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おすすめ断髪小説(自分の以外)

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#小説

アナザー・サマー

アナザー・サマー

「あー、だるいだるい」
 上原瑞希は無数の蝉が大合唱を繰り返す遊歩道を歩いていた。その言葉とは裏腹に瑞希の足取りは心なしか軽やかだ。普通の学校であればすでに夏休みに入っているので、暑い中わざわざこんなところを歩く必要はないはずだ。
「ちぇ! たかだか赤三つぐらいで補講なんて……うちの学校もけち臭いんだよなあ」
 しごく納得である。
 ――バサリ
 膝あたりまで届く真っ直ぐな黒髪をうるさそうにかき上

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黒髪儀礼秘話             ー第三話 L女子中学入学前夜ー

黒髪儀礼秘話             ー第三話 L女子中学入学前夜ー

  ー一ー

 あれほど降った雪はどこへ消えてしまったのだろう……
 佳奈は通学路にすっかりと泥にまみれ小さくなった雪の固まりを見て小さく首をかしげた。
 ついこの前までは天気予報のおじさんがいかにも心配げな顔で「今年は例年にない大雪で……」という言葉をあんなに繰り返していたのに、今では明るい表情で「各地の桜の見頃」を予想している。
 そういえば小学校に通うのもあと一ヶ月足らずだっけ……。裕子ちゃ

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初めての家庭散髪

初めての家庭散髪

 10回目の結婚記念日まであと一週間足らず。結婚記念日にはお互いに欲しいものやして欲しいことを頼める唯一の日だ。
 お互い無茶な頼みごとでない限りは相手の頼みを聞くのが大原則だ。だがここ五年陽一の頼みは門前払いとなり、その都度ネクタイやシャツなどに替えられた。
 今日こそ言おう! 今日こそ……
 村中陽一は帰途の間その言葉を何度も心の中で呟く。
 陽一長年の夢――それは妻の髪を一度でいいからこの手

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初めての床屋

初めての床屋

 就職氷河期とはよく言ったものだ……
 高原遼子はせまい四畳半ほどのフローリングの床に仰向けに寝そべる。
 そろそろ内定の一つぐらいは欲しいところだが、すでに二十社近く入社試験を受けたというのに最終面談までこぎつけることができたのは一社、二次面接までが五社しかない。
 家に届いた当初は何よりも頼もしく思えた分厚い就職情報雑誌は、今ではすっかり部屋の隅に追いやられ頼りなげに映る。
「就職は自分一人で

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黒髪儀礼秘話
       ー第二話 R高校野球部男女対抗戦秘話ー

黒髪儀礼秘話        ー第二話 R高校野球部男女対抗戦秘話ー

 見よ、わたしはすぐに来る。報いを携えてきて、それぞれのしわざに応じて報いよう
        ヨハネの黙示録二十二章十二節

  ー一ー

 R高校女子寮から公園まで往復約三キロ半のランニングを終えると、美樹はゆっくりと乱れた呼吸を整え柔軟体操にとりかかる。
 入念に体をほぐし終えると、美樹は頭の上で団子状にきつく結い上げた髪をほどいた。
 背中を隠すほどの癖の無い真っ直ぐな黒髪がバサリと美樹の

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彼女が髪を切った瞬間 ー朋子の場合ー

彼女が髪を切った瞬間 ー朋子の場合ー

  ー1ー
「今日はやけに静かだな」
 俺は二メートルと離れていない隣の朋子の部屋をカーテンの隙間から覗いた。
 いつもは演劇部の練習なのかリズミカルな音楽をかけて踊っていたり、時には大きな声を出して発声練習をしていたりするのだ。
 一番近い俺としてははた迷惑もはなはだしいのだが、たまに役得もある。
 いつもは背中の真ん中であるつややかなポニーテールにまとめている髪をほどく時だ。
 彼女がリボンを

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