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大人になってから歯の矯正をしようと決めたはいいものの③


前回の歯医者で
「何か食べない方がいいものありますか」
と尋ねるとグリーン先生が言った。

「とんかつ系」

とんかつ系とは。
斬新なジャンル分けに戸惑いつつ、
とりあえず私はとんかつ系を避けて生活した。

そして先日、そろそろいいだろうと
エビカツのサンドイッチを購入。
噛む。もぐもぐ。
うん、大丈夫そうだ。





上の歯に矯正器具を装着するという
恐怖体験をしてから約1ヶ月が経った。


装着後も色々と大変な思いはしたものの、
今はとんかつ系も咀嚼できるほどに
回復している。ありがたや、健康な歯。


たしかに最初の2週間は苦労した。


まず、ごはんがまともに食べられない。

口に入れた食べ物たちは、矯正器具のスキマに
住み込みを始めようとするし、米粒たちは
抜いた歯のくぼみに居座ろうとするのだ。

口内はまさにカオスである。


一方、歯たちといえば
ワイヤーの圧力に屈して
歯としての役割を放棄してくる。

咀嚼がままならぬ。

仕方がないので
抜歯してから1週間はほとんど丸呑みのような
食事スタイルでどうにか生き延びた。



それから、
とにかく歯が痛む。

ワイヤーが歯を内側に押していて、
西遊記の孫悟空的痛みを与えてくるのだ。
三蔵法師に助けを請いたい気分だ。


グリーン先生に痛み止めをもらったので
いざという時は奥の手を召喚することが
できるのだが、矯正器具ときたら
薬を飲むほどではないがじんわり痛い
くらいのレベルで私を攻撃してくる。
なんてタチの悪いやつだ。

「果たしてこの矯正器具と2年も3年も
うまいことやっていけるのか…」
私は不安で仕方がなくなった。

ハァ、矯正とはこんなにも辛いものなのか。
矯正を経験した全世界の人間を
心から尊敬。

だが、そんなことを考えていたのも
ほんの数日。徐々に痛みは引いていき
2週間後にはすっかり元通りになっていた。

慣れとは時に恐ろしくも大変便利なものである。

いまやブツブツの違和感もない。
もはや矯正器具をつけているということを
忘れるほどだ。

こうして気の抜けた私は
すっかり忘れていたのだ。

下の歯も抜かなくてはいけないという事実を…!

予約日の2〜3日前から急に不安が押し寄せる。
初回は怖いもの知らず精神で挑めたが、
その心も見事に打ち砕かれたので
今回は行く前から憂鬱だ。

そして追い討ちをかけるように
ある噂を聞いてしまった。

私の通う歯医者、
グリーン先生しか勤務していないかと思いきや、
なんとおじいちゃん先生も存在するらしい。
グリーン先生のお父さんだ。

グリーンパパに治療してもらった人によれば
「もうリタイアした方がよろしいのでは」
という仕上がりなのだという。不安倍増。

こんなところで歯医者ガチャ
引かなくてはいけないとは…。

頼むからグリーンJr.よ、来てくれ
と心の内で必死に願う。

「はい、こんにちは〜」
息子登場。
助かった…。私は胸を撫で下ろす。

いよいよ治療開始。
「今日歯ブラシは持って来ましたか?」
早速忘れ物発覚。

鳥アタマの私だから
1ヶ月前に言われたことなど
覚えているはずもない。

小声で言い訳しておいた。

「前回、唇保護のリップを塗りましたが
今回もつけますか?」とグリーン先生。
念の為に今回もお願いする。

すると続けてグリーン先生、
「前つけたのと、ココア味のとどっちにしますか?」

なんと初めて選択肢が与えられた。
この歯医者のシルバー会員にでも昇格したのだろうか。

ココア味の方は明らかに子供用なのだが
恥じらいという機能が正常に作動していない私は
堂々と「ココア味で」と回答。

カカオの香りが漂って
不安がわずかに解消される。

矯正の手順は前回と同じであった。

まずはブツブツを装着されて、
それから2本の歯が抜かれる。

この2本の抜歯が鬼門だ。
前回はここのステージであまりにも時間がかかり
体力ゲージを全て失ったのだ。

緊張のあまり、心臓の音が
ダイレクトに聞こえる。
そのことがさらに私を緊張させる。

まずは1本目。



3秒で抜けた。



ん?
いや、まだ油断はできない。続いて2本目。



3秒で抜けた。



私の気苦労はいったい。

本日の治療終了。

「下の歯を抜いているため
よだれが垂れやすいので気をつけてください」
との忠告を受けて帰宅。

思ったより簡単に終わって一安心した。

夜ごはんの準備をする。
前回の教訓をもとに、
歯を全く使わないメニューを用意。

下唇の麻酔が切れていないせいで
存分に口からこぼしながら
夕飯を食していると、
ふとあることを思い出す。

そうだ私は、
抜ける下の歯に対して
なんのお別れの言葉もかけなかった。

上の歯のときはあんなに
悲しんで別れを惜しんだというのに…!

あぁ、無情。とうとう私は
人間の感情を失ってしまったようだ。

慣れとはやはり恐ろしいものだと
改めて感じながら、洞窟のように穴の開いた
自分の歯並びを見つめた。

今回は痛くなりませんように…。

お星様とグリーン先生に願って眠りにつく。
明日からどうなることやら。


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