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アカデミー賞予想ごっこ2024

 年に一度のお楽しみ! アカデミー賞予想ごっこのシーズンです!!

「アカデミー賞予想ごっこ」とは、アメリカの超有名な映画賞であるアカデミー賞全23部門の結果を予想して当たったら嬉しいね、という遊びでありんす。どう頑張っても年1回しかチャンスはないのでこの時期は我々は全力で楽しむしかないのです。

 今年は日本時間の1月23日にノミネートが発表されまして、いや盛り上がりましたねえ! 日本からノミネート入りが注目されていた3作品がいずれもノミネートを果たし、中でも大本命の『ゴジラ-1.0』に至っては歓声も一番大きいくらいでした。私も興奮して、それ以降の視覚効果賞とその次の賞のノミネート全然聞いてなかったり。これはでもオスカー取れれば歴史を変えると言っても過言じゃないですからね。ぜひとも取って欲しい。

 今年の日本勢のノミネートは視覚効果賞でその『ゴジラ-1.0』、それから長編アニメ賞で宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』、国際長編映画賞で役所広司主演の『PERFECT DAYS』でした。惜しくも新海誠監督の『すずめの戸締まり』、それから作曲賞で久石譲も期待できるところでしたがこのあたりはノミネートは適わず。
 しかしそれにしても3作品ノミネートは日本としては快挙ですよ!『パラサイト 半地下の家族』のように、その年に驚異的強さを誇る作品であれば非英語の外国作品でも単独で複数部門にノミネートするのはあるでしょう。しかし非英語の外国作品でありながら同じ国の作品が複数入ってくるってのは結構スゴいことだと思いますよ!?
 まあ短編とかも含めれば諸外国ではわりとあることの可能性はありますが……。でも日本は珍しいどころか初めてじゃないですか!? 加えてどの部門でも全く有り得ないまでのレベルじゃないので、この日本勢の活躍は見どころの一つになりますね~。
 ちなみに日本絡みでは日本出身のカズ・ヒロさん『マエストロ:その音楽と愛と』でメイク&ヘア部門にノミネートされています。

 全体的なところではやはり13部門ノミネートの『オッペンハイマー』が総合的に強い印象。主要部門と技術系もある程度持っていくと思うので、最多受賞にはなるでしょう。
 あとはそれを『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』が追うカタチ。その他、『バービー』『哀れなるものたち』などが要所要所で絡んできます。
 昨年はハリウッドでの長期に渡る全米俳優組合と全米脚本家組合の同時ストライキもありました。その影響が身内の賞であるアカデミー賞で影響してくるかどうか。これ影響するとすればNetflixとか配信大手の作品が不利になる可能性が出ますからね。
 さらに、今年はノミネートにアカデミーが年々意識を高めている「多様性」の重視がかなり明確に見て取れるのも面白いポイントです。皆もう忘れてると思いますが、数年前に話題になった作品賞ノミネート資格に多様性に関する雇用の新ルールが適用されるのも今回から。会員の幅を広げるなど、近年積極的に推進してきたアカデミーのダイバーシティが目に見えて現れていく始まりの年になるかもしれません。

 日本での公開スケジュールが作品賞ノミネート作品ですらノミネート発表時点でイマイチ決まってないのはまあ例年通り。大本命の『オッペンハイマー』がようやく1月末に3月29日の日本公開が決まりましたが、アカデミー賞授賞式には間に合いません。商売としては色々あるんでしょうが、毎年作品賞本命の映画くらいは3月までに観たいですねえ……。

 第96回アカデミー賞授賞式は日本時間では3月11日(月)。それまでにデータを集めつつあれやこれや考えて遊んでいくと楽しいですよ! アカデミー賞予想はデータ勝負で半分は勝てますからね。
 それではご一緒に全部門のノミネートを見ていきましょう!


【作品賞】

『アメリカン・フィクション』
『落下の解剖学』
『バービー』
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
『マエストロ:その音楽と愛と』
『オッペンハイマー』
『パスト ライブス/再会』
『哀れなるものたち』
『関心領域』

 作品賞は一番素晴らしい作品に贈る賞です。アカデミー賞の中でも最も盛り上がるメインディッシュと言えるところですね。
 通常、アカデミー賞では各部門5作品が選出されて競います。しかし作品賞だけは10作品がノミネート。いっぱいエントリーしていっぱい盛り上がろうぜ! というお楽しみシステムが構築されている部門なのです。多い方が楽しいです、私も。他部門と少し決め方が異なり、ノミニーの中から愛され度が高い作品が選ばれやすい方式を取っています。

 去年は『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』がカンフーSF映画で作品賞を取る快挙を果たしましたが、今年は『バービー』とともに昨年の話題を集めた『オッペンハイマー』が独走状態。他のノミネート作品も魅力的な映画は集まっているものの、対抗として挙げるとすればかろうじて『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』。後は決して少なくない映画人が不満に感じている『バービー』の監督賞・主演女優賞からのノミネート漏れがここでどこまで影響するか。作品賞のシステム上、もつれれば『バービー』が逆転する線は有り得なくはないですよ!


『アメリカン・フィクション』

『アメリカン・フィクション』はAmazon MGMスタジオ配給のコメディドラマ映画です。アカデミー賞に関わる前哨戦の初戦ともいえるトロント国際映画祭で観客賞(最高賞)を獲得し、一気に注目度も高まりました。
 とは言え、この観客賞はアカデミー作品賞と一致率が高いことで注目されているわけですが、ここ最近はそこまででもないです。今作もスタートダッシュは決めたものの、これ以降はパッとした活躍を見せていません……。
 そんな風に地味だからか、日本では残念ながら劇場未公開になってしまいました。2月27日からAmazon Prime Videoで独占配信されています。

 そうは言ってもやはり注目度は高く、色んな部門に顔を出している作品なんですよ。原作はパーシヴァル・エヴェレットの小説『イレイジャー』。それを長編初監督となるコード・ジェファーソンがメガホンを取って作り上げました。

 この映画はステレオタイプのブラックカルチャーを題材にした新しい目線のブラックコメディ。主人公の黒人作家モンクは全く著書が売れず、食い扶持を稼いでいた大学の仕事もクビになり挫折まっしぐら。そんな中、実家に帰ったモンクはエリートの黒人女性が貧しい黒人の生活を描いた小説が大ヒットしているのを目の当たりにし、ショックを受けます。
 モンクは貧困や差別や暴力といった黒人を語る上で定番のステレオタイプの描写ばかりな現状がイヤで、そうしたことと関係のないこれからの時代を生きるリアルな黒人を描きたいんですね。でも彼の描く黒人は全くリアルじゃないと出版社に取り合ってもらえないんですよ。黒人が書いてるのに……。それにも関わらず、貧困と無縁のエリートが黒人だからというだけで「私達の物語」として世に出したエンタメ作品が名作としてバカ受け。これが納得がいかない。

 モンクがやりたいことは分かるんですよ。今は実際、名作映画でも何でも、黒人をメインにした作品は差別の歴史や貧しい中で努力して栄光を掴む話、スラム出身のギャングの物語がほとんどです。最近だと警官に問答無用で射殺される若者とかね。これが存在したのも今もなお存在するのも事実でそこを描くのは大切なんだが。でも今はもはやそことは無縁の黒人もいっぱいいるわけで、見えなくしてしまうのは良くないがそればっかりを印象づけられていつまでもそういう人種でありたくない。
 私は映画の中で特にストーリーとしてクローズアップされるわけでもキャラクターとして強調されるわけでもなくごく自然に当然のようにゲイの主人公が登場した時に喝采しました。今は性的指向に関してはそういう描き方が出来る作品も出てきています。差別と戦った先にあるべきなのはそうやって特別に注目を集めない状態になることです。しかし「黒人」を描く上ではまだまだそこが避けられない……それはいったいなぜなのか? みたいなところにも入っていくんですけども。

 まあ、これコメディですからね。モンクは父親が自殺してて、兄はゲイで母親との折り合いが悪く、母親は認知症で唯一介護をしていた姉はモンクが実家に帰ったタイミングで急死してしまいます。それによって母親の認知症も進行し、もう施設に入れるしかなくなるんですけど、とにかく入居費が高くて払えないんですよ。モンクももはや無職ですからね。
 それでにっちもさっちも行かなくなったモンクは、半ばヤケになって偽名を使ってステレオタイプの黒人ギャングのしょうもないエンタメ小説を書き上げます。するとそれがまさかの出版社にバカウケ! さらに自分もFBIに追われる逃亡犯で自伝的作品ということになってしまって、多額のオファーで映画化の話も舞い込み、自分が審査員を務める文芸賞の候補にもなってしまうんだけど、本当にFBIにもマークされ始めて……というハチャメチャストーリーになっていくのです!!

 そういうちょっとこれまでと違うブラック映画。今回のブラック枠です(アカデミー賞に○○枠は存在しませんが、今年の特色が分かりやすいので今年は何度かこう表現します)。
 モンクはなぜステレオタイプな描写を嫌うのか。ステレオタイプの黒人を消費することで社会が得ているモノを、出版業界や映画業界を風刺しつつ愉快に複雑な構造で描いていきます。


『落下の解剖学』

 2023年のカンヌ国際映画祭でパルム・ドール(最高賞)を受賞したフランスの法廷サスペンス映画『落下の解剖学』。フランスの女性監督ジュスティーヌ・トリエが監督を務め、脚本等でも非常に高い評価を得ています。今回の外国映画枠です。

  雪深い山荘で暮らす夫・妻・息子の3人家族とワンちゃん。ある日、夫が屋根裏部屋から落ちて転落死してしまいます。これは事故なのか、自殺なのか、はたまた妻が殺したのか? 不審な点の多い夫の死に妻は殺人の容疑者として起訴され、裁判の中で少しずつ夫婦の抱えていたモノが明かされていきます。

 当たりの多い法廷劇映画! 非常に練られたシナリオで、不審な夫の死の真相に迫る中で私達も裁判の傍聴人よろしく少しずつこの家族のことを知っていき、事件の真相を考えさせられていきます。
 ミステリーと言えばミステリーなんですが、これは真犯人を明らかにして殺人トリックを解明するアハ体験! みたいな話ではないんですね。ニュースで何か事件の報道を見た時、私達は結局真実なんて分からないじゃないですか。容疑者は悪人と決めつけて、でもそれが好きな芸能人なら被害者が悪いと責め立てて、気楽にお茶の間で断罪していくんですけども。まあ裁判も真実を明らかにするものではありますが、可能な限り客観的に真実を裁くわけでその場にいたわけでも当事者でもないから厳密に真実を知っているわけではない。
 この映画においても私達は何も知らないところから始まって、情報が出るたびに「これ自殺じゃん!奥さんがかわいそうじゃん!」から「いや奥さんクズじゃん!絶対やってるじゃん!」みたいにガンガン判断がブレていきます。検察も弁護士も結構主観でモノを言って自分サイドに都合の良い真実に導こうとします。
 ザンドラ・ヒュラーが演じる妻がフランス語が流暢でないドイツ人英語話者というのもミソですね。日本映画なのに主人公が日本語ヘタクソで主に英語を話す韓国人みたいな。正直それはちょっと可愛い可能性がありますが、まあ日本在住で日本語が話せない外国人が嫌いな人はいっぱいいるので……。そもそも日本在住の外国人自体が嫌いな人もいっぱいいますが……。
 ちなみに本当なら国際長編映画賞も取れる映画なんですが、フランス映画なのにドイツ語とか英語とか多言語の割合が多いという謎のバカ理由でフランス代表から外されました。これに関してはカンヌのスピーチでトリエ監督が政権批判をしたことが理由ではないかとも言われていますが、まあ分かりません。代表にしとけばかなり取れる可能性も高かったのにね……。

 とにかくそうした真実の揺れ具合と、色々と明らかになる中で見えてくる夫婦の関係の在り方が非常に面白い作品なんですね。ちなみにこれは物書きの夫婦の話ですが、脚本を担当したのは監督のトリエとその夫のアルチュール・アラリですので、夫婦で同業者であることで起きる不満を自分達の経験から描いています。こわ。
 脚本に加えて主演女優賞ノミネートのザンドラ・ヒュラーの名演、さらにカンヌで最高犬賞であるパルム・ドッグ賞も受賞したスヌープ役のボーダーコリー・メッシくんの名演技にも注目の作品です! スヌープ・ドッグ……。


『バービー』

 今回のアカデミー賞における注目作品の一つ、『バービー』。マテル社の大ヒット玩具バービーを題材にしたコメディ映画です。監督は女性監督のグレタ・ガーウィグ、主演兼プロデューサーにマーゴット・ロビー。今年の女性映画枠です。

 かつて少女達に革命的な衝撃をもたらし一世を風靡したバービー人形。現在に至るまで数多くの人種・職業・体格のバービーが生まれ続けています。バービー達は自分達が女性の意識に革命をもたらしたんだ! と自負を抱きながら、バービーランドで楽しいことをして日々を過ごしていました。
 ところが、そんな中でバービーの身体に異変が発生! 足が…………真っ直ぐ大地についている!(バービーはハイヒールを履くので靴を脱ぐと爪先立ちになる)
 バービー、大地に立つ。平たい足族になってしまったバービーはバービーの助言を受け、人間界の持ち主に何か重大な変化が起きている! と勝手についてきたケンとともに人間界に向かうのでした。

 これがもうメチャクチャ良くって大好きなんですが、ギンギラピンクの色彩の中で人間が常識知らずのバービーを演じるアホアホコメディかと思いきや! 実態は男性社会である人間界にショックを受けたバービーが彼らの意識を変えていくつよつよ社会的メッセージを込めたウーマン・パワー映画、かと思いきや! 女性が上でも男性が上でも社会は健全に回らない、相手を尊重して自分の人生を大切にしよう! という普遍的な人間の生き方の物語になっていくのです! 

 アホアホコメディとしてストレートに流し込むにはちょっと要求される前提知識が多いと言うか、こんな顔して教養が求められる類の映画なんですが、まあそれでもちゃんとアホアホコメディとしても飲める作りになっているのは見事。キャストも活き活きと動いていて、オモチャそのまんまを人間サイズにしたバービーランドの世界観が本当に楽しい! 油断してたら何気ない瞬間にホロッとさせられたりもしますので、まさしく笑って泣いてで楽しめる作品になっています。

 その中でも後半で男社会に変えられたバービーランドを取り戻すための作戦がバカで大好きなんですけど。男(ケン)は無知な女性に上からモノを教えるのが大好き! という特性を利用して、「わ~ん、このパソコンソフトの使い方が分からないわ!」「私、『ゴッドファーザー』観たことないわ」「このバンドのこと何も知らないわ」みたいなことで気を引いて、気持ち良くケンが自分の得意ジャンルの解説をしている間にバービーへの洗脳を解く作戦を展開します。こういうのをマンスプレイニングと言いますが、非常に楽しい風刺シーンで男性の立場として思い当たるところもないわけではないからメチャクチャ面白いんですよ! やってそう! ごめんね!
 そもそも私も『バービー』の内容よく分からなかったって女性に「これは実はこういう映画でこのシーンはこういう意味でね……」ってえらそうに解説しましたからね。「お? 今これはケンだな……」って喋りながら思いました。でもこの映画自体が解説したくなる作りになってるのは罠じゃねえか!?

 そんな罠映画なんですが、先に書いたように監督賞と主演女優賞からノミネート漏れしたことで物議を醸しましたね。実際、私もその2部門はノミネートするべきだと思うのですが、じゃあ代わりに誰を外す? って言いにくいじゃないですか。そこはもう今さらなので置いておいて、予想する上での問題はその不満が他の部門で競った時にバービーの得票に繋がる可能性ですよ。
 特に作品賞はシステム上、『オッペンハイマー』が一気に逃げ切り勝ちしなければ『バービー』の逆転は有り得ると思っています。愛され度は絶対に高いので。加えてプロデューサーがマーゴット・ロビーなので、作品賞取ればマーゴットがオスカー取れるんですよね(作品賞の受賞対象はプロデューサー)。ちなみに同じく『バービー』のプロデューサーのトム・アカーリーはマーゴットの夫ですので夫婦でノミネートしていることになります。こういう映画で夫婦で受賞するのはエモくないですか?
 今回の作品賞において、最後まで頭を悩ませる存在になりそうです。


『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』

『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』はアメリカのコメディドラマ映画です。タイトルの意味は「取り残された人」ですが、これは1970年の寄宿学校で教鞭を取る厳格な教師がホリデーシーズンの間に行き場がなくて学校に残った生徒の面倒を見ることになるお話なんですね。

 古臭くて厳しくて誰からも嫌われている教師と、息子をベトナムで亡くした料理長の女性と、善良で傷つきやすいトラブルメーカーの生徒。立場の異なる3人が学校でクリスマスと正月を過ごし、少しずつ心を交わして絆を結んでいく。そんな『ブレックファスト・クラブ』的な魅力のある作品のようですが、日本公開は6月21日予定。最近、何だか呑気な邦題がつきました。

 監督のアレクサンダー・ペインは『サイドウェイ(2004)』『ファミリーツリー(2011)』でアカデミー脚色賞最多受賞者の一人。近年の有名どころだと2017年にマット・デイモンがちっちゃくなっちゃう『ダウンサイズ』を作っています。
 脚本巧者の印象のペインですが、今作で脚本を手掛けたのはデヴィッド・ヘミングソン。主にテレビシリーズの脚本の人で、自身の実体験も交えながら書き上げました。脚本賞にもノミネートし、有力候補となっています。

 日本公開もまだまだ先なのであまり言えることもありませんが、公開されたら観に行きたい楽しみな作品です。 


『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』

 巨匠マーティン・スコセッシ監督の最新作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』。めちゃくちゃなげータイトルとなげー上映時間を誇る、実話に基づく歴史サスペンス映画です。
 何せ206分ありますので、ホントにめっちゃ長いんですけど……しかしその長さが大して気にならないくらいのめり込める作品になっているのはさすがスコセッシ! 汚いディカプリオもいっぱい観られます! やったー! 汚いディカプリオ大好き!

 これ、まあ実話なんですけどとんでもねー話で……。舞台は主に1920年代。第一次世界大戦を終え、大量生産・大量消費の時代に入った頃です。自動車や電化製品が普及したり、映画などの新しい文化も花開いて、非常にアメリカが繁栄して熱と勢いのある時代ですね。
 その頃、オクラホマ州にネイティブ・アメリカンのオセージ族の居留地がありまして、何とそこから石油がジャバジャバ出るようになります! ネイティブ・アメリカンってまあ、白人に迫害されて住むところも追いやられて……ってなイメージなんですが、オセージの人達はこの石油の権利を得たことで白人も従えるようなお金持ちになるんですよ。
 しかし、それでは当然白人サイドは面白くない。そこで白人側の地元の大農場主で一帯を仕切っている……まあヤクザの大親分みたいなロバート・デ・ニーロがいるんですね。彼はオセージとメチャクチャ仲良くなりまして、部族の信頼を得ます。そこで、デ・ニーロは自分の親族の男をどんどんオセージの女性と結婚させていくんですよ。そうするとオセージで受け継ぐ財産を分捕れるわけですよね。玉の輿狙いのそういう結婚が白人に大流行したんです。好きでも何でもないのにお世辞を言ってその気にさせるわけですね。
 それで2人は幸せな結婚をしておしまいかと言うと、今度は奥さんを殺しちゃうんですよ! この頃、オセージ族にとんでもない数の不審死が起きるんです。結婚することで権利は得ているわけだから、だったら殺して財産をもう丸ごと持っていこうという……。信じがたい話なんですが。
 そこでディカプリオの出番ですよ。彼はデ・ニーロの甥っ子で、戦争帰りで。やることないから彼もオセージの女性モリーと結婚しまして、それで財産がモリーに集まるようにモリーの家族を、つまり奥さんの家族をですよ。義理の妹とか従姉妹なんかを殺していくんですね。モリーは賢い女性だったのでおかしいと気付き、探偵を雇って調べさせたりするんですが、デ・ニーロ一派もそういう動きを察知するとすぐさま殺し屋を送り込むので事態は悪くなる一方で。ところが、この映画のディカプリオはそういう殺人や強盗の実行犯でもあるんですけど、悪いヤツなんですけど、本当にバカで。悪いことにさえ手を染めていなければね、愛すべきバカなんですよ。ディカプリオはモリーのことが好きで結婚しているんです。他の結婚と違って恋愛結婚をしちゃうんですよ。
 だからディカプリオはモリーとの間に可愛い子どもも作っちゃうし、その子ども達も本当に大好きで。でも殺さなきゃダメなんですよ、そのために結婚してるんだから。だからディカプリオはモリーに毒を盛るんですけど、弱っていくモリーを見るのが耐えられなくて、お前が毒飲ませたんだろ! って話なんですが、とにかく耐えられなくって自分も毒飲んじゃうっていう……。本当におぞましいような悪いことしつつ、この人だけはずーーーーーっと奥さんへの愛情に悩まされるんですよ。それで行動が、どうしたらいいのかもう分かんなくなっちゃって勝手にボロボロになっていく。悪い人の側に立つのもどうかと思いますが、大事な時にこんな人仲間にしてたらホントにダメですよ。果たしてディカプリオは奥さんへの愛を貫くことが出来るのか(もう毒盛っちゃったけど)。

 タイトルはオセージ族が「花殺し月」と呼ぶ5月に起きた殺人事件からどんどん不審な連続殺人が繋がっていくことに由来します。そこから州を越えて捜査できるFBIの成立にも繋がる重要なストーリー。ゲスいデ・ニーロとアホなディカプリオをお楽しみください。


『マエストロ:その音楽と愛と』

 今年のNetflix代表枠はブラッドリー・クーパーの監督2作目となる『マエストロ:その音楽と愛と』。プロデューサーには監督のブラッドリー・クーパー自身と、スティーブン・スピルバーグ、マーティン・スコセッシの二大巨匠が名を連ねています。もともとスコセッシが監督やる予定で、それがスピルバーグに流れて、最終的にクーパーに譲ったらしいですね。スピルバーグはこれで自身が持つ作品賞最多ノミネート記録を13に伸ばしています。

 これはクラシックに疎い私でも聞いたことのある、音楽界の巨匠レナード・バーンスタインの伝記映画です。ブラッドリー・クーパー自身がバーンスタインに扮し、妻フェリシア役にはキャリー・マリガン。音楽界で登り詰めていくバーンスタインと、それに反して冷えていく妻との関係。しかし彼らの愛は様々な障壁を乗り越え、悠久に続いていく。

 私はクラシックのことは大して分かりませんが、とにかくスゴい音楽を大量に浴びる幸福を感じられる映画です。時代の移り変わりでモノクロからカラーへと画面は移行しますが、このモノクロシーンでの冒頭、降って湧いたチャンスに最高にハイになるバーンスタインが素晴らしい。朝イチでカーネギーホールでの指揮者デビューを知らされたバーンスタインは外に向かって雄叫びを上げ、まだベッドで寝ているルームメイトに激しくケツドラム! イヤすぎる! 素晴らしいクラシックの音楽とともに、喜び勇んで劇場に臨む姿が描かれます。ここで一気に引き込まれていきますね!
 それから注目の的になったバーンスタインはフェリシアと出会い、恋に落ちていくんですが……。実は、バーンスタインの映画のわりにコンサートで演奏するシーンってほとんどないんですよね。クラシック以外の仕事も色々いっぱいしている人でそれが分かるシーンもあるんですが、そういう音楽的なことよりむしろ私生活や家族との関係に重点を置いた作品になっています。バーンスタインって実はゲイで、それで演奏者と関係を持ったりとかしてて、そういうのが結婚してからもちょいちょいあるんですよ。バーンスタインはフェリシアを愛しているし、子ども達も愛しているんですが、それはそれとして男性が好きなので。しかも奥さんの目の前でいちゃついたりするので、たまったもんじゃないんですよね。
 それでバーンスタインって結構ずっと何かしてて、わりとずっとハイなんですよね。これずっと酒飲んだりドラッグやったりしてるんですよ。そういうムチャや男との堂々とした浮気とかでやはり家族仲もギクシャクして、そこで家族の目から見たバーンスタインを描いていくんですが……。

 バーンスタイン自身の生き様と、それを包み込むように愛したフェリシアの愛情。そして少ないとは言いましたが、やはりコンサートのシーンは物凄いのです! 特にこれは終盤のマーラーの『復活』のシーンが凄まじいので、このために観るのも全然アリ。
 また、去年作品賞にノミネートしていましたケイト・ブランシェットの『TAR/ター』はバーンスタインをモチーフに、バーンスタインを尊敬する女性版バーンスタインを描く話なので併せて観てみても面白いかと思います。


『オッペンハイマー』

 今年の大本命はクリストファー・ノーラン監督の伝記映画『オッペンハイマー』。作品賞や監督賞を始めいくつかの部門はほぼ当確、今回のアカデミー賞で最多受賞は間違いないでしょう。ノミネート数も今回最多の13ノミネート。アカデミー賞の最多ノミネート記録は14なので、この13は非常に多い数字です。ただ、これが日本は3月29日公開なので盛り上がるタイミングで全然観れないんですよねえ……。

 アメリカでは昨年に『バービー』と同じ日に公開されて双方が昨年を代表する大ヒット。「バーベンハイマー」と呼ばれるネットミームも生まれ、二本立て上映のように2作品を立て続けに鑑賞するブームも生まれました。この時に広報の悪ノリで日本でケチがついて結果的に『オッペンハイマー』の公開の遅れにも繋がった気がするんですが、この映画は "原爆の父" と呼ばれる原子爆弾を開発した物理学者ロバート・オッペンハイマーの伝記映画なんです。だから広島・長崎に落とした原爆を作った人間と言えばそうで、当然そういう話も出て来るわけですからまあそういうのには敏感になるじゃないですか。なので公開にあたっては色々と苦慮する面もあったんでしょうが、ちゃんと作ってある映画であればこそやはり日本で公開されるべき映画であるだろうとも思うのです。

 オッペンハイマーは戦争を終結に向かわせた英雄として扱われましたが、多くの命を奪った原爆を生み出したことに苦悩し、核開発競争に反対してアメリカの裏切り者となっていきます。
 そうしたオッペンハイマーの生涯を時系列もバラバラに描いていく作品と言うことですが。

 観てないし、内容的にテキトーにふざけにくいし、とにかくスゴい映画と言うことで絶賛されてるので公開されたらぜひご覧ください。批判されてる面もありますが、結局観ないと何も分かりませんからね。
 前哨戦ではPGA(全米製作者組合賞)、SAG賞(全米映画俳優組合賞)のアンサンブル賞、BAFTA(英国アカデミー賞)、GGA(ゴールデン・グローブ賞)のドラマ部門作品賞と大きいところは軒並み押さえていますので盤石の態勢です。


『パスト ライブス/再会』

 今年のアジア枠は『パスト ライブス/再会』。今、映画館では予告もいっぱいやってると思いますが、韓国系俳優2人が主演のアメリカのロマンス映画です。これ、長編初監督のセリーヌ・ソンが自分の体験を基にしたフィクションということなんですが……。

 ソウルで暮らす12歳のナヨンとヘソンは互いに想い合う甘酸っぱい間柄でしたが、ナヨンの家族はカナダのトロントに移住することになり2人は離れ離れになってしまいます。
 それから12年後、24歳のナヨンは名前をノラに変えてニューヨークに暮らしていました。兵役を終えたヘソンがナヨンを探していると知り、ノラはヘソンとビデオチャットで再会します。しかしそれぞれの生活もあり実際に会うことはなく、ノラが仕事に集中するために連絡を取ることも止めることになりました。
 さらに12年後、36歳になった2人。ノラは作家のアーサーと結婚しており、それを知りながらもヘソンはニューヨークまで彼女に会いにやって来ます。24年振りに再会した2人の運命は……。

 タイトルの『パスト ライブス』は「過ぎ去った人生」と言うことなんですが……まあ「前世」ってことになるんですね。前世の縁が現世で2人を巡り合わせ、運命の恋に落とす。一万年と二千年前から愛してるわけですよ。こうなると「アーサー可哀想じゃねえか……」って思っちゃうんだけど、アーサーは良いヤツなので。

こういうラブロマンスが日本でどの程度好まれるものかがイマイチ分かってないんですが、特に脚本を非常に高く評価されてる作品で切なくロマンティックな恋の行方に胸が高まる一本です。
 日本ではまだ公開されておらず、4月5日からの公開予定です。

 

『哀れなるものたち』

『哀れなるものたち』は今年のダーク枠の作品。変な映画ばっか撮ってることでおなじみのギリシャの映画監督ヨルゴス・ランティモスの最新作です。アリ・アスターと並んで「何考えて生きてるんだ?」って思う映画監督のツートップです。大好き。実は今回のアカデミー賞では2番目となる11ノミネートを果たしています。

 医学生のマックスは尊敬する高名な外科医ゴッドの助手に選ばれ、彼の研究を手伝うことになります。マックスに課せられた仕事は、ゴッドの家から一歩も出ずに暮らす子どものような知能を持つ成人女性ベラの記録をつけること。次第にベラに惹かれていくマックスですが、ベラの正体は自殺した妊婦のお腹の中にいた胎児の脳を妊婦に移植して蘇らせた人造人間でした。
 ベラの正体に驚きつつもそれを受け入れ、ベラに結婚を申し込むマックス。しかし知性が急速に発達したベラは外の世界に興味を持ち、スーパースケコマシマンであるダンカンに誘惑されて駆け落ちしてしまいます。外の世界で多くの刺激を受け、さらには性の歓びも知ったベラの知性はさらなる成長を見せていく。

 おぞましい人体実験で生まれた女性の成長と世界を巡る冒険を描いていく奇妙なSFコメディ。実は『バービー』以上にウーマン・パワーを描く女性映画枠の作品でもあります。これ大好きですし面白いんですけどね、結構何と言って良いのか難しい……。
 観た人にもやはりガツンとインパクトが残るのはバリバリのエマ・ストーンのセックスシーンでしょう。ガッツリ脱いでガッツリいたしてますが、性に奔放なベラを描くのは大切な部分で。ベラは知識と自由を愛し、成長するにつれてまっすぐに自分の意志で人生を切り開いていきます。そこでしばしば見えてくるのが女性を支配下に置きたがる男性の姿。彼らは自分が自由であることは当然のことのようにしていますが、ベラが同じことをしようとすると怒ったり、ドン引きしたりします。それでもベラはそんなことは意に介さず、自分の道を進んでいく。
 男性に搾取される側から、次第に主体性のある自立した女性像に。ベラの成長が社会における女性の変化と重なっていきます。

 女性版『フランケンシュタイン』といった内容でその発想もゴージャスな衣装や美術も非常に面白いんですが、とりわけセックスシーンが嫌われる人には嫌われる内容です。ヴェネチア国際映画祭で最高賞の金獅子賞を受賞、GGAのミュージカル/コメディ部門でも『バービー』を抑えて作品賞を取りましたが、アカデミー作品賞のシステムでは受賞までは難しいところ。
 ちなみに主演のエマ・ストーンも自身でプロデューサーとして参加していますので、これが作品賞を取った場合にもエマ・ストーンはオスカーを取れます。


『関心領域』

 作品賞最後のノミネート作は『関心領域』。イギリスの映画で今年2つ目の外国映画枠の作品です。外国語作品が2作も作品賞にノミネートするのは初めてのこと。カンヌ国際映画祭では最高賞に次ぐグランプリを獲得しました。5月24日の日本公開です。

 これがねえ、予告編観ていただければいいんですがメチャクチャ嫌な音で嫌な雰囲気の映像を流してくるんですよね。イギリス映画でありつつ主要言語がドイツ語の映画で、アウシュヴィッツ強制収容所の所長を務めたルドルフ・ヘスの家族の物語です。
 ヘスは強制収容所の隣に自分達の新居を建て、そこで家族で仲睦まじく理想的な暮らしを送りました。予告のサムネイルにもなっているイメージビジュアルでね、美しい緑が生い茂る立派なお屋敷で楽しく過ごす人達がいて、でもその奥の空は真っ黒じゃないですか。あれ強制収容所なんですよ。すぐ隣、たかが壁一枚、しかしその先のことには完全な無関心。理想的な暮らしを送る横でどれだけのことが行われているか。しかしそんなことはそこで暮らす彼らには真っ黒な中に沈んでいる。

「どんなホラーよりも恐ろしい」とも言われる作品。スピルバーグも「『シンドラーのリスト』以来の最高のホロコースト映画」と自賛もしながら絶賛しています。いったい何を目にすることになるのか、関心を寄せずにいられない作品です。
 なお、ヘス所長の奥さん役を『落下の解剖学』のザンドラ・ヒュラーがやっていますので、ヒュラーは自身主演の映画が2本作品賞にノミネートしていることになります。


【監督賞】

ジュスティーヌ・トリエ『落下の解剖学』
マーティン・スコセッシ『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
クリストファー・ノーラン『オッペンハイマー』
ヨルゴス・ランティモス『哀れなるものたち』
ジョナサン・グレイザー『関心領域』

 監督賞は素晴らしい監督を讃える賞です。作品賞と判断基準が分けにくくないですか? と思うところですが、たぶん皆そう思ってるから作品賞と同じ作品が選ばれる傾向にある大事な賞です。つまり、ここにノミネートしている方が作品賞でもリードしている可能性がある!
 そういう意味でもやはり『バービー』のグレタ・ガーウィグがノミネートしなかったのは残念な話ではありますが……。だからと言って、初ノミネートになるジュスティーヌ・トリエジョナサン・グレイザーが相応しくないというわけにもいきませんので、ねえ?
 昨年は作品賞と同じく『エブエブ』の監督コンビ・ダニエルズが受賞。まあここも正直圧倒的なので、何やかんや言っても作品賞と同様に『オッペンハイマー』のクリストファー・ノーランが制するでしょう。


ジュスティーヌ・トリエ『落下の解剖学』

 ジュスティーヌ・トリエはフランスの45歳の女性映画監督。監督賞における外国人枠であり女性監督枠の人です。だから、正直ガーウィグがノミネートから外れたのってそこだと思うんですよね……。そこだと言ってしまうとアレなんですが、近年のアカデミー賞は監督賞に結構女性監督とか外国人監督を積極的にノミネートさせてる印象なので、1人でそれが両方満たせるトリエの強みがさ……。いやホントにそれだと断言してしまうと良くないんですけど。まあ要因としての強みがあるって話です。

 アカデミー監督賞は初ノミネート。ちなみにパルム・ドール受賞者としては史上3人目の女性監督で、アカデミー監督賞のノミニーとしては史上8人目の女性です。こういう数字見ると、トリエがスゴいとか以前にただ単に少なすぎるだろって感じはしますが。受賞すればアカデミー監督賞では史上4人目の女性監督になります。


マーティン・スコセッシ『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』

 マーティン・スコセッシは御年81歳のアメリカ人監督。『タクシードライバー』『グッドフェローズ』『カジノ』、その他大量に有名作を世に送り出し、もはや知らない人はいないくらいの超有名監督。今回で10回目の監督賞ノミネート。その中で監督賞を取ったのは2006年の『ディパーテッド』です。

 もうこういう賞取らなくてもいいと言えばいい人ですが、今回本命のノーランが万が一落とすことがあればスコセッシが取ることになるでしょう。10度目の監督賞ノミネートは存命中の監督ではスピルバーグを抜いて最多で史上2位の記録(1位は12回のウィリアム・ワイラー)、81歳でのノミネートはこの部門で最年長記録です。


クリストファー・ノーラン『オッペンハイマー』

 今回、もはや当確の勢いで大本命になっているのがクリストファー・ノーラン。『ダークナイト』三部作が非常に有名ですね。CGをあまり使いたがらない、トレーラーを本当に縦に回転させたとか、本当にビルを爆破したとか、本当にトウモロコシ畑を作って燃やしたとか、そういうエピソードは映画ファンはたいがいご存知かと思いますが。興行的にも売れるオリジナル大作映画を作れる貴重な人物です。53歳でイングランド出身。

 それで今まで賞レースではどうかと言うと、実はこの人アカデミー賞は無冠なんですね。監督賞は2017年の『ダンケルク』がノミネートしたのみ。手掛けた作品では技術的なところが評価される傾向が強めで、自分自身ではオスカーは取っていません。
 DGA(全米監督組合賞)も危なげなく獲得。その他、前哨戦の主だったところはだいたい取っています。今回、2度目の監督賞ノミネートで初のオスカーとなるか!? ちなみに作品賞の方も奥さんと一緒にプロデューサーやってますのでそっちでも取れます!


ヨルゴス・ランティモス『哀れなるものたち』

 現代のヘンテコ面白映画の旗手、ギリシャ出身のヨルゴス・ランティモスは50歳の映画監督。『ロブスター』や『聖なる鹿殺し』で日本でも注目を集め、2018年の『女王陛下のお気に入り』で一気にアワードでも無視できない存在になりました。

 この人もアカデミー賞では無冠。監督賞は『女王陛下のお気に入り』に続いて2度目のノミネートです。


ジョナサン・グレイザー『関心領域』

 トリエと同じくサプライズ気味に入ってきたのは58歳のイングランド出身、ジョナサン・グレイザー。ジャミロクワイの『ヴァーチャル・インサニティ』のミュージックビデオを撮った人です。

 映画監督としては有名なのはスカーレット・ヨハンソン主演の『アンダー・ザ・スキン 種の捕食(2013)』ですね。だからまあ、言ってしまえば映画監督としては全然有名じゃないんですけど。今回の初ノミネートで一気に注目度も上がるかもしれません。


【主演男優賞】

ブラッドリー・クーパー『マエストロ:その音楽と愛と』
コールマン・ドミンゴ『ラスティン:ワシントンの「あの日」を作った男』
ポール・ジアマッティ『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
キリアン・マーフィ『オッペンハイマー』
ジェフリー・ライト『アメリカン・フィクション』

 主演男優賞は素晴らしい主演男優に贈られる賞です。
 今回の演技賞は全体的にLGBTQ+の役柄でのノミニーが多く、過去最多の7名となります。最近は今まで見えない人にされてた人々がちゃんと見えるようになってますので。「出しときゃいい」になると最悪なんですが、ごく普通に存在するようになったらこの勝負は人類の勝利です。おめでとう。

 昨年は激太り特殊メイクで『ザ・ホエール』のブレンダン・フレイザーが受賞しました。今回は本命にはやはり『オッペンハイマー』のキリアン・マーフィ、対抗として『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』のポール・ジアマッティ。ワンチャン、『アメリカン・フィクション』のジェフリー・ライトという様相です。恐らくここも順当に『オッペンハイマー』でしょう。


ブラッドリー・クーパー『マエストロ:その音楽と愛と』

 監督賞のノミネートこそ逃しましたが、主演男優賞には入ってきましたブラッドリー・クーパー。49歳アメリカ出身。
『マエストロ:その音楽と愛と』で主人公のアメリカ人初の偉大な指揮者、音楽界の巨匠レナード・バーンスタインを演じました。

 やはり特筆すべきはマーラーの『復活』を振るシーンでしょう! ここは1973年、イーリー大聖堂でのコンサート。上の動画が本人で下が映画のワンシーン。もっと良いシーンあるんですけど、とにかくクーパーが完コピと言えるほどに全身全霊で振る圧巻の場面。映像的にも結構な長回しで魅せる抜群の見せ場になっています。映画館で観てたら鳥肌モノですよ。うっかり自分も拍手しかねん。
 クーパーはヤニック・ネゼ=セガンという指揮者に師事し、6年間の訓練を経て生でオーケストラの指揮が出来るまでになったそうです。すげえ話だ。

 さてそのクーパー、アカデミー賞では主演・助演の演技部門でこれまで4度ノミネートしていますがオスカーを取ったことはありません。
 今回で主演男優賞には4度目のノミネート。『世界にひとつのプレイブック(2012)』『アメリカン・スナイパー(2014)』『アリー/スター誕生(2018)』と今までも正直取っても全くおかしくない作品が続いていました。これで取れていないのはもう不運としか言いようがありません。だからこそ、ここらでそろそろ……と言うところなんですが、残念ながら今年もまだオスカーは遠そうです。
 ホント、作品に恵まれていないわけでも演技が悪いわけでもないんですけどね……。


コールマン・ドミンゴ『ラスティン:ワシントンの「あの日」を作った男』

 そして今回の初ノミネートを果たしたのはコールマン・ドミンゴ。アメリカ出身54歳。Netflixの『ラスティン:ワシントンの「あの日」を作った男』からのノミネートです。正直、「知らねえ映画だ……」って思っちゃった。

 ドミンゴは2018年の『ビール・ストリートの恋人たち』とか2020年の『マ・レイニーのブラックボトム』とか、2023年の映画でも主演女優賞で入ってる『カラーパープル』とか、色々なブラック映画に出てる俳優なんですけども。正直何が代表作になると言えば分かるかがピンと来ないんですが、『ウォーキング・デッド』のスピンオフの『フィアー・ザ・ウォーキング・デッド』のヴィクター役がたぶん一番メジャーで分かる人には分かると思います。

 今回の『ラスティン』は実在の人物、バイヤード・ラスティンの伝記映画です。この人は何をした人かと言うと、1963年のワシントン大行進を実現させた人なんですね。
 この時代はアメリカでは人種差別撤廃を求める公民権運動が盛んに行われていた時代です。この時に20万人以上の人が参加したのがワシントン大行進。キング牧師が「I Have a Dream」を言った演説のヤツです。これでこの時の公民権運動は最高潮の盛り上がりに達しました。

 ちょっと、観れてないのであんまりテキトーなことも言えませんが……まずノミネートするまで作品も知らなかったので……。非常に重要で意義のある映画化、と言うことで作品評価そのものはかなり高いです。Netflixに入っている方はぜひご覧ください。

 

ポール・ジアマッティ『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』

『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』からはポール・ジアマッティ。主人公の堅物教師ポール・ハナムを演じています。
 でもこれも作品賞のところで書いたように、日本公開されてないから観てないので……。でも今回のノミネートだとジアマッティが完全にキリアン・マーフィの対抗でオスカー取る可能性のある人物なので、困る。困っています。
 そもそも本命のキリアン・マーフィーも『オッペンハイマー』観られないので、この部門は本命の人達の映画を全く観られないままに予想するしかないんですが。

 ジアマッティはアメリカ出身の56歳。有名な出演作は2004年の『サイドウェイ』や2005年の『シンデレラマン』。あと皆が観る映画と言うところでは2014年の『アメイジング・スパイダーマン2』で3人目のヴィランであるライノを演じているんですが……皆さん、覚えていますか? 『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』に出してもらえなかったライノのことを……。

 アカデミー賞では『シンデレラマン』で助演男優賞にノミネートして以来の登場となります。重要な前哨戦のクリティクス・チョイス・アワードではライバル達を抑えて見事主演男優賞を受賞。バイプレーヤー的印象の強いジアマッティ、ここで初オスカーとなるか!


キリアン・マーフィ『オッペンハイマー』

 そしてやっぱり観れていない映画『オッペンハイマー』から今回の大本命のキリアン・マーフィです。タイトルロールのロバート・オッペンハイマーを演じました。

 まあ『オッペンハイマー』は作品力がまず今回のノミニーでは最強なんですよね。それに加えて伝記映画なので、当然タイトルロールはメチャクチャ良いに決まってる。これが悪かったらこんなに盛り上がってません。今は何も分かりませんが、作品を観るのが楽しみですねえ……。

 キリアン・マーフィはアイルランド出身の47歳。今回、ここは若手がいないので。いちおう今年のこの部門のノミニーでは一番若いですね。
 マーフィも有名な俳優さんなのは間違いないんですが、知らない人に説明しようと思ったらわりと困る人ですよね。クリストファー・ノーランの作品には結構出てて、『ダークナイト』三部作ではヴィランのスケアクロウを演じています。

 アカデミー賞では実はこれが初ノミネート。SAG賞(全米俳優組合賞)の主演男優賞をはじめ、この人も大きな賞はだいたい押さえています。積み上げてきたキャリアに一気に弾みをつける初受賞になるのではないでしょうか。


ジェフリー・ライト『アメリカン・フィクション』

 今回は三番手くらいの印象になってしまうのがジェフリー・ライト。58歳アメリカ出身。『アメリカン・フィクション』好きだから、いくらでも高く評価されて欲しいですが……。

 ジェフリー・ライトが演じたのは主人公の売れない作家セロニアス・ “モンク” ・エリソン。モンクは本名ではなく、ファーストネームのセロニアスから有名なジャズピアニストを連想してつけられたオシャレなニックネームです。ややこしい構造のコメディを見事に演じ切りました。

 ジェフリー・ライトもバイプレーヤー系ですが、今回のノミニーの中でもよく観る俳優さんだと思います。2022年の『THE BATMAN』ではゴードン本部長をやってましたし、ダニエル・クレイグの『007』シリーズではCIAのフェリックス・ライターを演じていました。
 ただ、これが賞レースになってくると案外パッとしてなくて、実はこの人もアカデミー賞初ノミネートだったりします。


【主演女優賞】

アネット・ベニング『ナイアド ~その決意は海を越える~』
リリー・グラッドストーン『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
ザンドラ・ヒュラー『落下の解剖学』
キャリー・マリガン『マエストロ:その音楽と愛と』
エマ・ストーン『哀れなるものたち』

 主演女優賞は素晴らしい主演女優に贈られる賞です。

 昨年は『エブエブ』でミシェル・ヨーがアジア系で初の受賞。今年は『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』のリリー・グラッドストーンと『哀れなるものたち』のエマ・ストーンの一騎討ち状態です。本当ならここに『バービー』のマーゴット・ロビーも三番手くらいの立ち位置で食い込んでいくんですが、残念ながらノミネートから外れましたのでこの一騎討ちに割り込んでくるとすれば『落下の解剖学』のザンドラ・ヒュラーでしょうか。


アネット・ベニング『ナイアド ~その決意は海を越える~』

 マーゴット・ロビーを抑えて入ってきたアネット・ベニングはアメリカ出身、65歳の大女優。『アメリカン・ビューティ』とか……最近はアメコミ映画の『キャプテン・マーベル』でマー・ベルを演じています。

 今回この人がノミネートしてきた『ナイアド』は実話を基にした伝記映画なんですが、これがまた結構なスゴ味のある映画で……。
 タイトルの「ナイアド」は人の名前なんですね。ベニングがこの映画で演じたのは元遠泳選手のダイアナ・ナイアド。この人は何をしたかと言うと、まあ遠泳ってあるじゃないですか。自然環境の中でめっちゃ泳ぐヤツ。この人は現在は正式に認められていませんが、2013年にキューバからフロリダまで、約177kmを泳いで渡った記録の持ち主なんですよ。それも53時間かけて。ずっと海に入りっぱなし。しかもこれサメとかいる海なんですよ。それを史上初めてシャーク・ケージ無しで泳いで渡っちゃった。しかもそれが64歳の時で、還暦を迎えてから何度も何度もトライして達成しているんですよ。意味が分からないじゃないですか。意味が分からない人なんです……。

 そういう人の伝記映画ってだけですでに面白いんですが、もうこの作品から伝わってくるパワーが凄まじい。ずーっと泳いでるってのはズタボロになるってことなんですよ。お年寄りだし、身体も冷えるし、塩水に浸かりっぱなしだし、潮の流れで進まないし、サメはいるし、猛毒で刺されたら数時間で死ぬクラゲとかいるし……。天候が荒れてもおしまい、バカみたいに金もかかるからプロジェクトに参加するチームメンバーも家を抵当に入れて参加してたりする。でもこんなの達成しても報酬なんてありませんからね。
 それでも挑み続ける。何度も何度も、障害を少しずつクリアしてエネルギッシュにぶち当たっていく。その中には離婚していなくなった父親への思いや、少女時代にコーチに性的虐待を受けた傷、色々な心の内から沸き上がるモノがあります。そういう過去を乗り越えるような意味での挑戦でもあるし、死ぬ前に若い頃に成し遂げられなかったことをやるという終活的なことでもある。色々あるんでしょうが、とにかくやるんですよ。それを自分が出来るから、やる必要があると思ったからやるんです。いつでも、いくらでも夢には挑み続けて良いのだ!!!!
 そんな力強い、パワフルでわがままなお婆ちゃんのハツラツとした姿がたっぷり観られる作品です。後で出て来ますが、ジョディ・フォスターとの友情がバディ物としてもメチャクチャ良いんですよ!!

 ダイアナ・ナイアドがこの無謀なチャレンジに成功したのとほぼ同じ年齢のベニング。アカデミー賞は助演女優賞で1回、主演女優賞では今回含めて4度目のノミネートです。今回のために1年かけてバッチリ仕上げたベニング。取れれば65歳にして初オスカーです。


リリー・グラッドストーン『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』

 初ノミネートとなるリリー・グラッドストーン。37歳、アメリカ出身でXジェンダーのネイティブ・アメリカンの女性です。主演女優賞にネイティブ・アメリカンでノミネートするのはこれが初めて。

 これまでの出演作ではインディペンデント映画の『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択(2016)』が代表作。昨年末に日本で公開されていた『ファースト・カウ(2019)』にも出ていましたが、何せメジャーどころの映画には出ていないので日本でも特に認知されていません。
 しかし今回の『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』ではディカプリオの妻でデ・ニーロの悪事に敢然と立ち向かうオセージ族の女性モリーを好演。2人の大物俳優に負けない魅力を発揮し、大注目となりました。

 前哨戦ではSAG賞(全米映画俳優組合賞)の主演女優賞をはじめ、GGA(ゴールデン・グローブ賞)のドラマ部門、その他多数の批評家賞などを獲得し絶賛されています。去年のミシェル・ヨーに続き、アカデミー賞の歴史を動かす受賞となるか。


ザンドラ・ヒュラー『落下の解剖学』

 ザンドラ・ヒュラーはドイツ出身、45歳。2016年の『ありがとう、トニ・エルドマン』で注目を集めましたがやはり昨年が一躍ブレイクした年になるでしょう。『落下の解剖学』『関心領域』の2作品で重要な役を務め、ハリウッドでもその名を知らしめることとなりました。英国アカデミー賞では主演・助演の女優賞にダブルノミネートしています。

『落下の解剖学』では夫殺しの容疑者として起訴されてしまうドイツ人作家のサンドラを演じました。果たして彼女は本当に夫を殺したのか。ストーリーが進むにつれてその内面もどんどん見えていき、観客にも真実が分からなくなっていきます。終盤での夫との口論シーンは特に絶賛されていますね。

 主演女優候補のドイツ人女性としてはアカデミー史上3人目。大きなステップアップとなる初ノミネートです。


キャリー・マリガン『マエストロ:その音楽と愛と』

 夫バーンスタイン役のブラッドリー・クーパーとともに主演部門でノミネートされましたキャリー・マリガン。レナード・バーンスタインの妻である女優フェリシアを演じました。イングランド出身38歳。

『17歳の肖像(2009)』でアカデミー主演女優賞初ノミネート。近年では特に2度目の主演女優候補となった『プロミシング・ヤング・ウーマン(2020)』で大注目されています。

 これでアカデミー賞には3度目のノミネート。こちらも夫との口論シーンが特に称賛を集めており、3度目の正直と行きたいところですがちょっと今年は相手が悪いか。


エマ・ストーン『哀れなるものたち』

 今回グラッドストーンを抑えるとすればやはりこの人、エマ・ストーンです。ストーン対決だ。
 アメリカ出身35歳。『スーパーバッド/童貞ウォーズ』『ゾンビランド』『アメイジング・スパイダーマン』『ラ・ラ・ランド』『クルエラ』、私の好きな映画にはだいたい出てる大好きな女優さんです。贔屓目に見たいですねえ!

 ヨルゴス・ランティモスとは前作の『女王陛下のお気に入り』に続くタッグで、前回は助演女優候補。この時にもおっぱい出したりしてましたが今回はもうそんなレベルじゃなくガッツリ出してます。エッチとか以前にその演技の迫力に呑まれる。
『哀れなるものたち』で演じたベラは見た目は大人、頭脳は子どもの女性版フランケンシュタインの怪物。髪は黒髪に染め、自身でもプロデューサーを務めてこの特異な映画の特異なキャラクターを創造していきました。
 大人なのに中身は無邪気で残酷で好奇心旺盛な幼児、それが沢山の刺激を受けてどんどん自由に知性ある女性として独立していき、セックスもガンガンやる。めちゃくちゃ難しい役どころで、エマ・ストーンだからこれだけのパワーで仕上げられたところもあると思います。娼館で色んな種類の変態を相手にして学習していくとことか他の映画ではそうそう見られない部分で、私達もこう、勉強になります。スパイダーマンみたいなフォームで近付いてくる変態とかいるので楽しいですよ。そういう特異なプレイに対する素直なベラの反応! まあ、急に変な性癖ぶつけられてもな……。

 これまでにアカデミー賞は助演女優賞で2回ノミネート、主演女優賞もこれで2回目となります。2016年の『ラ・ラ・ランド』で初ノミネート&初受賞して以来となる主演女優賞。普通ならこれだけやれば当確レベルなんですが、グラッドストーンもかなり強くてほぼ拮抗状態なので確実視は出来ません。強いて言うなら競り合った時にヌードの多さがマイナスに働く気もします。
 前哨戦ではクリティクス・チョイス・アワードでグラッドストーンを抑えて主演女優賞を獲得した他、GGAは同部門のマーゴット・ロビーを相手取って制しました。また、グラッドストーンはノミネートしていませんが英国アカデミー賞も取っています。


【助演男優賞】

スターリング・K・ブラウン『アメリカン・フィクション』
ロバート・デ・ニーロ『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
ロバート・ダウニー・Jr『オッペンハイマー』
ライアン・ゴズリング『バービー』
マーク・ラファロ『哀れなるものたち』

 助演男優賞は素晴らしい助演男優に贈られる賞です。何をもって助演とするか、何をもって主演とするか、はもう配給会社の匙加減なんですが。助演賞は渋めのベテランバイプレーヤーを好むところもありつつ、主演級の扱いになるようなキャラクターはやはり強い部門にもなります。 

 昨年は見事復活を遂げました『エブエブ』のキー・ホイ・クァンが圧勝(イメージ)。今年はここも強い『オッペンハイマー』のロバート・ダウニー・Jrを本命に、『バービー』のライアン・ゴズリングと『哀れなるものたち』のマーク・ラファロが食い下がる構え。特にゴズリングは作品でも重要な立ち位置であり、主演賞でバービーそのものがノミネートしてない分のブーストがある可能性も否定できません。


スターリング・K・ブラウン『アメリカン・フィクション』

 スターリング・K・ブラウンは『アメリカン・フィクション』で主人公モンクの兄クリフを演じました。47歳のアメリカ人。

 この人は大ヒットしたドラマの『THIS IS US』が非常に有名。サーグッド・マーシャルの伝記映画『マーシャル 法廷を変えた男』ではレイプ容疑で告発されたアフリカ系運転手を演じました。

 アカデミー賞は初ノミネート。クリフはゲイであることで家族関係がうまくいっていない家族の厄介者で、終盤に大きな感動シーンをくれます。


ロバート・デ・ニーロ『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』

 大ベテランのロバート・デ・ニーロ、アメリカ出身80歳。やはりスコセッシ映画には欠かせません。財産目当てで次々とオセージ族を殺す悪の親玉キングを演じました。

 アカデミー賞助演男優賞はこれで3度目のノミネート、主演男優としても5回ノミネートしており、それぞれ1度ずつオスカーを手にしています(『ゴッドファーザー PARTⅡ(1974)』と『レイジング・ブル(1980)』)。最近は受賞にはなかなか至りませんが、まあこの人ももうあえてしなくてもいいくらいの人です。
 今でもバリバリに映画には出ていて、何かとグランパぶって元気に不良ジジイをやったりしてますけども。今回はガチで悪いジジイですからね。ヘタなギャングより長いギャング歴で培った至高の悪人を見せてくれます。


ロバート・ダウニー・Jr『オッペンハイマー』

 まず今回の本命の一人、ロバート・ダウニー・Jr。58歳アメリカ人。「私がアイアンマンだ」でおなじみの、スーパージャンキー状態から立ち直った世界を股にかけるスーパーヒーローで藤原啓治の声で喋る男。

 この長期間に及ぶアイアンマン振りですっかりそういうイメージになってしまいましたが、元々この人は若い頃から注目されていた超演技派俳優です。『チャーリー』もいいですが、やはりRDJを語るなら『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』は外せません。復活した『アイアンマン』と同年公開のコメディ映画で、「役作りのために手術までして黒人になってしまったメソッド型の白人俳優」というオリンピック級のバカを巧みな演技力で演じ、黒人訛りまで完璧に使いこなしてのけました。大物俳優達の大真面目なバカ映画なので未見の方はぜひ。

 それで、久し振りにスター性よりもそういう演技派なところが存分に発揮されるのが今回の『オッペンハイマー』。オッペンハイマーと敵対する政府高官のルイス・ストローズを演じています。
 アカデミー賞は主演男優賞に『チャーリー(1992)』で1度、助演男優賞は『トロピック・サンダー(2008)』に続いて今回が2度目のノミネート。主要な前哨戦はほとんど押さえており、ここで取れば初のオスカーとなります。ヒーロー映画からも離れ、新たなキャリアの出発を祝福する受賞となるでしょうか。


ライアン・ゴズリング『バービー』

 RDJに立ちはだかるのはライアン・ゴズリング。次のランボーとしてスタローン直々に御指名を受けている男。そして常にレイノルズの方と混同される男……。
 こっちは『ラ・ラ・ランド』の真面目な役が多い方のライアンなんですけど、ケンみたいなキャラをされると一瞬「こいつレイノルズか!?」って思うこともある。ありますね?

 43歳カナダ出身。まあ元々コメディでも何でもやってますので、幅広く色々な役に挑戦する人なんですが。やっぱり『ラ・ラ・ランド』くらいから分かりやすく大きい映画に出る機会が増えてる印象です。

 今回のケンは女性上位のバービーランドにおけるバービーの添え物で筋肉があるだけのバカなんですが、マーゴットバービーにくっついて人間界に行ったことでゴリゴリの男性社会を目の当たりにして「男なら何をしてもいいんだ! 最高!!」とバービーランドに革命を起こし、男性主体の社会に作り変えるとんでもないことをやらかす愛すべきバカ。
 実際メチャクチャ重要な役柄を見事に演じていて、RDJを抑えてもおかしくないレベルです。しかもこれで歌いますからね、ゴズリングは……。作品ブーストに歌のブーストも加味されてしまうと、ちょっと周辺の要素が強過ぎる可能性はあります。

 アカデミー賞は主演男優賞で2回ノミネート、助演男優賞は今回初。オスカーは取ったことがないので、そこの条件はRDJと同じです。


マーク・ラファロ『哀れなるものたち』

 ワンチャン期待できる存在が同じくアベンジャーズ出身のマーク・ラファロ。アメリカ出身56歳。

 この人は『アベンジャーズ』でハルクという緑色のパワー系巨人ヒーローを演じていて、いきなりエドワード・ノートンからラファロに変わったから皆ビックリしたんですけども。今ではすっかりハルクと言えばこの人です。

 ラファロも高い演技力のある俳優で、『スポットライト 世紀のスクープ』など社会派な映画にも色々と出ています。こういうモヤモヤする映画に出てると、ハルクであることが観客にはノイズにもなりますが……客側が悪いですが……。

 今回演じているダンカン・ウェダバーンはベラを騙して連れ出して寝取ろうとする、良識もクソもないスーパースケコマシマンです。だからまあ、エマ・ストーンが脱いでる時にはマーク・ラファロも脱いでますし、がんばって熱烈ジャンプしてますのでセクシーなラファロを観たい人にはまず嬉しい作品なんですけども。
 最初はベラを弄ぼうとして、次にベラをコントロールしようとして、でも全然ベラが言うこと聞いてくれなくて、ベラを好きになっちゃって、結局ベラに捨てられる。女性に幼稚さを求めるイヤな男性側の嗜好を象徴するようなキャラクターで、自分は一般の若い女の子をかどわかしてセックスするクセに、ベラが娼婦として仕事でセックスすると汚らわしさに耐えられなくて吐くというヘッポコメンタルの自分勝手なクソ虫です。
 確かに娼婦というものに良いイメージがあるかと言えば別にないんですけど、でも冷静に考えたらお前の方が圧倒的に悪いことしてるだろ!!!!! 人を騙してセックスしてるクセに開き直ろうとするな!!!!!

 そういう楽しいキャラクターで、映画として観る分には最高の人物なんですよ。
 ラファロはこれまでのアカデミー賞ノミネートは助演男優賞のみで無冠、今回で4回目のノミネートとなります。


【助演女優賞】

エミリー・ブラント『オッペンハイマー』
ダニエル・ブルックス『カラーパープル』
アメリカ・フェレーラ『バービー』
ジョディ・フォスター『ナイアド ~その決意は海を越える~』
ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』

 助演女優賞もそのまんま、素晴らしい助演女優に贈られる賞です。こちらもベテラン好みな面はありますが、男優賞よりも新人やこれまでキャリア的にあまり目立ってない人をピックアップするところも見受けられます。

 昨年は『エブエブ』からジェイミー・リー・カーティスが賞レース終盤に勢いを増して見事受賞。しかし今年はそういう逆転の気配もなく前哨戦の成績でも全部門で一番圧倒的、『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』のダヴァイン・ジョイ・ランドルフ以外有り得ないでしょう。


エミリー・ブラント『オッペンハイマー』

 エミリー・ブラントは41歳イングランド出身。大活躍している女優さんで、古くは『プラダを着た悪魔』のアン・ハサウェイの先輩アシスタント、トム・クルーズが軽率に死にまくる『オール・ユー・ニード・イズ・キル』のヒロインや音を立てたら死ぬホラー映画『クワイエット・プレイス』のお母さん、新しいメリー・ポピンズなど。名前は知らなくてもどこかで観てたことのある人ではないかと。

 ブラントが演じたのはオッペンハイマーの妻キティ・オッペンハイマー。自身も学者で、当時考えられていた女性らしい生き方を押し付けられることを良しとしない先進的な女性だったといいます。

 メジャー映画にも多数出演しているブラントですが、アカデミー賞はこれが初ノミネートです。


ダニエル・ブルックス『カラーパープル』

『カラーパープル』からノミネートしたのはダニエル・ブルックス。34歳アメリカ出身。今年のキャストのノミネートでは一番の若手です。アカデミー賞初ノミネート。
 ジェームズ・ガンの『スーサイド・スクワッド』のスピンオフ『ピースメイカー』に出演している他、大ヒットしたドラマ『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』のメインキャラクター・テイスティを演じています。

『カラーパープル』はスティーブン・スピルバーグが監督した1985年のヒューマンドラマを2005年にブロードウェイでミュージカル化。今作はそのミュージカルを基にミュージカル映画としてリメイクした作品です。
 原作はピューリッツァー賞も取った小説で、1900年代初頭からの約40年にわたるある黒人姉妹の人生を描きます。この時代の南部の黒人女性を描く作品で、主人公セリーの父親からのレイプ、妊娠、出産、金で売られての結婚と地獄のオンパレードの奴隷同然の生活で始まります。ブルックスが演じるソフィアはセリーが立ち直るきっかけを与える一人となる自立した女性。セリーは様々な出会いを通じて、打ちのめされながらも未来に向かっていく決意を強くしていきます。

 ミュージカルになったことでスピルバーグ版以上に明るく前向きなエネルギーに満ちている本作。力が沸き上がる作品です。


アメリカ・フェレーラ『バービー』

『バービー』から、アメリカ・フェレーラが嬉しいサプライズノミネート。 39歳アメリカ出身。ルーツはアメリカ中部のホンジュラスです。代表作は2006年のドラマ『アグリー・ベティ』。

『バービー』で演じたのはバービーの持ち主の女の子の母親グロリア。自分自身の不安が元でバービーに異変を起こした張本人です。バービーと出会うことで娘とともにバービーランドに行くことになり、そこで生きるパワーを取り戻したグロリアはバービーを解放するための名演説を打つのでした。

 やはりこのスピーチの場面ですね! 将来への不安を抱えて生きる等身大のキャラクターも適度な癒し要素がありました。
 今回で初ノミネート、受賞にまでは至らないでしょうがキャリアに重要なノミネートであり、今回不遇とも言われる作品への賞賛にも繋がるノミネートです。


ジョディ・フォスター『ナイアド ~その決意は海を越える~』

 いつの間にかすっかりお婆さんになりました、ジョディ・フォスター! 61歳のアメリカ人女優。カッコいいおばあちゃんしてますねえ。

 ジョディ・フォスターと言えばやはり『羊たちの沈黙』ですが、子役で3歳から仕事してますからもうとんでもない超スーパーベテランです。芸歴ほぼ60年ですよ。14歳の時点ですでに親子入れ替わり映画の元祖『フリーキー・フライデー』や『タクシードライバー』の少女娼婦、子ども達にギャングの抗争を演じさせた『ダウンタウン物語』でアカデミー賞を含む数々の映画賞にノミネート。英国アカデミー賞なんて2作品でノミネートして取ってます。
 最近は比較的活躍も大人しめですけど、今回はアネット・ベニングの相棒としてバッチリ存在感を示して来ました。とにかくこの2人のバディ感は最高ですからね!

 アカデミー賞は主演女優賞で3度ノミネートして2回受賞、助演女優賞では『タクシードライバー』以来の2度目のノミネートです。


ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』

 何やかんや言っても今年の助演女優賞はほぼ負けなしで来てるダヴァイン・ジョイ・ランドルフしかありません。37歳アメリカ人。映画では『クレイジー・パーティー』や『ザ・ロストシティ』、主演男優賞の『ラスティン』にもマヘリア・ジャクソン役で出演しています。

『ホールドオーバーズ』ではホリデーシーズンに堅物教師と生徒と一緒に学校に残る料理長メアリー役。この普段は親しく交わることのない3人が特別な環境に身を置くことで親しくなっていくのが作品の面白さ。メアリーは優しくこの不思議な関係を取り持つキャラでありつつ、戦争で息子を失ったばかりの傷を抱えた母親でもあります。

 今回初ノミネートながら、もっとも受賞に近い人物。これまでの出演作でも重要な位置の役柄でなくても強い印象が残る役者さんですので、今後の活躍の広がりも楽しみです。


【脚本賞】

『落下の解剖学』
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
『マエストロ:その音楽と愛と』
『May December』
『パスト ライブス/再会』

 脚本賞は優れたオリジナル脚本に贈られる賞です。何かしら原作・原案が付く場合は次の脚色賞の候補となります。監督が自分で脚本を手掛けたモノがノミネートすることも非常に多い部門です。

 昨年取ったのは『エブエブ』でした。今年は脚本も脚色も面白い作品が多くて圧倒的と言えるほど抜けてる作品がなく、ちょっと悩むところなんですが……。ここはやはり『落下の解剖学』で予想しておきたい。次いで『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』『パスト ライブス/再会』。ストの影響で脚本家組合賞のWGAも発表がアカデミー賞後となるので、決め手が不足しているのが困り物。


『落下の解剖学』

 脚本は監督のジュスティーヌ・トリエとその実生活のパートナーのアルチュール・アラリの共同執筆。雪山で同じ物書き同士の夫婦に起こるトラブルを実生活をモデルに書き上げました。だからイヤなリアルさがあります……。

 前哨戦は英国アカデミー賞やゴールデン・グローブ賞などで受賞。勝ち星の数そのものは『ホールドオーバーズ』の方が多かったはずですので、断トツ予想とまでは言いにくいところ。2人とも初ノミネートです。


『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』

 脚本はデヴィッド・ヘミングソン。テレビの脚本の人で映画では初脚本。自分の学生時代の思い出を基に、半自伝的要素を加えてストーリーを書き上げました。

 当然アカデミー賞初ノミネート。今回の賞レースでは勝ち星の数なら恐らく脚本部門でトップです。


『マエストロ:その音楽と愛と』

 脚本担当はブラッドリー・クーパージョシュ・シンガー。クーパー、プロデューサーに監督に主演に大忙しです。

 クーパーは2018年の『アリー/スター誕生』でも脚色賞でノミネート。
 シンガーはテレビの脚本の人でありつつ、映画作品では『スポットライト 世紀のスクープ(2015)』『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書(2017)』『ファースト・マン(2018)』などアカデミー賞にも絡んだ作品の脚本も手掛けてきています。社会派作品が得意な印象ですね。
『スポットライト 世紀のスクープ』ではトム・マッカーシーとの共同脚本で脚本賞に初ノミネート、そのまま初受賞も果たしました。


『May December』

 脚本で高く評価されている『May December』は脚本を担当したのはサミー・バーチ。バーチと夫のアレックス・メチャニクの書いた脚本に基づいて作られたドラマ映画です。初ノミネート。

 ナタリー・ポートマンとジュリアン・ムーアという名女優2人が共演するこの作品は、13歳の息子の友人とセックスして投獄されて出産して結婚したすげえ女であるジュリアン・ムーアを映画化するために取材に来た女優ナタリー・ポートマンが、彼らの家族と交流して知っていく内面を描く複雑な作品。ぞわぞわする話ですねえ……。

 日本での公開予定はありませんが、そもそもNetflixの映画なのでたぶんそのうち配信されるんじゃないでしょうか。


『パスト ライブス/再会』

『落下の解剖学』『ホールドオーバーズ』の2作と拮抗していると思われる『パスト ライブス/再会』。脚本は監督のセリーヌ・ソン自身が手掛けています。

 ソンは韓国出身で12歳で両親の仕事の都合でカナダに引っ越しました。それからニューヨークの大学で劇作家として学び、アメリカ人の作家と結婚しています。だから、映画の中のノラが完全に監督なんですよね。

 そうした体験に基づいて作られた映画デビュー作品。当然初ノミネートとなります。結構三つ巴状態ではあるので受賞してもおかしくないところですが、アジア系の物語になるのはさすがに若干不利にはなるかも。


【脚色賞】

『アメリカン・フィクション』
『バービー』
『オッペンハイマー』
『哀れなるものたち』
『関心領域』

 脚色賞はオリジナルではなく何かしら原作・原案付きの脚本に対しての賞です。小説や漫画を基にしたモノが分かりやすいですね。リメイク映画や既存のキャラクターベースの作品も該当します。今回で言えばオリジナル脚本の『バービー』がバービー人形を原案とする脚色という扱いでここに回ってきています。
 映画における脚色は非常に大切なところで、元がどんなに良い作品でもフォーマットの異なる映画にそのまま落とし込んで面白くするのは無茶な話です。映画にする際に重視されるテーマも場合によっては変わってきますし、古い原作ならそれこそ時代に合わせてバージョンアップされたりもします。その脚色が、ただ変えればいいってもんでもなくどういう意図でどう変更しているのか、脚本の面白さと言うだけでなくそういう脚色具合に注目するのも面白い部門。

 去年は『ウーマン・トーキング 私たちの選択』が受賞。予想の上で地味に大事なポイントなんですが、作品賞を取る映画は少なくとも近年はほぼ脚本ないし脚色賞にノミネートしてなおかつ受賞しているんですよ。この傾向は予想に迷う時の指針としては信頼度が高くて、例えば今回は脚色賞はかなり拮抗した乱戦にも思えるんですが作品賞はほぼほぼ『オッペンハイマー』が取るんですよね。と言うことは、ここは『オッペンハイマー』の受賞で決まりと言う非常に分かりやすく簡単な予想が立つのです。
 ただ、英国アカデミー賞で脚色賞を取った『アメリカン・フィクション』の勢いがかなり増してきている不安要素も……。


『アメリカン・フィクション』

『アメリカン・フィクション』の原作はパーシヴァル・エヴェレットの小説『イレイジャー』。まあ「イレイザー」ですね、消すって意味ですが。複雑な構造の小説で、文学をエンタメとして消費することが求められる出版業界への風刺や、そのために人種や貧困という題材をお手軽に消費することへの疑問などなど。映画と基本路線はそう変わらないのかな? とは思うのですが、原作はダークコメディとされていて映画よりも暗めの空気になるようです。

 厳しい目線をユニークな風刺ギャグで包んだ作品に仕上げた監督のコード・ジェファーソンはジャーナリストからテレビの脚本に転身した人。脚色賞初ノミネートです。英国アカデミー賞獲得でオスカー獲得の勢いに乗るか。


『バービー』

 ほとんどの映画賞では脚本賞で扱われているんですが、アカデミーでは脚色賞になりました。脚本担当は監督のグレタ・ガーウィグと夫のノア・バームバック。バームバックも映画監督で脚本家、この2人はそこまで頻繁に一緒に仕事してるわけでもないんですが、『フランシス・ハ』『ミストレス・アメリカ』『ホワイト・ノイズ』はバームバックの作品です。ガーウィグの作品にバームバックが絡んでくるのは初めてかも。

 マテル社の大ヒット商品であるバービー人形の世界を押し広げて魅力あるストーリーに仕立てた今作。廃番のフィギュアやヤバい扱いのキャラクターも登場させ、バービーとしても濃い目の世界観が展開されています。まあ、マテル社自体もちゃんと製作に参加してるようなので……。マテル社は自社をわざわざ貶めるようなシーンまで入れる無駄に懐の深いところが観られます。

 ガーウィグは今までの監督作すべてで脚本・脚色賞にノミネートしています。ただしここまでは無冠。3度目の正直となるか。


『オッペンハイマー』

 本命は『オッペンハイマー』。脚本はクリストファー・ノーラン自身が担当し、ノーランは『メメント』『インセプション』で脚本賞に2度ノミネート。脚色賞は今回初ノミネートです。これで初受賞となれば……今までなかったオスカーがお家にいっぱい並びますね!!

 原作はカイ・バードとマーティン・J・シャーウィンの伝記『オッペンハイマー 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇』です。原題は『American Prometheus』。プロメテウスはギリシャ神話の神で、人間に火をもたらし進化を促した存在であり、それによって人間が火を用いて戦争を生み出す要因を作ってしまった神様でもあります。
 オッペンハイマーの様々な要素を掘り下げた作品で、観てない映画の読んだことない本の脚色具合が分かるわけないだろ、なんですがもしかしたら「脚色」としてはそこまで強くないのかも……。『アメリカン・フィクション』の勢いをどこまで読むかで話が変わってきますねえ。


『哀れなるものたち』

 こちらの原作はアラスター・グレイの小説『哀れなるものたち』。脚本は前作に続いてヨルゴス・ランティモスとタッグを組むトニー・マクナマラです。前作の『女王陛下のお気に入り』では脚本賞ノミネート、脚色賞には今回初ノミネートです。


『関心領域』

 原作はマーティン・エイミスによる小説『関心領域』。脚本は監督のジョナサン・グレイザー自身。初ノミネートです。

 結構大きめに脚色はされていて、原作ではあくまで架空の人物の物語だったところを強制収容所所長ルドルフ・ヘス(原作のモデル)とその家族という実在した人物の話に置き換えています。


【撮影賞】

『伯爵』
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
『マエストロ:その音楽と愛と』
『オッペンハイマー』
『哀れなるものたち』

ここから技術部門に入っていきますが、正直技術のことなぞ毎年分からんのでふわふわしたことしか言えません。
 まず撮影賞はイイ感じのイカした撮影をした撮影監督に贈られる賞です! 分からん、何がイイ感じの撮影なのか……! まあ技術系はだいたい大変なことか変態なことをしている映画が強いので、「意味分かんねえことしてる、スゲエ!」みたいな映画がスゴいです。

 ここも色々考えていくと面白い部門ですが、今回はほぼ『オッペンハイマー』一択。前哨戦ではほぼ敵無しで進んでいます。
『オッペンハイマー』の撮影監督ホイテ・ヴァン・ホイテマは、オランダの撮影監督。ノーラン監督とも何本もタッグを組んでいます。アカデミー撮影賞は『ダンケルク(2017)』以来の2度目のノミネート。取れれば初受賞です。ASC賞(全米撮影監督協会賞)、英国アカデミー賞など重要なところも押さえています。


『伯爵』

『伯爵』はNetflixのチリ産コメディ・ホラー。1973年にクーデターを起こして実権を握った独裁者アウグスト・ピノチェトが実は吸血鬼だった……というトンデモストーリーです。

 トンデモではありますが、吸血鬼にされるほど嫌われてる人物がずっと影響力を持ち続けていたという事実が怖いですよね……。引退したアウグストは子ども達からは財産のために命を狙われ、奥さんは執事と浮気してて、殺し屋のシスターを差し向けられたりします。勝手に酷い目に遭っていくが……自業自得な気がするぜ!!!
 あと生前仲良しだったのでマーガレット・サッチャーも出ます……。

 そんなどう考えても変な映画なんですけど、普通に批評家評価なんかも高かったりします。ご照覧あれ。

 

【編集賞】

『落下の解剖学』
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
『オッペンハイマー』
『哀れなるものたち』

 編集賞は一番優れた編集をしている映画に贈られる賞です!
 編集が大事なのは分かるが、正直何がスゴい編集なのかは何も分からぬ。ある程度のレベル以上ならみんなスゴいと思う……。スゴい編集を決められてみんなスゴいぜ、と私はいつも思っています。
 しかし大事な要素ですので、作品賞を受賞する映画はだいたいここにもノミネートします。何がどうスゴいのか言語化するのは難しいのですが、とにかくとても大事なのです……!

 ここは作品賞を取る映画がノミネートしやすい部門でもあり、昨年は作品賞を取った『エブエブ』が編集賞も制しました。そうなるとここも前哨戦の結果で見ても『オッペンハイマー』が本命となります。編集を務めたのは『TENET テネット』に続いて2度目のクリストファー・ノーランとのタッグとなるジェニファー・レイム。アカデミー賞は初ノミネート。前哨戦では全米映画編集者協会賞のエディー賞ドラマ部門、英国アカデミー賞などを受賞しています。
 3時間に及ぶ長編な上に内容は難しい専門用語の会話多め、さらに5つの時間軸が入り乱れて、その素材もカラー・モノクロ、フィルム・デジタル・IMAX、とにかくバラバラなわけですよ。考えてみれば編集の腕の見せ所しかない映画で、すでにレイムはメチャンコややこしい『TENET』の編集を経験済なわけですからノーランも安心して任せられるエディターなのでしょうね。ややこしい映画を小難しくならず良いテンポに組み上げています。

 対抗として考えるならエディー賞のコメディ部門を取った『ホールドオーバーズ』。こちらはペイン監督と長年仕事をしているケヴィン・テント。2011年の『ファミリー・ツリー』以来2度目のアカデミー賞ノミネートです。


【音響賞】

『ザ・クリエイター/創造者』
『マエストロ:その音楽と愛と』
『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』
『オッペンハイマー』
『関心領域』

 音響賞は一番優れた音響効果を生み出した作品に贈られる賞です。サウンドエフェクトの賞になるので、効果音とか場面ごとの音の響かせ方とか、何かそういうので考える賞です。戦争映画や音楽映画が強いところ。

 昨年は『トップガン マーヴェリック』が見事受賞しました。今回はシリーズでこの部門初ノミネートとなる『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』、SF映画の『ザ・クリエイター/創造者』、壮大なオーケストラの『マエストロ:その音楽と愛と』など幅広く色々な作品がノミネートしています。しかしここもやはり受賞は『オッペンハイマー』となるでしょう。とにかく技術系もやたら強いのが『オッペンハイマー』です。

 サウンドデザイナーのリチャード・キングは『オッペンハイマー』のために壮大な原子爆発の音や量子の粒の音を作ったそうです。ちょっと何言ってるか分かんないですね……量子って音があるものなんですか……?
 全米音響効果監督組合賞であるゴールデン・リール賞では効果音やアフレコに関して2部門で受賞しました。またCAS賞(全米映画音響協会賞)でも録音賞を取っています。


『ザ・クリエイター/創造者』

『ザ・クリエイター/創造者』はギャレス・エドワーズ監督のSF映画。エドワーズは2014年にモンスターバースの1作目となる『GODZILLA ゴジラ』を撮った監督です。

 人工知能が発達し過ぎてしまった未来。人類と高度AIを積んだ模造人間シミュラントとの間で戦争が勃発。特殊部隊員のジョシュアは高度AIの設計者である謎の科学者ザ・クリエイターを探すためシミュラント側に潜入して現地の人間と結婚までするが、ジョシュアの正体を知った妻は失踪。すっかり感情移入していたジョシュアはグデグデになってしまう。
 何だかんだでジョシュアは恐るべき超進化型シミュラントの少女アルフィーとともに旅をすることになり、ザ・クリエイターを探し求める。

 ビジュアルが面白くて、見どころいっぱいの良い温度感のSF映画です。サイバーチベット! サイバーブッディストがはびこるサイバーチベットですよ!


『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』

ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』はシリーズ第7作目。初めての前後編で、次回に明確に続きます。

 ストーリーは誰も覚えてないので置いておきますが、シリーズを追うごとに危険度を増すトム・クルーズのアクションは超エキサイティング。これを観るために観てる! ってなもんで、抜群の環境で最高のトム・クルーズを味わう嬉しい映画館体験を与えてくれます。

 激しいカーチェイスは前菜として、断崖絶壁からの熱烈ジャンプに、今回何よりやりたかったと言う列車アクション! 撮影のためにわざわざ列車を作ってですね、その上で戦ってですね、そんで落としてぶっ壊すの!! わざわざ作った電車を!!!
 もうそろそろ上の人はトムに言った方がいい、「それVFXじゃダメですかね……?」と。少なくとも列車の上でアクションはしなくて良かっただろ!!

 まあこれでトムの映画は結構ガッツリVFXは駆使して仕上げてるのでシーンによってはちゃんと安心できるんですが……。トムは絶対スリルジャンキーになってるから、本当に死ぬ前にちゃんと止めた方がいいですよ……。言うておじいちゃんの年齢なので……。


【美術賞】

『バービー』
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
『ナポレオン』
『オッペンハイマー』
『哀れなるものたち』

 美術賞は素晴らしい映画の舞台美術に贈られる賞です。美術・衣装デザイン・メイクアップ&ヘアスタイリングの3部門はジャンル的に共通するところもあり、いずれもピリオド(時代)、ファンタジー(空想)、コンテンポラリー(現代)の3系統にカテゴライズされて組合賞では競われます。概ね時代再現のピリオド系作品がアカデミー賞では強い傾向にあります。

 昨年は番狂わせで『西部戦線異状なし』が受賞。今回は断トツで『バービー』が強い部門になっていたのですが、対抗の『哀れなるものたち』が猛追。ここに来て拮抗している印象になっています。
 ADGA(全米美術監督組合賞)はピリオドでは『オッペンハイマー』、ファンタジーでは『バービー』を抑えて『哀れなるものたち』が受賞しています。さらに直近の英国アカデミー賞も『哀れなるものたち』が制していて……。やっぱりちょーっと『バービー』の勢いが弱まってますよねえ……。前哨戦全体では圧倒的に『バービー』なんですが、終盤に重要なところをガッツリ落としてるのはかなり流れが悪いです。個人的にはどうにか『バービー』に逃げ切って欲しい!


『バービー』

『バービー』はやはり何と言ってもメチャクチャに楽しすぎるバービーランドの構築! バービーランドはバービーの世界だから、バービーハウスを始めとするあらゆるモノがオモチャそのままの等身大めいたビジュアルになってるんですよ!!! めっっっっちゃ楽しい!!! うおー!!!

 水が出ないシャワー! 中身が入っていない冷蔵庫! 絵が描いているだけのプール! そういうところで楽しい暮らしをしているバービー達……! こんなの絶対楽しいじゃん!!
 しかも等身大とは言いましたが、「バービーハウス」のリアルサイズだから現実の家具とかよりちょっとちっちゃいんですよね。その一方で手に持つモノなんかは現実のモノよりちょっとおっきく作ってるんです。なぜならバービーはそういうサイズ感で作ってるからです。そういうこだわりが随所に自然にあるから、ミニチュアを楽しむ興奮そのままにこの世界にどっぷり浸かれるんですよねえ。


『哀れなるものたち』

『哀れなるものたち』は映画そのものも奇抜な喜ばしい発想に満ちていますが、それを構築する世界もぶっ飛んでます。おおよその時代背景に合わせたヴィクトリア朝風でありつつ、スチームパンクな装い。数ヶ月かけて作られる広大なセットは、物語のベラの成長と変化に合わせてそのデザインも変わっていきます。
 ツギハギデザインのお家からテーマパークのような楽しさが広がる外の世界、妙なバカバカしさも漂う娼館……。やっぱりこれも美術を観るだけでも楽しい映画になっちゃってますので、もうホントにこの映画がオスカー取っても全く文句はないです。


『ナポレオン』

『ナポレオン』はリドリー・スコット監督による伝記スペクタクル映画。フランスの英雄ナポレオン・ボナパルトをホアキン・フェニックスが演じ、壮大なスケールの戦場を描きつつ、ナポレオンと奥さんの愛憎を綴っていきます。

 これフランスでは評判悪くて、まああんまりカッコ良くはないんですよ。ナポレオンが。英雄としてのナポレオン、と言うよりも等身大の人間として時代の波に乗って生きていくナポレオンを作り上げています。
 まあ戦場の迫力はともかく、上映時間も長いし主役も冴えないしでちょっとノリにくい映画ではあるな……と私も思っています。でもこういう描き方の作品という前提を持っておけばホアキンのナポレオンは良いですよ。Appleの映画なのでApple TV+で配信されています。


【衣装デザイン賞】

『バービー』
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
『ナポレオン』
『オッペンハイマー』
『哀れなるものたち』

 衣装デザイン賞は最も優れた衣装デザインに贈られる賞です。優れたビジュアルを構築するという意味では先の美術賞と同じ作品が受賞することも多く、ノミネートも似通ってきます。何なら今年は美術賞と衣装デザイン賞は完全にノミネートが同じです。そうなると同じ映画が受賞する可能性も非常に高まってきますが……。

 昨年は『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』が受賞。今年はやはり美術賞同様に『バービー』『哀れなるものたち』での一騎討ちです。どうしても『哀れなるものたち』が怖い……特に衣装は相当やってましたので、怖いですねここは。それでもここも個人的願望としても『バービー』に逃げ切り勝ちを決めて欲しいところです!
 重要な前哨戦ではCDGA(全米衣装デザイナー組合賞)でこっちはピリオドに入っている『哀れなるものたち』が受賞、『バービー』もファンタジー部門を制しています。英国アカデミーは『哀れなるものたち』に軍配。総合的には『バービー』になってるはずですが、ここも微妙なラインではあります。


『バービー』

『バービー』で衣装デザインを担当しているのはジャクリーヌ・デュラン。これまでアカデミー賞は2度受賞、9度目のノミネートです。ディズニーの実写版『美女と野獣』の衣装を作ったりされている方ですね。

 やはりバービーにとっては衣装はとても大切なものです。それもバービーはマーゴットだけではありませんので、把握しきれないほど膨大な何百という衣装が用意されています。
 おもちゃのバービーは目的に応じて完璧なコーディネートが用意されているので、映画でもその時々に合わせてバービーは完璧に着替えます。そうすると、マーゴットが着替えると他のバービーも着替えることになる。映画ではモブと呼べるようなキャラでもほぼ全員がバービーですからね。当然、主役じゃないからと手を抜けない。でも全員がギンギンなカラーでも分かりにくいし、かと言ってバービーだと思えない衣装にも出来ない。
 そうした検討事項が大量にある中で用意されたバービーの衣装群、ついでにケンの衣装群。主役単体でなく全体でのバランスもポイントになっています。


『哀れなるものたち』

『哀れなるものたち』の場合は自由なファッションを謳歌するベラの衣装がポイントになります。常識にとらわれず、自由に自分がやりたいファッションを楽しむベラ。上半身がやたらモコモコなのに下はショート、とか不思議な取り合わせも目立ちます。

 衣装デザインはホリー・ワディントン。アカデミー賞初ノミネート。ただ奇抜なファッションにしているわけではなく、ベラの成長に合わせて衣装のデザインもトーンも変化していくように作られています。


【メイクアップ&ヘアスタイリング賞】

『Golda』
『マエストロ:その音楽と愛と』
『オッペンハイマー』
『哀れなるものたち』
『雪山の絆』

 メイクアップ&ヘアスタイリング賞は優れたメイクとヘアスタイリングの賞です。歴史的には新しい方の賞で、アメコミ系でも入りやすい部門。傾向としては歴史再現系、実在の人物再現系、太る系特殊メイクが人気です。

 去年は激太り特殊メイクの『ザ・ホエール』が制しました。今回は悩みどころではありますが、『哀れなるものたち』『マエストロ:その音楽と愛と』の対決でしょうか。組合賞の結果から見ても、偉大な音楽家に扮した『マエストロ』に軍配が上がると思われます。


『マエストロ:その音楽と愛と』

『マエストロ:その音楽と愛と』で特殊メイクを担当したのは日本出身のメイクアップ・アーティスト、カズ・ヒロさん。2017年の『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』、2019年の『スキャンダル』でそれぞれオスカーを獲得しています。こうなるともう実在の人物に似せる特殊メイクでは抜群の信頼度。今回は巨匠レナード・バーンスタインに挑みました。

 見た目を寄せるというだけでなく、若い時代から高齢の時代まで違和感なくクーパーをバーンスタインのままで年を取らせるように作られました。特に高齢期のメイクは5時間もかかるのだとか。
 大きな付け鼻はステレオタイプなユダヤ人の特徴をクローズアップしていると批判もあったのですが、まあでも……控え目に言ってもバーンスタインの鼻は大きいからな……。
 この映画はバーンスタインの本物のお子さん達が協力していますので、身近にいた人が違和感なければまあ今回は良いんじゃないでしょうか。

 とにかく非常に大変なメイクを自然に施し、さらにこの部門が好きな実在の人物に寄せるメイクですので受賞に一番近いとみてまず大丈夫でしょう。


『Golda』

『Golda』はガイ・ナッティヴ監督の伝記映画。イスラエル初の女性首相であるゴルダ・メイアが、第四次中東戦争でヨム・キプール(贖罪日)にエジプトとシリアが行った奇襲攻撃に対し、どのような行動を取っていたのか? という話です。
 メイアはこの奇襲を許した責任を取って辞任することになりますが、とにかくその奇襲を受けた2週間ばかり、伝記映画としては非常に短い期間を扱った作品です。

 ゴルダ・メイアを演じるのはイギリス映画界の至宝ヘレン・ミレン。特殊メイクでだいぶ印象の変わった顔になっていますので、ここにノミネートしています。


『雪山の絆』

『雪山の絆』はNetflixの映画で、1972年のアンデス山脈での飛行機墜落事故を映画化した作品です。グッと惹き込まれてしまう場面も多くて面白いですよ!

 チリに飛行機で向かっていたウルグアイの学生ラグビーチーム。しかしアクシデントで機体は高い雪山の峰に衝突、バラバラになりながら墜落してしまいます。助かったのは45人中28人。しかし非常に寒い雪山の中、寒さをしのげるのは壊れた飛行機の中だけ、食べるモノは周囲には何もなし、視界も悪く救援も全くアテにできない。
 助かる見込みもない厳しい環境の中、墜落から生き延びた友人達も弱った人間から亡くなっていきます。ここには食べるモノは一つしかない。生きるため、若者達は悲痛な決断を下します……。

 どんどんすり減っていく心と身体。その極限状態が評価されてのメイク&ヘア部門ノミネートでしょう。

 監督はスペインのJ・A・バヨナ。スマトラ沖地震で発生した津波の恐怖を描いた『インポッシブル』や『ジュラシック・ワールド/炎の王国』の監督です。
 実際に遭ったことを基にした作品で、本当に悲惨な絶望の中で……ネタバレにはなるんですが、16人生き延びてるんですよ。すごくないですか、普通に。生きられる気になれなさそう……。
 でもこれ、本当に彼らが若者だったのが…………ちょっと言葉を選びますけど、まだマシで。体力もそうですが、希望を探せるんですよね。励まし合って、何も目算はないのに「絶対皆で助かるぞ!」で助け合える。こういう人間になりたいですよね、いざという時に足を引っ張り合うようなのじゃなくて……。でも本当に大変な時って人に励ましてもらえるのは大切だなって何だか痛感しました。人がいる方が人は頑張る気になれますからね。自分だけ助かろうとしても気力が持たなさそう……。
 何だかそういうことを感じ入りながら観てしまった映画です。


【視覚効果賞】

『ザ・クリエイター/創造者』
『ゴジラ-1.0』
『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』
『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』
『ナポレオン』

 視覚効果賞はビジュアルエフェクトを大いに讃える賞です。特撮とか、まあだいたいスゴいCGを使ったVFXですね。その性質上、他の部門よりもお金の掛かった大作映画が顔を出しやすいところです。マーベル映画とか。

 昨年は順当に大本命の『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』がオスカーを獲得しました。そして今年は日本を代表する名映画シリーズの最新作、『ゴジラ-1.0』がアジアで初めてこの部門を制する記念の年になります!!!!!
 ゴジラって皆が知ってるくらい有名だけどシリーズちゃんと観てる人は一般的に大していないですよね。この機会に皆も観た方がいいですよ、『ゴジラ FINAL WARS』とか。皆でドン・フライを応援しよう!

 実際のとこ、『ザ・クリエイター/創造者』と五分五分と言っていいくらいの状態です。それぞれの映画の要素の何をどう判断するかでどっちにも天秤が傾く感じ。しかしここはゴジラに勝って欲しい! 何ならゴジラにレッドカーペットを歩いて欲しい! たぶんハリウッドセレブも大喜びしてくれると思う、それは! 頼む! 


『ザ・クリエイター/創造者』

『ザ・クリエイター/創造者』は模造人間シミュラントのデザインがスゴいんですよね。こう……耳のあたりにデカめの穴が開いてて、ちょいちょいメカメカしさが見え隠れするんですけども。基本的には普通に人間に見える感じで。
 なかなか本当に人間に穴を開けるわけにもいきませんので、もちろんこれはVFXになります。視覚効果を担当したのは『スター・ウォーズ』などでおなじみのILM。違和感なく人間をシミュラント化させ、サイバーブッディストのような面白SFキャラクターを動かしています。

 監督のギャレス・エドワーズは自分自身もVFX出身ですから、こういうところのイメージは強いものがあります。現在も続くハリウッド版ゴジラの元祖監督でもありますから、今回の視覚効果賞はVFXに詳しい日米ゴジラ監督対決です!


『ゴジラ-1.0』

 その『ゴジラ-1.0』。私は子どもの頃から東宝怪獣映画と育っていますので、何せ幼稚園の頃はおえかきちょうに東宝の大ダコの絵とか描いてましたので、ゴジラには無駄にうるさい時があるんですが。イヤだな、ゴジラにうるさいおじさん……。
 しかしそんな私でも、ゴジラ史上でもっとも面白いのでは!? とまで思ってしまう、少なくともゴジラを全く知らない超ビギナーにオススメするなら確実にこの一本! と断言できる、そういう超面白ゴジラ映画になっているんです、これは!!!!!

 いや、ホントに。これちゃんとゴジラの映画ですし、それ以上に神木隆之介君の映画なんですよ。だから神木君が戦争で受けた心の傷に苦しみながらも自分の戦争を終わらせるためにゴジラに自分の全てをぶつけていく、そういう怪獣映画でもありつつ戦争映画でもある作品なんですね。
 細かいことを言い出すと無限に喋り始めるので、とりあえず良いゴジラなんです、観てやって下さい。

 今回は監督の山崎貴自身もVFXチームとしてノミニーにいますので、受賞できればちゃんと監督にもオスカーが渡ります。受賞すればこの部門で日本初どころかアジア初、そして作品の監督が自分で視覚効果賞を受賞するのは『2001年宇宙の旅(1968年)』のスタンリー・キューブリック以来55年振り、史上2人目となります。普通は監督は自分でそこやらないですからね……。

 もちろん『ゴジラ-1.0』のVFXは普通にスゴいんですが、ハリウッド大作に比べて有利と考えられるのが日本の映画は製作費が安いというところです。いや安さがクローズアップされるのがイヤなのは分かります、ホントに安いんだからしょうがないんだけど、ちゃんと技術は注目された方がいい。でもこの予算感の桁違いは普通にデカルチャーじゃないですか???
 だって、アメコミ系とかだとヘタしたら300億円とかかかるんですよ、製作費。今回対抗馬と見られる『ザ・クリエイター』はまあ安いんですが、おおよそ製作費80億円くらいです。でもこの『ゴジラ-1.0』、メチャクチャお金かけてるように見えて製作費10億円くらいですからね。「何でこんなに安いんですか?」って普通に英語のインタビューで山崎監督も聞かれてましたよ。「『ゴジラvsコング』は……この10倍の予算でノミネートされないのに!?」とかちゃんと書いてましたよ。

 だから、ねえ……金がないのはどっちかと言うと情けない話なんですが、とにかくアカデミー賞取るまでは武器として使えるなら振っといた方が良いんですよ。だってハリウッドなんて「VFX=大作映画」な認識はあるでしょうし、向こうの大作映画の基準は100億円からなんですよ。絶対にビビりますよ。
 これで最悪なのは「じゃあ低予算で出来るな……」って予算下げられることなんですけど、逆に「じゃあ100億円でスゴいことしようぜ!」ってハリウッドから潤沢な予算の仕事をですね、回されるようにならねえかなあと思うんですが。そうそう上手く行かずとも、日本映画が海外で公開しやすくなるといいですね。映画はもう国内だけだと金にならんと思うので……。

 そういう色んな未来の期待もありつつ、アカデミー賞でゴジラを吼えさせて欲しいですねえ。


『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』

『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』は今回で唯一のアメコミ映画からのノミネートですね。ジェームズ・ガン監督の『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズ第3作目にして最終作。邦題がいちいち法則を変えるからどうもタイトルにはスッキリしないんですが。

 このシリーズはメチャクチャ面白くて楽しいんですよ! 銀河のアウトロー達がひょんなことから銀河を守るスーパーヒーローをやってしまうのが1作目。それから時は流れ、幾度も銀河を救う冒険を重ね、すっかり家族になった面々。そこに新たな脅威が迫ります。

 作風的に最近のMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)はどうにも向かう方向が見えにくい、妙に軽いギャグシーンが増えて緊迫感が薄い、という欠点を感じるのですが、このシリーズに関してはMCUにそういうテイストを持ち込んだ元祖とも言えるので今でも全く違和感がありません。
 いつものように軽快に軽妙に、魅力的なオールディーズ・ミュージックを流しながら広大な宇宙を飛び回るワクワクする冒険が展開されます。

 遠い銀河の話ですのでVFXを駆使した映像やキャラクターも魅力十分。今までのシリーズも全て視覚効果賞にノミネートはしていますが受賞はありません。位置的には三番手、もしかしたらこの映画が取るかも……とも言われることはあります。『ゴジラ-1.0』に取って欲しい部門ですけど、この映画が取るならそれはそれで嬉しいですね。


【作曲賞】

『アメリカン・フィクション』
『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
『オッペンハイマー』
『哀れなるものたち』

 作曲賞は映画のスコアに贈られる賞です。要するにBGMです、BGM。歌のないヤツ。歌がつく曲は別に歌曲賞が用意されています。

 昨年は『西部戦線異状なし』のフォルカー・バーテルマンが受賞しました。今回もノミネートしているジョン・ウィリアムズ御大も見逃せませんが、ここは『オッペンハイマー』ルドウィグ・ゴランソンが受賞するでしょう。


『アメリカン・フィクション』

『アメリカン・フィクション』の音楽担当はローラ・カープマン。アメリカの音楽家で、コンサート・ホールでの音楽から映画、テレビ、ビデオゲームに至るまで幅広い作曲をしています。最近のメジャー映画だとMCUの『ミズ・マーベル』や『マーベルズ』など。アカデミー賞初ノミネートです。


『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』

『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』は前作から15年振りの『インディ・ジョーンズ』シリーズ第5作目。すっかりおじいちゃんになったインディもハリソン・フォードもがんばっています。
 秘宝「アルキメデスのダイヤル」を巡るナチス残党とのお宝争奪戦。ドタバタ大冒険でどこか懐かしく嬉しくなれる空気感で展開していきます。

 そして今回も音楽を担当するのはジョン・ウィリアムズ御大! 御年、実に92歳! アカデミー賞ノミネート数は合計で54回! 自分自身が保持する歴代最高齢でのノミネート記録と存命中の人物の最多ノミネート記録を更新しました(この内受賞は5回)。
 参考までに歴代最多ノミネート記録はウォルト・ディズニーの59回です。この記録を抜けるとすればウィリアムズ御大のみ。あと6回で超えられるから、98歳になる2030年まで毎年新作映画に素晴らしい新曲を提供し続けて作曲賞にノミネートし続けることができれば達成です!! いやあ、ここまで来たら何とかなって欲しいですねえ。100歳までがんばってたらそれは問答無用でオスカー渡しちゃってもいいと思う……。


『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』

『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』の作曲はネイティブ・アメリカンの血を引くカナダのミュージシャン、ロビー・ロバートソン。アカデミー賞初ノミネート。ロバートソンは2023年8月に80歳で病気で亡くなっており、没後のノミネートとなりました。


『オッペンハイマー』

 今回の本命、『オッペンハイマー』はスウェーデンの39歳の作曲家ルドウィグ・ゴランソンの仕事。映画監督のライアン・クーグラーとは同じ大学で学んだ仲間で、卒業後は『クリード』『ブラックパンサー』などクーグラーの監督作品全てで音楽を担当しています。

 クリストファー・ノーランとは2020年の『TENET テネット』で初仕事。今回は「オッペンハイマーの内面と視点を表現するスコア」として、ヴァイオリニストの奥さんの協力も得て、ヴァイオリンを主体にしたサウンドを作り上げました。これが非常に聴きごたえがあって面白くて……。通常、こういうサウンドトラックで使われるヴァイオリンの音とは異なる音。急き立てられる音と言うか、チリチリするような胸の奥をガリガリ掻きむしられているような、それでいてアガるサウンドと言うのか。そんな不思議な魅力のある曲がたっぷり使われています。

 アカデミー賞は2018年の『ブラックパンサー』で初めて作曲賞にノミネートして受賞。続編の『ワカンダ・フォーエバー』では主題歌の「Lift Me Up」で歌曲賞にノミネートしています。


『哀れなるものたち』

『哀れなるものたち』の音楽を生み出したのはイェルスキン・フェンドリックス。まだ30歳手前の若く才能豊かなミュージシャン。アカデミー賞初ノミネートです。


【歌曲賞】

「The Fire Inside」『フレーミングホット! チートス物語』
「I’m Just Ken」『バービー』
「It Never Went Away」『ジョン・バティステ:アメリカン・シンフォニー』
「Warzhazhe(A Song for My People)」『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
「What Was I Made for?」『バービー』

 映画のスコアへ贈る賞である作曲賞に対し、歌曲賞は挿入歌やエンドソングなどの映画のテーマソングに贈られる賞です。作品の魅力をより高めるような歌曲、主題を膨らませ盛り上げる名曲、そういうモノが評価されます。ミュージカルやアニメ系なんかも強い部門ですね。

 昨年は、皆さんもうご存じになりましたか? 『RRR』の「Naatu Naatu」がインド映画で初めてオスカーを手にしました。今年も非常に悩むところなんですけど、とにかく受賞作品だけはもう決まったようなモノです。ここは前哨戦でも圧倒的に強い『バービー』が取るでしょう。
 問題は何が受賞するかで、『バービー』から「I’m Just Ken」「What Was I Made for?」の2曲がノミネートしてしまっているんです……! 何ならショートリストの時点では3曲ありました、『バービー』は!
『バービー』はグラミー賞でもサントラが最優秀編集サウンドトラック・アルバム賞を取ってますし、主題歌の「What Was I Made for?」は 映像作品関連での最優秀楽曲賞と主要部門のソング・オブ・ザ・イヤーを獲得しています。
 しかしこれが、ノミネートしている2曲はどちらも前哨戦でかなり伯仲しててほぼほぼ互角の状態なんですよね……。どっちが取っても『バービー』なんですが、どっちが取るかは断定しにくい! ここは主題歌の「What Was I Made for?」で予想を立てるつもりでいますが、「I’m Just Ken」もメチャクチャ大事な曲ですからね……!


「The Fire Inside」『フレーミングホット! チートス物語』

 まず『フレーミングホット! チートス物語』からのノミネートはBecky Gが歌う「The Fire Inside」です。
 これは毎年おなじみのダイアン・ウォーレン枠のノミネートですね。ダイアン・ウォーレンは昨年にアカデミー名誉賞も受賞していますが、これまで歌曲賞に15回ノミネート、近年は7年連続でノミネートしているスゴい人です。ちなみにこんなにノミネートしてるけど無冠です。昔は『アルマゲドン』の「ミス・ア・シング」とかやってるから、そういうもっと作品力の高い映画に曲作ればいいのに……!

『フレーミングホット! チートス物語』はチートスのフレーミングホット・フレーバーを生み出したとされる男リチャード・モンタニェスの伝記映画。チートスのメーカーであるフリトレーの工場で働く従業員リチャードは、チートスにラテン系向けの味がないことに気付き、新しい味を勝手に研究し始めます。下っ端従業員のサクセス・ストーリー!
 そういうのが映画に出来るんだ……!? という驚きの題材ですが、これが意外と面白くてまさにスナックみたいな味わいの映画です。Disney+で配信中。


「I’m Just Ken」『バービー』

『バービー』から、まずは挿入歌の「I’m Just Ken」。「俺はただのケンだ」というこの曲は、イケメンでマッチョなケンがただバービーに恋焦がれるだけのオマケの人生を生きることへの心の叫びの歌。ただイケメンなだけのケンはどうしようもなく情けなくてヘタレでバカですが、「ただのバービーのオマケ」でメインになれない宿命を背負うキャラクターでもあります。
 バカだけど、悩みぐらいはある! 自身も音楽活動をしているライアン・ゴズリングが心を込めて歌うこの歌は、作品のテーマにも関わってくる不思議と胸に響く名曲です。


「It Never Went Away」『ジョン・バティステ:アメリカン・シンフォニー』

『ジョン・バティステ:アメリカン・シンフォニー』からのノミネートは「It Never Went Away」

『ジョン・バティステ:アメリカン・シンフォニー』はミュージシャン、ジョン・バティステの1年に密着したドキュメンタリー映画です。長編ドキュメンタリー映画賞の本命の一角でしたが、そちらはノミネートから外れてここに入ってきました。監督は『プライベート・ウォー(2018)』などのマシュー・ハイネマンです。

 ジョン・バティステは37歳、アフリカ系アメリカ人。この若さで非常に幅広い活動を精力的に展開し、若手の育成にも力を注いでいるアメリカのミュージックシーンに欠かせない人物です。
 映画だともうすぐ劇場公開も始まる2020年のピクサーアニメ『ソウルフル・ワールド』の音楽をトレント・レズナー、アッティカス・ロスと共同で作ってアカデミー作曲賞を取りました。
 そのバティステの音楽家としての姿、そして闘病する彼の奥さんの姿も収めています。Netflixで配信中です。


「Wahzhazhe (A Song for My People)」『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』

『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』の主題歌「Wahzhazhe (A Song for My People)」。「ワジャジェ」って読むらしい? ですが。これは映画のラストの歌で、オセージ語の歌なんですよ。オセージ族のスコット・ジョージが作曲して、オセージ族で初めてのアカデミー賞ノミニーになりました。

 オセージの歌を映画の最後に使いたがったスコセッシの要望で作られた楽曲。古くから伝わる伝統的な音楽のように聴こえますが、映画のためのバリバリの新曲です。何言ってるか分かりませんが妙に力が湧いてくる歌で、「誇りを持って立ち上がれ!」みたいな歌らしいです。


「What Was I Made for?」『バービー』

『バービー』の主題歌「What Was I Made for?」。歌うのはビリー・アイリッシュです。
 ビリー・アイリッシュは22歳の世界的超有名シンガー。2021年の『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』で同名の主題歌を歌い、アカデミー歌曲賞を獲得しています。今回で2度目のノミネート。

 アメリカではこの主題歌は大ヒットしていますので、グラミー賞で2部門受賞は先に書いた通り。ソング・オブ・ザ・イヤーを映画主題歌で取るのは『タイタニック』以来です。

 映画とバービーのために書いていた曲が、いつの間にか自分のために書いていたというアイリッシュ。タイトルは「私は何のために生まれたの?」というアンパンマンみたいな問いかけなんですが、人間界で自分の幸せについて本気出して考えてみたバービーの心の変化、誰かではない自分のために生きるということをしっとりと歌います。
 静かで悲しい曲のようでもあり、希望に踏み出す勇気を持つ曲でもある。自分の人生の意味という誰しもが心のどこかに引っ掛けている問いかけが、バービーの曲でありながらも私達の歌として響きます。


【長編アニメ賞】

『君たちはどう生きるか』
『マイ・エレメント』
『ニモーナ』
『ロボット・ドリームズ』
『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』

 長編アニメ賞は素晴らしい長編アニメ映画に贈られる賞です。ディズニー・ピクサー作品が強い部門であり、そして日本作品も存在感を示しやすいところでもあります。

 昨年はNetflixの『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』が受賞しました。今年はかなり面白い状態になっていて、まず本命は『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』。これは前作も見事なアニメ表現でオスカーを獲得しており、今作はさらにパワーアップした表現で2作連続の受賞を狙います。しかし圧巻の強さを見せるスパイダーマンに迫るのは我らが日本が誇るスタジオジブリの最新作。もう何度目だという宮崎駿の引退作、『君たちはどう生きるか』です。これが……かなり競ってきている! 正直、ノミネート時点では全然勝てないかと思っていましたが、いやこれは結構バチバチに競っている!(肌感覚)
 デジタル最先端の変態アニメであるスパイダーバースに、宮崎駿のビッグネームでオーバーブーストしたアナログ嗜好の変態アニメである君生きが打ち勝つことが出来るのか! 最後までかなり悩む部門です!


『君たちはどう生きるか』

 宮崎駿の引退作『君たちはどう生きるか』。日本では前情報ゼロで予告編すら作られていませんが、海外では普通に予告編があります。貼った動画は米津玄師の主題歌ですが……。

 この作品、観た直後でも観てる最中でも時間が経った今でも結構何て言っていいか分かんなくて……。自信満々にこの映画を分かってるぜ! って人はいないと思うんですけども。何せ宮崎駿本人も「自分でも訳分かってないとこある」みたいなことを言っています。そりゃ分かりませんよ。ただ、アニメーションはそりゃもうめちゃくちゃ良いですし、何だか分からんけどストーリーも面白いんですよ!!! わけわからんが、面白い。そういう映画です。ちなみに吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』は劇中に登場もしますがタイトルを使ってるだけで特に関係はありません。

 日本でも木村拓哉さんや菅田将暉さんをはじめ豪華声優陣ですけど、海外版もクリスチャン・ベールとロバート・パティンソンの新旧バットマンだったり、フローレンス・ピューやらマーク・ハミルやら、とにかく大物揃い。こういうとこ宮崎駿の名前の強さを感じますよねえ。

 長編アニメ賞には4度目のノミネート、受賞すれば『千と千尋の神隠し』以来で21年振りのオスカーとなります。問題は取れるかどうかなんですが、これが本当に結構分からない。順当に行けば絶対に『スパイダーマン』なんですよ。ただアナログ嗜好の変態性はアカデミー賞が好むところでしょうし、宮崎駿の名前はヘタしたら日本以上にハリウッドの方が喜びます。今作の海外評価も日本に比べて普通に高いみたいですしね……。
 そして前哨戦の中でも終盤の英国アカデミー賞を制しているのは結構大きくて、これで難しくなってる。元々2番手の位置なので取ってもおかしくはないんですが、想定よりもデカめのワンチャンが転がってる感じがします。今でもゴジラと宮崎駿でアメリカを席巻できる感じがするのすごいぜ。


『マイ・エレメント』

 今年のピクサー代表『マイ・エレメント』。監督は韓国系アメリカ人のピーター・ソーンです。これも非常に面白いアニメ映画で、ビジュアルもストーリーも大好きなんですが賞レースでは他に押し負けてイマイチ芳しくない活躍です。

 物語の舞台は火・水・風・土の元素で構成されたエレメントが暮らすエレメント・シティ。火のエレメントの娘エンバーは水のエレメントの公務員ウェイドと出会い、大切な家族の店を守るために一緒に街で起きたトラブルを解決するために奔走します。
 その過程で2人は互いに惹かれ合っていきますが、火と水は触れ合うと存在を打ち消し合ってしまう関係。果たして2人の恋の行方は……。

 2023年最大のロマンティック・ストーリー。2人の恋がいがみ合う火と水が双方を深く知り合うきっかけを作り、家族のために生きようとしてきたエンバーは自分自身の夢を、自分のために生きる人生を知ります。

 ソーンは1970年代に韓国からニューヨークに移住してきた両親の間に生まれた移民2世。エレメント・シティはそんなソーンの記憶に残る70年代のニューヨークをモデルにしており、韓国人としての自身のルーツと両親と異なり生粋のアメリカ人である自分のアイデンティティに悩んだ実体験が基になっています。


『ニモーナ』

『ニモーナ』はニック・ブルーノとトロイ・クアンの監督コンビによるNetflixのファンタジーアニメ映画。

 かつて魔物と戦った英雄の末裔が人々を守る騎士として生きる世界。史上初の庶民上がりの騎士となったバリスター・ブラックハートは、任命式で何者かに罠にハメられ女王殺しの罪を着せられてしまう。人目を避けて生きるバリスターの前に現れたのは謎の少女ニモーナ。彼女は様々な動物に変身できるシェイプシフターだった。
 真面目なバリスターとハチャメチャなニモーナの凸凹コンビは、無実の罪を晴らすための調査を開始する!

 人が人を信用するということを感情豊かなアニメで描く楽しくて良質の作品。ナチュラルにゲイのバリスターの恋模様を綴るLGBTQ+映画でもあり、ご家族で観られる寓話的アニメの新鮮なカタチを示しました。


『ロボット・ドリームズ』

『ロボット・ドリームズ』はスペインとフランス合作のインディペンデントアニメ。1984年のニューヨークを舞台に、犬とロボットの友情を描きます。

 日本での知名度は限りなくゼロですが、評価はかなり高くアニー賞でもインディペンデント・アニメ賞を受賞しています。恐らく三番手として考えるならこの作品。観る機会すらないので詳しいことは分かりませんが、アニメの雰囲気は素敵ですね。


『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』

 僕らのスパイダーマンが帰ってきた! 2018年の『スパイダーマン:スパイダーバース』の続編で前後編2部作の前編『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』!!

 前作もめーっちゃくちゃ面白かったんですが、今回もバリバリ面白い! デジタル最先端でさらにパワーアップした圧巻の映像に、ビビるほど拡大するスパイダーバース、そしてラストのチーム再結成の瞬間の昂りは今世紀最高です!!

 前回はマルチバースから色々な質感のスパイダーマンがやってくる話。対して今回はマイルスが色々な質感のマルチバースを冒険していく物語。様々なビジュアルの世界にキャラの感情が乗ることでより多彩なビジュアル表現を生み出し、そもそもスパイダーマン自体も今回は大幅にボリュームアップして100人を優に超えるスパイダーマンが登場します。スパイダーマンは実写もいれば猫も恐竜もいるという何でもありあり状態で、当然ながらスパイダーマンごとにアニメのジャンルも動きも細かく変わってくるのは前作と同様です。
 元々が変態アニメだったのがド変態アニメになって帰ってきた悦楽の作品。早く続きが観たいですねえ!

 賞レースでは英国アカデミー賞は落としましたが、アニー賞をはじめほとんどの重要な賞は獲得しています。やはり素直に考えればこの作品が大本命なのは間違いないでしょう。


【短編アニメ賞】

『Letter to a Pig』
『Ninety-Five Senses』
『Our Uniform』
『Pachyderme』
『War is Over! Inspired by the Music of John & Yoko』

 短編アニメ映画賞は40分未満のショートアニメに贈られる賞です。短編部門はアニメ・実写・ドキュメンタリーの3つがありますが、いずれも情報も観る機会も少ないので毎年とても予想に困るところです。これが3つ全部当たったらだいぶ安心できます。いちおうある程度の判断基準くらいは持ってるんですが、それでも不意に完全にノーマークの映画に持ってかれたりしますからねえ……。

 ここは昨年は絵本を原作とした『ぼく モグラ キツネ 馬』が受賞しました。今年はかなり悩むところなんですが、『Letter to a Pig』『War is Over! Inspired by the Music of John & Yoko』の二択になると思います。


『Letter to a Pig』

 イスラエル・フランス合作のショートアニメ『Letter to a Pig』。「豚への手紙」ということですが、ホロコースト生存者が学校の授業で自分の命を救ってくれた豚への感謝の手紙を読み上げます。それを聞いた女子生徒は歪んだ夢の中へと沈んでいき……。

 絵のような手描きのアニメに実写との融合、テクニカルな要素と人間の内面を描く怖さもある作品。多くの賞で評価される本命の一角です。


『Ninety-Five Senses』

『Ninety-Five Senses』は異なるスタイルのアニメを駆使したアメリカのショートアニメ。タイトルはそのまま「九十五感」ということで、これは死刑を待つ男が自分の五感に思いを馳せ、死後には九十五感が解放されてそっちを楽しむのかもしれねえ……とかよく分からんことを言うアニメです。とにかく多様なアニメ表現が見どころ。


『Our Uniform』

『Our Uniform』はイランの7分のストップアニメーション映画。
 イスラム教国家で女性が着用を義務付けられているヒジャブ。監督のイェガネ・モガダム自身のヒジャブに対しての見方の変化を、ヒジャブそのものをキャンバスにしたアニメで描いています。


『Pachyderme』

『Pachyderme』はフランスのショートアニメ。祖父母の家で過ごす少女が受ける虐待とそこから解放されようとする心理を繊細に描きます。


『War is Over! Inspired by the Music of John & Yoko』

 ここで最も受賞に近いと思われるのがアメリカのショートアニメ『War is Over! Inspired by the Music of John & Yoko』。ジョン・レノンとオノ・ヨーコの「Happy Xmas(War Is Over)」にインスピレーションを得た映画で、レノン夫妻の息子ショーン・レノンが共同脚本を担当しています。

 第一次世界大戦での戦場とチェスゲーム。勝者のいない戦争を、ゲームでおなじみのアンリアルエンジンを駆使した3Dアニメでやたらと横長の映像で映し出します。
 コンピューターアニメと言うところがどう評価されるかですが、音楽担当はトーマス・ニューマンでVFXはWETA FX。やたらとゴージャスな仕様でかなり強めの作品にはなっているでしょう。


【国際長編映画賞】

『Io capitano』(イタリア)
『PERFECT DAYS』(日本)
『雪山の絆』(スペイン)
『ありふれた教室』(ドイツ)
『関心領域』(イギリス)

 国際長編映画賞はアメリカ以外の国の素晴らしい映画に贈られる賞です。元々は外国語映画賞で非英語映画に贈る賞ですので、正確にはアメリカ国外かつ主要言語が英語でない映画に贈る賞です。各国の映画団体等で国家の代表映画を1作品選出して送り出し、そこからアカデミーがアレコレして何だかんだで最終ノミネート5作品に絞られます。

 昨年はダークホースとして暴れたドイツの『西部戦線異状なし』に軍配が上がりました。今回は日本代表の『PERFECT DAYS』! ……と言いたいところですが、正直受賞までは厳しいでしょう。本命の『落下の解剖学』は自国の代表選の時点で敗れたので、こうなると本命は同じく作品賞にもノミネートしているイギリス代表の『関心領域』となります。


『Io capitano』(イタリア)

 イタリア代表『Io capitano』は「私が船長だ」って意味のドラマ映画。セネガル人の若者達が貧困から逃れるために故郷から逃げ出し、イタリアを目指します。その途中で彼らは様々な危険に直面しますが……。

 アフリカからの移民の実話からもインスピレーションを得た作品。移民って現代の日本は結構ピンと来ませんからね。感覚を入れておくためにもこういう作品も観ておく方がいいのかもしれません。日本公開は未定ですが、まあいつの間にかしれっと配信でやったりもするので……。


『PERFECT DAYS』(日本)

 日本からの刺客は『PERFECT DAYS』。日本代表作ですが監督はドイツの名監督ヴィム・ヴェンダース。ヴェンダースの持ち味を活かした、穏やかで染み入る魅力のある作品です。

 東京のヘンテコなデザインのオシャレトイレを掃除するトイレ清掃員の役所広司。そんな彼の穏やかで何か起きそうで起きない、いつもと同じでいつもとちょっとだけ違う木漏れ日のような日常を切り取った作品。

 地味なのは確かなんですがいい味わいでね、正直面白いんですよ。まあ作品外ではきな臭さがあると言うか、鼻白むところもなくはないんですが……。観てる分には、東京は変なトイレばっかりあるんだな! というのも愉快情報ではあります。

 役所広司の演技はとても良くて、カンヌ国際映画祭では男優賞も受賞。ただそれ以降はそれほど注目されることもなく、ここも受賞までは厳しいでしょう。でもゆったりと過ごせる、どこか懐かしい味の映画ですよ。


『雪山の絆』(スペイン)

 スペイン代表はNetflixの『雪山の絆』。視覚効果賞にもノミネートしている実話を基にしたサバイバルドラマです。これも好きなので何かしら評価されて欲しいですが、今年は相手が悪い感じがしますね……。


『ありふれた教室』(ドイツ)

『ありふれた教室』は5月17日から日本公開予定のドイツ代表映画。

 新任教師の主人公は、学校の職員室で起きた盗難事件を解決するために犯人とおぼしき生徒を見つけ出すように圧を掛けられます。ムチャ言うな。
 主人公は生徒を守ろうとしますが事態はどんどん思わぬ方向に転がっていき、学校の抱える問題が見えていく。

 社会の縮図でもある学校の恐ろしさ。偏見、憶測、保身、何でも来い! 身近なところを舞台にした、本当に怖いタイプのスリラーです。良い先生って本当にえらいと思いますよ。


『関心領域』(イギリス)

 イギリス代表『関心領域』。もう相当面白そうなので非常に興味深い、日本公開が待ち遠しい映画ですね。
 この部門は作品賞にまでノミネートしているような作品がまず圧倒的に有利ですので、この映画が確実に本命です。


【短編映画賞】

『彼方に』
『Invincible』
『Knight of Fortune』
『Red, White and Blue』
『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』

 短編映画賞は上映時間40分未満の優れた短編実写映画に贈る賞です。短編系はいずれも情報が少なく、必然的に観る機会の多い配信系が強めの部門です。特にNetflix。

 昨年の受賞は『An Irish Goodbye』。今年はNetflixの『彼方に』が前哨戦でも活躍してて強そうなんですが、恐ろしいことに同じくNetflixの『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』が……もうズルだろこれ! って感じなんですけど、まあここまでされたらさすがにこれじゃないですかね……。


『彼方に』

 イギリスの短編ドラマ映画『彼方に』。Netflixで配信されています。大切なものを失った男の感情の旅を描くエモーショナルな作品。一つひとつのショットが結構好き。

 ロンドンの大企業で働くエリートのダヨ。最愛の娘や妻と温かく幸せな時間を過ごしますが、ダヨが仕事の電話で離れた間に突如現れた通り魔に娘を刺殺され、錯乱した妻は身投げ。ほんの一瞬、目を離した隙に愛する家族を失ってしまいます。
 全てに絶望したダヨは無気力な日々を過ごし、ようやくウーバーの運転手として仕事を始めますが……。

 ダヨを演じたのは『大統領の執事の涙』などのデヴィッド・オイェロウォ。短編ながら胸に迫る映画です。


『Invincible』

 実話からヒントを得て創作されたカナダの短編映画『Invincible』。揺るぎない決意を表すタイトルのこの映画は、少年院で過ごす14歳の少年が迎える人生の最期を映し出します。
 自由を求める思春期の少年の内面を掘り下げるドラマ映画。


『Knight of Fortune』

 デンマークの短編映画『Knight of Fortune』。タイトルは曲の名前です。
 妻に先立たれ、その死を受け入れることのできない2人の老人が出会い奇妙な友情を交わしていきます。

 やや重めの題材が多い今回の短編ノミネート作品。その中でもちょっぴりユーモラスな要素のある作品です。


『Red, White and Blue』

 アメリカの短編映画『Red, White and Blue』。赤、白、青。シングルマザーの女性が予期せぬ妊娠により、中絶のために娘と数百km離れた州へ旅立ちます。

 中絶するためだけにわざわざそんな遠くに……と思ってしまいますが、アメリカは宗教的・政治的理由で州によっては中絶を実質的に禁止しているところが増加しています。この映画の主人公が住むアーカンソー州でも重罪にあたり、懲役かとんでもない額の罰金が科せられます。
 中絶ということに対する感情はそれぞれお持ちだと思いますが、これの問題は「誰が」「どうやって」妊娠してもお構いなしなところ。仮に小学生が父親にレイプされて妊娠したとしても、中絶はそれ以上の犯罪です。
 感情的に何かイヤなのも分かりますし、人殺しと言われればそうかも知れないんですけど、でもさ…………あるでしょう、自分の意志でも何でもなくどうしようもないこともさ…………。

 監督のナズーリン・チョウドリー自身の体験を基にしたモノで、衝撃的でもありちょっぴり感動的でもある作品です。


『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』

 今回のノミネートの中でも大反則な気がしてならないNetflixの『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』。だってこれ、監督ウェス・アンダーソンですよ???

 ギャンブル大好きヘンリー・シュガーはある日不思議な本を読み、そこに記されていたヨガの修行で目を使わずにモノを視る技を手に入れます。ヘンリー・シュガーはその能力を使ってカジノでめちゃめちゃに大儲けしますが、ギャンブルのスリルも一切なく簡単に金を稼げてしまったことで虚しくなり、何の執着もなく道へ金をバラ撒くことに。そのことで世の中のために金を使いたいと思ったヘンリー・シュガーは、変装をして次々と各地のカジノを荒らしていきます……。

『チャーリーとチョコレート工場』などの原作者である作家ロアルド・ダールの短編小説『奇才ヘンリー・シュガーの物語』をウェス・アンダーソンが映画化。いつものタッチでいつもの美術にいつものショットをいつものテンションに仕上げ、得意な少し不思議ストーリーの映画を作りました。
 加えて主演はベネディクト・カンバーバッチ、そこにレイフ・ファインズやベン・キングズレーなど短編映画ではまずお目にかかれないほど錚々たるキャストのアンサンブルが観られます。

 配信映画とは言え、これで乗り込んで来られたら短編映画の人なんてみんな困りますよ。そりゃ面白いよ、普通に長編で観られるようなテイストの映画だもの。反則です!!!!
 まあ、これだけやってればさすがにオスカーは普通に取るんじゃないでしょうか……。


【長編ドキュメンタリー賞】

『ボビ・ワイン:ゲットー・プレジデント』
『The Eternal Memory』
『Four Daughters』
『虎を仕留めるために』
『実録 マリウポリの20日間』

 長編ドキュメンタリー賞は優れたドキュメンタリー映画に贈られる賞です。ドキュメンタリー映画もまあそんなに映画館でやらないので観る機会が少ないところです。真面目なテーマであればあるほど興収もそこまで見込めるジャンルではないでしょうし……。だからこそ配信の映画が結構強かったりもします。

 昨年はプーチン政権批判で有名なナワリヌイのドキュメンタリー映画『ナワリヌイ』が受賞しましたが……亡くなってしまいましたね……。
 今年は前哨戦で強かった『STILL:マイケル・J・フォックス ストーリー』『ジョン・バティステ アメリカン・シンフォニー』などもノミネートしていませんので、このラインナップなら勢いも増している『実録 マリウポリの20日間』でまず間違いないところです。


『ボビ・ワイン:ゲットー・プレジデント』

『ボビ・ワイン:ゲットー・プレジデント』はナショナル・ジオグラフィック配給のドキュメンタリー映画。
 ウガンダの超長期政権で40年近く大統領をやり続けている男ヨウェリ・ムセベニに対し、大統領選に出馬して選挙運動を行う人気歌手ボビ・ワインに密着。民主主義のために闘うその姿を捉えます。


『The Eternal Memory』

『The Eternal Memory』はチリのドキュメンタリー映画。チリの有名なジャーナリストでTV司会者のアウグスト・ゴンゴラと女優のパウリナ・ウルティアの夫婦の姿を捉えています。

 アウグストは数年前にアルツハイマーになり、妻のパウリナの介護を受けて生活しています。日々、病気で起きる困難と自分が失われる恐怖。しかし長年連れ添った2人の夫婦としての在り方は純粋で優しい輝きを放ち、永遠の思い出を刻みます。


『Four Daughters』

 国際的なドキュメンタリー映画は、時にその国ならではの物語を捉え、私達に未知の衝撃を与えます。『Four Daughters』はそんなチュニジアの映画。

 4人の可愛い娘と暮らす母親。しかし、ある時ティーンエイジャーの2人の娘が失踪してしまいます。本作の監督カルテール・ベン・ハニアはプロの女優に2人の代役を演じさせ、この家族の人生を追体験していきます。

 何言ってるか若干分かりませんが、まあそこは置いといてですね。この失踪した娘達って、過激派になってISISに入っちゃったんですよ。それで国を出てしまって、お母さんは簡単にそんなことで娘を国外に出しちゃう政府を非難したりもしているんですが。
 この娘2人が15歳とかそんなんなんですよね。それが過激派になって急に家を、家どころか国を出ちゃう。何でそうなるんだろう? というのは不思議で、何かまあ日本だとそういう感覚ってあんまりないんですよね。中学生の娘が急に半グレになって出てく感じか……?

 そういうことではかなり興味深い内容で、フィクションとドキュメンタリーが混じる独特の作品です。


『虎を仕留めるために』

 インドを舞台にしたカナダのドキュメンタリー『To Kill a Tiger』。「虎殺し」という愚地独歩な感じのタイトルですが、これは娘のために戦う決意をしたお父さんのドキュメンタリーです。Netflixで配信中。

 インドって都会はとんでもない都会なんですけど、田舎はとんでもないド田舎なんですよね。で、文化的に元々がそうだったからそういうド田舎ではとりわけ女性の扱いがめちゃくちゃ悪いんです。例えば、インドでの生理用ナプキン開発秘話を映画化した『パッドマン』で描かれていたものだと、「生理は汚らわしいもの」という迷信があるから生理中の女性は家の外の鳥小屋みたいなのに閉じ込めたりするんですよね。それで女性が死ぬケースまであるので、酷いんですけど。

 この映画は13歳の娘が性的暴行に遭って、それに対しての正義を求めるお父さんの話なんですよ。こういうことはこういう地域では普通やらないんですね。レイプの件数も正直非常に多いですし、有罪率もとんでもなく低いんです。それでまあ、村社会なので……この女の子を助けるというより、「汚れたからとっとと結婚させちまいな!」みたいなテンションになるわけですよ。テキトーに処理して済ませようとするし、ヘタしたらレイプされた方が悪いような論調になるわけです。何を言ってるんだこのバカ、みたいな話ですけど、まあ日本もちょっと前はそういうの普通だったことはあるでしょう。レイプされる方が悪い論は今も根深く残ってますし……。
 だからそういう話が通じない相手に、それも個人でなくて国の文化や風習にも立ち向かわなくちゃいけない話になるのです。とんでもないドキュメンタリーですよ。


『実録 マリウポリの20日間』

『実録 マリウポリの20日間』はウクライナのドキュメンタリー映画。ロシアによるウクライナ侵攻後、監督のミスティスラフ・チェルノフが包囲されたマリウポリで過ごした20日間を記録しています。

 過酷で悲惨な戦場に閉じ込められながら、命懸けで続けた戦争の記録。日本ではNHKが前後編に分けて放送し、好評を得ています。たぶんBSの方。

 文字通りリアルな戦場のドキュメンタリーで、包囲されてるからどんどん状況も悪くなるんですよね。その中で戦場の人々、目の前の戦争そのものを記録していく。
 普通は逃げ出すじゃないですか、さすがに。他のメディアは包囲される前に逃げたということですし、たぶん逃げても良かった。それでもそこに留まることを選んだ、貴重で勇敢な映像です。


【短編ドキュメンタリー賞】

『The ABCs of Book Banning』
『The Barber of Little Rock』
『Island in Between』
『ラスト・リペア・ショップ』
『世界の人々:ふたりのおばあちゃん』

 最後の賞です。短編ドキュメンタリー賞は40分未満の短編ドキュメンタリー映画に贈られる賞です! やっぱり観られるもの自体が少ないのと情報も少ないので予想としては鬼門になるところ。

 去年はNetflixの『エレファント・ウィスパラー: 聖なる象との絆』が受賞しました。今回はDisney+で配信されているサーチライト・ピクチャーズの『ラスト・リペア・ショップ』、日本ではまだ未配信ですが同じくDisney+の『世界の人々:ふたりのおばあちゃん』が強いと思われます。しかしここは内容的にMTVの『The ABCs of Book Banning』で推していきたい。


『The ABCs of Book Banning』

 ざっと観た感じ、ノミネート5本の中で一番ヤバいことを扱ってる感じがするのが『The ABCs of Book Banning』です。「Book Banning」と言うのは「禁書」のことです。「禁書のABC」ってことになります。

 これは、学校で読むことも置くことも禁止されている発禁本と言うのがあるんですよ。子どもの教育に悪い本は学校に置いちゃいけません! というのが州ごとに決められてるんですね。分かりやすく言えば小学校にエッチな本とか残虐でグロい本はダメでしょう? でも今これが非常に問題になっているのはとにかくその禁書扱いの本が大量に増加しているんですよ。半年で数千冊が禁止されたりしてる。
 それが本当にダメな本なら分かるんですが、明らかに変なんですよね。この異常増加してる発禁本はそのほとんどがLGBTQ+とかのジェンダーの本、人種差別や迫害の歴史の本、女性の権利の本……というものです。まあ、だから色々なところでこういうことが起きてるんでしょうけど、一番はやっぱりフロリダですよ。こういうろくなことしないのは。

 それで、これは子ども達に発禁本(にされるのがおかしい本)について何でそれが禁止になるのかを考えて議論してもらうんです。大人の意見ではなくそれに対する子どもの素直な意見を述べさせるドキュメンタリー。だって考えても何で禁止にするのかなんて分からないんですよ。まあ「都合が悪いから」か「バカだから」なんですけど。
 でもそういう大人の思想とか都合を押し付けてる愚行にね、ちゃんと疑問を持って何でこんなことをするんだろう? と子ども達がちゃんと考えてくれる。そういう姿がとてもまぶしくて頼もしいんですね。

 日本もヘタしたら太平洋戦争の本とかでこういうのどんどんやるようになりますからね、他人事で済ませられるかは微妙な話ですよ……。


『The Barber of Little Rock』

『The Barber of Little Rock』はアメリカのアーカンソー州リトルロックのアフリカ系理髪師、アーロ・ワシントンのドキュメンタリー。

 この人は人種間の貧富の差を減らし、経済状況がよくない人にもチャンスが得られるように地域社会のための非営利コミュニティ銀行を設立しました。大手銀行では出来ない先進的で地域のためのシステム変革。社会が行き詰まった時に取るべき指針の一つを示してくれます。


『Island in Between』

 中国と台湾、そしてアメリカの関係に思いを馳せる『Island in Between』。「間の島」、金門島からこの三者の関係性を考えます。


『ラスト・リペア・ショップ』

 Disney+で配信されている『ラスト・リペア・ショップ』はサーチライト・ピクチャーズのドキュメンタリー映画。何だか観た後の感覚がさっぱりと心地良い作品です。

 楽器を無料で修理して公立学校の生徒に提供しているロサンゼルス。1959年から続けているサービスで、現在はアメリカ全土でも珍しい取り組みのようです。

 その修理工場で働く職人達のそれぞれの音楽との関わり。そういった大切な人生の一部を語ってもらい、また子ども達には音楽や楽器の好きなところのような純粋な喜びを語ってもらう。基本的にはそういう語りの繰り返し映画なんですが、この話が妙に面白いんですよね!
 そしてクライマックスでは皆で演奏タイム!! 広い意味で音楽の魅力を感じられる作品です。


『世界の人々:ふたりのおばあちゃん』

『世界の人々:ふたりのおばあちゃん』は今月末くらいに日本でもDisney+で配信されるショート・ドキュメンタリー。おばあちゃんがめちゃ良い笑顔してるんですけども。

 これは監督のショーン・ワンが、94歳と83歳で一緒に暮らしている父方と母方の祖母を収めた作品。陽気なスーパーパワーを持つおばあちゃん達への個人的なラブレターということです。すごくほのぼのしそう……。
 チャーミングなおばあちゃんほど強いモノはそうそうありませんからね。絶対楽しいと思う。



最終予想

【作品賞】『オッペンハイマー』
【監督賞】クリストファー・ノーラン『オッペンハイマー』
【主演男優賞】キリアン・マーフィ『オッペンハイマー』
【主演女優賞】リリー・グラッドストーン『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
【助演男優賞】ロバート・ダウニー・Jr『オッペンハイマー』
【助演女優賞】ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
【脚本賞】『落下の解剖学』
【脚色賞】『オッペンハイマー』
【撮影賞】『オッペンハイマー』
【編集賞】『オッペンハイマー』
【音響賞】『オッペンハイマー』
【美術賞】『バービー』
【衣装デザイン賞】『バービー』
【メイクアップ&ヘアスタイリング賞】『マエストロ:その音楽と愛と』
【視覚効果賞】『ゴジラ-1.0』
【作曲賞】『オッペンハイマー』
【歌曲賞】「What Was I Made for?」『バービー』
【長編アニメ賞】『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』
【短編アニメ賞】『War is Over! Inspired by the Music of John & Yoko』
【国際長編映画賞】『関心領域』
【短編映画賞】『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』
【長編ドキュメンタリー賞】『実録 マリウポリの20日間』
【短編ドキュメンタリー賞】『The ABCs of Book Banning』

 長々とお付き合いありがとうございました。どうも時間なくて後半は駆け足になりましたが、だいたい今年のアカデミー賞はそんな感じです。
 私の最終予想は上の通り! たぶん17くらいは当たるでしょう!

 第96回アカデミー賞授賞式は本日3月11日(月)です! たぶん例年通りならお昼くらいにはだいたい出てると思いますよ!
 ぜひ、皆さんも好き勝手に予想して遊んでくださいね。

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