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今夜、接近遭遇に染まる。

 早乙女彰は最後まで口を割らなかった。生徒指導室に報告するぞ、と半ば脅してみたが笑うばかりで結局同行するはめになった。

「お先っ」
 彰はフェンスに足をかけ、そこで思い出したかのように振り向いた。
「スカートの中覗かないでよ」
「今目をつむった」
「本当に?見えてない?」
「いいから早くしろよ」

 まともに会話したのはインターホン越しだけだというのに妙に馴れ馴れしい。
 それに、「早乙女彰」の生徒写真は学ランを着ていたし髪も短かったはずだ。なのにコイツはセーラー服にスカート姿で、髪も艶のあるストレートで女にしか見えない。

「いつからこんなことやってんの」
「んー、ひと月前からかな。家庭訪問がきっかけで」
「こんな夜に?」
「そう。夜の学校って楽しいよね」
「そんな気分じゃないよ」

 きっかけは届けるプリントに混ざっていた「午後8時に旧校舎の被服室に来るように」という文面だ。差出人は担任の西沢先生。ガサツで忘れっぽく、何度も提出課題の束を職員室に運ばされている。
 その度に累くんは真面目でえらいねー、と明後日のことばかり言うし、考えるだけで心がむかむかするのだ。

「張り切ってるねえ」
「他人事みたいに。お前が教えてくれないから悪いんだ」

 歯を見せて笑う彰の顔を見ると何だか落ち着かず、僕は強いて担任の顔を思い浮かべて頭を冴えさせた。

 上機嫌で先導していた彰に代わり、ひと思いに戸を引くと、気だるげでぼさぼさ髪の女教師が出迎えた。タバコを咥えている。
 教師が校内で喫煙。声が出ない。

「よく連れてきてくれたねー、彰くん」
「はい」

 振り向くと彰が後ろ手で戸を閉めたところだった。にっこり笑っている。
 こいつ。最初から。
 詰襟の中を冷たい汗が伝う。

「大人を連れてこなかったのは大変よろしい」

 西沢先生は灰皿にタバコを押付けるとゴソゴソと何かを取り出した。
 豪奢なフリル。可愛らしいリボン。レースが装飾されたスカート。

「今から累くんにはこれを着てもらいます」


【続く】

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