あかんやつ
あかん子であった。ものは破壊するわお昼寝しないしいつも黙っているので何を考えているかわからない。
自分の性質が苦手だった。
いつもどうでもいいことをこねこねと考え続けていた。
でも考える力の割に手先は器用ではなかった。悲しかった。
幼児の頃にもらったティアラとネックレスと指輪のついた、プリンセスセットは真っ先に折ってしまった。折れた断面からネックレスを構成する物質の層が見えていた。白い芯材に銀色のコーティング。重さと物資の性質が相互に関係しながら固定されていることになんとなく気がつき始めていた頃だった。
もらったおもちゃを即破壊してしまうのはよろしくない。気に入らなかったのかとか色々気を遣わせてしまうから。でも別に憎さ余って力がこもりすぎてしまったわけではなく、このカーブがもう少し狭ければ可愛いのに、曲がるかな? これ。あ、意外と曲がりますね。親指と人差し指でつまんで遊ぶと、ふわふわ。ばねみたい。楽しいな。ははは。ということを繰り返しているうちに調子に乗ってしまい、
ばきッ。
と音を立てて破壊してしまうだけで。
おもちゃに不満は全然なかった。
周囲の大人からは、乱暴だ、とかゴジラみたい、とかクリーチャーだ、みたいなことを言われてへらへらしていた。
大人から受けのいい女児は、もらったティアラをニコニコしながら着飾り、ドレスの裾を持ち上げてにこりと笑って見せたり、いかにも大事そうにそうっと引き出しにしまって眺めているような子で、ティアラを片手で掴み振り回しているようなのでは断じてなかった。
そんなんティアラやなくて怪獣のフィギュアを掴ませておけばええやないか。
でもせっかく女の子やし可愛いかっこうさせたいし。
という大人の目配せの含みをなんとなく察知しながら、電子楽器やアクセサリーの類を順調に破壊しながら私は成長していった。
「なんでこんなに乱暴なのかね」
と言われたところで私にもわからない。生まれたときからこうでした。
ところで最近内田春菊さんがテレビに出ていて、こないだその録画を見た。
「親指を曲げて、腕にぴたーっとくっつくひとは大動脈解離を引き起こしやすいとか……」
そういう遺伝的特性にもとづいた予防的な治療が普及するといいですね、という話をある本の紹介をされながらおっしゃっていた。
指はつかんかった。
でもめっちゃ曲がるな、私の指。反り指とかいうやつらしい。
もとから関節がおかしな方向に曲がる特性があることには気がついていた。股関節も人より柔軟だし背骨も柔らかいみたい。
あ、ちょっと待てよ。
親指の関節がすぐ曲がるせいで、力を入れるとフォームが崩れてしまい自然と他の部分に負担をかけざるを得ない。力を入れる→関節が曲がって力が抜ける→親指をふんばって力を入れる という遠回りをしているせいで私めちゃくちゃ不器用なのでは? 人よりも不自然に力を入れてしまう傾向があるのでは? かつ手のひらが大きく握力がえげつない。だから握りしめるだけでものを破壊してしまうのでは?
という天啓。
乱暴だとか気遣いが足りないとか人への思いやりがないとか、散々色々言われたけれども、そういうことではなかったのかも。
私の身体的な形質に基づく特性だったのか。
そう思うと憑き物が取れたような思いがした。
親指が無駄に長く関節が柔軟。
それだけの話だったのだ。
こういう思いをたくさんしている。
例えば夜型の性質とか。
落ち着きのなさとか。多動とか。
それを規定する遺伝子の働きがあって、現状では本人がいくら努力しても変えられないのだ。たまたま我々の生活リズムに沿った社会設計がなされていないだけで、それはたまたま。数が少なかったから。
noteで色々な記事を読んでいると、考え方が自分と似ているな、と思える人にたくさん出会えた。その人たちも夜型の生活リズムや時間の守れなさ、自分と同じような欠陥を抱えていた。
社会的な信頼を損ないかねない性質。
それらがあるので、私は永らく自分のことをとても駄目な人間だと思っていた。
あかんやつ。あかん子。
でもそういう人たちがたくさん暮らしている事実に、励まされて、支えられて、最近やっと自分のそのままを受け入れられるようになってきたと思う。ありのままの。そのままの。あかんままの、自分を。
あかんことを隠したくて、なんとか人並みになりたくて、長い間苦慮していた。でもダメなところを隠すと、自分のいいところまで全然認められなかった。隠してしまわないといけなかった。
だめなところを受け入れたところでやっと、自分のいいところを受け入れられるようになってきた気がする。あかんところはあかんまま。いいところをたくさん伸ばしたらいいか。いいのだ。最近はそういう風に開き直ったせいか、すごく心が軽い。いろんなことを受け入れられるようになってきた気がする。
もうすぐ三十代に突入するんだけど、そのことすらなんか誇らしくて楽しみだ。それはきっと、他の誇り高い先人たちの背中を見てきたおかげなんだと、ここのところものすごく実感している。
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