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グレート・アーキテクト・エスケープ

 運転席の真上に仮設された”製図室”は見晴らしは最高だが、全面ガラス張りの構造は長時間こもるには最悪の環境だ。垂れてくる汗を腕で拭いながら地形図の標高、地質と睨み合い、線を書き加える。時に真っ直ぐ、時に湾曲の弧を描きながら線は東へ、東へ伸びてゆく。

「出来ました!」

 言い終えるより先に親方は図面をひったくり、たっぷり30秒かけて検図する。この時間が一番胃が痛い。親方は数か所訂正を書き加えたが、檄は飛んでこなかったので胸をなでおろした。

「よし、発注ゥ!」

 親方がのしのしと歩き、トレーラーの鼻先に佇む人間に丸めた図面を手渡す。露出の一切ない時代がかった法衣を着たそいつはガラス越しの景色から目を離すと図面を眺め頷き、何事か呟く。すると設計図から図と文字が宙に浮き、紙は塵に還った。
 瞬間、足元の振動が止んだ。つい先刻まで荒野だった大地に一本のコンクリート道路が成形されていた。素晴らしく滑らかで平坦な路面、ノイズのない圧倒的静音、時速120キロ総重量50トンを超えるトレーラーの負荷をものともしない強度。通話バルブ越しに運転席から口笛が、機関室から歓声が上がる。これが秘匿された禁術にして広大な地を走破するための唯一の手段、そして僕たちが国家反逆罪として追われる理由。

「気を緩めるな!次の設計図に取りかかれ、猶予は1時間しかねえからな!」

 親方にどやされ、一息入れる暇もなく製図机に向き合う。それでも僕はちらりと盗み見る。仮面を僅かに上げて息を吐く姿、僅かに見えた素肌は新造された道路のようにきめ細やかだった。

「親方ァ!空から何か降ってきますぜ!」
「砲弾だ!着弾に備えろ!」

 机にしがみつき、急ハンドルに耐える。視界がぶれ、空に茶色い積乱雲が広がっているのが見えた。移動城塞都市国家の無限軌道が上げる砂煙だ。

「次弾、きます!」

 砲弾は次々と道路に着弾し、クレーターが刻み込まれる。くそ、せっかく整えた路面をよくも!

【つづく】


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