思う。
昔の写真を見返していたら秋田の寒風山の写真を見つけて、感動するような絶景だったのを思い出して、どうせならnoteに載せようと思ったのが始まりだった。

昔のことを思い返しながら旅をした場所の写真を載せていくのは面白くて、毎日書いていたらもう旅先のネタもなくなってしまったけれど、日常の些細なことや、新しく始めた趣味の山歩きを書き続けていたら続けられた。

手帳に、山歩きにハマったばかりの9月の心境が書いてあった。

「歩いていると、何の意味があってこんなことをしているのかわからなくなる。好き好んで疲れようとする意味がわからない。道が正しいのかもわからない。自分はひとりで辛いのに周りのみんなは楽しそうで、後から来る人に次々追い抜かれて行く。森の中の景色は歩いても変わらない。木々の切れ間に見えるのは曇り空。たぶん山頂に辿り着いても絶景は見えない。何の為にこんなことをしているんだっけ? 山頂に辿り着いても何もないのだとしたら登る意味はあるのだろうか。まったく意味がわからないのに今さら戻ることも出来ない。辿り着いた山頂は曇りでキレイな景色は何も見えない。それなのに達成感がある。降りる頃には楽しくて、また挑もうなんて考えている。なんだか人生に似ているように思う」

山に登り始めた頃の感想はまったく正しくて、今ではすっかり病みつきになっている。そんな風に悩んだり新しいことを始めて楽しくなったり、こうして一年、また一年と過ぎて行くんだろうな。

色々とあったけれど、今年は良い一年だった。
来年もまた色々と悩むだろうけれど、また来年の終わりには「良い年だった」と感じられますように。

写真は、noteを始めるきっかけになった寒風山の写真。いま思えばこれも、車で上がったとはいえ山の上から眺めた景色だった。

来年はたくさん山に登って、またたくさんの写真をnoteに載せたい。


それでは皆さん、良いお年を!

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また新しい山に登ります。