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ママ(掃除婦のための手引書から)ルシア・ベルリン感想

 母と娘。自身の親について語ることは難しい。あまりにも分かちがたく結びついている部分と、あまりにもかけ離れた部分の落差を埋める作業が一生をかけても終わらない気がする。


 ガンに侵され余命いくばくもない妹に、母親のことを聞かせる内容の小説だ。妹は姉から見た母の姿について聞きたがる。姉は妹を気遣いながらお互いの家族のこと、人生でやりのこしたことを姉妹で振り返りながら、母についての記憶を語る。

 ルシアの描く小説は乾いている。夫、最初の夫、愛人、友人、妹、祖父、母、息子。誰について語る時も、筆致は一定の距離が保たれている。母は愛を信じなかった。と彼女が語るとき、胸を張り裂けそうに抑えている小さな女の子の姿はそこにはない。妹に向けて語るという体で書かれた小説だからだろうか。唯一息子について語るときだけ、少しだけ揺れる感情に触れられる気がする。でもほとんどの対象とルシアの距離は離れている。アルコールが抜けるときの虚脱みたいに。愛はそこに在るときはただ彼女を少しだけ温めて苦しめるだけ。なくなるときのあの、どうしようもない渇望とどうにかしてそれを手に入れなければ、と悪魔が囁くみたいな絶え間ない誘惑。ある種の人間にとって愛とアルコールは似ている。彼女の母親にとってもそうだったのだと思う。かつては若く美しかった母親。夫を看守みたいと喩える母親。

 すべてを他人ごとみたいにとらえて人生をしのいできたのに。今さら自分を取り戻せだなんて、どうやって? アルコールで我を失っていた方がずっといい。それがたとえ自らを母親みたいな怪物に近づける手段だったとしても、だって私はこれ以外知らないんだから。っていう彼女の心の叫びが聞こえてきそうで、けれどもそれらの声は入念に蓋をされ注意深く閉じ込められている。ほかならぬ妹の前では。

 書き終わりの一行が印象的な短編だった。

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