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エルデンリングの手記:モーンの城にて

この記事にはエルデンリングの序盤ストーリーのネタバレがあります。

 雨が降っている。
 黄金樹が照らす柔らかな明かりを受けた平原の景色はリムグレイヴの数少ない良いところだが、陰気な雲に覆われたことでその光は褪せ、雨に濡れた体から体温とともに生気すら薄れてくるような心地になる。
 いや、生気など元より持ち合わせていない。この世界に降り立ったその瞬間から、生と死は息がかかるほど近い距離で俺を睨み続けている。今この瞬間にも、お互いが己の側へと引き寄せんと手を伸ばしていることだろう。

 俺は城壁の残骸から様子を伺い、モーンの城の前に立ちはだかる巨人が未だに健在なのを確認する。
 やつはどうやってこちらの気配を察知しているのか、こちらがどこに隠れていようと正確な狙いで岩をも砕く破壊力の矢を放ってくる。実に厄介な相手だ。
 幸いなことに、あの巨人は侵入者を攻撃する程度の単純な思考しかない。どうせ自分が何を守っているかも分かってはいないのだろう。城内の惨状すら理解できずに。

 しばらく思案して、俺は相手をせずに矢を放ち終えたタイミングでやつの足元を突っ切ることに決めた。愚鈍な木偶の坊とは言え、身の丈十倍以上の巨体の横を通り過ぎるのは肝が冷えるが、ストームヴィル城の神授塔に比べれば遥かにましだ。あの時は危険を覚悟の上で城内を強行してようやく塔にたどり着いた末に、山のような巨人が三体も起き上がった時は、世界の終わりが来たのかと思ったほどだ。

 そもそも、なぜ俺がこんな危険な真似を犯し、どう考えても狂った化け物がひしめく城に侵入しようとしているのか。この城の存在を聞きつけたのは、狂気に駆られた兵が固める関門をどうにかやり過ごした先で、この忌まわしい地に場違いな娘と偶然出会ったがためだ。
 モーンの城主の娘だという彼女は、辛うじて正気を保っていた兵士たちに警護されてここまで落延びてきたそうだが、既にそれらは追っ手の怪物どもによって物言わぬ死体に変わっていた。彼女一人が生存できたのは奇跡的と言っても過言ではないだろう。

 当てもなく放浪を続けているこの身にとって、自分の城すら守れぬ城主の娘など助けてやる義理など万に一つもない。俺が城へと向かう決心をしたのは金品や武器を漁るためであり、相手が火事場泥棒とは露知らず、こちらにすがりつく有様の娘は哀れでしかなかった。
 未だ城に残る父に当てた手紙を彼女から受け取ったのは単なる気まぐれでしかない。城内に忍び込み、異形のキメラどもが嬉々として兵士を惨殺し、首を吊るし上げ、火あぶりにしている様を見れば生存の希望を持つほうがおかしいだろう。俺は本来の目的に立ち返り、城に散乱した残骸から使えそうな道具や宝飾品を物色する作業に取り掛かった。

 城内は獣と入り混じり気が狂った人間のほか、かぼちゃ頭の大男、腐肉を漁る死犬が至る所でひしめいていたが、俺は一人一匹残らずに駆逐していった。背後から一突きで殺し、集団をかく乱して同士討ちさせ、一匹ずつおびき寄せて確実に始末する。汚れた戦法は手慣れたものだ。これだけの人数を相手にするのなら、そうでもしなければあっという間に囲まれて無様な屍を晒すだけだ。全く、脆弱な人間性も手放しせずに王とやらを目指す男が聞いて呆れると、自分で自分を嘲笑いたくなる。

 こうやって手間をかけて掃除をしているのは決して城内を鎮圧するためではない。盗掘を円滑に進める用心のためだ。あの娘のため、あるいはかつてこの城で生きていたものを想っての行動ではない。死ねば全てを失う。先行きも分からぬ生を謳歌するには他者を殺すのが手っ取り早い。ましてや人間性を手放し発狂した人外どもが相手となれば、心ゆくまで殺戮を楽しめる。それだけのことだ。

 モーンの城はそれなりに入り組んだ構造だったが、あの忌まわしい接ぎ木のゴドリックの下へとたどり着くまでの道のりに比べれば天国のようなものだ。それに、薄暗いストームヴィル城を蠢いていたあの品性のかけらもない芸術的な作品●●に比べれば獣交じりの異形など大したものではない。獅子の混種などと言う反乱の首謀者も、忌み鬼マルギットに比べれば赤子の腕を捻るようなもの――と言いたいところだが、やつの大振りかつ執拗な攻撃の連続はクララの支援なしでは間違いなく命がなかっただろう――だった。

 生きた人間を発見したのは、手紙のことなど忘れ、道中の残党どもをあらかた駆除し静まり返った城内を探索していた時だった。梯子を上り、最も高い城壁に腰かけていた壮年の男は甲冑を着込み戦争の経験もありそうな風体だった。男はこの城の城主を名乗ったが、もはや一城の主としては見る影もなく、配下の反乱によって全てを喪い失意の底にあった。もっとも、あの狂ったゴドリックから城を預かるなど俺からしてみれば正気の沙汰ではない。この程度の末路など、当然の摂理といったところだ。

 そんなことよりも俺を心底呆れさせたのは、ここまで這う這うの体で手紙を届けにきたというのに――まあ目的は城内の物品の簒奪だったが、そのことは触れずにおこう――娘のことはさておき、この城に残って落し前をつけるなどと言い張ったことだ。
 まあいい。城からの帰りがてらにあの娘に手紙を渡したことを報告してやろう。いくらこの世が荒廃しているとは言え、最低限の義理を果たす程度の人情は残っている。もちろん報酬を期待してのことだが。
 それにしても、剣と鎧に身を包んだ屈強な男でさえ明日をも知れる身だというのに、ろくな警護もなしにほっぽりだした娘など、この壊れた大地では野生の動物よりも命が安いだろう。実に愚かな父! そしてなんと哀れな娘なことか!

 故に、城からの帰路に着くとあの娘が無残に死んでいるのを見ても俺は顔色ひとつ変えることはなかった。彼女の死体は巨大な鉈によって上半身と下半身がほとんど切断されていた。おそらくあの獣混じりの生き残りがいたのかもしれない。唯一の幸いはその顔には恐怖も悲鳴もなく、傷ひとつないまま目を閉じていたことだ。

 俺は女の遺体をそのままに、その場を立ち去った。

 城へ踵を返す気にもならない。娘が死んだことを伝えて何になるのか。せいぜい嘆き苦しみ、自責の念にかられるのが関の山だ。それとも見ず知らずの俺を犯人と決めつけ糾弾するかもしれない。いずれにせよ、親切心でやったことが仇になるのは御免被る。知らぬ他人の諍いに巻き込まれるくらいならロアの実を拾っていた方が遥かに有用だ。

 死者の弔いなど無意味だ。死んでもなお、俺たちはこの呪われた世界に縛り付けられている。黄金樹の祝福もそうだ。一見すると輝かしい光を放つあれもまた、俺を仮初の生に繋ぎ止めるだけの呪いでしかない。もしもエルデの王となれば、この呪いは解けるのだろうか。両の耳から俺を誑かそうと囁く生と死の声が跡形もなく霧散するのだろうか。確証はない。だがそれを証明するためには、数多の死の先が待ち受ける長く困難な道のりを歩む他ない。陰鬱な気分を少しでも紛らわすため空を見上げると、いつの間にか雨がやんでいた。

 厚く垂れ込めていた雲は晴れ、黄金樹の光が大地に届き始めてもなお、俺の心は晴れなかった。トレントを呼び出して地を蹴る。霊獣は走り出す。狭間の地に呪いの光が降り注ぎ始めた。


(終)

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