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小説「水際の日常。」

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人の多すぎる都会は怖い、でも寂しくならない程度に人の気配があって、海に面した土地がいい…。 なんのゆかりもない過疎の港町に引っ越してきたアラフォー子なしバツイチのあたし。人口を1…
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2023年4月の記事一覧

小説| 水際の日常。#7 - 女友達が夫婦関係に波風立てに来た。

小説| 水際の日常。#7 - 女友達が夫婦関係に波風立てに来た。

■古い友達がうちに来た

 智之との結婚生活は、凪状態で今後も続いていくのだろうと思っていた。
 事務のパートは契約更新のタイミングで辞めてしまった。
 親から引き継いだ建設会社の設計部門を任されている智之には充分な稼ぎがあるので、妻のあたしが働かなくてもなんの支障もなかった。でも、このまま家にいたら腐ってしまいそうだった。じゃあ、外に出よう。やっぱり働こうと思い立った。お金のためじゃなく、アイデ

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小説| 水際の日常。#6 - あたしの明るい家族計画。

小説| 水際の日常。#6 - あたしの明るい家族計画。

■何度中に出されても、妊娠しない世界線があるなんて

 智之は人の感情に鈍感なところがあった。おおらかといったほうが良いかも知れない。そこが長所で、だからきっと友達も多いのだろう。どんなにトゲのある言葉を智之にぶつけても、キレたり感情的になった姿を見たことがない。あまり余計な気を遣わなくていいから楽ではあった。そんな調子で、智之とのセックスも、今日は良い波に乗れた、乗れなかったくらいの、気負わず生

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小説| 水際の日常。#5 - 縁もゆかりもない町に、独り暮らすのは。

小説| 水際の日常。#5 - 縁もゆかりもない町に、独り暮らすのは。

■みんなの昼職、あたしの過去

「空ちゃんってどこに住んでるの?」
 ひめ乃の尋問は続く。
「尼名です」
「えっ!車で一時間はかかるでしょ?わざわざこっちまで出稼ぎ、大変だ。あっ、じゃあ今日は飲めない?」
 交通の便が悪く車移動が当たり前な地域のため、あたしも含めノンアルコールで接客するコンパニオンは珍しくないが、歓迎はされない。「あたし今日は運転しないんでガンガン飲めますよ、チームワークでがん

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小説| 水際の日常。#4 - あたしたちは、鵜飼の鵜のようにお座敷に放たれる。

小説| 水際の日常。#4 - あたしたちは、鵜飼の鵜のようにお座敷に放たれる。

■お洋服出勤の日はなるべく高見えするよう気を遣うのです

 普段、ノーメイクに髪はうしろひとつ縛りでダボっとしたオーバーオールばかり着ているあたしでも、洋服出勤のお仕事が入った日は髪をアイロンでゆるい縦巻きにするし、控えめボリュームのつけまつ毛、唇がぷるんとするベージュのリップグロス、耳元でキラキラ揺れる長めのチェーンピアス、強過ぎないふんわり甘めの香水、清潔感のある短めピンクネイル、化繊だがシル

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小説| 水際の日常。#3 - ママの見立てるお着物があたしの商品価値を引き上げてくれる。

小説| 水際の日常。#3 - ママの見立てるお着物があたしの商品価値を引き上げてくれる。

■ママに和髪を結ってもらう時間、なかなか尊い

 季節的に未通電の、小豆色の薄布団が掛けっぱなしの掘りごたつに下半身を潜り込ませ、ママに髪のセットをしてもらう間、当番のコンパニオンたちの小腹が空かないようにとママが用意しておいてくれたおにぎりや唐揚げやペットボトルのお茶をあたしもご馳走になる。近所のコンビニで買ってきた出来合いのものだが、あたしの好きなおにぎりの具を覚えていて、前回の時と被らないよ

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小説| 水際の日常。#2 - 酌婦にピンサロのサービス求めるべからず。

小説| 水際の日常。#2 - 酌婦にピンサロのサービス求めるべからず。

■ ハードすぎて誰も行きたがらないお座敷へGO

 かれんと空の出勤のおかげで、置屋「みね岸」が「K区消防団慰労会」に合わせて手配した派遣コンパニオンの平均年齢が普段よりもだいぶ下がったので、亜哉子ママはホッとしたようだった。
「なるべく若い子を揃えて欲しい」と幹事からオーダーが入ったらしく、それはつまり、四十近くになって新人のあたしや、ママの片腕でベテランのひめ乃にとっては今日の仕事が普段よりも

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小説| 水際の日常。#1 - 小豆モチ、おんな道、始めます!

小説| 水際の日常。#1 - 小豆モチ、おんな道、始めます!

●あらすじ

人の多すぎる都会は怖い、でも寂しくならない程度に人の気配があって、海に面した土地がいい…。
なんのゆかりもない過疎の港町に引っ越してきたアラフォー子なしバツイチのあたし。人口を1人でも増やしたい行政は移住者のあたしにウェルカムモードだったが、実際、女がこの地で身一つで生きるためには職や治安などのハードな現実と向き合う必要があった。昼職だけでは食べていけず、日銭を稼ぐために初めて足を踏

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