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『テディベアの記憶』

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20××年××月


オレンジ色に染まった夕暮れ。
少しばかり強風が吹き荒れ、
遠くからは小刻みに機械音が聞こえる。

棒付きの飴を口に含みつつ、
紺色の制服を着た少女は
見慣れた商店街を通り
自宅に向かっていた。

歩道脇に落ちている
小さなぬいぐるみが視界に入る。
それは赤い縞柄のテディベア。
背中には短い紐が付いていた。
 
拾い上げ見つめていると、
学生鞄の中でスマホが鳴り出した。
着信は喧嘩中の親友からだった。

「・・・・・」

すぐさま着信拒否にして
鞄にスマホを押し込める。
今はとても話す気にはなれなかった。

歩き出したその瞬間。
目の前を強い風が吹き抜け、
転びそうになりながら立ち止まる。
さらに耳を切り裂くような轟音が響いた。

目を瞬きつつ前方を見ると、
足元にひしゃげた大きな鉄の塊が落下していた。
工事中の電光掲示板。
作業員の男性2人が少女に駆け寄る。

生温い汗が背中を伝う。
あと数歩前に出ていたら・・・
体はあの残骸の中に埋もれていただろう。
心臓が激しく脈打つ。

作業員が心配そうに声をかけてくる。
すべてが雑音にしか聞こえない。
少女は辛うじて返事を返す。

「だっ大丈夫です・・・」

自分の声が上ずっているのが分かった。
眩暈と共に恐怖が襲ってくる。
俯いたまま立ち止まっていると。

「よかったー。ぬいぐるみ拾ってくれて」

急に作業員とは違う声が聞こえた。
少女は落ち着かない気持ちのまま
ゆっくりと後ろを振り返る。
そこには真っ白な服装で中性的な顔立ちをした青年が立っていた。

少女が手にしているぬいぐるみを
青年はスッと指さす。

「女の子が拾ってくれそうな物、自宅に無かったんだよね」

突如現れた風変わりな青年。
少女は言葉の意味が分からず呆然と聞いていが、
不意に歩道脇で拾った赤いテディベアを思い出した。

「・・・コレ・・のことですか?
 ・・・すみません。あなたの物ならお返しします」

テディベアをぎこちなく差し出す少女。
青年は両手を小刻みに振りつつ。

「いいよ、いいよ。君に貰って欲しいんだ。
 僕が持ってても意味ないし」

少女は言葉の意味がますます分からず困惑していた。

2人同士の会話が始まると
作業員達は少女に謝り工事現場へと戻る。

「君。それ拾ってなかったら今頃病院行きだったよ。
 目立つ色にして正解かな、
 怪我も・・・無さそうで良かったー」

道で偶然拾ったテディベアを
青年は自分のおかげで助かった、
とでも言いたそうに自慢げに話しだした。

数分前の恐怖が薄れ
感情は青年への苛立ちに変わり始めた。

「・・・それは・・
 『僕が命の恩人だよ』とでも言いたいのですか?
 からかっているだけなら迷惑です」

テディベアを強引に突き返す少女。

「あっ。ごめん。怒らせた?
 でも本当にそのぬいぐるみ、君が持ってないと駄目なんだ」

周囲では残骸の撤去作業が始まっていた。
何事かと立ち止まる人々。
青年は少女が持つぬいぐるみも受け取らず。

「ちょっと歩こうか。
 信じてくれるか分からないけれど事情を話すよ」

少女の手を取り強引に引っ張る。
仕方なく少女は商店街の道を青年と共に歩く。

空はオレンジ色から紫のグラデーションに染まりつつあった。

「それで、事情とは何ですか?」

笑顔で歩く青年に問う。

「えーっと、君はさっきあそこで死んでた」

「・・・はぁぁ?」

少女はじっと眉を歪める。

「ごめん。怒らないで聞いてよ」

少しびくつきながら青年が話し始めた。

「君はあそこで命を落とすはずだった。
 でも、ぬいぐるみを拾った事でその未来が変わった」

少女は手の中にあるテディベアを静かに見つめる。

「そのぬいぐるみ。僕の未来が入ってる。
 正確に言うと。僕の命。
 それを君に与えた」

青年は歩く速度をゆるめ、空を見上げた。

「僕、自分の未来を他人にあげられるんだ。
 あげるには何か物を使わないといけない。何でもいいんだけど。
 基本は自分が持って使ってる物。1回使っただけでも可能。
 今回は急だったから朝に買ってとりあえず自分の鞄に付けてたんだ。
 君がガラクタの下敷きになる瞬間が見えたの今朝だし」

突拍子もない話だと少女は思う。

「あげられる未来は物の重さで決まる。
 簡単に言うとそのぬいぐるみ、
 1個約10gで1ヶ月の未来を君は僕から譲り受けた。
 さっき死ぬはずだったのに君は1ヶ月未来を延長できた。
 明日もまだ生きれるってことだよ」

少女の思考が停止する。
・・・えっと。つまり・・・
この人が話してることが大真面目だとしたら、
私は残り1ヶ月しか生きられないってこと・・・・?

可愛らしいテディベアが
呪いの人形か何かに見え、一瞬呼吸が止まる。

「・・・やっぱり。これ、返します」

「えー駄目だよ。聞いてたよね。
 未来をあげるには物が必要だって。
 それ手放したら。また別の形で未来を取られちゃうよ。
 信じてくれなくて、捨てちゃった人何人も見てきたから知ってる」

戸惑いつつも少し怖くなる少女。
テディベアをぎゅっと握り締める。

「・・・じゃあ。一応貰います。あなたの未来」

嬉しそうにパッと笑顔になる青年。

「ありがとう。信じてくれたんだね」

信じた・・・
とは言っていない・・・もしもってこともあるし・・・。

少女はため息をつきつつ問う。

「1ヶ月命が延びたっていうなら、そのあとは?
 普通に生活できるんですか?」

笑顔のまま青年は顔を左右に振る。

「いや。1ヶ月は1ヶ月。
 それ以上延長したいなら。また誰かに未来を貰わなきゃいけない。
 僕もそんなに未来残ってないし、
 君に全部あげるってわけにはいかないんだ。
 もともと、君はあの時死ぬ予定だったし」

少女の顔が青ざめる。
・・・なんで・・・どう・・して・・・

首を傾げ悩む青年。

「誰かに未来を貰えば生きれるけど。
 そんなに簡単に他人から貰う事はできないよ。
 決まりごとだからね」

さらに首を傾げ悩む。

「他に方法が無いわけじゃないけど・・・
 君がそれを望むかどうかだね」

青年は上着のポケットに手を入れ腕時計を取り出す

「あれ? もうこんな時間だ。帰らなきゃ。
 ぬいぐるみ、絶対に捨てちゃ駄目だよ」

かけられた声に少女は無反応だった。
瞳にはその場の風景すら映されていなかった。

何分たったのだろう、少女はハッと辺りを見回す。
気がつけばそこは商店街ではなく、
すでに自宅の前だった。
あの青年に住所を教えた覚えはないのに。
少女は1人夜の闇に取り残されていた。

手には青年がずっと握っていた感触だけが残っている。
暖かくも冷たくもない、そんな手だった。
鞄から家の鍵を取り出す。
夢から覚めた後のような気分のまま、
ドアを開け。足を踏み入れる。

ーおかえりー。

という母の声は今が現実という証拠になるだろうか。
自分の部屋へと進む足取りは重い。
このまま眠りたいと思うほど少女は疲労していた。

ぼんやりと夕方の出来事を思い出す。
あの青年は何だったのだろうか。

鞄から荷物を取り出していると、
また親友から着信が入っていたのに気が付いた。

・・・どうしよう・・
・・・声・・かけたい・・でも・・

一方的に喧嘩した親友、
仲直りの仕方が分からない。
けど・・・
夕方の不可思議な話しができる相手は
他にいなかった。

『1ヶ月延長された命』
少女は拾った
赤いテディベアを見つめ、
その言葉を心の中で
ずっと繰り返し続けていた。

無くなっていたはずの
「明日」はまだ存在する。

親友に謝りたい。
もう1度話がしたい。
それが
唯一少女が望む未来だった。

.....
.....Reload memory _

白い目
赤い目
黒い目
七色の目

遠く
遠くから
見ていた
誰を
少女を
青年を

集める者
集まる物

無口なアナタを拾いましょう
無口なアナタを貰いましょう

--テディベアの記憶--

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